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清濁の青

作者: 白都 アロ

ピクシブに「清濁の青」のイラストがありますので、よろしければ見てやってください。

続編の「汚濁の白」も可能でしたらよろしくおねがいします。

第一章 潰走巷説

 空を見上げる。

 日の落ちた。

 そこに雲は無く、あるのは星と欠けた月。

 透き通った綺麗な夜空。

 もう冬なんだと、暦からではなく体から感じる。

 その証拠に、体の震えが止まらない。

 それは隣にいる妹も同じみたいだ。

 近所の人に声をかけられる。

 寒くないのかい、大丈夫かい、と。

 僕は決まってこう答える。

 大丈夫です、と。

 あぁ、でも、せめて、もっと暖かい格好をしてこれればよかった。

 でも、しかがたない。

 しかたがないから、今夜も二人で見上げていよう。

 輝く星と、欠けゆく月を。

1

 ほんの一月前までは、9月の末に起こった電車の破壊事故についての噂が町に広まっていた。

 なんでも、「鉄パイプを持った女の子が鉄パイプで電車一両を走行中に切り離してからぶっ潰した」とかいうものらしい。

 実際、9月末に走行中に電車の車両の一両が破壊されたことがあった。だがしかし、原因は不明とされていた。

本当に誰も知らないのか、誰かが変に事実を隠したか、誰かが中途半端に知っていた、この中のどれかだろう。おおよそ最後の説の奴が、自分は全部知っていると誤解して、それを自覚していないがために、こんなろくでもない噂が発生したのだろう、と僕は考えている。

 よって、実際に僕は噂を信じてない。自分の目で見ていない話など、信じられるわけも無い。

 まぁ、それは置いといて。

 11月の末、すなわち現在に当る今月には、その噂はほぼほぼ忘れ去られて、別の噂の方が広まっていた。

 それが「円形歩道橋には双子の霊が出た」というものだ。

 出た、とedは付いてないけど過去形になっているのだから、当然現在進行形のフレーズもついてくる。

「しかし、今はその双子の妹がいなくなり、その妹が兄をさがして夜な夜な人と車を呼び込んでは死亡事故を起こす。」

 以上、現在形。

 人により色々微妙に違う話を知っているようだが、まぁ大体共通しているのはこんなもん。

 しかし、こんなもんが生じているわけで、その火元もちゃんとある。

 マスコミ曰く、毎晩、円形歩道橋で車が人を轢く事故が起きているのだ。

 その数6件。しかも被害者加害者両方死亡しているので、コレ関連の死亡者十数人。被害者加害者共に頭部を強く打ち付けたことが原因で死亡しているらしい。

 頭部を、強く打ち付けて、とは倫理上の隠語のようなもので、実際は頭が弾けとんでいるということだ。

 被害者が死ぬのはわかるが、なぜ加害者も必ず死ぬのか。それも、共通して頭を強く、強く打ちつけて。

 加害者全員が素敵に暴走した運転しているとも思えない。それは皆考えることが同じなようで。

 人間、原因が分からないことは怖いから誰かが幽霊の仕業だ、として噂にしたのだろう。そのほうが、面白いのだろうし。現にそれが流布してしまっている。

 しかし、まぁ、全部が全部適当な話ではない。

 なぜなら、たしかに以前、この僕もこの眼で確かに円形歩道橋に双子の霊がいるのを見た。

 だが彼女等はあくまで彼等であり彼女等であり、彼女一人でも彼一人でもなかった。

 さらにいえば人間を殺す、ましてや人間の頭をつぶすなんて物騒な力ももってなどいなかった。

 要は無害な霊だった。

 なのに、何故。

 完全に全てが嘘であるならば、こんな噂は生じるはずがない。

しかし、現に生じている。

 ・・・今夜、確認しに行こう。今の彼等を、彼女等を。

 もしも噂通りであるならば、事故原因を、人を殺める存在を、「氷結」し、滅さなければならない。

 それが彼等で、彼女らであろうがなかろうが。

 だって、僕は人を助ける氷結の力があり、そのためだけに力を使うと決めているのだから。

 僕は、誰かを助けたいんだ。僕が昔、誰かに助けられた時の様に。

 それに、もう二度と、あの「鬼子」に襲われた時のように、僕が助けられなくて、友達が、誰かが死ぬのは嫌なのだ。


 音を立てて、二つ折の携帯を開いて時間を確認する。

 そこに表示されるのは、午前二時十一分。

 寒くは、ない。

 冷たい物にも、冷たい事にも、慣れているからだ。慣れているから、不快じゃない、ってわけでもないけれど。

 そんな僕は円形歩道橋の前にいた。

 連日事故が起こっているだけあって、誰も辺りにはおらず、何も道路には通らない。

 よって、というか、まぁ、夜中なんて誰しもこんなもんだろうが。堂々と普段は歩けない車道のど真ん中を歩き、歩道橋の円の中央にいく。

 そこの、足元の、湿ったコンクリートの地面には、うっすらと血の跡。

 昨夜も事故はおこっていたが、この血痕はその時のもので、どうやら今夜はまだ事故が起こっていないようだ。

 白い息を吐きながら、空を見上げてみるも、そこには青く冷たい冬の月だけ。

 ・・・ここには、もう、何もいなかった。

 以前いた双子の霊はおろか、その片割れすらも。

 もしかすると、僕がなにか自己アピールをすれば、事故原因は現れるのだろうか。

 ならば、と地面にしゃがみ、昨夜の雨の名残である水溜りに足をいれ、浸す。おもむろに、水溜りを巻き込んで足を正面に振り上げ、辺りの空中に水滴を撒く。

 そして、

 「凍れ」

 ポツリと一言、つぶやく。

 するとその言葉をきっかけにして地面に着こうとしていた水滴が凍りだす。そして、それらは辺りの湿気を凍らせ、波状の氷壁をつくる。

 あぁ、我ながら、今夜は調子がいい。

 力を手に入れたばかりの頃は、氷塊を作ることだけで精一杯だったっけ。

 それから、

 「砕けろ。」

 一言を付け加える。その声に、音に触発されたように一斉に氷は砕け、派手な音を立てて割れ、空に散る。

 今日は、上手くいった。これも、前はできなかった。

 これだけ派手な自己顕示をすれば、何かがいれば現れてもおかしくないはず、なのだが。

 ふたたび空を見上げる。

 しかしそこには冬の月しか--------

 ダンッ

 唐突に、そんな音を聞く。その音が何かはわからない。聞こえた事実だけしか分からない。

 それと同時に、何故か、胸が、服が、ぬれる。それから顔が、ぬれる。その後、手が、ぬれる。

 手についた濡れの意味を見ようと顔を下げる。その、なんだ。

 水滴の色は、紅。顔をぬらす、おそらく紅い、濡れを手でぬぐう。しかし、ぬぐえばぬぐうほど、顔に広がる不快な濡れ。手が、紅い水で汚れているから、当然か。

 どうしてか、そんなことにも気づけない。

 それから、体に力が入らなくなり、ばたり、と路上に倒れる僕。そして地面に広がりゆく紅い池。

 かろうじて、仰向けになり、空をみる。すると、歩道橋の上から何かが地上に落下してゆく。


 腰の、長すぎるリボンをはためかせて。


  少女、なのか。


   服は深紅の、おそらく給仕服らしきもの。


 なんつー、センスだ。少し、笑ってしまう。

 そんな彼女の手には黒い何か。その黒い何かは、煙を吐いている。

 今更、自分の胸に開いた穴に気がつく。


 スタン、と音を立てて、彼女は地面に着地する。

 そしてそのまままっすぐに僕のほうに来る。淀みなく、毅然とした足取りで。

 ショートカットの頭には、なんと獣耳。何の動物の耳か、なんてわからない。

 その下の顔は、年相応に、かわいい顔立ちだが、無表情がかわいさを台無しにしている。

 少女はカチリ、と僕の頭に黒い凶器をつきつけ、なんの感情もない顔のまま、ためらいもなくそのトリガーを----

2

 ------多分、ここら辺だったんだけど・・・。キョロキョロしつつ今回の仕事の場所、いわゆる職場をさがす。

 ・・・あれ、なんか表現がおかしい気もする。まぁ、いっか。

「うぅー、さむいよぉ・・・。」

 誰に言うわけでもなくつぶやいてみる。当然だが、誰も何も音を返してはくれない。

 手に持つL字の鉄パイプが冷たい。どうせ夜中だし、と袋に入れなかったのは失敗だった。

 まぁ、11月の夜中が暖かかったらそれはそれで嫌なんだけど。せめて手袋をつけて来ればよかった。

 おでん。唐突だが、こうも寒いと、おでんが食べたくなった。

 買って帰ったら夜久斗も食べるだろうか。一緒に食べてくれるといいな。

 うん、帰りにおでんでも買おうか、と考えているうちに今回の職場が見えてくる。

「んー、着いた着いた。」

 そこは、交差点。ただし、円形の歩道橋のある。

 なんでまたこんなおもしろい形でつくったんだろう・・・。

 歩道橋の下、円の中に入る。

 そんな私の前を、車が、一台通り過ぎる。

 ・・・なにが、そんなに、楽しいのか。

 私には、わからない。

 車が通り過ぎた真上。つまり、私の頭上。

 空中をケタケタと笑いながら駆け回る子供が、二人。

 やはり、と言うべきか、服装は白いワンピース。

 そして同じ表情、同じ造形の顔。

 確か、双子だったっけ、男女の。

 下から見上げた形のまま、

「何してるのかな?」

 問いかける私。

「鬼ごっこだよ。」

「おねーさんもやる?」

 答え、問いかけるソレら。

 わたしは首を縦に振る。

 口に出して参加の意を示さない。

 だって、異端物とくくられる「モノ」相手に「ごっこ」なんて無意味なことはしないから。する事は、ただ一つ。

 二段、四段、六段、と、飛ぶように、

「いーち。」

 階段を上る私。

「にーい。」

 まもなくして、階段を上りきる。

「さーん。」

 手にもつ鉄パイプは相変わらず、ちべたい。

「しーい。」

 かわらずカウントを続けるモノ達。

「ごーお。」

 私と同じ高さで歩道橋の円の中を、空中を駆ける無邪気なホワイトワンピの異端物たち。

「ろーく。」

 右手の鉄パイプを強く握る。

「しーち。」

 足を曲げ、跳躍するべく力をこめる。

「はーち。」

 それを解き放ち、子供の、異端物の、多分男の子のほうに、跳ぶ。

 私の行動が理解できずに笑顔のままのソレ。

 ・・・十数えてないけど別にいいだろう。

 子供にとって年上の「大人」なんてだます事しかしないのだし。

 それに、数えようが数えまいが私がこの子供たちにしてやることは変わらない。

 あぁ、ホント、大人ってきったない。だから、大人なんて嫌いだ。

 鉄パイプを、頭の上に振りかぶる。

 それから、そのままソレに「力」を込め、相手の頭にむかって振り下ろす。

 ゴスッ

 一拍遅れて

 べちゃん

 そんな音が聞こえるはずだった。

 相手が、普通の子供なら。

 しかし、当然ながら普通の子供たちは空中で鬼ごっこ、なんて夢はかなえられない。

 よって、だから、そんな音なんて聞こえないし響かない。

 そして、だから、こんなことでも何の罪もかからないし、かけられない。

 響いた音は、ただ鉄パイプが空を断つ音だけ。

 しかし、確かに、ソレの、人間の子供の頭の形をした部分がハジケトブ。

 残った体も、振り向きざまに横なぎの一撃に、なすすべも無く、二つに裂け、風に流され、散る。

 そんな光景を尻目に再び地に足をつける私。

 罪悪感なんてモノはない。既にコレは人ではないから。

 だから、その体が散る様子だって、最後まで見届けてやらない。

 もう一体は今起こったことが理解できずに呆然と立ち、いや、浮きすくんでいる。

 ・・・再度、鉄パイプに「力」を込める。

 しかし、ざぁっ、と風が吹き、残った異端物の体が風に流され、消える。

 きっと、消滅したのだろう。なら、それでいい。

 うん、帰りますか。

 今回の「夜な夜な通行人を脅かす「双子」の幽霊」を始末する仕事は終わったわけだし。

 きびすを返し、歩き出す私。

 私は「双子」を始末したんだ。

 これが、私の仕事、なんだ。

 さて、と。

 きっと、夜久斗は私の帰りを起きて待っているはず。

 ・・・おでんを買って帰ろう。手ぶらで帰っちゃこんな夜中にわざわざ起きて待ってる夜久斗に申し訳ない。

 既に、私の思考の中に、さっきの異端物のことなんて、残っていなかった。

それから、数十分後。私は住居である旧ホテルの廃屋の前にいた。

 赤くなった手には、鉄パイプと袋に入ったコンビ二弁当。

 ・・・おでんは、何故か売っていなかった。

 おでん・・・。夜久斗と一緒に食べたかったんだけれどなぁ・・・。

3

 雨。

 雨、雨、雨。

 寒い。ひたすらに、寒いです。

 11月後半だから寒くて当然だけど、雨のせいで11月に不必要な寒さになっています。

 にしても、この時期に雨とは。めずらしいです。

 傘ぐらいさせばいいんだろうけど、そんなものはこれから邪魔になるでしょう。しかも、どのみち傘を持っていようがいまいが、途中から嫌でも雨にぬれるのです。なら、最初から持ってこないのが正解でしょう。

