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僕はそのまま走ってエリサ魔術学園に戻った。門は閉じていて中に入れなかったが、その一部をあのぺっぽこな攻撃魔法で壊して入った。これぐらい、後で謝ればいいと思った。とにかく、今はワッフドゥイヒを一刻も早く助けないと。そのまま校舎に入った。
学園はちょうど休み時間のようで、廊下にはたくさんの生徒達の姿があった。僕はその一人に声をかけ、学園長はどこにいるのか尋ねた。そして、今日は学園にいること、学園の中庭にある学園長室にいるであろうことを聞くと、すぐにそこに向かった。そう、偉い人に直談判。もはや僕にできることはこれしかないと思った。
学園長室というのは、学園の中庭の真ん中にある小さな離れのようだった。白い外壁の瀟洒な作りの建物で、周りには花畑があった。常温氷のガラスでできたその入り口は今は開放されていた。僕はそのままずかずかと中に入った。
フォルシェリ様は離れの一番奥の部屋にいた。ドアをノックすると、少しして中から扉は開いた。まず出てきたのは二十代後半くらいの綺麗な女性だった。褐色の肌に黒く長い髪をしており、それを左の肩に寄せてゆるくまとめている。深い紅色のタイトなローブを身につけており、その胸元は大きく開かれていて豊麗な乳房の谷間がよく見える……って、そんなところに目を奪われている場合じゃない!
「あ、あの、こんにちは。フォルシェリ様に話があって来たんですけど」
胸元から目を反らしながら早口で言った。ってか、この人誰だろう。
「あの、あなたは……」
「私はフォルシェリ様の副官、テティア・キーレンよ。あなたのほうこそ、何の用でここに来たのしかしら? それに、名前とクラスは?」
女性、テティアさんは上品な微笑みを浮かべた。
「ヨシカズ・サワラです。クラスは魔術科のクラウン先生のところで……」
「そう。あなたが例の」
「例の?」
「いろいろ規格外の面白い生徒だって聞いてるわ」
テティアさんはそう言うと、部屋の方に振り向き、「フォルシェリ様、ヨシカズ・サワラという生徒が来てますわ」と言った。
見ると、部屋は学園長室と言うよりは洋風の居間のような雰囲気だった。中央にローテーブルとソファがあり、フォルシェリ様はそこに寝そべって書類の束を睨んでいた。周りには高級そうな調度品が置かれていたが、部屋の広さの割に妙に数が少なく殺風景だった。そして、その代わりのように、部屋の隅にバキバキに壊れた調度品の残骸が積まれていた。
「あれはなんなんですか……」
小声でテティアさんに尋ねると、
「フォルシェリ様は今日は特に機嫌が悪いのよ」
笑顔で答えられた。え、何それ、怖い……。
と、慄然としたところで、
「お前か。この私に何の用だ」
当の本人がこっちを向いた。うわっ、本当に機嫌の悪そうな目つきをしている! 思わず半歩後ずさった。
い、いや、さすがにここで逃げちゃダメだろう。まだ何も話してないんだから……。
そうだ、勇気を振り絞って言うんだ。そのために僕はここまで来たんだから!
「あの! 僕、ワッフドゥイヒのことで話が――」
「そうか。帰れ」
「え?」
「聞こえなかったのか。早く帰れ」
フォルシェリ様は実にめんどくさそうにそう言い放つと、また書類の束に目を落とした。
なんだよその態度……。勇気を振り絞って声を出したのに、まるで取り付く島がない。ちょっとむっとしてしまう。
「き、聞いてください! 僕はあいつを助けてほしくて、ここに来たんです!」
大声を出しつつ、そろそろとフォルシェリ様のほうへ歩み寄る――が、次の瞬間、
「帰れと言っているだろう!」
目に見えない、何かとてつもなく大きな力に襲われた! ぎゃあ! 僕はそのまま吹っ飛ばされ、背後の壁に強くたたきつけられた。全身に強い痛みが走った。
だが、それで目を回している暇はなかった。フォルシェリ様はつかつかとこっちに歩いてきて、いきなり僕の喉笛を片手でわしづかみにして持ち上げたのだ。
「ぐ……」
その細い腕からは考えられないほどの強い力だった。息ができず、とても苦しい。すぐ目の前には、瞳に刃のような鋭い光をたたえた少女の顔があった。
「お前は言葉の通じぬ獣か。私が帰れと言っているのがなぜ理解できない?」
その声音はおそろしく冷ややかだった。思わず恐怖で凍りついてしまいそうだった。
だが、僕はやはり、ここで引いてはダメだと思った。
「ぼ、僕はあいつを助けなくちゃいけないんです……」
息も絶え絶えに反論した。
「あ、あいつは、殺人に手を染めるような悪いやつじゃない。捕まったのは濡れ衣……」
「だろうな」
「え――」
いきなり無実を肯定されてしまったぞ?
「じゃ、じゃあ、すぐにあいつを助けて――」
「それはできない」
「どうして?」
「うるさい! お前には関係ない!」
フォルシェリ様は顔をますます険しくすると、そのまま僕を勢いよく窓の方に投げた!
「うわあああっ!」
さすがにこれはやばいと思った。一瞬、本気で死を覚悟した。もはや体を固くして目をつぶるしかできなかった。
だが、僕の体は窓にぶつかる寸前、空中でぴたりと止まった。何事だろう。目を開けると、すぐ近くに仮面の男が立っていた。クラウン先生だ。
「学園長、彼は何も知らないのです。少しはお慈悲を」
先生がそう言ったとたん、僕の体はゆっくりと下に降ろされた。どうやらどっさに先生が助けてくれたらしい。