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 それから僕達はそれぞれの寄宿舎に戻った。部屋に入ると、僕は明かりもつけずにベッドに倒れ込んだ。


 結局……何もできなかった……。


 ワッフドゥイヒに会えたものの、助けることはできなかった。それに、先生が来てくれなかったら僕も捕まってた。怒られるのも当然だ。何もできない無力な人間のくせに、あんな無茶をやらかしたんだから……。暗い気持ちで胸がいっぱいになった。目をぎゅっとつむった。


「……早良君、そんなに自分を責めないで」


 山岸の声が聞こえた。


「まだ他に何か方法があるかもしれないわ。だから……」

「無理だよ。きっと、もうこの物語のバッドエンドは確定してるんだ」


 僕は目を開け、ゆっくりと上体を起こした。


「しょせん、冴えない脇役が何をやったって物語を変えることはできないってことさ。話を動かすのはいつだって主人公だ。そして、肝心のそいつは今、まるでその気がないと来てる……」


 牢屋でのワッフドゥイヒの姿が目に浮かび、ふいにたまらなくいらいらした。


「今のあいつは本当に情けない。あんなのが僕達の物語の主人公って言えるのか? 少なくとも、僕が描きたかった主人公はあんなんじゃ……」


 と、そこで、はっと気がついた。僕自身の、ワッフドゥイヒに対するよくわからない感情の正体を。そう、僕はこっちの世界に来て、あいつと自分との差を見せつけられて引け目を感じたり嫉妬したりしてたけど、同時に、そういう輝いてるあいつに憧れも抱いていたんだ。だって、あいつは、僕の物語の「理想の主人公」だったから。なりたい自分そのものだったから……。だから僕は、あいつの惨めな姿なんて見たくなかったんだ。


「ねえ、山岸さんは今のあいつをどう思う?」

「彼はフェトレと自分との関係に絶望してるんだと思う。その気持ちはよくわかるけど……私も、あんな彼は見たくなかったわ」

「そう、だよね……」


 僕達は顔を見合わせ、共に重く息を吐いた。


「……本当にもう彼を助けることはできないのかしら?」


 山岸はじっと僕を見つめながら言う。昨晩と同じように窓から差し込む月光がその半透明の体を淡く照らしている。


「さっき私ね、早良君と彼との話、少し聞いちゃったの。彼言ってたじゃない。早良君は勇気のある人だって。私もそう思う。最終的に失敗しちゃったけど、ああやって彼に会って話ができたのは、早良君が勇気を出して行動したからでしょう?」

「それは、そうかもしれないけど……結局無駄だったんだ。何もかも」

「でも、そうやって勇気を出して行動していけば、変えられないものも変えられるようになるんじゃないかしら?」

「勇気を出して、か……」


 確かに、勇気を出して行動すれば、それは結果につながるかもしれない。ワッフドゥイヒが言っていた、宵闇の陽炎に襲われた時がそうだった。あの時は無我夢中には違いなかったけれど、でも、僕なりのちっぽけな勇気もそこにあったんだ。そして、僕が前に出ることでみんなが助かった。それは間違いない……。


 でも、これからいったいどうすればいいんだろう?


「ねえ、早良君。ノートに書いたことはこの世界では絶対って言ってたけど、具体的にはどういう文章でどういうことを書いたの?」

「あいつが家の事情でラーファスから離れることになった、って書いたよ。本当にそれだけなんだ」

「離れることに……なった? その書き方で間違いないの?」

「そうだけど。どうして?」

「だって、その書き方、未来形じゃない? まだ事実が完全に確定してない書き方だわ」

「あ……」


 言われてみれば確かに。


「でも普通はそういうふうに書いたら、それはもう決まったようなもんじゃないか。後に続く文章でそれを否定することもできるけど、それは物語としてはとても卑怯なやり方だ。読者を騙すみたいな」

「それは登場人物の頑張り次第じゃないかしら。本当に説得力のある展開と描写なら、それぐらいのハッタリは許されるはずよ」

「登場人物の頑張り? 説得力?」


 なんかものすごい勢いで焚きつけられてる気がする……。


「が、頑張るのは脇役じゃダメなんじゃ……」

「そんなことないわよ。脇役の活躍で主人公が救われる物語もよくあるじゃない」

「いや、よくはないような」


 それ、話として破綻してるし。主人公が主人公の仕事してないし。


「とにかく、まだ希望はあると思うの。頑張りましょ。ね?」

「う、うん……」


 自信は全然なかったが、そう答えるしかなかった。頑張るって言ったって、いったいどうすればいいんだろう。

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