 ・・・こりゃ、帰ったら酒ですね。幸い、昼間のうちに買っといた日本酒も部屋にはありますし。

 日本酒に冬、ときたら、もう、おでんしかないでしょう。うん、帰りはおでんを買って帰りましょう。そう考えると、雨のせいで削げていたやる気がやや蘇ります。

 今回、私が向かっている場所は交差点。しかも、円形の歩道橋つきの。

 だれがなんでまたそんな形にしたんでしょうか・・・。

でもまぁ、今回はそれに文句を言いに来たのではないです。そんな仕事なら最初からこんな北のほうにきていないです。

 まぁ、私の所属している組織、異端との共生及び異端具の蒐集を基本目的にしている「緑の地」からそんな奇特な仕事が来るわけもないですが。なんでも、この歩道橋ではここ一週間でほぼ毎日交通事故がおきているらしい。

 でも、それくらいなら「緑の地」は動きません。

 動いた理由は、車で轢いた加害者も、轢かれてしまった被害者も皆首から上が弾け飛んでいるからです。

 そして、この歩道橋には双子の子供の怪談があるらしいです。

 ・・・どう考えても普通の事故ではない怪異になっています。異端の称号が付くモノが、間違いなく関わっています。

 まったく、私はもうこういったのを処理する役じゃないんですがね。私はもうやらないって断ったのですが。近くにたまたま派遣されてたから、って酷い理由でことわりきれませんでした。組織に属するって、嫌なことです。

 うーん。それにしても、被害者も加害者も首から上が無いとか、スプラッタすぎです。できれば事故現場は見たくないモンです。

 そんなことを思いつつ、雨にうたれながら歩いていると見えてくる歩道橋。

 って、う、わぁぁぁぁぁ。

 急に胸元が不可視の強い力で引かれます。

 そのまま引きずられ、歩道橋のなかへ引き込まれます。

 左からはとんでもない速さでキャンピングカーが。

 ・・・手が早いです、ホント。

 どこの誰かまだ視てないですけど。

 あわてることも無く、スカートから、腿にくくりつけてあったナイフを取り出し、それをもってして胸元を引っ張る力を切る。

 その後、そのまま後方に思いっきり跳んで車をかわす。

 かわされた車は歩道橋内に横転していた軽トラックに盛大に水しぶきを上げながら突っ込む。

 あぁ、無常にも、事故、成立です。まぁ、私が来る前から成立していたみたいですが。

 まもなく、硬いものを潰すような異音と、なにかが潰れて汁が飛ぶ音が聞こえてくる。

 多分、絶対キャンピングカーの運転手の頭が潰れたのでしょう。現に車の運転席のガラスが赤く染まっています。ついでに、軽トラックの運転席も、その下の地面も、赤黒く染まっています。

 南無、です。

 あんまり見ないようにしていますが、軽トラックの近くには人間大のナニカが転がっています。

 頭はないので、ナニカ、です。ナニカの周りは当然のように深紅です。

 それにしても、私の頭が割れていないことを考えると、今のは事故る事が条件みたいです。

 そして、さっき私を引っ張った相手はもう私に何もする気はないみたいです。

 まぁ、私は仕事ってのもありますが、相手に何かをする気アリ、です。やられたらやりかえすのがこの世界の常識ですし。

 目に付いた一番近い階段を上がり、歩道橋の上へ。

 そこ、円の中央には、虚空に浮かぶ子供がいます。虚ろな瞳と、黒いワンピースが特徴的な。

「お兄ちゃんは、どこ?」

 たずねるソレ

「・・・。」

 無視する私。問われたって、知らないからわからない。

 しかし、幽霊の兄がいなくなってしまったことだけは理解した。

 まぁ、いい。さてと、斬るか、刺すか。迷います。

「だから、おにいちゃんはぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 ソレ、女の子の異端物は叫び、瞳に凶器の色をやどす。

 そして、再び私の胸元を不可視の力で引く。どうやらコイツは私を下にたたきつけるつもりらしい。

 グイッと引かれ、私は歩道橋の塀にぶつかりそうになる。

 直前に。

 ナイフの一閃で、その力を再度切る。

 しかし、ついた勢いは消え去らない。

 ならば、乗るしかないか、この勢いに。

 両足に力を込め、跳ぶ。

 この子が、本当に妹と在ることだけを望めば、こんな事にはならなかったのに。

 こんな思考に意味は無い。でも、今の私はそんな思考を持ってしまう。

 彼のせいで。彼のおかげで。

 トン、と右足で塀に乗り、さらに跳びます。

 女児にむけて。

 そのまま、袈裟懸けに斬りつけます。

 肩口から裂けるソレ。そして地面に落ちる私。

 くるり、と空中で体を反転させ、手のナイフを投げつけます。ソレの頭の辺りを貫通して、飛び去るナイフ。

 たったの二撃でソレは人の形を保てなくなり、風にその体を吹き散らされます。

 地に足をつける私と、跳ねる水。

 流石に、衝撃が辛いです。それに、体が濡れて、冷たいです。

 でも、幸いなことにこれは雨で、ただ冷たいだけ。その液体に色はなく、私が何をしていたか示すことはできません。

 そんなことに、安堵します。そんなことにも安堵できてしまいます。

 昔の私じゃ考えなかったでしょう。昔の私では考えられなかったでしょう。

 人間味は、増したのでしょう。きっと。

 さて、どこにいったかな、ナイフ。

 あまり遠くじゃなきゃいいのですが。

「・・・ごめん、です。」

 もういない異端のモノに一応そう言い残し、私はナイフを探しに行きます。

その後、割と遠くの路上に落ちていたナイフを見つけ、拾う私。

 雨でビシャビシャになった服を引きずり自分の宿へ。

 そして、宿に着いた今、気がついたことが。

 おでん、買い忘れました。

4

 やはり、冬だな。いくら昼間でも寒い。煙草をくわえた口がガタガタと震えてしまう。

 ・・・、ここで、多くの人間が死んだ。単純に数えて16人。

 それだけ死にまくればいくら昼だろうとこの歩道橋に近づく人はいない。

 強く、風が吹く。黒いコートがはためき、紫煙が風に流される。

 もし、あの子にあの時双子を両方始末させておけばこんなにも死ぬものはいなかっただろう。

 まぁ別に、それはどうでもいい。そんなことには興味も無い。依頼主からは何の文句も出なかった。それに、死んだ人間に、他人にかける情なんて僕はとっくに捨ててしまった。

 だけど。原因には興味がある。本来、あの双子には人を殺す力なんて無かった。無かったはずなのに、持ってしまった。

 その力はどこから来たのか。こうして事故現場にきてみれば何か分かるかと思ったが、何もわからない。双子の片割れすらいない。

 それに、昨夜。ここで高校生の男の子が一人、「事故」に便乗した何者かによって殺された。ぐちゃぐちゃにされており断定はされていないが、心臓と頭を、おそらく銃で撃ちぬかれて。

 あの子が片方を消滅させてからここで何があったのか。

 何もかもが謎だが、ここまでの騒ぎになるとおそらく「赤き砂」「緑の地」「白の夜」のいずれか組織が噛んでいるはずだ。

 それでも、別にいい。いまの僕らの生活を害されなければ。今のあの子が笑っているなら。それだけで、いい。

 再び紫煙が風に流れる。

 さて、帰るか。

 風が、強く吹く。今度は眼帯の紐までもが風にはためく。

 これ以上異端に関わることは起こらないでほしい。あんな予言は、現実にしたくなんかない。

一歩一歩、階段を下りる。

 そうそう、こないだあの子はおでんを買えなくてへこんでいたっけ。今日のお昼はおでんにしようか。

 多分、お昼の今なら間違いなく売っているだろうし。

 おでんを買えたら、あの子は喜んでくれるだろうか。


第二章 扼腕定離

 目が、慣れた。

 昼でも暗い、この場所で。

 九月でも、まだ暑い。

 昼間は特に、まだ暑い。

 でも、外の様子は分からないけれど、体の汗は引いてきた。

 どうやらもうすぐ夜みたいだ。

 もう下からは、妹の僕を呼ぶ声も、理由の分かっていない謝罪の声も聞こえない。

 あぁ、手をつなげなくてごめんなさい。

 聞こえてくるのは寝息だけ。

 そろそろ起こさないと、まずいだろう。

 あと少ししたら、起こしてあげよう。

 今日は妹のお気に入りのアニメに間に合えばいいな。

 ジィー、ジィー、ジィー

 目が、覚める。

 ジィー、ジィー、ジィー

 相変わらず止む事を忘れて続く、蝉の声。やかましいことこの上ない。9月も末なのに一体いつまでこの無意味な合唱を続けるのか。

 ・・・この中に、七日を過ぎて存命している蝉は何匹いるのだろうか。声が、五月蝿すぎて、そんなことをぼぅっと考えてみる。

 ジィー、ジィー、ジィー

 鳴り止むことの無い音。答えは、でない。出す気にもなれない。

 そんな中、ぐぅ、っと鳴く私の腹部。・・・朝ごはん、食べよっかな。

 蝉なんて、どうでもいい。たとえ七日を越えたところで、冬には皆死んでしまうのだ。

 ずるずると一人で寝るには大きすぎるベットから這い出る。服・・・は着替えなくていいか。

 下着の上にワイシャツ一枚だけど、どうせ誰に見られるわけでもない。それに、唯一可能性のある夜久斗には、べつに見られてもなんとも思わない。相手も特に何も思わないだろう。文句のひとつぐらいは言われるだろうが。

夜久斗は兄だからだろうが、時々だが私に口うるさく小言を言う。でも、なぜか、その声は不快じゃない。だから、小言を言われたことは改善するように善処はしている。善処は。

 私の部屋にはブラウン管のテレビと小さい冷蔵庫と大きすぎるベットがあるだけ。大きすぎるベットがひとつしかないこと以外は何の変哲も無い元ホテルの一室。

 ガチャっと重いドアを開け、裸足のまま廊下に出る。部屋以上にエアコンで冷やされた空気。

 同じドアが他に5つ程あるが、私以外に人間はこのフロアには誰もいない。まぁ、今はホテルではないのだし当然か。

 階段を下り、昔フロントだった所をぬけ、厨房へ向かう。途中、フロントの端に、かつて私の部屋にあった、枯れた観葉植物の鉢が目に入る。夏だから、熱いだろうと思って、毎日水をあげていたのに枯れてしまった。夜久斗曰く、水の与えすぎが原因らしい。

 綺麗な花が咲くからと、いつだったか仕事でもらったものだ。綺麗な花は見れなくなったが別に良い。惰性で育てていただけだ。そもそも私に植物のちょうど良い水の量、なんて分かるはずがないのだ。何故なら、私は植物ではないからだ。

 厨房にたどり着き、そこにある大きな冷蔵庫を開ける。中には、手作りのスパゲッティと市販のシュークリームが一つずつ。両方を取り出し、足で冷蔵庫の扉を閉めて、私は部屋に戻る。少し悩んで、麺類の方は再び部屋の冷蔵庫に。お腹が空いていないから、朝はシュークリームだけで十分だ。

 テレビの主電源のボタンを押し、ブラウン管のテレビをつける。そういえば、夜久斗が言っていたが、最近は薄いテレビが売っているらしい。まだ、見たことはないが。見たいともあまり思わない。なんとなく、私にはこのほうがしっくりとくる。

 ついた無駄に笑顔ばかりが並ぶワイド番組が映る。何処のチャンネルかは知らないが、リモコンを久しく見ていないため、仕様が無くそれらを眺めながら、袋の口を開け、シュークリームを平らげる。まぁ、どっちにしたって見たいテレビ番組なんて私には無いのだからどうでも良いのだ。

 すべて食べ終えた後に、今やっている番組からして既に昼を過ぎていたことに気がつく。だったら、昼ごはんも、食べるか。晩御飯を独りで食べることになるのは避けたいし。

 ガチャっと開きパタンっと閉まる冷蔵庫。同じくスパゲッティも胃に収めていく。相変わらず夜久斗の料理はおいしい。しかし、先にシュークリームを食べたことを知られると、怒られるだろう。まぁ、不幸な事故だ、仕方ない。

 すべてを平らげ、誰にも会わずに再び厨房に行き、汚れた皿を流しに置く。夜久斗は3階の自室兼事務所にいるみたいだ。これも、いつも道理。

 部屋に戻り、よく分からないワイドショーを眺め、30分ほど過ぎた頃。

 じりりりりりり

 部屋の電話が、鳴る。夜久斗からだ。でなくとも、分かる。

 都市伝説特集とやらを始めようとしていたテレビの電源を落とし、電話にでる。

「もしもし、おはよう、夜久雨。それから、こんにちは。」

 電話から流れる双子の兄の声。あれ、もしかして起きたばかりだとばれているのだろうか。

 それにしても、毎回思うけど、下に来て直接話せばいいのに。変なとこで怠惰だなぁ。

 がっちゃん

 電話を、切る。内容は、仕事について。街に、行く事になった。ワイシャツのボタンをはずし、床に脱ぎ捨てる。

 流石に街に行くのにワイシャツだけってのはありえない。それ位、私でも分かる。

 ガチャッと、クローゼットを開け、いつもの青い服と白いスカートと青いポンチョをいつもの様に身に纏う。そして、愛用の鉄パイプの入った藍色の細長い布袋を取り出す。靴下と、編み上げブーツを履き、部屋を出て、階段を下り、フロントへ。先ほどとは90度違うほうに曲がり、自動ドアをくぐり、3階建ての廃ホテルから出る。

