きっかけはあいつ
あいつとわかれた後、電車に乗り帰宅した僕。
電車に揺られていた時はチケットが脳内を占領していたが、気づけば今日の晩ご飯のことを考えていた。
「ただいま」
…。
静寂な部屋に放たれた言葉が、反芻する。
「何やってんだ、僕は。」
ぶつぶつと独り言を言いながら、靴を脱いで部屋の明かりをつけた。
目分量で1人分の食事を作ることも容易くできるくらいの時は流れているはずなのに、今日は久々に口から出てしまった。
きっと疲れているんだ。今日は早く寝よう。
そうとなれば早く家事を済ませなくては。
まずは…。
(着替えよう)
そう思い、年季の入ったビジネスバッグに手をかけた時
(そういえばあのチケット、なんだろう)
忘れかけていたチケットの存在を思い出した。バッグを開けて、内ポケットから取り出す。
あいつからもらった”栞サイズ”の紙を訝しげに眺めた。
いつ?どこで?何かのイベントか?…全く読めないのだから、どうしようもない。
その時、
ンー、ンー、ンー…
まだ羽織ったままのコートから振動が伝わってくる。
このバイブレーションは電話だ。
一昔前までは電話やメールが主流だった。
好きな人にメールを送信して「読んでくれたかな?返信くるかな?」とそわそわしていたっけ。
最近ではコミュニケーションツールが発達し、電話やメールでやり取りする機会が減った。
電話をしてくるのは1人だけ。
(あいつだな…)
念のため、スマートフォンの画面を確認し、電話に出た。
「おっ」
「お前から掛けておいて何驚いてるんだ。」
ふっ、と思わず笑ってしまった。
これはいつものお決まり。
「すまんすまん、チケットのことを話したくてだな。」
「本当だよ。何の説明もなしに渡してきたかと思ったら走って帰ってさ。」
「走ってない!スキップだ。」
食い気味で修正された。
「お前のスキップは僕からしたらかけっこと同じだ」
「俺の陸上部時代の話はまた今度してやる。チケットについては明日詳しく話したいんだが、時間あるか?」
(今ではないのか?)
「明日?」
「ああ。明日がいい。今日はダメなんだ。」
「明日は土曜日だし、僕は何時でも空いてる。お昼頃はどうだ?」
「わかった。俺も何時でも大丈夫だ。じゃあ午後1時に金木犀の並木道で!」
「ああ。また明日。」
「また…明日、な。」
プツ、ツー、ツー、ツー…。
終話間際、何やら意味深長な言い回しだったことが気になった。何かを言いたげな様子だった。
*。・*。・*。・*。・*。・*。・*。・*。・
『ねぇ、僕を覚えてないの?』
『わたしたち、ずっと近くにいるのに…。』
ここは…どこだ?
僕の体ははっきり見えるのに、周りは真っ暗だ。そしてその闇からは、どこか懐かしい声が聞こえてきた。
あの声、懐かしさを感じるが誰だか思い出せない。誰だっけ…。




