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ラーファス魔術医院を出ると、僕達は共に寄宿舎に帰った。帰り道、アニィとルーは妙に明るくわざとらしく、天気や学校の勉強のことなどを話した。ワッフドゥイヒのことや「寝たきりの友人」のことで、僕に暗い気持ちになってほしくないようだった。二人ともいい子ね、と、山岸はつぶやいた。僕も同感だった。
男子の寄宿舎の自分の部屋に戻ると、僕はすぐに山岸に全部話した。ワッフドゥイヒの置かれている危機的状況はもちろんのこと、その原因となった、僕自身がノートに書いた文章まで全部包み隠さず、だ。正直、それを言うのはすごく恥ずかしかったし、軽蔑されるかもという気持ちもあった。しかし、話さずにはいられなかった。
「そう……本当にとても大変なことになってるのね」
山岸もアニィ達と同様に僕の話にとても驚いたようだった。
「僕のせいなんだ。あんなこと書かなきゃ……」
「そうね、ほんとにバカなことしたものね」
山岸はむっとした顔で僕を見つめた。やっぱりそういう反応されるよなあ。「うん、自分でも本当にそう思ってる……」うなだれて、小声でつぶやいた。罪悪感で胸がいっぱいだった。
すると、山岸はそんな僕の顔の下にふわりと回り込んできた。
「でも、やっちゃったことはしょうがないよ。そんなに自分を責めないで。ね?」
彼女は僕に微笑みかけた。とても優しい笑顔に見えた。
「山岸さん……」
たちまち胸が熱くなり、少しだけ涙が出た。こんな最低でどうしようもない僕なのに、そんなふうに笑ってくれるなんて……。眼鏡をかけてないその素顔はとてもかわいく見えた。
「いったい僕、どうしたらいいんだろう。せめて向こうの世界に戻れればいいんだけど……山岸さんがその状態なら、たぶん無理だよね?」
「試してみる?」
と、とたんに山岸は僕の顔にパンチしてきた。だが、それは僕の体をすり抜けるだけだった。やっぱり無理だ……。
「ごめんね、私、何の役にも立てないみたい」
「そんな! こうやって話ができるだけでも心強いよ」
心の底からそう思った。半透明だけど話ができるだけでも、すごくうれしい。
「と、とにかく、今はワッフドゥイヒを助ける方法を考えないとね」
山岸は少し照れくさそうに微笑みながら言った。
「助ける方法か……まだあるのかな?」
学園長には断られてしまったし。ついでに殺されそうになったし。
「やっぱり、先生の言う通りかもしれない。一人の無力な学生の僕ができることなんて何も……」
「ねえ、早良君、こういうとき、ワッフドゥイヒなら何て言うかしら?」
「え?」
「私達の物語の主人公よ。彼ならきっと、今みたいなことは言わないと思うの」
「……言われてみれば」
確かに、「主人公の中の主人公」なら、きっとこんな弱音は吐かないだろう。それどころか、むしろずっと強気になるに違いない……。
そうだ、本来のあいつならきっとこう考えるはずだ。
「押してダメなら、とことん押す。話が通じないなら実力行使あるのみ。それがあいつのやり方だ。つまり、傲慢なあいつなら、牢屋に忍びこんで直接助けようとするだろう――」
と、その瞬間、僕らしくない妙に勇ましい気持ちが胸にあふれてきた。僕もまたそうするべきだと思った。むしろそれしかないとも。
「それはきっととても難しいし、危険なことだと思う。でも、彼を助けるにはもう他に方法がない。やるしかない。僕は彼を何としても助けなくちゃいけないんだ」
言いながら、なんだか自分が自分でなくなっていくような不思議な気持ちだった。
「それって、失敗したら早良君も一緒に処刑されちゃうんじゃないの?」
山岸は心配そうな顔で僕を見ている。
「だとしても、僕はやるよ」
まだ時間はある。今はどんな小さな可能性にでもすがるしかない。そして、僕は彼を助けるために、彼のような有能で勇気ある人間になりきらなくてはいけないと思った。