 そこには少し傾いた太陽と、よりクリアに聞こえてきてしまう蝉の、蝉達の合唱。

 空気が、熱い。体が、溶けそうだ。

 あぁ、さてと、いきますか。

2

 ガッタンゴットン

 電車の音が響く、夕暮れの電車の車内。今日の仕事は、街中に現れた氷柱の破壊。何でも、昨日は無かったのに一晩経ったら急にできていたらしい。あんな道路の真ん中に作られたらそりゃあ迷惑だろう。作ったんなら責任もって作った張本人が壊していってほしい。

 まぁ、業者に頼むよりは安いからって理由でこっちに仕事が来たのだからあまり文句は言えないのではあるが。

 一応まだ夏なんだしほっといても溶けたのでは・・・?あぁ、でもそれじゃその間車が通行できないか。そもそも業者って、この場合どこに頼むのだろうか・・・。うーん。

 それにしてもなんで夜久斗はこんな仕事ばっかりもらってくるのか。一応ただの便利屋のはずなのに微妙にアブノーマルな仕事が多すぎる。

 ・・・それにしても、この仕事を続けていればいつかは「アカ」に辿り着けると夜久斗は言っていたが本当なのだろうか。本当だとしても、今日みたいな仕事はあまり意味が無いではないのだろうか。こんなのが「アカ」につながっているとは到底思えないし。

 ガッタンゴットン

 4両編成のこの電車、私のいる一番後ろの車両には客が8人。私を、抜いて。

 騒ぐ子供を連れた母子一組に、意味の分からない言葉で五月蝿く会話する女子高生2人、いびきをたて眠る中年男性が一人、厚化粧をして、どうでもいいと思われる話をしている主婦が3人。本当に、五月蝿い。静かになればいいのに。

 ガッタンゴットン

 そういえば、今日は休日なのだろうか。・・・昼のワイドショーからして違う気がする。じゃぁ、今日は祝日?そもそも、9月に祝日なんてあったっけ?こんな生活だと、それすらも分からなくなる。

 べつにそれで困るわけではないのでいいんだけど。ただ、世間とのズレが生じるだけ。それすらも、べつにいい。いや、べつにどうでも良いのだ。

 ガッタンゴットン

 子供を連れた母親が、歌を歌い始めた子供に向かって、静かにしなさいと注意をした。しかし、子供は歌うのをやめない。そんな子供の手には黄色い首の長い怪生物の絵柄の袋。どうやら新しいおもちゃを買ってもらってはしゃいでいるようだ。

 五月蝿いながらも、見ていて懐かしい気持ちになる。昔、私たちもあんなんだったっけ。そんな昔日のことを思い出しながら見ていると、何度注意しても五月蝿い子供に母親が、遂にヒステリーを起こす。

 キーキーと狂ったように騒ぎ、子の頭を、二度、拳で殴る。これは、叱るのと、怒るのと、どっちなのだろうか。子供の歌も五月蝿かったが、こちらもかなり五月蝿い。

 殴られた子供は頭を押さえ、泣く。母親は泣き止め、と子に言うも、子供は泣き止まない。もう一度、手があがる。子供は、泣き止まないなりにも、嗚咽を抑えようと必死になっているのに。

 母親は、周囲の目に今更気づき、下を向く。

 今日一日、幸せな一日で終わるはずだった子供の世界は、それを叶えられなくなった。悪かったのは己の行いか、母の凶行か。私にはわからない。あの子にも、分からないだろう。

 気分が、悪い。

 車内には、一時、ただ電車の音のみが、響いていた。

 ガッタンゴットン、ガッタンゴットン

 無人駅に止まり、男が1人、この車両に乗り込む。おぼつかない足取りで、多少の間をあけ、中年の男の乗客の隣に座る。私を抜いて、九人目のこの車両の乗客だ。

 自動で閉まるドア。一呼吸置いて、

 ピィィィィイィィィィィ

 笛の音。出発する電車。

 ガッタンゴットンガッタンゴットン

 車内に戻る、五月蝿い音達。

 そういえば、今日の晩御飯は何だろう。麺類じゃないことだけは確かだ。だって、何を考えてメニューを決めているかは不明だが、いまだかつて、昼食と夕食の種類が同じ事はなかった。私は、別に被っても良いのだが。そこらへんが細かく、手を抜かないことが、夜久斗らしい。

 急に、車内に耳障りな女子高生の悲鳴が響く。そちらに目をやると、先ほど乗り込んだ男が隣の男の首を掻っ切っていた。

 日常生活で使うには大きすぎる鋏で。猟奇犯罪、って言ったっけ。こういうのは。実際に日常の中で起こるのは初めて見た。

 もう一度、鋏男は被害者の首を裁断にかける。その結果、ごとり、と、首が床に転がる。 

 車内が一部、深紅に染まる。

 それを見た少ない乗客が我先に、と前の車両に向かって逃げていく。・・・譲りあい精神がないから、非効率。必要以上に時間がかかっている。

 さて、鋏男が紅い雨を啜ってるうちに、私も逃げようか。仕事じゃないから、アレを壊す必要も無い。

 大体異端者、でも異端物でもないただの異常者は専門外だし。法で裁かれるのだけは、ごめんだ。早く自分の部屋に帰りたい。

 車内のドアを開け、前方車両に入り、ドアを閉めようと後ろを振り向く。鋏男は男の子に目をつけたみたいだった。まだ、私以外に、人がいたのか。

 それに気がついた母親は子をかかえて、守る。母親は必死で抵抗し、鋏男の凶器を手に持っていたバックを振り回し、払いのけたりしている。

 なんで、目が離せないんだろう。今は、あの場に私は関与していないのに。

 なんで、思い出してしまうんだろう。今は、あの時に似ているわけでもないというのに。

 自分の指がかばんと共に飛び、絶叫する母親。

 やがて、その車両にはそんな音すら小さくなりすぎて、電車自身の音に消されてしまう。

 仕事じゃないから、これは私の知ったことではない。多分、後は子供がグズグズにされて、終わるだけ。そんなのは、知ったことか。

 ・・・しかし、思いとは裏腹に、無意識に、私は、最後尾の車両に戻っていた。

 十年近く前に、こんな光景を見た気がする。

 こんな、不快な、場面を見るのは、一度きりで十分だ。鉄パイプを袋から取り出す。

 そのまま一気に距離をつめ、後ろを向いている鋏男の頭部に「力」を込めた鉄パイプを上段から振り下ろす。

 ドカッ

 吹っ飛ぶ私と腹部に走る痛み。蹴られた、のか。「力」のこもった鉄パイプが床に当り、穴が開く。

 カホゥッ、カホゥッ。咳が出る。

 どうやらコイツは背後から壊しにかかっていった私に気がついていたみたいだ。

 紅い、うつろな目で私を視る。前言、撤回。コイツは異端者だ。こんな目の色、異常者には、まして人間には、だせやしない。

 あぁ、どうやら後ろでへたっている子供には興味をなくしたみたいだ。母親は、かすかに呼吸をして生きているみたいだ。助けに入った私が言うことでもないけど、捻りがない展開だ。

 ちょっと、苦笑してしまう。どうせなら、捻りがあればよかった。

 男が、こちらに向かって走ってくる。こんなの相手にいきなり頭を狙うとか、ぼーっとしすぎだ、私。

 しゃがんだままの私は、鉄パイプに「力」を込める。

 私の頭にのびる手。頭にそれが届くより早く、男の手を鉄パイプで弾き飛ばし、その足を刈り取る。

 ごきゅ

 とんでもないカタチに曲がる足。勢いあまって鉄パイプが壁に当たり、また穴をあけてしまう。

 これだから、狭いところで戦うのは好きじゃない。立ち上がる私と転がる男。攻守が交代する。次に、残っている方の手を破壊することにした。

 頭に向かって再度鉄パイプを振り下ろす。ガードしようとした男の片手を、奇形にしてやる。

 勢いをそのまま、男の頭には当らず、鉄パイプは床に当り、またしても穴をあける。四肢が人の形でなくなってしまった男が、最初にここに入ってきたドアのほうに這っていく。

 そのまま頭突きをドアにする。そんなに、頭を自分で壊そうとしなくても、私が壊してあげるのに。抵抗しなきゃ、もっと早く壊してあげれたのに。

 「力」を込めて、頭に落とす鉄パイプ。思っていたよりはショボイ音を立てて破裂する頭。

 血にまみれて赤くなる私。3度目の正直ってこういうことなのだろうか。

 ガッタンゴットン

 親子のほうに振り返る。そこには死にかけの母親と、その血にまみれた子供がいる、はずだった。

 しかし、実際にいたのは子供だけ。母親が、いない。子供の周りに、いくつか肉片はあるが。おそらくそれが、母親だったモノ。どうやら、母親はわが子の血肉になったらしい。そんなことを、呆然と、やや時間をかけて確認しつつ、子供のほうを見る。

 床に転がるおもちゃの入った袋と、口元から滴る赤い液体。その口元は、うれしそうに歪んでいる。・・・どうした、もんか。ここで子供を殺す理由は、ない。

 当初の目的、あの景色を壊すことはもうできたから。どうした、もんか。ぼぅっと子供のほうを見る。

 急に、こっちに向かって、四肢を使い飛び掛ってくる。

「っ!」

 鉄パイプで、自衛戦をする覚悟を決め、構える。あれは、もう子供でも異常者でも異端者でもない。異端物だ。

 きっと、あの異端者の影響を受けたのだろう。子供は純粋で染まりやすいから。前にそう教えられた。夜久斗に。

 だから、殺すしかない。だから、殺しても罪じゃない。異端は人でなしなんだから。もう二度と、人には戻れないんだから。

 しかし、子供はそのまま私を通り過ぎ、私がさっき開けた壁の穴から外に逃げていく。

 電車の中に、母親の一部と、新品のおもちゃを残して。・・・アレは、家に帰るのだろうか。

 母親を殺したアレに、帰る場所はあるのだろうか。否、まだ父親が残っているなら家にはなるだろう。それがまともな人間なら。

 しかし、アレは異端のモノに成ってしまった。化物には、帰る場所なんて、存在しない。帰りを待ってくれる、場所なんかない。帰りを待ってくれる、人なんかいない。

 それでも、人間だったときに持っていた帰巣本能に基づいて、かつての居場所に帰るのだろう。

 ・・・何にせよ、これで、誰もここにいなくなり、静かになった。

 ・・・もうすぐ次の駅に着いてしまう。そうなったら、ここにいると色々面倒だ。

 ガツン

 ガツン

 ガツン

 車両の接合部位を鉄パイプで殴り、壊す。走り去る前方車両と残されるこの後方車両。

 次に、懐からマッチを取り出す。念のため今日の仕事のために買っていったものだ。結局仕事では使わなかったが。

「火は、燃やすものだ」

 そう呟いて、マッチに火をつけ、床に落とす。一気に車内に火が広がり、燃える。

 異端に染まった車両が焼ける。炎が、ここであった全てを無かったことにしていく。

 あぁ、そろそろ私も、家に帰りますか。

 

第三章 師走閑話


 今日は早く床に就く。

 クラスの友達が、今年はゲーム機が欲しい、人形が欲しい、ミニカーが欲しいといっていた。

 いい子にしていたから、欲しいものが一つ貰えるんだって。

 僕らはいい子にしていただろうか。

 自問自答しても、お互いに訊いても分からない。

 僕らはいい子でいられただろうか。

 明日の朝には分かるだろう。

 枕元にプレゼントがあればいい子で、なければ悪い子。 

 貰えるのかな、プレゼント。

 今年は欲しいな、プレゼント。

 あぁ、でも、貰えるものはたった一つ。

 僕が欲しいのはいい子であった証明で。

 それは形のないもので。

 あぁ、だからか、と理解する。

 毎年枕元に何も無いのは。

 僕らが悪い子だったからじゃなくて。

 カタチがなかっただけなんだ。

 妹も、今年はそれがわかってくれるかな。

1

 今日で、一年が終わる。早いもんだ、本当に。これで、あの日から、大分経つ。夜久雨と生活できるようになってからは、1年。あの子は自分の力の使い方が分かってきたみたいだ。自衛するための、もう誰にも脅かされないための、力。でも、あの子は、復讐を願うようになってしまった。そんなことしても、無駄なのに。そんなこと、できやしないのに。上手く、騙されすぎるというのも問題なのかもしれない。

 煙草の煙を、自室兼事務所の、開いた窓の外に吐き出す。

 あぁ、今日って、何曜日だっけ。働くと、本当に曜日が分からなくなってしまう。大人になるってこういうことを言うのだろうか。昔は週末になることを楽しみにしていたというのに。尤も、曜日に思いいれが無いって事はどの日も平穏であることの証明で、良いことなのだろうけど、不思議とほんの少しがっかりだ。ホント、大人ってろくなもんじゃないな。

