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「このことは、君はもっと早く気付くべきだったんだよ。今まで早良義一がノートに書いたことは絶対にこの世界で実行されてたよね。結界があって普通は出現しないはずの宵闇の陽炎達が現れた時、君は不自然だと思わなかったのかな? それが、作者の物語の力ってやつだよ。不自然が必然になるんだ」


 まあ、あれはあれで因果の道筋はあるんだけどね、と、少女は付け加えた。まるで世界のすべてを知り尽くしてるような口調だった。本当に一体何者なんだろう。それに、僕はどうしたら……。ここにいる僕と、向こうにいる僕の違いなんて考えたことなかった。でもよく考えたら最初から違ってたんだ。だって、こっちの僕はコミュ障じゃない。誰とでも気軽に話せる性格、そういう設定だ。つまりそれは……本当の僕じゃない、僕自身に作られたキャラクターだってことだ。


「ついでに言うとさ、山岸かなえが病気で寝込むことになったのは、君の後ろ向きな性格のせいだよ」


 少女は僕にとどめをさすように言う。


「君がもし、あっちの世界に戻ろうなんて考えずに、この物語の理不尽な展開と正面から向き合う覚悟だったら、彼女は病気にならずに済んだんだ。かわいそうだねえ。せっかくのお祭りなのに眠りっぱなしなんてさ」

「僕のせい……」

「そう! 何もかも君のせい! 自作自演の自縄自縛の自業自得だ。自画自賛と自暴自棄もそこに加えちゃおうか? はは。でもいいじゃないか。しょせんは物語の中の世界なんだ。君にとって本当じゃない。作られたキャラクターの一人が死のうが生きようがどうでもいいことだろう?」

「それは――」


 理屈としてはそうなのかもしれない。でも、あいつは、ワッフドゥイヒは本当に架空の存在なのか? 少なくとも今朝の彼は、とてもそんな感じじゃなかった気がする……。


「困惑してるね。君がそう思えないのは、この世界のキャラクターになりきってるからだよ。その低い視点で世界を見てるせいなんだ。結局、高いところから見れば、どんな世界も薄っぺらくて空っぽなのさ」


 少女はふいに体を宙に浮かせ、近くの建物の二階の出窓の屋根に腰掛けた。そして、じっと下を、僕の方を見つめた。相変わらず人をからかったような表情と口調だったが、同時にどこかさみしそうにも見えた。そして、よく周りを見ると、そんな彼女に目を止めているのは僕だけだった。他の人たちには姿が見えないようだ。


「お前はいったい何者なんだ?」


 尋ねずにはいられなかった。


「ぼくが何者かって? 残念だけど、ぼくは君のその問いに答えられるような存在ではないんだ。それが唯一の答えになるって感じかな」

「意味がわからない」

「星座みたいなもんだよ。夜空に浮かぶ星の光の並びが、天馬に見えたり、狩人に見えたり……。ぼくってそんな感じなんだ。君に見出されない限り、ぼくはどこにもいない。同時にどこにでもいる。夜空に本当に天馬や狩人がいるわけないのと同じようにね。わかる?」

「全然……」

「まあ、そうだろうね。理解できないから、君はぼくの存在を見出したんだろう。存在に無知と言う影は常に必要だ。全てを知ってるということは、全てを失ってると同じことなんだからね……」


 少女はそう言うと何かを想うように目を閉じた。そしてそのまま、世界のすべてに溶けこむように消えてしまった。


 あいつ、一体何が言いたかったんだろう? 禅問答のようなその言葉は何一つ理解できなかった。


 それに、禅問答じみてないほうの言葉は理解したくなかった。ノートに書かれたことは絶対に実行されるだって? それはつまり、ワッフドゥイヒを助ける方法がないってことじゃないか。そんなの……すごくあってはならないことだ。僕のせいで彼が死んでしまうなんて。


 僕はどうしても、あいつが架空の存在だからと割り切ることができなかった。少し前に彼に殴られた頬に触れると、まだ痛みが残っていた。この痛みが、あいつが一人の人間であることを証明しているような気がした。


 そう、他の人たちだってそうだ。フェトレは彼のことを心配していた。先生は彼がハメられたと憤っていた。ルーやアニィだって、彼が捕まったことを知れば、驚き、悲しむに違いない……。みんな、それぞれに人間らしい感情や思惑があるんだ。


 いや、彼が捕まった原因となった王室の権力争いだって誰かの思惑があってのことだし、このラーファスの街全てもそうに違いないだろう。改めて周りを見回すと、街はやはりたくさんの人たちが行きかっていて、生き生きとしているように見えた。特に、僕のいる大きな通りは、祭りの出店の準備をする人たちが目立った。彼らの多くは首に耐魔石をつけたグラスマインの商人たちだった。きっと、竜都同士が超接近するお祭りなので、それぞれの名物を、それぞれの竜都に出張して売ろうということなんだろう。商魂たくましいというか、野心にみなぎってるというか。いずれにしても、人間らしい営みがそこにあるように見えた。


 やっぱりここは、嘘の世界なんかじゃない……。


 そう、ここでの一人の人間の死は、本当の死だ。僕のせいで誰かが死ぬなんてこと、あっちゃいけないんだ。


 なんとかして、あいつを助けなきゃ。


 僕はただちに駆けだした。

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