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「え、僕のせいなの?」

「せいっていうか、ためっていうか……。言ったじゃない、早良君。原稿に嘘をつけば、あっちの世界でほんとになるかもしれないって。だから私、昨日原稿に手を入れて、今まで描いた私の眼鏡を消してみたのよ。そしたら、うまくいったから、早良君に知らせようと思って、探してて……」


 ごにょごにょ。山岸は歯に物が挟まったような口調で言う。その顔はやはり、ほんのり赤い。


「ほんと? ワッフドゥイヒは関係ないの?」

「彼が? 私の眼鏡とどう関係するの?」


 山岸は不思議そうな声と顔だ。そうか、全然関係ないんだ……。その様子に僕はすごくほっとした。「ごめん、変なこと言ったね。あいつはさすがに関係ないよね、うん」適当にごまかした。


「もしかして、彼のことで何か勘違いしてるの? 彼とは本当に街で偶然会っただけなのよ。それで、私は早良君のことを探してて、彼はフェトレのことを探してて、しばらく一緒に行動してたの、それだけ」

「フェトレを?」

「うん。なんだかすごく嫌な予感がするって言ってたわ。だから、心配してたみたい」

「そうかあ。確かに変な男達に襲われたし、それは当たってたんだな」

「変な男って?」

「殺し屋だよ。お金持ちのボスがいるらしい。フェトレを狙ってたんだ」

「それって、彼女がお姫様だから?」

「うん。そんな感じだったかなあ……」


 あれ、もしかして、何気にすごくめんどくさい事件じゃないか、これ? 王女暗殺未遂事件って。


「王女を殺そうとするなんて、やっぱり王室のドロドロの権謀術数が絡んでるのかしら」

「あの国の王室ってどういう設定だっけ?」

「さあ、私、そのへんは何も考えてなくて……」

「僕も……」


 でも、殺し屋を雇ったお金持ちの親分はいるんだよなあ。作者である僕達の知らないところで何かが動いてる……。それはつまり、あの少女が言っていた、僕達は世界の素材を用意したけど、そこに干渉し始めた瞬間に、世界は勝手に空白を埋めて自立したってことだろうか。


「じゃあ、とりあえず、私達の力で、彼女を助けてあげないとね。早良君も、またフェトレとデートしたいでしょ?」


 山岸はいじわるな笑みを浮かべて言った。


 う……今日のこと、ばれてる!


「い、いや、その……男なら一度はお姫様と一緒に街を歩きたいっていうか……」

「そうよねえ。彼女、綺麗だし。お姫様とデートなんて男のロマンよねえ」


 山岸は半開きの目で僕をじーっと見つめる。実にトゲのある視線だ。「ご、ごめん」とっさに謝った。


「何で謝るの? あっちで何しようと早良君の勝手でしょ」

「そ、そうだけど、山岸さんに黙ってそういうことするべきじゃなかったっていうか」

「そうね。事前に私に言ってくれれば、ちゃんとサポートしてあげたのに」


 と、そこで、山岸はこらえきれなくなったように表情を崩し、くすりと笑った。


「バカねえ。どうせ、上手くいかなかったんでしょ?」

「ま、まあそうだね……。一緒にいても、あいつのことばっかり聞かされるし、結局二人が相思相愛だってことを思い知らされただけだって言うか」

「当り前よ。主人公とヒロインなんですもの」


 確かにそうだよなあ。主人公とヒロインの愛情って普通は何があっても揺るがないものだし。


「でも、意外ね。早良君ってああいうタイプが好きなんだ?」


 山岸は再び僕をからかうように言う。「いや」とっさに首を振った。


「ほ、ほんとは、真っ先に違う子とデートすることを考えたんだよ。でも、その子はあっちの世界の住人じゃないからさ。そういうことしちゃいけないような気がして……」


 話しながら自分の胸が大きく高鳴るのを感じた。何言ってんだろう、僕。


「え……違う子って……?」


 ちらりと山岸の顔を窺うと、妙に緊張したまなざしで僕を見ている。うわっ、なんだこの空気! ますますドキドキしてしまう。


「だ、誰でもいいだろ、そんなの!」

「よくないよ。ちゃんと教えて」


 山岸は座ったままずいずいと僕に近づいてきた。その可愛らしい二つの瞳は、不安げに瞬きながらも強い光をたたえて僕をとらえている。桜色の唇はきゅっと結ばれている……。


「い、いや、あの、その! 待って――」


 僕はもうドキドキしすぎてなんだかよくわからない状態になってしまった。手をばたつかせながら立ちあがり、山岸の視線から逃げた。


 だが、その瞬間、僕の右足はカーペットの上に放置されていたシャツを踏み、ずるりと滑った。それは、スウェットに着替える際に、散らかしてしまったものだった。


「うわっ!」

「きゃ!」


 なんということでしょう。僕はそのまま前に転び、またしても山岸を押し倒してしまった……。


「ご、ごめん……」


 とりあえず、四つん這いのまま謝った。山岸は前と同じようにびっくりしたように目を見開いていたが、やがて、


「いいよ。もう少しこのままで……」


 僕の体の下で、視線を泳がせながら囁くように言った。


「このままって?」


 動くなってこと? それってつまりどういう……。体が熱くなってくる。


「あのね、早良君、昼間言ってたでしょ。あっちに行ったり戻るたびに私に叩かれて痛いって……」

「う、うん」

「だから、今は、早良君が私にしてもいいと思うの」

「何を?」

「……痛いこと」


 山岸はゆっくりと眼鏡を外した。そして勇気を振り絞るようにいったん目を固くつむったのち、僕をまっすぐ見つめた。その顔は真っ赤だ。強く開かれた瞳の、長いまつげはかすかに震えている。

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