 あぁ、寒い。しかし、窓を閉めれば部屋が煙たい。でも、煙草は吸っていたい。ぼーっと思考をループさせる。

 急かす様な電子音が思考のループを遮り、部屋に響き渡る。内線が、なっているのか。

 夜久雨、だな。出なくても、わかる。ここには僕ら二人しか住んでいないのだから。

 はい、と電話に出る。

「夜久斗、神社にいこうよ。一年の最後に神様にお礼しないと!」

 夜久雨の、明るい、声。

「うん、わかった。準備するからロビーで待ってて。」

 我ながら、柄じゃないセリフ。そのやりとりだけで電話を切り、再び窓辺へ戻る。

 本当に、寒いな・・・。

 五分ほど経ち、夜久雨が楽しそうに外に出るのを見下ろす。「夜久斗」と出かけるのが嬉しいらしい。

 こんな姿を見ると、複雑な気持ちになる。

 ・・・さて、夜久雨のために、御節の続きでも作りにいくか。

2

 久々に昼の街に出歩きます。今日で今年も終わってしまいます。こんな日ぐらい仕事をサボってもいいでしょう。もともと明確な任務でも無いですし。そう思い、日本酒を買いに宿をでる。周りはすっかり雪が積もっています。

 歩くたびに、雪を踏みしめるたびに、音が鳴ります。足元には雪があり、その下には当然氷がります。・・・気を抜くと転びそうになります。

 本当に、雪道にはなれません。狭いし歩きづらいことこの上ないです。それでも、酒屋に行く足は止ることはしません。

 お酒がないまま年なんて越したくないからです。・・・この狭い道で前から人が来たら、すれ違うの大変でしょう。幸い、今は誰も歩いてないからすれ違わなくて済むのでいいですが。途中、鳥居の前を通り過ぎます。

 私は、神に祈る文化なんて、もって、ない。だからここには用はない。今日にしたって、明日にしたって。

 ・・・さて辛口にしようか、甘口にしようか。悩みます。悩んだときは、両方買うしかないでしょう。三本ぐらいなら、一晩で飲めますし。

 ぼーっと考えていると、何かにぶつかります。

 ・・・青い服の、女の子が一人、です。何か、誰か、でした。間違いなく、考え事して前方不注意な私が原因でしょう。転ばしてしまって大変申し訳ないです。

「大丈夫ですか?」

 女の子に手を差し出します。

「あ、う、は、はい。」

 そう戸惑いながら呟き、私の手をとり、立つ。

「・・・ロク?」

 ・・・息を飲みます。顔が、似ています。似すぎです。

「・・・ふぇ?六?」

 首を傾げる女の子。・・・そう、この子は、女の子です。ロクの、はずがないです。どんなに似ててもあの人は男で、それに隻眼です。

「ごめんなさい、ありがとうございました。」

 笑顔で女の子はそう言い残して、去っていく。私が来た道を真っ直ぐに。

「まってよ、夜久斗。」

 青色の服の女の子は、「誰か」にそう言ったように聞こえました。でも、私はその意味が理解できませんでした。

 けれど、私は振り返ってその意味を確認しようとはしません。だって、きっとこの先彼女に関わることはないのでしょうから。

 だから、こんな小さな違和感をおいて、私は酒屋に向かって歩き出します。

 フードを被り、私は町を歩く。今日は、仕事ではない。あまり、仕事以外に一人で町に出ることは無いのだが、今日だけは、特別。

 今日だけは、おいしいものを買いに行かないといけない。何故って、そう教えられたから。

 余分なことであるってことは承知しているが、教えられたことであるならば仕方が無い。何の意味があるかなんてわからないが、今は分からないだけで、そのうち分かるのだろう。だから、急いで知ろうとする必要は無い。そうとも習ったので、そうすることにする。

 行き先は、街に一つしかない、デパート、という所だ。ここなら大抵のものは良い品質でそろう、と教わった。

 私は基本的にものなんて使えればそれでよいのだが、良い品質のものを買う、ということは精神的にも良いことらしい。これも、教えで、まだ、理解はできないけれど。

 そんなわけで、ここに来た。重い扉を開けて、中に入る。デパートの中は混雑している。今日は大晦日といって、特別な日らしい。年が変わるというのはそんなに特別なことなのだろうか。

 私は階段を下りて、地下に行く。そこは、一階の倍ほどの人であふれていた。その人ごみの間を、私はすり抜けて歩いていく。

 たどり着いた先にあるのは、非常にゆっくりと回転する台があった。目的地はここだ。台の上にはお菓子がのっかっている。

 量り売り、というらしい。

 私は原色の色のついた買い物籠を手に取り、まわらない台である踏み台に昇り、お菓子を選定する。

 一つ一つ包装された大きな苺ジャム入りのマシュマロ、青色と白色と黄色の金平糖の袋、棒にささっている大きなキャンディー、それらを適当にかごに入れ、壮年期の男性に手渡す。

「おや、お嬢ちゃん、一人かい?」

 見れば分かることを問うてくる。首を縦に振り、その質問に答える。

「そうかい、そうかい。えらいねー。」

 買い物が一人で出来ることは偉いらしい。

「んー、ちょっとおまけしよっか。」

 金額が、提示される。それを、ポケットからだしたがま口の財布をあけ、支払いする。

「ありがとうございました。」

 お菓子の入った紙袋を手渡してくれる壮年期の男性に、私は言う。言わなきゃいけない、そうならったから。笑顔で、とも言われたが、そこまでは守らない。

「ばいばい、またきてね。」

 と、手をふられる。だから、無言で手を振りかえす。

 買い食い、というらしい行為は、特別に許可が下りたときにしか許されないらしいので、私は紙袋を落とさないように胸元に抱え、元来た通り、人ごみに帰っていく。

 拠点に帰ったら、ゆっくり食べよう。 


第四章 愚考相思

今日はお家にお客さんが来た。

お客さんは2人、いつもご飯を食べるテーブルでお話をしている。

お父さんと、お母さんと、男の人と、女の人と。

黒くにごった苦い、苦い飲み物を飲みながら。

僕らは二階でその声を聴く。

なんて言っているのかな。

聞こえるのは声だけで。

何をお話しているかはわからない。

それでも、分かることはある。

お父さんとお母さんは怒っているんだって事。

なぜって?

なぜ分かるんだって?

だって、お父さんは。

だって、お母さんは。

普段お外の人に、僕らに話しかけるような話し方をしないから。

どうして今日はするんだろ。

いつだって。

お父さんは。

お母さんは。

お外の人にはいつも笑ってお話をしていたのに。

 よっ、と

 市内の高校の屋上に降り立ちます。近所の廃ビルの屋上から。極力、音を立てないようにしてですが。

 ・・・酷い惨状です。最初に浮かんだ感想はそれです。そこにあるのは大小色々なサイズのクレーター。そして学校から屋上への入り口も、必要以上の大きさの孔が空いています。ここで何かが起こったのは明白です。それに、何もなかったら私はここを訪れません。

 そんな思考と共に、スカート下よりナイフを抜き、構えます。そして、ナイフを投擲します。床に、私に背を向ける形でしゃがんでクレーターを見ている怪しい黒コートに向かって。きっと、コイツは異端でしょう。異端者だろうが異端物だろうが、きっと話は通じないはずです。こんな時間にかんな場所で黒コート着てる奴なんて、大体そうでしょう。

 刺さることはあまり期待していませんが、当れば必殺の位置に向かって投げたナイフ。そのナイフはただ空気だけを裂き、孔に消えてしまう。

 ------やっぱりですか。

 不意に、嫌な予感がし、振り向きながら横に飛びます。私の後ろから飛んでくる数十本の細い何か。避けるのは、難しいです。かといって全部を切り捨てるのもなかなか至難の業です。ですので、致命的なダメージにつながるものだけ切り捨てます。

----------あ、ぐっ

 致命的な奴は全部切り飛ばしたはずなのに、何故か一本が左足にぶっ刺さります。痛みで集中が途切れたと同時に地面すれすれに、私の足を刈り取るように這ってきた足で、足を払われ地面に無様に尻餅をついてしまいます。

 また、後ろですか-------

 黒コートが、先ほど切り飛ばしたモノ、どうやらボールペンらしきものの上に転倒した私を上から見下ろすように立っています。その男は、眼帯をした、隻眼。眼帯のない、残ったその眼には、何の感情も感じられない。

 咄嗟に体を旋回させ逆に足を払い取ってやる、つもりでしたがそれをバックステップでかわされてしまいます。かわされるだけならまだしも、いつの間に拾ったのか、先ほど私が失ったナイフが顔面めがけて飛んできます。せっかくボールペンの刺さったままの痛い足で頑張ったのに、酷すぎです。

「くっ!」

 片手で逆立ちをし、そのまま跳躍する事で、辛くもナイフはかわせました。地面に着地し、さて、反撃はどうしますか。

 しかし、よけたはずのナイフが本来ありえない軌道で曲がり、飛んできます。私は、それを無視して後ろを振り返り、スカートの中から抜き放った本命のナイフで一閃します。

何かを、弾く音。予想道理後ろから飛来してきた二本のキヤップ無しの、抜き身のボールペンを叩き落とします。ナイフの方は私を素通りし、再び孔に吸い込まれていく。

 やっぱり、ですか。・・・こんな、戦い方をする隻眼の男を、私は一人、知っています。いえ、一人しか知りません。

「ロクっ!」

 その、私の発言で攻撃が終わる

「あぁ、なんだ。真巫、か」

 さして驚いた様子もなく呟いた黒コートは、一時でしたけど、私のパートナーだった男、ロクでした。しかし、最後に見たときよりも、彼はとても年老いて見えます。もっとも、それが実際にそうなのかどうかは視ているだけわかりません。

「こんな所で、何をやっているのですかっ!?」

 驚きと、自分でも判別のつかない感情を混ぜて叫ぶように、質問をします。ですが、その質問には

「お前には、関係ないよ。」

 それだけの、冷たい回答しかもらえません。それだけ言い残して、彼は屋上から飛び降り、闇に消えてしまいます。

「ま、まってくださいっ!」

 私は、呼び止めます。訊きたい事が幾つかありますから。それから、伝えたいことも。でも、もう、届いていない呼び声。そして、また、届かなかった叫び声。私は彼を追いません、否、追えません。ペンの刺さった足が痛いのは当然。でもそれは、そこまで終えない理由にはならないです。追えない本当の理由は、さっきの彼の声に、私に対しての明らかな拒絶しか感じられなかったから-----

 目が、覚めます。今、何時ですかね・・・わからないです・・・。外は、曇天ですか・・・。余計に時間がわからないですね・・・。

 多少躊躇しつつ、もそもそと、旅館の布団から這い出ます。そこから、立とうとして苦痛が足に走ります。数日前にボールペンが刺さった足、その痛みです。ついでに彼のことを思い出して、複雑な気分になります。

 彼は、こんなところで何をしているのでしょうか・・・。数年前の「緑の地」と「赤き砂」の二つの派閥の大戦の最終局面で姿を消した、彼。その姿を消す際に2つの組織が争っていた原因である「モノ」を持ち去り、今は双方に追われています。

 何を奪い合っていたかも知らない、別に組織の上のほうにいるわけでもない私が何故ここまで知っているかといいますと、ただ単にその大戦時に彼と参戦していたからです。彼の、パートナーとして。

しかし問題の局面で私は彼の傍にいなかったので彼が何を盗んだかも知らない私は特段「緑の地」の方の組織からはお咎めはありませんでした。

 まぁ、でも大戦でしたので、当然「赤き砂」の方々を何人も痛めつけたわけで。そちらのほうの意味だと「赤き砂」で目の敵にされているらしいです。実際大戦後にも「赤き砂」の連中と幾度も戦闘になりましたし・・・。

 -----------つっ!

 頭も、痛いです。これは、ただ、昨夜飲みすぎただけ、です。そして、もう慣れた痛みです。まぁ、痛いっちゃ痛いのですが。飲みすぎた罰でしょう、しかたないです。

さて、今日はどうしますか。まずは今何時か知らなければ・・・。

どこからか響く、味気のない、コール音。私の、ケータイの。荷物の散乱している部屋の中で少々コールの元をさがします。

「はい。」

 何とか探し出し、受話します。「緑の地」本部からでした。頼まれた資料を用意したから受け取るように、と。場所は駅のコインロッカーの中。鍵はこの宿の受付にじきに届く、とのことです。受付に鍵を送ってくれるならそのまま資料も送ってくれればいいのに、と心から思います。まぁでも組織の規則は規則ですか。でしたら仕方ないです。法の類は守れるものは、なるべく守りたいものですし。

ケータイを切ります。そしてその画面に表示されたのは

10時25分

 今の時間でした。

 3月というのに肌寒いです。本気で寒いです。雪が中途半端に溶けて歩きにくいことこの上ないです。何事も中途半端が一番迷惑ですね。駅までは、そう遠くないですが、寒くて歩きにくいので苦痛でしかないです。

 少し歩き、駅前に着きます。あとは、この横断歩道を渡るだけですか。

 だから、信号を、待ちます。赤から青に変わるまで。車はきていないです。だから、後ろから歩いてきた中年男性は信号の変化を待たないで横断歩道を渡ります。信号が、青に、変わります。少し待てば信号は変わったのに、なのに、なんで待てないのでしょうか。それほど急いでいるようにはみえないのですが。それでも彼には、急いで行くべき所か急いで帰るべき所があるのでしょうか。どちらもない私にはよくわかりません。どちらでもいいから、手に入れることができたなら私も信号を守らないようになるのでしょうか。

 そんなことを思いつつ横断歩道を私もわたりはじめます。あぁ、それにしても寒い春です。

 間もなくして駅に着き、自動ドアをくぐります。駅お決まりの気の抜けた電子音が聞こえてきます。平日の昼間だけあって駅員とキオスクの店員以外誰もいないです。二つの職種の現在の共通点は退屈そうなところです。それ以外は私には分かりません。そんな彼等はおいといて。

