34
「お前か。宵闇の陽炎ごときに失態をさらす無能のくせに、私に何を言うつもりだ」
フォルシェリ様は今度はクラウン先生をにらんだ。
「ええ、そうですね。私は宵闇の陽炎からも、冤罪からも教え子を守ることもできない、無能極まりない教師です」
先生はフォルシェリ様の態度に全く動じてないようだった。むしろ、冤罪と、しれっと嫌味を言っている!
「そこの小僧のみならず、貴様まで私に盾突く気か!」
フォルシェリ様はいよいよ怒り狂ったようだった。ただならぬ不穏なオーラをまとって、こちらを激しく睨んだ。その三つ編みはゆらゆらと動いている。まさに、怒髪天を衝く勢いだ……。
「二人まとめて消え失せろ!」
とたん、強い光がこちらめがけて放たれた。またしても僕は死を覚悟した。
だが、次の瞬間、僕は学園の中庭に立っていた。
「あ、あれ?」
「……さすがに今のは危なかったな」
周りを見回すと、すぐそばにクラウン先生が立っていた。そうか、先生が転送魔法でとっさに外に出してくれたんだ。学園長室に突然現れたのもそれを使ったせいだろう。
「あの……ありがとうございます」
短い間に二回も命を救ってもらったのだ。頭を下げずにはいられなかった。
「この学園で平穏無事にやって行きたいのなら、あまり学園長を怒らせないことだ。命がいくつあっても足りんぞ」
「は、はい……」
それは今ので死ぬほどよくわかりました。
「でも、なんであんなに怒ってるんですか? 僕はただワッフドゥイヒのことを話しただけなのに」
「学園長にあいつを助けてくれと頼むつもりだったのか。俺は言ったはずだぞ。あいつのことは諦めろ、と」
先生の声音が急に低く、高圧的になった。
「だって、先生もさっき言ったじゃないですか。冤罪だって。それに、学園長もそれは認めてました。なのにどうして何もしないんですか?」
「あいつが、ワッフドゥイヒ自身がそれを拒んだからだ」
「え――」
どういうことだろう。無実の罪で捕まったのは明らかなのに。
「お前は今朝、あいつが捕まるところを見ていたな? あいつは、学園長の最初の問いに『はい』と答えたはずだ。それがすべてだ」
「最初の問いって……」
確か、フェトレの正体を知っていたかどうかってことだっけ。
「学園長に、ワッフドゥイヒを助ける用意はあった。あいつはただ一言、その問いに対して『いいえ』と言葉を発すればよかったのだ。そういうことにすれば、あいつの身に降りかかった嫌疑は全て払しょくすることができる。フェトレとはただの級友として接していた。それだけの話で丸く収まる。少なくとも学園長はその理屈を通すつもりでいた。だが、あそこであれはバカ正直に『はい』と答えた。その問いの意図は察していたであろうに、だ……」
先生は仮面の下で重く息を吐いた。
「で、でも、フェトレが何者かを知ってるってそんなに大事なことなんですか?」
「級友が親のかたきの娘だと知ってもなお、表面上は今まで通り付き合っている、それがどれだけ不自然なことだろうな。邪推の余地はいくらでもある」
「そんな……あいつだっていろいろ悩んでたに違いないのに……」
彼が捕まる直前にかわした言葉を思い出した。
「あいつは気付いていたはずだ。フェトレに何かあった時、自分はまっさきに疑われる立ち場にあると。だから、あいつは自分を守るためには、ラーファスを離れるしかなかった。だが、それをしなかった。なぜだ。その理由が必要となる」
「それは……フェトレのことが好きだったからじゃ……」
「そんなのものは第三者に無罪を証明する理由にはならない」
「そう……ですね……」
さすがに僕もそれは理解できた。それに、「好きだから一緒にいたかった」という理由は、「復讐したいから一緒にいることを選んだ」とそのまま置き換えることもできる。相手への執着という意味では、両者は本質的には全く同じだ。そして、それがどちらであるかは、本人以外誰もわからない……。
そういえば、今朝、あいつはこう言ってたっけ。俺は彼女を裏切ってる、と……。
それはどういう意味だったんだろう。まさか、あいつは本当にフェトレを復讐の道具にするつもりだったのか? そして、それがばれたから、潔く捕まったってことか……?
違う! そんなはずない!
瞬間、僕は降ってわいたバカな考えを強く否定した。あいつがそんなこと考えるもんか。だって、あいつは、山岸が言う「主人公の中の主人公」なんだぞ? 僕なんかと違って、なんでもできて、高潔で、恐れを知らない。あいつはそうあるべきなんだ。そういうふうに設定されたキャラのはずなんだ。こそこそと復讐を企てるなんて、そんなのらしくない。似合わない。
「先生、あいつはもう、助けられないんでしょうか……」
「厳しいな。学園長がああもへそを曲げていてはな」
先生はそこでまたため息をついた。
「学園長が怒り心頭なのはワッフドゥイヒが救いの手を拒んだからだろう。彼女のことは昔から知っているが、短気で怒りっぽくプライドだけはやたらと高い、本当にめんどくさい人間だ。一度癇癪を起すと、誰の話も聞かない。もう彼を助ける気などないだろう」
「そんな……」
「だから俺は言ったはずだ。諦めろと」
「でも、あいつが処刑されるなんて、そんなのあっちゃいけないんだ!」
そうだ。そんなの主人公らしくない。あいつは常に自信に満ちて、表舞台で輝いてないとダメなやつなんだ。
「気持ちはわかる。だが、ことは王族同士の権力争いが絡んでいる。ただの学生にすぎないお前では、しょせん何もできない。繰り返すが、もう、あいつのことは諦めろ。二度とこのことに関わるな。下手をすると、お前の立場まで危うくなるぞ。いいな?」
先生の声にはやはり、うむを言わせない圧力があった。僕はただ、無言でうつむくしかできなかった。
やがて、先生は校舎のほうに戻って行ったが、その去り際、ふと思い出したようにこちらに振り返り、尋ねてきた。
「ところで、学園の門を壊したのはお前か?」
まずい。もうバレてる!
「す、すみません。急いでたもので……あとでバイトでも何でもして弁償します!」
「いや、いい」
「え?」
「あれは壊れるほうがおかしいものだからな」
先生は独り言のように呟くと、そのまま向こうに歩いて行ってしまった。どういう意味なんだろう? お咎めはなしってことかな? よくわからないが、とりあえずいいほうに考えた。




