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「なに、これ……?」


 僕達はただちに周りを見回した。


 僕達のいるところ、それは大きな通りに面した建物の屋根の上だった。目の前の街並みは現代日本のそれとはまるで異なっていて、レンガを組み合わせた建物が並んでいた。


 さっきまで夕方だったはずなのに、今は太陽は真上にあり、通りはとても明るかった。往来は多く、行きかう人々の姿も、服装から髪の色、目の色、何もかもに現代日本っぽさがなかった。


 そう、ある者は金髪碧眼、ある者は褐色肌にこげ茶色の髪、またある者は透けるような銀の髪。いずれも、僕達とはまるで容姿が異なっていた。


 そんな彼らが僕達が立っているすぐ下を次から次へと通り過ぎていく。中には大型の、緑のうろこを持つトカゲ鳥をひきつれている者もいる。大通りに面したとある露店では「貴重な世界竜の尾のうろこ」で作られた小物を売る男がいる。また、その近くでは、手から火を出してバーベキューを調理している老婆がおり、その店の売り子の少女は空中浮遊しながら客引きをしている……。


「この世界は、もしかして――」


 間違いなく初めて目にした景色のはずだが、同時にとても見覚えがあった。そう、ここはまるで……。


「ラーファス学園竜都、ね」


 と、山岸が僕の脳裏に浮かんだ言葉をそっくりそのまま口にした。


 そう、ここは空を舞う巨大な竜の上に作られた街、ラーファス学園竜都。僕がずっと小説に書いてきた妄想世界そのもの……。


 屋根の上から遠くを見ると、街の向こうに農地と森があり、さらに向こうには空があった。山はどの方向にもない。そう、風よけに街の周囲に作られた森の向こうには一面の空の青さが広がっているはずだ。そういう設定だし。


「竜都というのは、普通は人の居住地に対して十倍以上の農地と森林があるものだけど、ここはそうじゃないのよね」


 山岸が独り言のように言う。


「ああ、ここは特に小さい竜都だし、農地は人の居住地の三倍くらいしかない。食料の大半は近隣の竜都からの供給でまかなわれている」


 僕もぼんやりと説明する。いや、それは説明というよりは、テストの答え合わせに似ていた。


「普通、竜都っていうのは、ごく限られた人種しか住んでないものだけど、ここは例外。……そうだったわね?」

「学園竜都だからね。いろんな竜都からいろんな人種の学生達が集まってきてるんだ」


 僕達の会話は実によくかみ合っていた。誰にも話したことのない創作の、誰にも話したことのない設定のはずなのに。


「……私達、なんでこんなところにいるのかしら?」

「さあ?」


 信じられない気持ちだったが、僕は不思議と落ちついていた。あまりに非常識な光景なので、夢を見ているような気分だった。


 しかし、夢にしてはやけにリアルだ。


「やっぱり、これって――」


 と、山岸は自分の頬をつねり始めた。


「何してるの?」

「ほら、よく言うでしょ? 夢って痛みを感じないって」

「なるほど。どう?」

「痛いわよ」

「じゃあ、夢じゃないんじゃ――」

「あ、そうそう。こういうのって、自分でやるとダメなんだわ」


 山岸はポンと手をたたいた。そして、いきなり僕のほおをつねった。


「いたたたたっ!」

「早良君も痛い? じゃあ、夢じゃな――」


 と、山岸がつぶやいた瞬間、また周囲の世界が一変した。


 どういうわけか、僕達は再び元の教室に戻ってきたようだった。


「あ、あれ……?」


 僕達は呆然と顔を見合わせる。


 そこは間違いなく、放課後の人気のない教室だ。窓からは黄昏色を帯びた陽光が差している。その向こう、校庭からは運動部員達の掛け声が遠く聞こえてくる……。


「やっぱり、夢、だったのかな?」


 山岸は小首を傾げた。長い黒髪がさらりと白い頬に流れた。


 と、その瞬間、後ろから教室の扉が開く音が聞こえてきた。はっとして振り返ると、二人組の女子生徒が教室に入ってくるところだった。僕と同じように忘れ物でも取りに来たのだろうか。


 僕は彼女達を見て、たちまち委縮してしまった。だって、人気のない教室で、ぼっち男子がぼっち女子と二人きり話しているところを目撃されてしまったのだ。それはやっぱり、すごく恥ずかしい。後でどんな噂を流されるのかわかったもんじゃない。


 に、逃げなきゃ、すぐに!


 僕は近くに落ちていた自分のカバンを拾うと、教室の前の入り口から脱兎のごとく走り去った。


「あ、早良君、待って――」


 後ろから山岸の声が聞こえた気がしたが、骨の髄までぼっちメンタルの僕の脚を止めることはできなかった。

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