 私は迷うことなくコインロッカーの前まで行き、教えられた番号を探し、もらった鍵でドアを開けます。

 ・・・厚いですね。

 とりあえず、感想でした。そこには分厚い封筒が、二つ。

 なんでこんなに・・・。

 でも、頼んだのは、私でしたっけ。ならばしょうがないですか・・・。

 ・・・あ、酒でも買って、帰りますか。

 コタツのスイッチを入れ、もぐりこみます。あったかいです。さすが人類の英知の結晶ですよ。もうこれがなきゃ私は冬を越せないでしょう。知らなかった頃にはもう戻れません。

 さて、と。お酒----------はまだですか?まだですね。残念ながら資料の方に先目を通さなくてはなりません。

 がさごそと、紙の封筒から資料を出します。

 とりあえず、目次です。

 月原 夜久雨について

 フリーランスの能力者 ロクについて

 5つの厄災について

 赤き砂の「猟犬」について

 十年前の事件について

 以上ですね。

 ・・・へぇ、この子、月原 夜久雨って言うんですか。

 この子を調べてもらった理由は、私がいろいろ調査した結果、この子がここら一帯の事件に大体関与しているからです。名前も顔も知らなかったですが、大体の聞いた特徴を教えるだけで調べ上げてくるうちの諜報部もなかなかのものです。

 -----っと、写真まで。

 あれ、この子いつかの--------。まぁいいです、なになに・・・・・。

 十五分ほどかけて三十枚ほどある資料を読み終えます。とりあえずプロフィールをまとめますか。

 月原 夜久雨 18歳。

 父母は十年前に死亡。

 双子の兄の夜久斗がいたが十年前に行方不明。

 十年前に「赤き砂」に保護されそこで育つ。

 去年「赤き砂」をぬけ、今は表向き普通の便利屋で仕事をして生計を立てるが、便利屋の仕事は大体 まっとうな便利屋の仕事ではない。

 ちなみに間の九年間、組織で何をしていたか不明。

 恐らく異端者であるが、その詳細不明、物体の強化をする異端的能力だと想像できる。

 武器は鉄パイプ。

 わかっているだけでも大きい事件としては去年の八月の霊園破壊、十月の電車破壊、十一月の歩道橋事件、そしてこないだの高校屋上爆砕事件に関与していると。

 その他も色々な小規模な事件に関与している可能性がある、と。

 その結果がこの書類の枚数です。

 ・・・トラブルメーカーですね。本来トラブルブレイカーになるべきな仕事のはずなんですがねぇ、彼女。ほんと、隠れているくせにめだっている子です。

 個人的に共感できるところはありますが、疑問もあります。便利屋ってこの子一人で、ですか?組織を抜けたばかりの子が一人でここまで依頼を集められるものなのでしょうか?かなりひっかかりますが次ぎにいきましょう。お酒がまってますので。私のことを。

 この子は色々力を使いすぎてますが、もうこういったものを処分するのは命令がなければ私の仕事じゃないですし。とりあえずほっときましょう。

 ・・・で、ロクについて、ですか。・・・資料は・・・一枚きり・・・。まぁそんなに調べられるとは期待してなかったですが・・・

 ロク。

 偽名。

 年齢不明。

 性別男。

 本名不明。

 異端的能力 幻覚。

 5つの厄災の一つである赤き砂と緑の地の「大戦」の際に「緑の地」に雇われたフリーランスの能力者の一人。

 武器はボールペン。

 大戦時に両組織が奪い合っていた「モノ」を奪い逃走。

 以来両組織からも追われ賞金首に。

 以上。

 ・・・これだけですか。私が知ってる情報と同じ程度・・・。改めて、彼は私に自分のことを何も教えてくれなかったことを知ります。それと、私の組織的な位置を。

 でも、仕方ないです。彼にとって見れば私はただの一時の、仕事の、パートナーです。私がどう思っていようが、それは関係しないのです。

 ・・・お酒、飲みましょうか。私が、酒に逃げるようになったのは彼のせいです。彼が、かつての私を変えてしまったから。その結果、飲まなきゃ自分の過ちが私を苛むから。それでも、私は彼に感謝しています。生きている実感が、得られたから。

 なのに、私はお礼の一つも言えてません。次に会ったら、伝えたいです。感謝の言葉と、恨み言の言葉を、一つずつ。

 ----目が、醒めます。そして目覚めと同時に来たのは、鈍い、頭痛です。かなり、酷い痛みです。胃もムカついています。

 ・・・あのままコタツで寝てしまったみたいです。しかも、また飲みすぎました。どうやら私は振り返りはしますが反省は出来ないようです。

 コタツの上の水差しから、こぽこぽとコップに水を注ぎます。それから、薬、薬・・・。乱雑なコタツの机上からピルケースを探し出します。そこから白い錠剤三粒を取り出し、水とともに飲み下します。これで、暫くしたらよくなるでしょう。よくなって欲しいです。よくなってください。頼みますから。

 ・・・さて、今、何時でしょうか。今回はあっさりケータイを開き、時刻を確認します。

 午後、10時。

 ・・・仕事の続きをしましょうか。めんどうですが。

 畳に散乱している紙の中から、厚い封筒を探り出します。さらに封筒の中から、残りの書類を取り出します。

 残りは、二つの事柄を記した資料。

 「赤き砂」の猟犬「赤狐」と月原 夜久雨の所で出てきた十年前の事件について。一通り流し読みをします。

 まず、猟犬のほうです。

 異端を用いた営利団体「赤き砂」の猟犬とは組織の全ての「殺し」を専門にする。

 大体は十代になるかならないか付近の女の子の姿をしている。

 皆、頭に獣の耳を持ち、聴覚が非常に強い。

 どこからその人材を手に入れてきているのかは一切不明。

 養成所なるところでとても厳しい訓練を受け、その中で生き残った者だけが猟犬になれるらしい。

 猟犬には各々先生となる人間が一人付き、その人が指令を受け命令、仲介、サポートなどをし、暗殺業をする。

 現時点の「赤き砂」の猟犬で最強なのが「赤狐」と呼ばれる猟犬。

 異常な回復力、戦闘力を持ち合わせ、ターゲットを殺害するためにはどんな傷を負うことも厭わない。

 異端的能力は回復力のみで武器は主に銃器を使用。

 ただ、あらゆる銃器を使いこなし、その回復力を武器にとにかく攻撃的な戦い方をし、まともにやりあって生き残れたものは数少ない。

 そもそも暗殺がメインのはずなのに正面きって襲ってくるらしい。

 最早暗殺者と言わないのではないでしょう。

 「赤狐」の由来は彼女がまとった血のように赤い服からきている。

 これも暗殺者には向いてない服ですね。

 それから、ターゲット殺害を邪魔する者、異端に関わってしまった者も容赦なく殺害する。

 ・・・恐ろしいですね。「赤い少女」の噂を小耳に挟んだので調べてもらいましたがまさかこんな資料が来るとは。

 この街に来ていなきゃいいのですが・・・。痛む頭で胡乱にそう思います。しかし、この街にロクがいる以上いつ「赤狐」だけでなくほかの猟犬が派遣されててもおかしくないです・・・。うーむ、ロクを追う以上いつか戦う羽目になりそうで非常に嫌です。

 ・・・少し、頭痛薬が効いてきましたか。次、いきましょう。

 十年前の事件についてです。

 月原 夜久雨の家で起こった殺人事件。

 なんの変哲もない普通の家庭である夏の晩に父母が殺され、長男は行方不明。

 父親は腕を砕かれそのまま首ももがれ殺害される。

 母親は四肢を引き裂かれその上で頭を潰され殺害。

 行方不明の長男もおそらく生きていないと予想される。

 夜久雨自身は激しい暴行を受けた痕はあるものの、生存。

 発見時は血溜まりの中で意識不明でいた。

 その後意識レベル向上せず昏睡し、そのまま「赤き砂」で引き取られる。

 公には強盗による金銭目当ての殺人事件として処理されている。尤も、実際には金銭など取られておらず、犯人の動機は不明で、いまだに犯人の特定すら出来ずにいるらしい。

・・・これまた壮絶ですね。それにしても、何故ここで「赤き砂」が保護したのでしょうか。普通警察でしょう、こういったものは。

 って、ことは、間違いなくこの事件には能力者が関与していたのでしょう。しかも恐らく異端に関与しているのに保護とは・・・。

 こんなのが、成長して便利屋に・・・。・・・まじめにどのような子なのか会ってみますか。これ以上酷い騒動をこの子に起こされたらそっちで猟犬が来ても嫌ですし。たしか最初の資料に住所が載っていたはず・・・。

 明日にでも行ってみようか・・・。そういえば、頭痛は完全に治まっていました。

 うー、寒いです。宿から数キロはあったでしょう。夜だから格段に寒いです。

 しかし、本日も寝過ごしてしまいこの時間、23時です。で、私は今、便利屋の前にいます。いえ、多分いるでしょう。こっちも自信ないです。

 して、どうしてこんなに曖昧な表現になってしまったのかというと。目の前にあるのは明らかに廃墟のホテル。それもいかがわしい類の。

 ・・・こんなところで女の子が一人で便利屋とは。組織で暮らしていたからと言って常識が破綻していませんか?とりあえず、こんなところで立ち尽くしていてもしょうがないので中に入る事にしましょう。

 私に反応し、開く自動ドア。一応まだ使われている証拠です。目の前にはド派手な赤いじゅうたん。しかし色は大分くすんでしまっています。

 さらに暗い照明と奥の枯れた観葉植物が相まって廃墟感をだしています。そして、フロントがその先にあります。

「こんばんは。」

 そこに座っている十代そこらの青い服を着た男の子は言います。やはり、一人ではありませんでした。

「こんばんはです。」

「宿泊ですか?」

「誰がこんなところに女一人で泊まりますか。」

「まぁ見るからにおね-さんと泊まってくれそうな人はいないですもんね。」

「そういうことは言ってませんから!大体私にだってそれぐらい、」

「いないでしょ。」

 言い切られます。

「・・・はい。」

 思わず認めてしまいます。

「まぁ冗談は置いといて。こんばんは、いらっしゃいませ。」

 仕切りなおして男の子は話をはじめます。

「ここは便利屋です。なにか依頼があるからここに来たのでしょう、貴女は。」

「ええ、まぁ。」

 とりあえず、うそをついてみます。

「尤も、電話でしか本来依頼は受けてないんですがねー。よく見つけたものですよ、おねーさん。」

「まぁ、つてですよ、つて。」

「して、依頼はなんですか?」

「月原夜久雨にあわせてください。」

「できないよ。」

「どうしてですか。」

「いまはここにいないから。」

「そう。じゃぁ今ここにいるほかの人に会わせてください。」

「いる前提かい。」

「いるのでしょう?」

「その心は。」

「見るからに十代の子がこんなところで一人でフロントしているわけがないですから。いいから店主に会わせてください。」

「ならそれはもう成し遂げられています。店主は僕です。」

「ふーん、そう。十年前に行方不明の人がどうしてこんなところで便利屋しているんですか?警察、よびます?行方不明の未成年、ここに発見、とか。「白き夜」でもいいですけど。」

「嘘じゃないのになぁ、一応。しょーがない、案内しますよ。「白」の連中を相手になんてしたくも無いですし。」

「ありがとう。」

「そのエレベーターで三階の32号室だよ。」

「案内するんじゃないのですか?」

「いかがわしいホテルの一室に男が案内って嫌でしょ?」

「下品ですね。私は一応お客様ですよ?」

「でも便利屋のまっとうな、でも、ホテルの客でもないでしょ。」

「あーいえばこう言いますね。」

「それが会話だよ。」

 けらけらと笑う男の子。

「もう、いいです。」

 それきり会話を打ち切りエレベーターに乗り込みます。でも、どうしてでしょうか。あの下らない会話が、ひどく懐かしく感じました。

 エレベーターの中には鏡がひとつ。振り返ると閉まるドア。意味もなく鏡を見ます。そこには仕事のときに着ると決めた服が映ってます。服は、白と緑で構成されています。赤い色は交じっていません。もう、赤い色はそこにはありません。

 まもなく軽快な音と、それより一拍あいて再度開くドア。着きましたか。えっと、32号室でしたっけ。エレベーターを出て、私はあるきだします。

 いくつか並ぶドアの中から32号室をみつけます。32号室のドアを、3回ノックします。返事はないです。

「開けますよ。」

 だから宣言します。それから、私はドアをあけます。鍵が、かかっていない。

 中に入ろうとしたと同時に後ろから急に蹴られ転んでしまいます。すぐさま立とうとするも、何者かに後ろから馬乗りにされてしまい動けません。

 ・・・反抗はよくないですか。私としたことが、油断しました。

「オーナーさん、ですか?」

「・・・女の子が一人でこんな時間にこんな場所に来るもんじゃないぞ、真巫。」

 懐かしい、声。

 私が、求めていた、声。

「・・・っ!ロク!どうして貴方が!」

「だって店主だし。便利屋の。」

 そのまま、ふぅ、と息を吐くロク。そこにはこの間の冷たさはありません。きっと、煙草でも吸っているのでしょう。私は、訊きたい事が多すぎて、彼に何から訊いたらいいかわかりません。

