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「うわああっ!」
僕はただ悲鳴をあげるだけだったが、ウニルの反応は俊敏だった。彼女はすぐに上に方向転換し、それらの直撃を避けた。ありがとう、ブリリアントウニル号!
「あ、あぶなかった……。あいつら、僕を殺す気かよ」
「出る杭は打たれるってものさ。君は特に、彼らにとって未知の存在だろう。早めに叩いておこうって考えなのかもしれない」
「だからって、よってたかってはないだろう」
死ぬかと思ったんだぞ!
「じゃあ、君も彼らに反撃すればいい。やられたらやりかえず、それだけのことだ」
「ワッフドゥイヒ、君は……」
なんだか、さっきから、彼は捕まる前の自信に満ちた彼に戻っている気がした。本当に、今僕と話をしているのは、第三詰所の牢屋に閉じ込められて、みじめにしおれていた彼なんだろうか?
しかし、その自信に満ちた声は、僕に勇気を与えてくれるようだった。「そうだね。こっちも攻撃だ!」うなずき、眼下の先頭集団に向けて、手をかざした。食らえ、必殺の一撃!
ぽふっ!
光の球は出ることには出た……のだが、またしても、ゆっくり進行だった。そして、僕達はそれなりの速さで前に進んでいるわけで、僕の手から出た光の球は、まるでシャボン玉のように後ろに飛んで行って消えてしまった……。
「ヨシカズ、今のはなんだ?」
「え、えっと……照明魔法だよ。今暗いからさ、はは」
「にしては、すさまじい魔力を感じたぞ? 君は周りを明るくするのに、人を殺せるような照明を作るのか?」
「殺せないから大丈夫だよ。まず当たらないし……」
「……そうだな。あれでは当たらないな」
彼は呆れたようにため息をついた。くそ! ノーコンだって馬鹿にしやがって! その通りだけど!
「もしかして、君が使える魔法はこれだけなのか?」
「うん……」
「なら、一つ提案がある。君にしかできない、原始的でかつ暴力的な戦法だ」
「なんだよそれ?」
「君自身の体内の竜魔素をそのまま放出し、彼らにぶつけるんだ」
「あ、そうか!」
すぐにピンときた。強すぎる竜魔素というのは、人間にとって毒と同じなんだ。そして僕のはあの宵闇の陽炎達も受け付けないくらいの、強さだ。全く実感はないけど……。
「でも、竜魔素をそのまま放出ってどうやって……」
「俺の剣を使うといい。それは優れた魔法触媒でもあるんだ」
「この腕輪を?」
僕はふと、右手でそれに触れてみた。すると、たちまちそれは剣となり、僕の右手に吸いつくようにおさまった。
「いきなり剣になったけど……」
「それは使用者の意志を反映する。君が剣のことを考えながら触れたから、そうなったのさ。さらに君が竜魔素を放出したいと願えば、剣はそれに応えるはずだ」
「なるほど。便利なものなんだな」
竜魔素を注入すれば自動的にそれを使用者の望む形に使ってくれる、って感じだろうか。旦那さんの給料をしっかり管理する奥さんみたいだ。
「よし! じゃあ、派手にぶちかますぞ!」
剣を両手で握りしめ、竜魔素放出のイメージを頭に描きながら、それを眼下を行く先頭集団に向けて振った。とりゃ!
瞬間、もやっとしたものが刃から出た。そう、無色透明のもやっとした何か。それはイメージ通りに先頭集団に向けて降り注いだ。そして、彼らはたちまち痙攣し始め、殺虫剤を浴びせられたハエのように次々と下に舞い降りて行った……。
「やったじゃないか、ヨシカズ!」
「う、うん……」
確かにそうなんだけど、素直に喜べないような。全然かっこよくないし、爽快感もない。おまけに、すごく卑怯なことをした気がする。
「もっと胸を張ったらどうだ? これは君にしかできない戦法なんだぞ」
「そうなのか?」
「ああ。普通の術士が同じことをやれば、とたんに体内の竜魔素が枯渇して死に至るだろう。これは本当に、コストパフォーマンスの悪い、普通ならまず絶対やらない、バカげた攻撃なんだ。君だからできることだ」
「お、おう……」
褒められてるんだよな、一応? やっぱり素直に喜べない。
だが、おかげで僕が一躍トップになったのは間違いなかった。前にも横にも誰もいない、僕だけの空が広がっている。それはやはりとても気分がよかった。後ろから時々他の選手が追いついてきたが、竜魔素アクセルを叩いて加速すると、すぐに引き離すことができた。おそらく、有力選手のほとんどは僕の殺虫剤みたいな攻撃でリタイヤしたんだろう。軍用レ・ヌーのレースって意外とチョロいもんだな! 勝利を確信し、すっかり浮かれてしまった。魔法の光のラインで描かれたコースは街の上空を楕円形に周回し、時折、時計塔などの高い建物の周りを回りながら、ゴールの広場へと続いていた。急カーブや急に狭くなっているところなど、テクニックを要求されるところはそれなりにあったが、全部ウニルが勝手にクリアしてしまった。僕はただ振り落とされないように気をつけながら、自動的にゴールにつくのを待つだけでよかった。
だが、コースも終盤に差しかかったときだった。ワッフドゥイヒは急に声を上げた。
「ヨシカズ、右に飛べ!」
「え――」
瞬間、僕の左側を何者かが弾丸のような速さで通り過ぎた。その腕に握った槍斧の刃で、ウニルの左翼を斬り裂きながら――。
「うわあっ!」
傷を負ったウニルはたちまち速度を落とし、その場で旋回し始めた。あわてて手綱を引き、ホバリング飛行に戻した。見ると、左翼の真ん中ぐらいにかなり深い切り傷を負っているようだった。肉が露出し、じわじわ出血している。