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「は、早く……逃げ……」


 宵闇の陽炎に締め付けられながらも、彼は声を振り絞った。周りから、さらに他の宵闇の陽炎達が集まってきて、彼の体に次々とまとわりついていく。


 まさに絶体絶命の状況だ。


「ああ……ワッフ……」


 フェトレは愕然としている。僕も同じ気持ちだった。あいつは、何でもできて、すごく強くて、どんな逆境にも負けないやつのはずなんだ。そういう設定なんだ。それなのに、なんでこんなところで、あんなやつに……。


 僕の、せいだ――。


 そうだ。僕がノートに世界を脅かす敵が現れるって書いたから、ほんとに来ちゃったんだ。それで、先生は倒れて、ワッフドゥイヒも捕まった。いや、このままだと、間違いなくみんな死んでしまう――。


 僕が……やらなきゃ!


 もう他に何も考えられなかった。体はほとんど勝手に動いた。


「お、お前達、そいつから離れろおっ!」


 そのまま勢いよくワッフドゥイヒに体当たりした。


 僕のその行動は宵闇の陽炎達にとって予想外のものらしかった。僕がワッフドゥイヒにぶつかる寸前で、彼らは警戒するように一斉に身を引いた。


 だが、すぐに、僕の攻撃はただのやけっぱちの体当たりだと察したようだった。ワッフドゥイヒが倒れると同時に、今度はいっせいにこっちに、僕に襲いかかってきた!


「うわああっ!」


 もうダメだと思った。とっさに手をばたばたさせて、近づいてくる黒い影を払いのけた。うわああん、こっち来るなあ!


 だが、僕の手が彼らに触れた途端、信じられないことが起こった。


 なんと、小さな破裂音と共に、その体が弾けて消えてしまったのだ。


「え……?」


 何が起こったんだろう? 意味がわからない。


 そして、呆然としていると再び違う個体が覆いかぶさってきた。とっさに手で払うと、またしてもそれは破裂した。その音は空気を入れ過ぎた紙袋が破れる音に似ていた。


「ヨシカズ……これは……」


 ワッフドゥイヒは目を大きく見開いている。


「もしかすると、君の竜魔素ドラギルは、彼らには強すぎるのかもしれない……」

「強すぎるって?」

「破裂しただろう、今? おそらく、君の体から一度に入ってくる竜魔素ドラギルの量が多すぎて制御できないんだ」

「じゃあ、僕はあいつらにはやられないってこと?」

「それどころじゃない。君ならやつらを倒せる! いや、倒してくれ、頼む!」


 彼は剣を僕の足元に投げた。


「その刃に君自身の魔力を込めて、あいつらを斬るんだ!」

「う、うん」


 他に選択肢はなかった。すぐに剣を拾い、刃に魔力っぽいものを注入して、振り回した。


「あ、あっち行け!」


 ぶんぶん。自分で言うのもなんだけど、五歳児でももうちょっとかっこよく剣を使えるような気がする……。


 だが、その刃に触れたとたん、宵闇の陽炎達は次々と弾けていった。まるで、風船みたいだった。


 これなら行ける!


 中には剣を振らせまいとまとわりついてくる者もいたが、僕の体に接触したとたんに、やはり弾けてしまった。彼らは素早かったが僕の仕事は素早さを必要とせず、容易だった。だって、誰かにまとわりついてきたところで、そこに剣を差し出せばいいだけだったから。彼らが一瞬で人間を絶命させることができないのはありがたかった。


 だが、僕はその場に一人いないことをうっかり忘れていた。


「きゃあああっ!」


 上から悲鳴が聞こえてきた。見ると、アニィが箒にまたがったまま宵闇の陽炎達にまとわりつかれている!


 助けなきゃ!


 とっさにジャンプしたが、当然全然高さが足りなかった……。


「ヨシカズ、俺に任せろ!」


 と、ワッフドゥイヒの声が聞こえたかと思うと、にわかに僕の体は見えない力によって上に持ち上げられた。声のした方を見ると、彼が手を上に掲げ、なんらかの魔術で僕を宙に浮かせているようだった。


 よし、これなら……!


 彼に操られるまま、僕はすぐにアニィを助けに向かった。


 だが、彼女のすぐ近くまでやってきたとき、にわかに宵闇の陽炎達の様子が一変した。彼らは急に青白い光を帯びながら痙攣し始め、アニィから次々とはがれて行く。そして、少し離れたところで見えない強い力に引っ張られるように一か所に集まり、圧縮され――消滅した。


 これは、いったい……?


 見ると、アニィのすぐ近くに一人の少女が浮遊していた。いつのまに? プラチナブロンドの長い髪を後ろで三つ編みにしてまとめた、十四、五歳くらいの女の子だった。妙に袖が余った、おそらくはワンサイズ上のローブをまとっていたが、その上から何重もの鎖を巻きつけており、体のシルエットはとても華奢だった。


「が、学園長!」


 アニィが彼女に気付くと同時に叫んだ。


「学園長ってこの子が?」


 どう見ても僕より年下だけど……。


「バカッ! 口のきき方に気をつけなさいよ!」


 アニィがこっちにすっ飛んできた。


「あのお方はこの学校の学園長にして、このラーファス学園竜都の竜都長、フォルシェリ様よ。すごく偉い人なんだから」

「じゃあ、もしかして、今助けてくれたのも――」

「さよう。私だ」


 少女、フォルシェリ様もこっちに飛んできた。というか、ワープしてきた。


「先ほど魔術科の生徒らが私のところに知らせに来てな。助けに来たのだ。だが、手出しは無用だったようだな。久方ぶりに宵闇の陽炎らを思う存分屠れるかと、楽しみにしておったのだが……」


 フォルシェリ様は上目遣いに僕を見つめた。なんとなく、恨めしそうな視線だった。


 もしかして、全部自分ひとりで倒す気だったのかな?


「そ、その、すみません……僕が勝手にやってしまって……」

「よい。悪いのは教師のくせに肝心な時に役立たずのそこの男だ」


 フォルシェリ様はそう言うと、クラウン先生のすぐそばにワープした。そして、そのローブの首根っこをつかんで、持ち上げ、地面にたたきつけた。見た目とは裏腹にすごい腕力だ。


「早く起きろ、無能が」

「う、ぐ……」


 クラウン先生は生まれたての子鹿のように体を震わせながらわずかに上体を起こした。その仮面の下からはぽたぽた血が流れている……。


「あ、あの子は本当に学園長なの?」


 下に戻ってきたところで、ワッフドゥイヒに耳打ちして尋ねた。彼は無言でうなずいた。その顔は恐怖で引きつっていた。


「その、とても、怒りっぽいお方なのですわ……」


 フェトレも青い顔をしている。その懐のアヒルも震えあがっている。すごく怖い人のようだ。もしかすると、宵闇の陽炎以上?


 やがて、フォルシェリ様は「向こうで詳しく話を聞かせてもらおう」と言って、ボロボロのクラウン先生を引きずって校舎の方に戻って行った。そして、それとは行き違いに、エリサ魔術学校の他の先生達が駆けつけてきた。


 クラウン先生大丈夫かなあ……。


 その後、僕達は他の先生達に寄宿舎に帰るように指示された。今日はこのまま臨時休校で、後のことはエリサ魔術学園とラーファス学園竜都でなんとかするということだった。

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