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6

す、すごい!」


 僕達は感動し、異口同音に叫んだ。たった一度の幻じゃなかったんだ。


 そこは昨日とは違って、竜都の中央にある噴水の前だった。明るい太陽と青い空の下、多くの人々が行き来したり立ち止まったりしていた。やはりどの人々も異国風の服装で、髪や肌や目の色もバラバラだ。


「ねえ、この幻、さわれるのかな?」


 一通り景色を堪能した後、山岸はふと噴水に手を入れた。


「どう?」

「無理。なんの感触もしないわ」

「そっか……」


 やっぱり幻なんだ。僕達は共にため息をついた。


 それから山岸はさらに近くを行きかう人々に声をかけたり触れようとしたりしたが、何の反応も返ってこなかった。こちらの声は相手には聞こえてないようだったし、触れようとした手はそのままスカッと宙をかき回すだけだった。どうやら、この世界のあらゆるものは目に見えていても触れないらしい。


「まるで幽霊だね」


 しょんぼりした顔でこっちに帰ってきた山岸に僕はつぶやいた。


「そうね」


 山岸は僕の隣に座った。しかし、そこではっとしたように顔を上げた。


「ねえ、早良君、それってどっちが?」

「どっちって?」

「だから、幽霊になって『触れない』のは、この世界と、私達、どっちってことよ」

「え……」


 そりゃあ、あっちだろうと一瞬思ったが、言われてみれば、こっちが幽霊状態でも「触れない」は成立するような。


「私思うんだけど、きっと幽霊なのは私達よ。だって、私達、この世界に本来いるはずのない人間なんだもの」

「そ、そうかな?」


 なんか話がおかしいような。この目の前に広がる世界は幻のはずなのに、僕達のほうが幽霊?


「山岸さん、もしかして、これが幻じゃないって思ってるの?」

「幻じゃないなら素晴らしいじゃない。きっと、私達、魂だけ違う世界に飛んできたんだわ。異世界召喚ってやつよ」

「うーん……」


 そういう解釈もあるのかあ。確かに、ただの幻というにはあまりにもリアルな景色だけど。


「そして、なぜか、この世界のことは、私達の書いてる漫画と小説と完全にリンクしてる。きっとそれも、異世界召喚と一緒に不思議な力が働いてるせいだわ」

「不思議な力、か……」


 なんか便利な言葉だ。細かいことはいいんだよって感じの。


「つまりね、私達は、この世界で幽霊にならずにすむ方法があると思うの」


 山岸はとても楽しそうだ。こんなにこやかな表情の女の子と話をしているのが僕だなんて。改めて、昨日から信じられないことばかり起こってる気がする。


「方法って?」

「簡単よ。私達、一度、元の世界に帰るの。そして、それぞれの漫画と小説に、私達の分身となるキャラクターを登場させればいいのよ!」

「なるほど……」


 面白い思いつきだ。やってみる価値はありそうだ。


「じゃあ、さっそく学校に戻りましょ」


 と、言うや否や、山岸は僕のほおをつねった。またいきなりすぎる。痛い。


 そしてそれで、僕達は前と同じように元の場所、人気のない校舎裏に帰ってきたのだった。やはりこの儀式で僕たちは世界を行き来できているようだ。僕は痛いんだけど……。


 当然だが、僕達はそこにおのおのの作品を持ってきてはいなかった。自分の分身が登場するシーンを今日のうちに書いて、明日の昼休みにまたここで落ち合おうと約束した。ついでに、お互いの作品の見せ合いっこもしようということにもなって。


「あ、そうだ。私思うんだけど」


 話は終わったという風に立ち去ろうとした山岸が、ふとまたこっちに戻ってきた。僕はちょうどその場に座って、弁当箱を開けるところだった。


「あっちの世界に行くのって、私が早良君に痛いことする以外でも、大丈夫だったりして? 例えば、早良君のほうが私に何かするとか?」

「僕が山岸さんに……?」

「叩いてみる、私のほっぺ?」


 山岸はふいに僕の目の前にしゃがみ、顔を近づけてきた。その眼鏡の奥の瞳は好奇心できらきら光っている。僕は顔が熱くなってしまった。


「い、いや、女の子を叩くなんて趣味は僕には――」

「でも、昨日今日と、私、早良君のこと二回も平手打ちして、二回もほっぺをつねっちゃったわ。ちょっとくらいお返しされておいたほうがいいと思うの」


 山岸はそう言うと、またいきなり僕の右手をつかんで、自分の左の頬にあてた。うわっ、女の子のほっぺって、やわらかくてあったかい。ドキドキしてしまう。


「こ……このまま、ガツンとやればいいってこと?」

「ガツンはだめ。パチーンって感じで」

「あ、ああ、うん……。ガツンだと本当に痛そうだもんね……」

「あ、パチーンもちょっと痛いかな? ペチって感じが一番いいかな?」

「痛くないと意味がないんじゃ――」

「そうね。じゃあ、パチーンと、ペチの中間で。ペチーンでお願い」


 山岸はさらに僕に顔を近づけてきた。よく整った、綺麗な顔だ。そして、限りなく無防備だ。僕はやっぱりどぎまぎせずにはいられなかった。


 と、そこで、僕はすごく大事なことに気付いた。


「山岸さん、これから叩かれるなら、眼鏡を外した方がいいんじゃ」


 ペチーン、でも、危ないよ、と、僕が更に言おうとした途端、山岸はびくっと体を震わせて、後ずさりした。


「だ、だめよ! これは外しちゃだめ!」


 腕を前で組み、さっきとはうって変わって、防御の姿勢だった。表情もすごくこわばっている。

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