「僕に何か用かい?」

「こんなとこで、なにをしているのですか?」

「君は、そればかりだな。まぁいい。見ての通り、便利屋の店主。」

「そうじゃなくて!」

「そうじゃなくて、なに?」

「・・・。」

 言葉に詰まります。彼の声は、既に冷たさを帯びています。明らかに敵意を感じます。。

「君こそ何しに来たんだい。この街に。」

「任務です。」

「内容。どうせ異端具の回収じゃないんだろう?」

「いえません。」

「そうか。夜久雨に用事かい?」

「・・・いえません。」

 隠す必要はないですが意地です。それに、仕事は仕事です。

「そうかい。僕に何か用事かい?」

「いえないです。」

「そうかい。他には誰か派遣されているのかい?」

「いえないです。」

「最初に戻ろう。何しに来た。」

「ですから、いえないと-------っ!」

 右手に走る熱刺激。熱いです。苦痛です。

「こたえろ。」

 肉が、焼ける音がします。においがします。

「あっう!」

 私の手の肉が、焼けています。彼は多分吸っていた煙草をおしつけたのでしょう。こんなこと、彼にされる理由なんて、ないはずなのに。どうして、こんなんことを。

「・・・、い、いえない。」

「そうかい。夜久雨に用事か?」

「他にも人はいるのか?」

 質問に答えないため、計四度、根性焼きされます。まだ、手の痛みには耐えられます。でも、目から、涙がこぼれます。痛いです。何が、というのはもう、分かりませんが。

「や、やめてくださ」

 い、迄言わせてもらえず今度は長く、押し付けられます。動こうにもうつ伏せでさらに馬乗りにされては動けません。私に出来るのはただ足をばたつかせもがくだけです。右手がどうなっているのかもわかりません。彼がどんな表情をしているか見えません。見えなくて、良かったと思ってしまいます。

「--------っ、お願いです、やめてくださ」

「この街に何しに来た。」

「やめ」

 また、私の言葉が、痛みで遮られます。右手の甲になにかが、刺さり、床に縫い付けられます。熱さでよじれば、さらに手が痛む仕組みです。

 今度は右手の薬指の付け根が、焼けます。先ほどから彼が長い間、あつい煙草を押し付けてきます。手の痛みは、もうとっくに耐えられません。

「-------っ、あっ、わっ、わかり、ました!こたえます、こたえますから!や、やめてくださいッ!」

 叫ぶことしか出来ない。叫ぶことしかしたくない。

「この街には、今まで起こった異端事件の真相を暴くこと、異端事件が起こった際に介入し解決すること、命令で、きましたっ!」

「それだけか?」

「あ、とは、これから起こる大災害を、未然に防ぐ、こと、です。」

「・・・それは、だれからだ?そして、どうやってだ!!」

「し、しらないですっ!ただ、上から」

いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい

あついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあつい

もがけばもがくほど痛む手。しかし、焼かれる手が熱くて動かさない事も耐えられません。

「は、ほんとうですって、だから、やめ、てぇっ!あついですっ!本当にぃぃいいぃっぃい!」

「夜久雨には何の用事だ。」

淡々と、続ける彼。

「なにもっ、ないっ」

「僕らを本部に報告するのかい?」

「しないっ、しないですっ!」

「そうか、ありがとう。」

 幾度目か、また、焼かれる私の手背部。手の感覚が無くなればいいのに、なくなりません。そして、彼は、この拷問をやめてくれません。

「たすかるよ。ここが、僕たちの居場所だから。」

「っえ?」

 髪の毛が掴まれます。そして、無理やり、体をそらされます。今度は、喉を狙うのでしょうか。

 しかし、予想が、外れます。彼が、私の口に、自分の口を重ねてきます。意味が、理由が、分かりません。歯の間を割って、入ってくる、舌。

 同時に、液体が流れ込んできて、味が、します。苦い、苦い味が。私は、この味を知っている。以前訓練で・・・。なんでしたっけ・・・。

 程なくして、私の口は自由になります。が、今度は、手首に、痛みが。

しかし、それほど苦痛に思う暇もなく、私の意識は消えてしまったのでした。


第五章 遠慮呆然

前に来た、男の人と、女の人は、時々僕らの家にくる。

お父さんとお母さんに、君たちのために大事な話があるんだよ、って言って。

そしてリビングで話、苦い飲み物を飲み終え、帰っていく。

その人たちと、僕らは一言二言話しただけで、早く二階に行きなさいって。

毎回お母さんに言われてしまう。

だから僕らは二階で話し声に耳を澄ます。

何を話しているのだろうか。

何を話していても良いけれど。

今日は、お客さんが帰った後で、殴られなければいいな。

こないだの拳骨は痛かったから。

だから僕たちは、言われた通りに。

お外でいい子にしていたから。

今日はきっと殴られないだろうな。

 何の音も聞こえない、誰もいない廊下を歩く、2月29日。せっかくのうるう年だというのに私は市内の学校にいる。なれないセーラー服を着て。右手には紫の布袋に入った鉄パイプを持って。

 端から見ればごくごく普通の女子高生だ、と思う。否、思いたい。

 時刻は午後一時。周りに生徒はいない。教師もいない。そのほかもいない。誰もいない。

 いや、言い直そう。この敷地内に、生徒はいない。教師もいない。その他もいない。だれもいない。いるのは多分、私と異端のモノだけだ。

 そう、これは仕事。これが仕事。いつもの、仕事。

 うーん。四階建ての建物でいるかいないかわからない相手を探すのは大変だ。がさがさと、ポケットから手紙を取り出す。

------

夜久雨へ

今回の仕事は学校に出現する異端「氷結男」を処分すること。

詳しいことは以下に適当に記しておく。

今年の一月から急に学校内の物品から始まり教室一つ丸ごとがたびたび氷づけにされる事案が発生した。

人的被害は今まで無かったが明日行われる卒業式で何かが起こると混乱が生じるため、原因を究明し排除して欲しい。

また、氷漬け事件の発生と同じ一月ごろから度々校内で去年の11月に行方不明になった学生の学ランを着た幽霊が目撃されるようになった。こいつが通称「氷結男」時期的に考えて、恐らく今回の事件の元凶だろう。存在するとするなら、まず間違いなく異端物だろう。

戦闘になった際のことを考え一般生徒、及び職員には退去してもらっている。

念のため制服を用意しておいた。誰もいないとはいえ一応着用すること。

以上。

がんばって。

                 夜久斗

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 やはり、出現条件が書かれていない。きっと、夜久斗も知らないのだろう。・・・ならば、うろつくしかないか。一階はおおよそ周ったし、二階に行こう。

 二階にあるのは職員室と二年生の教室、あとは理系の特別教室群。

 ・・・周るとこ、多いな。まぁ、ゆっくり周りますか。

 立ち止まり、ドアを開け、ドアを閉め、歩き出す。この音だけが響く。この音だけを、私は繰り返す。

 一つの学年の教室が十もあるとか多すぎだ。仕方ないので手当たり次第にドアを開け、確認し、閉めて、立ち去る。どこも、掲示物に些細な違いはあれど、ほぼ内装は同じ。同じ箱が、十っこ。

 こういう所は嫌いだ。こんな「普通」の場所なんて、気持ち悪くてしかたない。あぁ、帰りたい。でも、帰れない。・・・あの歌はこのような状態の事を指しているのだろうか。なんと、酷な。あぁ、帰りたい。

 十度、ドアの開閉を繰り返し、十度同じ形の箱の中を覗き、二階の教室群は終わる。当たりは、無い。全部、外れだ。しかたない、特別教室か、次は。これも、教室ほどじゃないけど、多いな。面倒だ。

 ・・・こんなところに通っている人は楽しいのだろうか。毎日同じ場所で、同じ事を繰り返し、三年間を過ごす。過ごした後は、「普通」の奴は進学し、「普通」が足りなかった奴は社会に墜ちる。いや、墜とされる。嫌応なしに。三年間、それに目をそむけたり、向け合ったりして時間を浪費する。その間、三 年。長いのか、短いのか。

 私一人だと、長いかな。夜久斗となら、短いだろう。多分、父と母が生きていたら、私たちもここに通っていたのだろう。夜久斗と二人で。明日の食事のために働くことも無く。二人で登校して。退屈な授業をうけて。二人で一緒にお弁当を食べて。また授業をうけて。二人で放課後に街で遊んで。帰る。

そんな、日々。それはきっと、平凡だけれど、ただ、楽しい日々なのだろう。そんな、あたりまえの権利である「普通」の日常から私たちを墜とした奴-----あぁ、赤い、赤い夜を思い出す。

 ・・・手に入らないものなんて、望んじゃだめだよね。私は夜久斗といられれば十分だ。そう、自分に言い聞かせる。・・・言い聞かせるんだ。

 三階、教室群。そこの中の一つに女子高生がいた。髪の短い。

「・・・こんにちは。」

 一般生徒はいないはずだ、とは言えない。私は一体何なのだ、という話になってしまう。だから、とりあえず挨拶をする。

「こんにちは。」

 朗らかに返す女の子。顔を覚えられたら困るので、なるべく相手の顔はみない。

「忘れ物?」

 続けてたずねてくる。卒業生だと思われているみたいだ。

「うん。卒業前に、噂を確かめたくって。」

「あぁ、あの氷結男。」

 やはり、その名前ぐらいは知っているようだ。

「いるのかな、本当に。」

「いて欲しいと思うならいるし、思わないならいない、と思う。そんなもんだよ。あなたは、いてほしい?」

 私個人的にはどちらでも良いが、いないと、困る。帰れないから。

「・・・うん。」

「どこに?」

「・・・屋上、とか。」

だって、室内は動きにくいから。

「ふふ、なら屋上をさがしてみたら?学校中探すよりは、いいでしょう?」

「・・・うん。」

「場所、わかる?」

「場所、さがす。」

「案内、いる?」

「ううん。いらない。ありがとう。」

 一般人を巻き込みたくない。終わった後の、後始末が、面倒だから。

「じゃ、またね。」

 手を振る彼女。

「うん、また。」

 会話はこれっきり。今の会話で屋上に行くことにした。もともと、あてなんて無かったんだ。順番が前後したってかまわない。さぁ、屋上、行こう。

 重い、ドアを開ける。差し込む光が、まぶしい。

 よっと。段差をまたぎ、雪の積もった学校の中の外に出る。そこには、だれもいない。人が来ることを想定されていないようでフェンスすらない。閉鎖空間の中の開放的空間。しかし、ここからは生きたままでは歩いてどこにもいけない。できることは、閉鎖空間の中に戻るだけ。だから、開放「的」空間。なんて、どん詰まり。

 さて、と。どうしようか。誰もいないけど、このまま中に戻るのも嫌だ。あぁ・・・私たちの家見えるかな。屋上の縁ぎりぎりに立ち、町を視る。・・・見えないや。見えたらどう、とか言う話でもないのだけど、さ。はやく、帰りたいな。見えなかった、私たちの家に。

 おもむろに、手に持った袋の紐を解き、中身を取り出す。横を、入り口から一番遠い場所をみる。あぁ、いる。いるよ、そこに。

 そこに、詰襟の、コートを羽織った、半透明の、男の子がいる。

「ハロー、学生さん?」

 一応、問いかける。言葉での、返事は無い。でも、言葉以外の返事はあった。ひどく、攻撃的な。やっぱり、こいつが、「氷結男」か。

 私に向かって、地を走り、生えていく氷柱。ためらわず、右によける。そのまま、「氷結男」に向かって走り出す。

 このまま、頭をかち割ってしまえ。

 しかし、相手もそう簡単に割られるつもりは無いようだ。

 再び生えて来る氷柱。私だって、そんなの簡単に許さない。目の前に生えた氷柱を鉄パイプでぶったたく。

「砕け散れっ。」

 氷柱は砕け、散る。はずだった。しかし、氷柱は砕けるどころか私の鉄パイプを巻き込み、成長する。手に伝わってくる氷の無機質な冷たさ。私はあわてて手を離し、後退する。

 さて、どうしよっか。武器が無くなってしまった。だから、戦えない。中に戻って調達してきてもいいんだけど、そのときに背を狙われたらかわす自信がない。かといって、素手での格闘なんて、リスクが高すぎる。凍らされたらそれで終わりだ。

 音も無く、歩み寄ってくる異端物、「氷結男」。・・・しかたないか、な。死ぬよりは、マシだ。死ななきゃ、きっと夜久斗がなんとかしてくれる。ちょっとは、怒られるだろうけど、なにより思い切りが大切だ。

 ふぅ、っと息を吐く。覚悟を決めて、

「月原夜久雨は、たたか」

 力を使うため、宣言しようとしたそのとき。音が、響く。普通に生きてれば、まず聞けない音が、立て続けに。六度。

 音をたてた張本人。それは、赤。赤い。赤い、少女。頭に、獣の耳をつけた。給仕服の。純粋にみれば、かわいい。しかし、凶悪。

 理由は手。手の拳銃。右手と左手、両方に。あぁ、やはり、銃の音。でも、正しい狙いの弾丸は全部凍らされて「氷結男」にはあたらなかったけど。アイツ、背後から撃たれたはずなのに、よく対応できたな。

 それでも、容赦なく撃ち続ける。だから、「氷結男」に当りそうな奴は容赦なく凍らされていく。ここを動けば、私は死ぬ。流れ弾に当って。皮肉にも異端物に守られて生きている。

