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 それから、寄宿舎に戻った僕は、さっそくもらった教本に目を通した。それは軍用レ・ヌー用ではなく普通のレ・ヌーを初心者が乗りこなすためのものだったが、ところどころ「攻略メモ」の付箋やマーカーが記されていた。さらにはさまれていたメモを読むと、それらはテティアさんが用意したものらしかった。軍用レ・ヌーのマニュアルは残念ながらないの、ごめんね、とも書かれていた。


 そうか、まるっきり丸投げってわけでもないんだ……。


 クラウン先生にも励まされたし、ルーにも豆をもらったし、みんな応援してくれてるんだ。ウニルに打ちのめされた体と心に、その気遣いが染みいるようだった。さらに、山岸も僕を励ましてくれた。少し元気が出た。よし、明日からがんばろう!


 だが、翌日、夜が明けると同時に特訓を再開したが、何も状況は変わらなかった。ウニルに拒絶され、攻撃され続け、体の生傷が増えるだけだった。せっかく教本を読んだのに、これじゃまるで意味がない……。次第に心がすさんできた。


 結局、何の進歩もないまま夕暮れになった。やっぱり僕じゃダメなのか……。体からどっと力が抜け、薄暗い厩舎の藁の上に倒れた。


「そんなに腐らないで。まだ時間はあるわ」


 山岸が心配そうな顔をしてそんな僕を見降ろしていた。だが、僕はもう何か答えるのもめんどくさかった。ゆるく首をふって目を閉じた。


 なんで僕がこんなことしなくちゃいけないんだろう。そりゃ、ワッフドゥイヒがああなったのは、僕のせいだけど。でも、だからって、こんなことできるわけないだろう。人間には分不相応ってものがあるんだ。僕はあいつみたいに高性能じゃない。努力なんかしたって、出来ないものは出来ないんだ……。


「そうだね。君は所詮この世界では脇役だ。物語を動かす力なんて、ないのさ」


 と、そこで、例の少女の声が聞こえてきた。はっとして目を開け、体を起して周りを見回した。しかし、今回はその姿はどこにも見当たらなかった。幻聴? まあ、元から幻みたいな、よくわかんないやつだけど……。


「早良君、どうしたの?」

「あいつの声がしたんだ」


 トリックスターと名乗る少女のことはもう山岸に話していた。山岸も僕と同じこの世界の「作者」のはずだけど、今のところ遭遇はしてないということだった。


「またあいつにバカにされたよ。僕じゃワッフドゥイヒを助けるのは無理だってさ……。全く、その通りだよな」


 重く息を吐いた。もう腹立たしさすらわいてこない。そう、あいつは今まで一度だって嘘はついてない。あいつの言葉は確実に当たる予言なんだ。だから、僕は何をやっても無駄――。


「早良君、しっかりして! そんなんじゃ、牢の中のワッフと同じよ!」


 と、そこで山岸が強く叫んだ。


「早良君、前に言ってたじゃない。あんなに落ち込んでるワッフは情けないって。それなのに、早良君も同じように絶望して、何もかも諦めちゃうの? そんなの……そんなのって……」


 叫びながら、山岸は目にいっぱいに涙を浮かべていた。


 そうか……ここで諦めたら、あいつと同じ……。


 その言葉に強く胸を打たれる思いだった。僕はバカだ。あいつが暗い所に閉じ込められてて、心底絶望してるのを助けようっていうのに、僕の方が先に絶望してどうするんだ。まだ時間はあるのに。


「そうだね、僕は……僕達はまだ諦めちゃいけない!」


 そのまま体に力を入れ、勢いよく立ちあがった。そして、再びウニルの、前に立った。彼女はやはり険悪な表情で僕を睨んでいる。だが、もう退くわけにはいかない。


「ウニル! よく聞け! 僕は別にお前のご主人さまの代わりになろうってわけじゃない。ただ、三日後のレースまで、お前の背中を借りるってだけだ。僕には絶対にそうしなきゃならない理由があるんだ! もうお前の意志なんか関係ない。僕はお前を何が何でも乗りこなす!」


 叫ぶや否や、僕は可能な限りの素早さでウニルの背中に回った。やはり彼女は抵抗の姿勢を見せたが、そこは所詮動物、直前に僕が大声を出すことで、少しひるんでいたようだった。今までは不可能だった「ウニルの背後を完全にとる」ということができてしまった。


 よし! このまま一気に――。


 ただちにその背中に覆いかぶさり、乗った。たちまちウニルは体をじたばたさせて暴れ出した。僕を振り落とそうとしているようだ。


「いいから、少しは僕に協力しろ!」


 その揺れる背中の上で再び叫び、勢いのままにウニルの首の周りの銀のプレートを叩いた。


 すると、とたんに、それは強い光を放ち始めた。同時にキュイイインという、何かが起動するような小さな音が、ウニルの体から聞こえてくる……。


「あ、あれ?」


 もはやウニルは暴れていなかった。僕が銀のプレートを叩くと同時に、目から赤い光を発射し、翼を水平に広げていた。そして、いきなり、垂直に飛び上った!

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