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「え、えっと――」


 僕はもう身動きすることも、何も考えることもできなかった。頭の中は真っ白で、耳の奥から自分の動悸がものすごく大きく聞こえてきた。顔も体も、全身が焼けるように熱い。じっと僕を見つめている山岸の瞳はだんだんうるみはじめて、それはとてもきらきらしていて綺麗だった。なんでこんな女の子が、今僕の体の下にいるんだろう……。


 しかし、そのとき、


「お兄ちゃん、お茶持ってきたよー」


 智美が部屋に入ってきた!


「え、やだ――」


 山岸はすごくびっくりしたようだった。いきなりそのまま上に、僕の方に起き上がってきた。


 ごんっ!


 瞬間、彼女の白く滑らかな額は僕の額と激しくぶつかった!


「いだっ!」


 まさかの頭突き。痛い。痛すぎる! たまらず頭をおさえのけぞった。


 だが、そのとき、僕はすでに自分の部屋にはいなかった。見知らぬ狭い部屋のベッドの上にいた。四畳半ぐらいの広さで、床も天井も壁も木でできており、寝具のほかは机と本棚があった。壁には僕の学校の制服と緋色のストールがかけられている……って、緋色のストール? これはもしや? あわてて本棚の本を確認すると、異世界の文字で書かれたエリサ魔術学園の教科書がずらりと並んでいた。


 そうか、ここはエリサ魔術学園の寄宿舎なんだ。壁の制服を見るに、僕、ヨシカズ・サワラの部屋なんだろう。どうやら、山岸に頭突きをされたせいで、またこっちに飛ばされたらしい。スウェットの上下のままで。


 いいところだったのになあ。


 窓の外からかすかに光が入ってくるだけで、部屋は暗かった。机の上の時計を確認して見ると、夜明け前だった。またなんでこんな時間に飛ばされちゃったんだろう。暗くてかなわないので、ランタン草のランプを点けた。まあ、点けたと言っても、草の茎を水に浸しただけだけど。これは、水につけると空気中の竜魔素ドラギルに反応して光る性質を持つ草だ。この世界では広く照明として使われている。水につけてない時は休眠状態となって発光をやめ、そのまま一週間は持つのだから、とても便利なものなのだ。


 とりあえず、学校が始まったらすぐに山岸に会いに行こう……。


 ランタン草の淡い光をじっと見つめながら、僕はただ、夜が明けるのを待つだけだった。今はもっと山岸と話したかった。それだけだった。


 だが、そろそろ本格的に空が白み始めたところで、常温氷の窓ガラスに何かがぶつかるような音が聞こえてきた。見ると、バルコニーに人影があった。ワッフドゥイヒだった。


 なんでこんなところに?


「早く開けてくれ」


 彼は催促するようにさらにガラスを指で叩く。


「ちょっと待ってくれ。ここは僕の部屋だぞ?」

「知ってる。いいから入れろ」

「入れろって……何しに来たんだよ」

「自分の部屋に戻りに来たんだよ」

「え」

「とにかく開けろ」

「ああ、うん……」


 よくわからないけど、変なことはされないようだ。鍵を開けた。彼はすぐに部屋に入ってきた。


「この部屋は場所がいいんだ」


 彼は窓の向こう、部屋のすぐ近くに生えている高い木を指差した。


「窓からあれを伝っていけば、バレずに無断外出できる」

「無断外出? ああ、そうか、今の時間は……」


 学生は寄宿舎から出ちゃいけない時間だっけか。それで、こんな泥棒みたいなやり方で寄宿舎に帰って来たんだ。


「でも、こっそり外に出たり戻ったりするくらいなら、あんな木を使わなくても魔法で何とかなるんじゃない?」

「ここは魔術学園だぞ。魔術を使って無断外出すれば即バレる。魔術の痕跡を感知するセンサーがあるんだ」


 彼は窓枠を手で軽くたたいた。なるほど、学生が魔法を使えて当たり前の学園だし、それなりに対策されてるってわけか。


「悪かったな、ヨシカズ。こんな時間に」

「いや、別に……」


 寝てたわけじゃないしなあ。


「そっちこそ、こんな時間にどこ行ってたの?」

「……フェトレと会ってた」


 彼は照れ臭そうに鼻の頭を指でさすりながら、小声で言った。


「そう……ゆうべはお楽しみだったんだね……」


 ラブラブだなあ、この野郎。こんな時間に女の子と会うなんて。


「い、言っておくが、変なことは何もしてないぞ。ただ、会って、話をしていただけだ」

「はいはい。そういうことにしておくよ」


 きっと人には言えないけしからんことをしていたんだろう。まぶたに、昼間見た、抱擁し合っている二人の姿が思い浮かんだ。


 そういえば、あれからこっちではどれくらい時間が経ってるんだろう? ワッフドゥイヒにそれとなく、竜蝕祭まであと何日だっけと、天然ボケを装って尋ねてみた。すると、あと六日だと教えてくれた。そうか、あの襲撃事件の直前、フェトレは「竜蝕祭まであと二十日」と言っていたから、つまりあの日から二週間も経ってるのか。


「ねえ、あの変な男達って、結局どうなったんだっけ?」

「忘れたのか? 君もその場にいたはずだろう。あの後駆けつけてきた警吏衛兵に連行されたじゃないか」

「う、うん……そうだったね」


 どうやら、こっちからあっちに戻っている間も、僕はとりあえずこの世界にいるということになってるらしい。なんかめんどくさいシステムだな。まあ、今までのことからして、ただそこにいるってだけの扱いみたいだけど。


「あいつら、やっぱりフェトレがお姫様だから狙ってたのかな?」

「そうか。ヨシカズ、君も彼女の素性は知っていたんだな」

「え、ああ……うん」


 作者だし。主人公とヒロインの基本設定はさすがに覚えてるよ。


「やっぱり、あれは王室のめんどくさいことが関係してるのかな?」

「だろうな。今の王は最近病床に伏せっていると聞く。だから、その後継者に誰を擁立するかで、大貴族と王族連中がもめてるってところが真相だろう」


 彼の表情はやはり暗かった。きっと、恋人のフェトレが命を狙われてるのが辛いんだろう。


 彼を見ているとなんだか僕も暗い気持ちになってきた。そういう彼は見たくない気がした。


「でも、君がずっとそばにいれば、暗殺者なんて怖くないんじゃないか? 君ならどんなやつだって、返り討ちにできるだろう?」


 つとめて明るく言った。だが、彼の顔は暗いままだった。


「俺は、ずっと彼女のそばには……いられない」


 彼は眉根を寄せ、苦しそうにつぶやいた。


「それは、フェトレがお姫様だから? 身分が違うから?」

「……それだけじゃない」


 彼はふとうつむき、左手の腕輪を撫でた。何か思いをはせるように。そして、一言、「俺は彼女を裏切っている」とだけ言った。寝耳に水だった。なんでいきなりそんなこと言うんだろう。

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