 不意に音がやみ、音が聞こえる。何かを引き抜く、音。女の子の手には、リング、が-----------。

 あわてて学校の中に飛び込む私。そのまま、右に、階段を跳んで下りる。

 まもなく、響く、爆音と、広がる爆炎。さっき私が見たのは丸いもの。凶悪な丸いもの。手榴弾、的な。どっから入手したのか。じゃなくって。じゃなくって、さ。

 音が止み、ゆっくり、階段を上る。そして、上りきった位置で、壁に背中をつけて恐る恐る、外を見る。煙のせいでよく見えない。

 あぁ、いた。今度は二人で殺伐と近接格闘をしている。女の子はひたすら「氷結男」の攻撃を避けていく。冷気をまとった、蹴り、殴り。全てが一撃必殺。

 でも、当らない。当らないなら、意味はない。一瞬。一瞬出来た、異端物の隙。

 異端の生き物はそれを逃さない。そこに、異端物のみぞおちに、掌底を放つ。これも、一撃必殺。しかし、意味が生じない。

 少女が男に触れようとした瞬間、その手が凍り始める。少女の顔は見えない。

 何かを、無理やりはがす音。小さいが、私はその音を聞いた。きっと、手を引いたのだろう。皮が剥がれるのも、かまわずに。相当、痛いだろうに。少女はそれに気にもとめずに、「氷結男」をすり抜け、私の方に転がるようにやってくる。

 が。あまりに無理な姿勢だったせいで、壁にぶつかり、銃が腰のポーチから落ちる。屈んで、私はそれを拾い上げる。まじまじと見つめるが、撃ったことはない。でも、撃ち方は分かる。

「撃ち抜き、殺す。」

 わたしの「異端の力」がこもる。「物事の能力を強化する、力」、夜久斗にはそう教えられた。

 多少の照準の誤差は何とでもなるだろう。というか、なれ。安全装置をはずす。引き金を絞る。

 一発で、十分だ。「氷結男」は氷の壁を作り、防ごうとする。しかし、それを、撃ち抜く。凍っていく銃弾。でも、それでも、宙を進む。

 私が「力」を込めたんだ。当然だ。

 軽い破裂音を立てて、えぐれる異端の頭。その一撃で、霞んでいく体。完全にそれが消え去ると、一つ残らず屋上に生えまくっていた氷柱が砕けていく。

 それに見蕩れていると、ひったくられる、銃。犯人は少女。そのまま現れた位置まで歩いていく。一瞬、振り返る。冷たい目。直ぐに目をそらし、近くの低層ビルに飛び移り、去る。

 遠くから響くサイレンの音。これだけ、派手なことすれば当然か。私も帰ろう。仕事は終わった。だから、やっと、帰りたい、帰れる、だ。

4

二月と三月の狭間の日が終わるその時、僕は市内の高等学校の屋上にいた。

夜中だから、当然誰もいない。宿直、なんて文化もこの学校には無いみたいだ。この時代にあるところなんてそもそもあるのだろうか。まぁ、どうでもいい。

 さてと。この銃痕。ひどいな。バカスカバカスカ撃ちすぎだ。なにが楽しくてそんなに撃ったのか。そんでもって、視線の先。

 屋上の入り口、の、馬鹿でかい孔。孔って。入り口が孔って。

 ・・・風、強いな。それに、ながめがいい。思考を、逃避させる。

 夜久雨のせいじゃないって、依頼主にどう説明しようか。

 ホント、赤い獣耳の少女は大層無茶をしてくれた。

 ・・・風が、冷たい。夜は、一段と寒い。

 白い息を吐きながら、ボーっとする。

 しゅぼっ

 煙草をくわえ、火をつける。・・・月が、綺麗だ。

 言い訳を考えるためにここまで来たけど、ここには何も無い。だから、せめて煙草をすう。意味なんて、ない。

 ふぅ

 息を、吐く。煙を、吐く。

 あぁ、まずい。コーヒーが欲しくなる。

 あぁ、ここに来て、何分経ったか。

「さて。」

 屋上から、地の上、グラウンドに向けて煙草を落とす。火事には、ならないだろう。

 後ろを向く。月が、雲に隠れてしまう。

「君は一体、何なんだい?」

 そこには、いつのまにか、女の子がいた。

 セーラー服の。当然、機関銃なんて持っていない。

 でも。

 物騒なのには変わりない。ただの勘。

 顔は、暗くてよく見えない。

「なにって、酷いよ、お兄ちゃん。」

「こんな時間に普通の女子高生はこんなところに来ない。さらに言うなら、こんな時に普通の人間はこんなところに来ないんだよ。もう一度訊く。君はなんだい?」

「もう、酷いって。」

「お前、昼に夜久雨に何か吹き込んだだろ。」

「んー、吹き込んだって。何のことかなー。」

「・・・氷結男の件だ。あいつ、あんなに力持ってなかった無かったはずだ。」

「どうかな。もしかしたら自分を殺した奴が近くにいたから本気を出したのかもよ?」

 夜久雨ではない。

 では、赤狐-----赤い獣耳か。

 たしか、十一月に「氷結」の異端者が------

「・・・あぁ、獣耳か。それと、歩道橋トマト事件の最後の被害者が「氷結」の異端者か。出来すぎてる。なんでそんなこと知っている?」

「なんでかにゃー。」

 答えるとは思ってなかったが。

「・・・もういいよ。お前なんかに興味は無い。じゃな。」

 僕はそれだけ言い残し、ここから去ろうとする。

 突如、何かが振られ、当たり、裂ける僕の体。

 しかし、僕は健在している。彼女が裂いたのは、偽者。幻影。

 月明かりが、再び射す。明るみに出る、ソレ。ショートカットにセーラー服。間違いなく夜久雨が会った奴だろう。

 ここまでは、いい。手には、赤い槍。

 それも、いい。でも問題は、その顔。夜久雨、と、同じ造形。なんだ、コレは。戸惑う。

 その瞬間。わき腹に走る痛み。

「--------っつ!」

 腹が裂け、血が流れる。油断、した。

「お前、なんなんだ。」

「私は「私」の異端の力の形。」

「意味が、分からない。」

 ボールペンを、構える。痛いけど、致命傷には程遠い。

 しかし、膝を地面についてしまうほどには痛い。

「ふふ、怖い、怖い。今日はコレでおしまいにしようよ。またね。運がよければまた会いたいな、お兄ちゃん。」

 そう言って、屋上から飛び降りて、消える異端のモノ。

------------------------っく。

 くやしいが、たすかった。

 でも、新手か。あぁ、面倒だ。

 背後に、誰かがいる。さっきの奴とは違う、何かが。きっとコイツも異端に関わるモノだろう。ろくな夜じゃない。

 やがて、僕に向かって、投げられるナイフ。あぁ、面倒だ。

                         

第六章 虚心豹変 

しとしとと、雨が降る。

服が濡れ、体が濡れて。

妹は横で、顔まで涙で濡れている。

え、僕?

僕は?って?

僕はもう泣いてなんかいない。

泣いたって何も変わらないって知っているから。

泣いたって早くお家に入れないって、わかってしまったから。

妹も早く気がつけばいいのに。

気づいてしまえば簡単なのに。

何度言ってみても分からないみたいで。

泣きたいなら泣けばいい。

僕はいつでも傍にいるから。

 ・・・む。目が醒める。

 顔が、濡れている。あぁ、泣いていたのか。他人事のように、気が付く。一体、何故。きっと、夢のせいだろう。しかし、何を視たのか、視てしまったのかは思い出せない。でも、そんなのはいつものことだ。だから、思い出せなくても別にいい。別にいいんだ。

 涙を拭う。今は、午後八時。今日の仕事は深夜0時からだ。内容は市内の交通公園に現れる都市伝説、「赤い少女」の事実確認及び原因の駆除。

 ・・・ソレまでどうしようか。・・・時間まで、まだ大分ある。

「赤い少女」、ね。やっと、会えるのだろうか。「アカ」に。

 お腹が、なる。・・・あぁ、とりあえず晩御飯にしようかな。ベットから立ち上がり、部屋の小さな冷蔵庫を開ける。そこにはおにぎりと卵焼き。それらを手に取り、ベットに向かう。

 テレビをつけ、ベットに座る。チャンネルは特に気にしない。この時間の番組なんてどれも同じにしか見えないのだから。

 ぼぅっと眺めつつおにぎりをほおばる。番組はどうやら音楽番組みたいだ。今日のラインナップが流れるが、誰が誰かなんてまったくわからない。皆同じような顔をしているからなおさらだ。それに、今の流行なんてわからない。もともと音楽なんて聴くような性格でもないし。だから、この出演者たちの何がどのようにいいのかなんてまったく分からない。

 卵焼きを口に入れる。いつもながら、おいしい。私も料理憶えようかな。ようやく女らしくなったって、夜久斗も喜んでくれるだろうし。うん、今度、練習してみよう。

 そう思ったけど、ふと去年の11月を思い出す。・・・そっか。もう、私、料理できないや。「火」は「燃やすもの」って定義しちゃったし。うっかり「家」を全焼させてしまうとこだった。

 これが、夜久斗が言ってた「異端の力」の代償か。まぁ、でもこの「力」のおかげで仕事して、生活してられるのか。なら仕方ない。せめて、火を使わない類の料理を憶えよう。何ができるかな。おにぎりと、サラダと・・・。

 テレビから音楽が流れ始める。・・・私には、夜久斗が時々歌っている曲名のわからない、懐かしい気がする鼻歌で十分だ。そんな、再認識。そんなのを、一時間の間、数回する。

 気が付くと、ニュース番組になっていた。やたらと多い、殺人事件の報道。・・・きっとこのいくつかは「異端」が絡んでんだろうな。一体世の中に「異端」に組する輩は、私を含めて、どれくらいいるんだろ。今まで考えたこともなかった。でも、どれも関係ないか。

 次のニュースはどうやら桜の開花予想についてらしい。こっちはまだ雪残っているのに、もう咲いているところが西日本にはあるらしい。まぁ、でも私たちにはあと一月は関係ない話だ。

 あぁ、そうだ。夜久斗と花見に行きたい。だからそれまでには、料理、おぼえたいな。こっそり勉強して、久々に驚いた顔を見るのも悪くは無い。

 花見なんて、周りはきっと家族連れで来ているだろうな。昔は毎年、家族四人で行ったっけ。お母さんの作った手作りのお弁当を持って、少し遠いところにある公園に行って。毎年、春になるのが楽しかった。なんで、あの時お母さんに料理を習っておかなかったのだろうか。そうすれば、今でも多少はできたはずなのに。

 欠伸が出る。・・・眠くなってきた。少し、時間まで寝ようかな。起きていても仕方がないし。憶えてなくてもいいから、今度は楽しい夢だといいな。

 今日は何曜日。今日は何月。今日は何日。どれも今は分からない。何も今は分からない。

 確かなのは、私は今、椅子に座っているということ。左には、夜久斗が座っている。目の前には木製の大きなテーブル。傷のたくさん付いた大きなテーブル。その上には何もない。

 あぁ、ここは私の家で、そのリビングだ。目の前には父と母。椅子に座った父と母。その顔は笑っている。私たちを視て、笑っている。それにつられて私も笑う。父と母が笑っているんだ、きっといいことがあったのだろう。なら、私も笑わなくては。きっと、夜久斗も笑っている。

 そう思い、左を見る。しかし、その顔は怒っているのか、泣いているのか。どうしてそんな顔をするのか。どうしてそんな顔をしてしまうのか。

 ごろり、と何かが足に触れる。不思議に思い、テーブルの下を覗いてみる。そこに転がる薬ビン。その近くに転がるティッシュ箱。その右に転がるテレビのリモコン。その左に転がる醤油ビン。他にもいろいろソコにある。

 どうしてこんなに転がっているのか。本来はテーブルの上にあった物たちが。私は知らない、分からない。

 体を起こす。顔を起こす。

 そこには笑っている父と母はいなかった。そこには嗤っている父と母はいた。怖くなって、横を見る。夜久斗は変わらずそこにいた。その顔は、怒っているのか泣いているのか。結局、最後まで私は分からなかった。

そう、ここはリビングだ。あぁ、なんで私は横になっているんだろう。さっきまでそこで座っていたはずなのに。立とうとするが、全身が痛くて上手く立てない。痛くて、痛くて、泣きそうになる。

 だから、ほら。もう顔が濡れている。泣いたつもりはなかったのに。まだ我慢できたはずなのに。目の前には夜久斗がいる。同じように、床に転がった状態で。表情は、怒っているのか、泣いているのか。安堵をしているのか。いろいろ混ざっていて、よくわからない。

「その顔が気に入らないんだ。」

 そんな音が聞こえた。聞き慣れていることは分かるのに、誰の声かがわからない。そして、夜久斗が蹴り飛ばされる。そこから、服の襟を捕まれ、勢いよく床にたたきつけられる。

 私には、何も出来ない。それをとめる力がないから。それでも、夜久斗は泣かない。さすが男の子だ。凶行が止む。怒鳴り声が響く。何を言っているのかわからない。相手が誰かもいまだに分からない。

 分かることは表情だけ。嗤っている、表情だけ。その表情。さっきどこかで視なかったっけ・・・?

