第1話 新作ゲームのタイトルは「アルカディアOnline」
俺の名前は月島明、今年大学を卒業した23歳のフリーターだ。
今は学習塾でアルバイトをしながらかろうじて生計を立てている。
「ツッキーバイバーイ!」
「おう、良いお年を。ちゃんと正月休み中も勉宿題はやっとくんだぞ?マンガとゲームはほどほどにな!」
手を降って教室を出ていく生徒たち。
年長者の威厳などというものは無く、中高生から「ツッキー」などと呼ばれる始末だ……
もっとも、別に威張れるほどのこともないので別に気にはしていない。
むしろ俺の好きなアニメやゲームを知っている子供が多くて、気を付けないとついつい同じ目線で雑談してしまっているくらいなのだから自分でも少し引いてしまう。
そして今日は今年最後の授業日というわけで、これから俺も1週間ほど年末年始休暇に入る。
受験学年を担当していると「正月特訓」などという昭和気合主義の残滓に付き合わなければならないのだが、幸い俺には関係がない。
この日最後の授業を終え、教材の片付けをしていると、今まさに帰宅しようとしている一人の女子生徒と目が合った。
「お!ツッキーじゃん!」
「おう、ななみ。もう帰るのか?」
「うん、だって今日は『アレ』やんなきゃでしょ?」
こいつの名前は天野七海、彼女こそが俺をツッキーなどと呼び始めた張本人だ。そして、こんなこと言っているけど高3の受験生……
直接授業を担当したことはないが、以前俺が中学生たちとゲームの話をしていたのをたまたま聞いていたらしく、それ以来ちょいちょい話すようになったのだ。
「いや、お前……流石に共通テスト前だし勉強しろよな……」
「うわぁ……ツッキーもやっぱりそっち側か……」
七海が冷たい目で俺を見ている。
こいつが言っている『アレ』というのは、今夜(厳密には明日の0時)にダウンロード版の配信が始まる「アルカディアOnline」というMMORPGのことだ。
「お前の分も俺が楽しんどいてやるから」
「やだよそんなの!それに今日はママからもオッケーもらってるもんね!」
……受験生にゲームを許可するなんて正気か?
「へー、まぁ親の許可があるならいいんじゃないか?」
「でしょ!?だから早く帰って、準備しないと!配信に間に合わないよ!」
教室の時計は22:30をさしている。確かに、今から帰って飯食って風呂入って準備してたらいい時間になりそうだな……
「ツッキーもやるんでしょ?一緒にやろうよ?」
「は?一緒に?」
「そそ!だから連絡先教えて!」
そう言ってブレザーのポケットから携帯を取り出す七海。
……おいおい
「バカ言うな……生徒との連絡先交換はご法度だよ。それに受験生と講師が一緒にゲームやってるなんてバレたら俺がクビになる!」
「ちぇ……ケ〜チ」
「はぁ……だいたいなぁ……オンラインゲームってのはリアル関係なく知らない人と絡むのが楽しいんだぞ?とにかく却下!」
「ふん!いいもん!絶対ツッキー見つけちゃうからね!名前、ツッキーにしといてね!」
そして足早に帰っていったのだった。
ふぅ……なんとかリスク回避に成功したな。
その後、片付けと業務日報を提出したところで時計は22:50……
いかんいかん、早く帰らねば!
…………
………
……
…
コンビニでカップ麺と売れ残りのおにぎりを2つ、それから景気づけに缶チューハイを1本買って急いで帰宅すると、それらを大して味わいもせず胃に流し込んだ。
そして、ベッドの脇に無造作に置いたままのダンボールを開けると、アルカディア用に購入した「PhantomVR」を取り出して設定を始めた。
PhantomVRというのはざっくり言うとヘッドマウントディスプレイとグローブ型コントローラーなのだが、これまでにない臨場感と操作性が話題の次世代型だ。
当然、お値段もなかなかに次世代型だったわけで……これを買うためにこれまで何ヶ月も切り詰めて生活してきたのだ。
設定完了!
急いだ甲斐あってまだ5分ほど配信開始まで時間がある。
ネット接続異常なし!
マイク、イヤホン異常なし!
モニター&コントローラー異常なし!
何度も動作確認をしているうちについに時計はついに0:00になった。
アクセス集中が一番の懸念だったが、そこは運営側もしっかりと対策を立てていたようでストレスなくゲームの購入も完了した。
ダウンロードは……容量的にも少しかかるか……
一旦PhantomVRを脱いで待っていようかと思ったとき、ムービーが流れ始めた。
こういうユーザーを退屈させない細かい気配りはちょっと嬉しい。
それから数分、ムービーを見ながらアルカディアの世界観に期待を膨らませたのだった。
『インストールが完了しました。今すぐ起動しますか?』
おっ、やっと終わったようだ。俺は迷わずYESを選択。
すると、画面上に2等身の小さなキャラクターが現れた。
「アルカディアの世界にようこそ!僕の名前はルカ、この世界に初めてやってきた人のお世話をしています。何か分からないことがあったらなんでも聞いてね!」
かなり優秀なAIが積まれているようで、ルカは俺のあらゆる質問に答えてくれた。
そしてこの世界の基本ルールを一通り聞かされたところで、キャラメイクへと移行した。
「種族」「外見」「クラス」……へぇ、「勢力圏」なんてのもあるのか。
確かさっき見たムービーでも戦争っぽいシーンがあったな。勢力ごとにPvPイベントなんかも用意されてるのかもしれない。とりあえず簡単な説明を読んで一番無難そうなやつにした。
初期のクラスは「新参者」のものしか選べないみたいだ。「????」がいくつもあるからキャラ育成も楽しみだな。
種族は10種類ほど選択できるようだ。種族ごとに得意不得意があるらしい。
俺は、どっちかというとすばしっこく動き回りたいタイプだから………コレにしよう。
あとは外見を少しいじって……と。これでよし。
「うん……これでアバターの作成は完了だよ!これで確定して良いかな?」
YES
「オッケー!じゃぁ最後に、このアバターに名前を与えてね!」
名前か……最初に浮かんだのは「ツッキー」だったけど、七海に見つかるリスクが高そうだ。
月島明……名前に月が2つ……ダブルムーン……これでいっか、というわけで我が分身の名前も決まった。
「いい名前だね!じゃぁ、最終確認!このキャラクターでアルカディアに向かいますか?」
名前:ダブルムーン
種族:小人族
クラス:新参者
勢力圏:ハイランド王国
YES
「オッケー!じゃぁいってらっしゃ~い!」
ルカの声がだんだん遠くなり、視界が真っ白になった。
そしてしばらくすると、俺は草原のど真ん中に立っていたのだった。




