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「あいつ、なんてことを――」
勝利を確信していた僕は、頭から冷や水を浴びせられたような気持ちだった。もう後ろから来る選手はいないと思ってたのに。すぐに竜魔素アクセルを叩き、再加速した。その速さはさっきとは比べ物にならなかったが、なんとかまだ飛べるようだった。
「あいつはクラウス魔術士官学校のジレだ。優勝候補の一人だ」
その後ろ姿を追っていると、ワッフドゥイヒが言った。
「優勝候補? それが今までずっと後ろにいたってことか?」
「ああ。あいつは終盤で一気に追い上げるタイプだ。さらに、勝つためならどんな手段もいとわない。こんなやつが残っていたとはな……」
彼の声には焦りがにじんでいた。強敵らしい。
「なに、さっきと同じように、僕の竜魔素で落とせばいいさ!」
距離を縮めたところで、そのジレとやらに向けて剣を振った。再びもやっとしたものが刃から迸った。だが、それが当たる直前、彼の体はほのかに青く光った。そして、もやっとしたものを平然と受け流してしまったようだった。これはいったい……。
「竜魔素遮断の術だ。あいつ、さっきの君の攻撃を後ろから見ていたんだな」
「え? 遮断って……」
「防御されて、完全に無効化されたってことだよ」
なんだって! そんなこともできるんだ……。
「悪いな。魔力バカのドシロウト君。すでに君の攻撃は見切ってるんだよ」
ジレは余裕の表情で僕達に振り返った。首に青いストールを巻いた、僕と同じくらいの年頃の少年だ。浅黒い肌をした、がっしりとした体躯をしていて、二メートルくらいの槍斧を握っている。
「油断していた他のバカどもをまとめて始末してくれたのは感謝する。君はそのままゆっくり飛んで、二位をとってくれたまえ。ハハ!」
彼は高らかに勝利宣言すると、竜魔素アクセルを叩いて加速し、さらに前にぶっ飛ばして行った。
くそ、あいつ! さすがにカチンと来た。僕もさらに竜魔素アクセルを叩き、彼に迫った。ウニルが苦しそうにきゅうと鳴いた。
「ヨシカズ、やめろ! もう勝ち目はない!」
「そんなの、まだわからないじゃないか!」
僕はさらに竜魔素アクセルを叩く。ウニルはさらに悲鳴を上げる。
「無理にあいつを追おうとするな! あいつは、今までレース中に何人もの選手を再起不能にしてるんだ」
「だ、だからなんだって言うんだ!」
僕の加速は止まらなかった。一気にジレに追いつき、並んだ。よし、このまま、奴を抜いて――。
「そうか。二位よりリタイアのほうがいいか」
瞬間、ジレの悪魔のような冷ややかな声が聞こえた。そして、同時にその手から灼熱の爆炎が迸ってきた!
とっさに手綱を引き、その直撃を回避したが、かなりの高温だった。ウニルの羽の一部は焼け焦げてしまった。そして、僕がひるんでいる隙に、彼はあっという間に先に行ってしまった。
「あいつ……僕を本気で殺す気で……」
さっきの槍斧の一撃といい、慄然とせずにはいられなかった。だが、ここで引くわけにはいかない。ゴールはもうすぐそこなんだ。再び手綱を強く握り締めた。
だが、そこで、
「もうよせ、ヨシカズ!」
ワッフドゥイヒが再び僕を止めた。
「これ以上あいつに関わるのは危険だ。君は十分よくやった。二位でも別にいいだろう――」
「だめだ!」
とっさに叫んだ。
「僕はこの試合で絶対に一番にならなくちゃいけないんだ!」
「なぜだ? こんなのはたかが祭りの余興だろう? 君が命をかける必要なんてないはずだ」
「ある! 僕は約束したんだ、学園長と! このレースで一番になって、君を牢から出してもらうって!」
「なんだって!」
ワッフドゥイヒは瞬間、とても驚いたようだった。
「そ、それは本当か、ヨシカズ!」
「ああ、だからここで引くわけにはいかない!」
僕は手綱を引き、同時に竜魔素アクセルを叩いた。強く。
「待て! ヨシカズ!」
ワッフドゥイヒが叫んだが、もはやその声は僕には聞こえないのと同じだった。そのまま再び加速し、ジレを追いかけた。
ウニルは満身創痍ながらも懸命に僕に応えてくれた。僕達はあっという間に距離を縮め、再び、ジレに迫った。もう一度、このままもう一度並んで、そして追い抜けばいいだけだ……。タイミングを見計らって、竜魔素アクセルを叩く――。
だが、その直前、
「目障りだって言ってるんだよ!」
ジレの爆炎が再び僕に降り注いだ!
「うわあっ!」
とっさに上体をそらし、それをよけた僕は、しかしバランスを崩し、ウニルから落ちてしまった。「ヨシカズ!」頭の中で、ワッフドゥイヒの声が響く。それは彼らしくない悲痛な叫びだった。