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「昼間見たんだけど、あっちに小さい扉があって、内側にかんぬきがかかってるだけだったの。だから、それをなんとかすれば――」
なるほど。僕は無言で山岸にうなずき、同じことをアニィとルーに話した。
「内側からかんぬき? 非常用の出口ってところかしら?」
「たぶんそんな感じだろう。だから、それを魔法を使わずになんとかできれば――」
「でも、ロープとか梯子とか使ってもきつそうな高さよ。そんなの使ってる間に絶対見つかると思うし」
「それに、そんな道具もないもんね」
と、アニィの言葉にまたお気楽にルーが答えた。
「ルー、あんたって本当に緊張感ないわね。少しは真面目に考えなさいよ」
「えー? 魔法を使わずに中に入る方法? そんなのわかんないよ」
またさらっと言う。そんな簡単に考えるのを諦めなくても……。
しかし、そのときだった。
「そうだわ、ルー、あんたならどうにかできるかも」
アニィが何か思いついたようだった。
「アタイが? どうすればいいの?」
「ちょっとこっちに来て」
アニィはルーの手を引っ張り、僕の正面に立たせた。そして、自分はその背後に回った。一体何をする気だろう?
「ルー、あんたはまだ男の子と付き合ったことはないのよね?」
「うん。アタイ、まだ恋愛とかそういうのよくわかんなくて」
「だったらこれでいいかしら……」
「何が?」
「ごめん。先に謝っておくわ」
と、言うや否や、アニィはルーのベルトの寄せ集めみたいな上着の肩ヒモをつかみ、なんと――いきなり下におろした!
ぷるんっ。
「な――」
一瞬のうちに目の前に現れた、女の子の胸の二つの白いふくらみに、ぎょっとせずにはいられなかった。それは本当に大きくてやわらかそうで、ぷるぷるしてて、ふくらみの先端は綺麗な桜色だった――。
「み、見ちゃやだあっ!」
ルーはたちまち顔を赤くして、胸を手で覆った。が、その行動はあまり意味がなかったようだった。なぜなら、その次の瞬間には彼女はアヒルになってたからだ。
「ちょ、これはいったい、どういう……」
口をパクパクさせながらアニィに尋ねた。
「ルーをアヒルにするにはこれが手っ取り早いかなって思って」
アニィは舌を出しながら、いたずらっぽく笑った。
「ひどいよ、アニィ! アタイ、男の子に胸を見られたことないのに!」
アニィの足元でアヒルが涙目で暴れている。「ごめんごめん」アニィは軽く謝る。
彼女達の足元にはさっきまでルーが身に着けていたベルトの寄せ集めみたいな服が散らばっている。よく考えたら今は全裸なんだよな……。アヒルなら恥ずかしくないのか。
しかし、アヒルにするためとはいえ、いいもの見せてもらったなあ、ハハ。さっきの光景をしっかり脳内に保存した。
「早良君、なにニヤニヤしてるの」
山岸は半開きのいやな目つきで僕を睨む。
「い、いや、すぐアヒルになっちゃったから、全然見えなかったし……」
小声で言い訳したが、
「ウソ。今のはしっかり見て、しっかり記憶したって顔だったわ。いやらしい」
不機嫌そうにそっぽむかれてしまった。まあ、実際その通りなんだけど……。
「で、でも、ルーをアヒルにしてどうしようっていうんだい?」
とりあえず、アニィに尋ねた。
「そりゃ、決まってるでしょ。アヒルは空を飛べるじゃない」
「あ、そうか」
今のルーなら魔法を使わずにあの建物の塀を飛び越えられるんだ。
「いい、ルー? これからその姿で塀の中に入って、塀の中でこれを食べて元の姿に戻るの。それで内側から扉を開けるの。それがあんたの仕事よ」
アニィは懐からおもむろに豆が入っていると思しき袋を出した。そんなもの持ってきてたんだ。
「アニィ、それアタイにくれるの?」
「そうよ。仕事がすんだら食べていいわ」
「わかった、アタイがんばる!」
ルーは目の前の豆を見て、一瞬で上機嫌になったようだった。これじゃ、まるで餌付けだ……。
それから僕達は雑木林を出て、非常用と思われる小さな扉のすぐ前まで行った。そこは外側からは何もないただの壁に見えた。だがよく顔を近づけてみると、うっすら扉の形に亀裂が走っていた。きっと、外部の人間には秘密にしている扉なんだろう。
「あんた、よくこんな扉の場所、わかったわね」
「と、図書館の本に書いてあったんだよ。ハハ」
また訝しそうな目をするアニィに、僕は適当に言い訳した。嘘だけど。
「じゃあ、ルー、頼んだわよ」
アニィは豆の袋と服を背負ったアヒルを上に放った。その影はすぐに上昇し、塀を飛び越えて中に入って行った。
そして、数分ほど待ったのち、
「う、うーん……」
そんなふんばり声と共に、扉は内側からゆっくり開いた。やった、成功だ! 僕とアニィもすぐに手を貸し、一緒にその重そうな扉を開けた。
中に入ると、そこはちょうど施設の裏側の狭い草地のようだった。運よく周りに人の気配はなかった。誰かに見つかったら大変なことになるだろうけど。
「こ、ここからは慎重に行こう」
僕は抜き足差し足で建物のほうに進んだ。すると、
「あたしたちはここで待ってるわ」
アニィはルーの腕を引っ張って、外に戻ってしまった。
「え……一緒に来てくれないの」
一気に心細くなって、その場で足が止まってしまった。すると、アニィは足早にこっちに駆けてきて、僕の耳元で囁いた。
「ルーは一緒に連れていけないでしょ。あたしがここでお守りをしておかないと」
そうか。ルーを連れて行ったらさすがにすぐ見つかってしまう。でも、本人は……。ちらりと彼女のほうを見ると、いかにも一緒に行きたがっている感じだった。これはさすがに、アニィに引きとめてもらう以外なさそうだ。
「わ、わかったよ。一人で何とかするよ……」
自信がなかったがそう言うしかなかった。実際は一人じゃなくて山岸も一緒だし。
「あんた、本当に一人で大丈夫?」
「大丈夫……じゃないかも……」
「でしょうね」
アニィはため息をついて、懐から小さな瓶を取り出した。中にはどろっとした青い液体が入っている。
「これは魔法の薬なの。飲むと少しの間だけ気配を消すことができるわ。目の前にいても気づかれないぐらいにね。でも、数分しか効果が続かないし、ワッフドゥイヒやルーやあんたみたいな、竜魔素耐性の高い人には効かないのよ。気をつけて使うのね」
アニィはそれを僕に手渡すと、また外に戻ってしまった。「ありがとう」僕はその小瓶を握りしめながら礼を言った。
「アニィって口はちょっと悪いけど、優しい子ね」
山岸がつぶやくのが聞こえた。