じりりりりりりりりりりり

 電話が鳴る。おかげで目が醒める。どうやら夢を見ていたみたいだ。顔を拭うと濡れていた。無色の液体で濡れていた。

 どうやら泣いていたみたいだ。何が悲しかったのだろうか。わからない。

じりりりりりりりりりりり

 電話は鳴り続けている。ベットから出て、受話器を取る。

「うん、分かってるよ、夜久斗。行ってきます。」

「寝起きみたいだけど、大丈夫かい?」

「・・・よくわかったね。」

「まぁ双子だし。」

「あ、そうだ。何かね、夢を見ていたんだ。」

「へぇ、どんな?」

「憶えていない。でも、起きたら泣いていた。」

「あぁ、そうか。憶えていないなら幸いだ。きっと怖い夢だったのだろう。そんなもの、憶えていなくて正解だ。」

「うん。」

「もう、怖いものなんて無いから、大丈夫だよ、夜久雨。」

「うん。」

「さて、そろそろ行かなきゃ間に合わないぞ。」

「うん。行ってきます。」

「あぁ、行ってらっしゃい、気をつけて。」

 空を見上げる。月が、不意に月が見たくなった。なぜって。それは、ここがあまりにも暗いから。ここは、鬱蒼とした木々に阻まれて、月明かりすらも届かない。

 暗い所は嫌いだ。自分が今一人でいる事を、ひしひしと感じてしまうから。一人は、嫌だ。さびしいから、嫌だ。帰りたい。家に。一人は、怖い。

 ぎゅっと手に持つ鉄パイプを握り締める。帰るには、仕事を終わらせるしかない。よし。早く、終わらせよう。

 私の今いる場所。そう、ここは交通公園と呼ばれる場所。四方を柵に囲まれ、出入り口は一箇所しかない。

 かなり広い公園のはずなのだが、鬱蒼とした木々のせいで広くは感じられない。どっちかといえば、深いと感じてしまう。

 そして、ここが「交通」公園と呼ばれる所以。それはいたる所に乱立された道路標識と、四辻ごとにある信号機と横断歩道のついた交差点、これらのせいだ。

 一見したらただの公道のようだがこの柵の中には車は通らない。だから、交通ルールを何一つ守らなくても交通事故は起こらない。

 偽りの公道。偽りの公園。張りぼての世界。その中央に向かって私は歩を進める。

 あ。遊具だ。懐かしいな。滑り台にうんてい、砂場にジャングルジム、それからブランコ。

 そういえば昔、ここに、何回か夜久斗と来たっけ。あの時は昼間だったからあまりこの公園の木の多さなんて気にならなかった。そんなことより遊ぶことに夢中になってたって事もあるんだけどさ。

 って、あれ。ゆりかごブランコがない。・・・あった跡、鉄の外郭はあるのに、そこに肝心のかごが無い。無くなったのだろうか。・・・好きだったのにな、アレ。二人で中に入ってたらよくお父さんとお母さんが押してくれた記憶がある。

 ・・・あぁ。あぁ、そうだ。私はここに仕事に来たのだ。昔を思い出すためじゃない。今日の仕事はここに現れると言われる「赤い少女」を殺すこと。

 正体はわからないが、この近所で話題になっているらしい。夜中に交差点で立ち尽くす赤い少女がいると。ここらで視ない赤い少女がいると。きっとアレはこの世のモノではないのだろうと。

「赤い少女」か。「アカ」なのだろうか。

木々が風で揺れ、音が鳴る。目の前には交差点。目の前の信号機はアカ。私はソレを無視して進む。たとえ赤で渡ったって、死ねやしないのだ。守る理由が無い。守る意味も無い。

っと。あぁ、いた。赤い服の少女。もう一つ先の交差点の中央で空を見上げている。・・・頭には獣の耳。

 こないだの、あの子か。そっか。今回はあの子を殺せばいいのか。今回はあの子だったのか。

「アカ」では、ないのか-----------。あぁ、まぁ、あんな耳の生えてる子供はここいらでは見ないだろう。というか普通はどこでだって見やしないってば。

 呆れつつも。私は鉄パイプを構え、少女に突っ込んでいく。少女はまだ気がついていない。

あぁ。殺った。きっと、これで、殺った。上段から振り下ろす。

 しかし、当らなかった。少女は半歩動き、ソレをかわす。銃を構える。しかし、なぜか撃ってこない。

そのまま私は右足で腹に向かって蹴りを放つ。少女は、かわさない。相手に当る感触。

が、致命傷どころかダメージすら与えられなかった。だって、少女はバックステップでソレを受けたから。蹴りの勢いにのって、後方に大きく跳ぶ少女。

 この間合いは、まずい。しかし、やはり少女は私に銃撃をしてこない。そのまま、横の茂みに飛び込んでいってしまう。

 逃がすわけにはいかない。殺さなければ帰れないから。少女を追う。

 ようやく、発砲音が、響く。撃ってきた。なんで、今更。しかしその銃弾は木々にはさまれ私には当らない。

 音のした箇所にたどり着く。

「そこだっ!」

 横なぎに鉄パイプを振るう。当った木が、その箇所が、粉砕する。その裏にいる少女も一緒に折れているはずだ。

 木が倒れる。しかし、そこには何もいない。どういうことだ?

 上から何かが落ちてくる。丸い何か。校舎の屋上で見た、丸いもの。これって、手榴----------

 辺りに、他害を成す光と音が響き渡った--------------

 木の上から足元に向かって落とした閃光弾によって。きっとこれで月原夜久雨は私を追えなくなる。できれば今夜のうちにこの施設に現れる異端物を処理したかったけど、しかたない。撤退しよう。

 今、月原夜久雨を傷つけては本末転倒だ。跳躍し、別の木に足場を変える。

 刹那、何かが足元から生えて来る。かわせない。右手でソレを防ぐ。音がする。

 きっとそれは私の腕からだ。

 痛みはない。しかし、今の一撃でバランスを崩し地面にたたきつけられる。肺の中の空気が押し出される。

 すぐさま体勢をたてなおし、後方にバックステップをする。

「逃がさないっ!」

 そんな声もした。そして、鉄パイプがなぎ払われる。しかしそれは体を前に曲げかわす。

 また背中から地面に落ちてしまうが、首跳ね起きの要領で起き上がりつつ、確実に茂みに飛び込む。これで、終了。あとは音を立てないようにして後退していく。

「こんばんは。夜久雨。」

 途中、そんな声をきいた。先ほど、私がいた辺りから。どうやら、この施設が当りだったみたいだ。

 先ほどの所に、慎重に、それでも急いで戻る。そこには、さっきまではいなかったショートカットに赤い服、右手には赤い槍を持った女子がいた。地面に仰向けに倒れている月原夜久雨の横に。

 左手で二度引き金を絞る。正確に、赤い女子に向かって。

 しかし、手にした槍であっさりはじかれてしまう。

「あっははははははは。部外者は黙っいてほしいんだけどなぁ。」

 私の、腹部から音が聞こえた。短い音が。口に広がり、こぼれる赤いもの。私の腹部にはあの赤い槍が刺さっていた。

「投げて当てるもの。ソレが槍。まぁ「強化」で命中精度は上げさせてもらったけど。で、どうする?まだ、やる?」

 大分体が動きにくくなってきたこのまま戦っても良くて相打ちだろう。

「自分より、任務を優先して死んだら、許さないからな、依那。」

 先生の声が頭によぎる。撤退しよう。腹部からさらに赤くなった槍を抜き、地面に投げ捨てる。くやしいが、そのまま私はこの施設を後にして住処であるマンションに戻ることにした。

 今度の逃走は、幸いなことに、誰も追撃はしてこなかった。

 鍵の開いていないドアの鍵を開け、マンションの自室に入る。体が、重い。足が、動かない。普段は何も感じない廊下がこんなにも長いなんて。

 部屋にたどり着いたところで、冷たいフローリングの上に力尽きる。血が、足りないのだろうか。そろそろ治癒させないとまずいみたいだ。

 今更気がついたが、月原夜久雨に殴られた右手は骨が砕け、さらには千切れそうになっている。痛みが無いと、そんなことにも気がつかなくて済む。痛みが無いと、そんなことにも気がつけない。

 どっちが、正しいのだろうか。

 すぅっ、はぁ

 深呼吸をする。痛みを担う覚悟を決めて、私の異端としての力「痛覚遮断」を解除する。途端、全身を駆け巡る痛み。

「あ、ぐっ。」

 思わず漏れる声。痛みと共に始まる、全身を覆う熱さ。体が治癒されていくのに伴う感覚。

 体を酷使した対価か罰か。

「あ、あ、あ、あ」

 熱い。体が溶けそうな程に。体をよじったせいか、ポケットから薬瓶がごろりと転がり出る。

 中身は、強力な痛み止め。これを飲めば、楽になれる。痛みを感じない自分に戻れる。熱さが分からない自分に戻れる。寿命というモノを対価にして。

 私はそれでも構わなかった。今だって、飲みたくて、飲みたくて仕方が無い。でも。

「なるべくそれは飲むな。君に僕より先に死なれては、僕が悲しい。」

 先生の言葉を思い出す。だから、飲めない。だから、飲まない。先生を、悲しませてはいけないから。

「あ、あ、あ、あ。・・・・っく、せ、せんせい・・・・。」

 痛みと熱感。この二つは、反比例で続いていく。傷が治癒するその時まで。果たして今日は、いつまでこの苦痛が続くのだろうか。

 閃光弾だった。今までに経験したことの無いほどの光と音の暴力。耳はぎりぎり大丈夫だけど、目が、みえない。

 がさ

 かすかに音が上から聞こえる。きっとあの異端だ。私は地を蹴り音のしたところより少し前に向かって跳ぶ。鉄パイプを掲げる形で。

 がつ

 何かに当る音がする。そして私が着地すると同時に、何かが地面に落ちる音がする。

「逃がさないっ!」

 一番攻撃範囲の広い中段に鉄パイプを薙ぐ。しかし、何にも当らない。近くからも何の音も聞こえない。目も、見えないまま。

 逃げられた、か。仕事失敗だ。どうしようか。途方にくれる。と、後ろから何者かに襟を掴まれ、後ろに倒される。

「こんばんは、夜久雨。」

 かけられる声。こいつ、誰?

 ドカッ、ドカッ

 銃の発砲音が聞こえる。

 カンッ、カンッ

 そしてソレを弾く音も。

「あっははははははは。部外者はだまってて欲しいんだけどな。」

 つぶやくナニカ。風が、私の髪をなでる。ざくり、と、遠くで何かに何かが刺さる音。

「投げて当てるもの。ソレが槍。まぁ「強化」で命中精度は上げさせてもらったけど。で、どうする?まだ、やる?」

 おそらくさっきの異端に問いかけるナニカ。

「さて。これで邪魔なのはいなくなったね。改めて、こんばんは、夜久雨。」

 かすかだが、目が見えるようになっている。だから、かすかだが、ナニカの姿がみえた。だけど、かすかだけど。それで、十分だった。

 ショートカットに赤い服、赤いヘッドアクセサリー。

「ア、アカァァァァァァァァァッ!!」

 すぐに飛び起き、かすかなナニカ---------「アカ」に向かって鉄パイプを滅茶苦茶に振いまくる。

 しかし、かすりもしない。

「丸腰相手にひどいよ、夜久雨。」

 飄々と、そんなことを言ってのける。

 そして、一瞬の隙を突かれ襟首を掴まれ、鉄パイプを叩き落とされ、地面に組み敷かれる。

「ところでさ、私の名前って「アカ」って言うの?ひどいよ。安直過ぎる。」

 顔のある位置に向かって、拳をふるうが、簡単に腕を掴まれ止められてしまう。

「なんでそんなに暴力的かな?私、何かしたかな?」

っ!

「お前が、お前が、私の家族を、殺したッ!」

「・・・ひどいよ、夜久雨。私だって被害者なのに。」

「なにがだッ!」

「思い出してごらんよ、あの日のこと。思い出せない?なら、思い出させてあげる。」

 顔を掴まれる。

「夜久雨の「記憶の再生」を強化する」

 その声を、きっかけに、ゆらぐ朧な視界と断片的に頭に過ぎる十年前の景色。

 そこにあるのはちらばった物品。破損した物品。変形した物品。濡れたフローリング。飛び散った赤い血。父だった肉片。母だった肉片。呆然と、立ち尽くす私。

「他に、誰がいる?」

 聞こえてくる声。フローリングに横たわる、血で濡れた夜久斗。

「ほかに、誰か、いる?」

 い、ない。

「私は、「アカ」は、いる?」

 い、ない。

「じゃぁさ、なんで夜久斗は血まみれなのかな?」

 なんで。なんでかって。血がかかったから。なんでかかったのかって。それは------

「あとさ、よく思い出して。貴方のとなりに「夜久斗」ってさ、いるの?」

 視界は、もう正確に、見えるようになっている。目の前に、私の目の前にある顔は、私に、私たち双子にそっくりな、瓜二つな顔だった------------


第七章 渇望溺死

地面を見下ろす。

そこにはなにもない。

ただの黒いコンクリート、それだけ。

寒い。

もう冬がそこまで来ているのは知っていた。

知っていたから。

だから、ジャンバーぐらいは着てきたかった。

せめて、パジャマぐらいは着ていたかった。

体の震えは止まらない。

それは、隣にいる兄も同じみたいだ。

知らない人に、声をかけられる。

寒くないのかい、大丈夫かい、と

その声に私は答えない。

だって、なんて答えたらいいかわからないから。

「ねぇ、空が綺麗だよ。」

兄がささやく。

だから私は空を見上げる。

そこには、冷たい月と小さな星が、ただ静かに、そこにあった。

暗い。

熱い。

狭い。

だから嫌。

でも、そんなのよりも。

隣にいない。

兄がいない。

ただそれだけが。

とても嫌。

一人は、嫌。

独りは、嫌。

それが一番、嫌。

止まらない嗚咽と、止まらない涙。

「大丈夫、僕はここにいるから。」

上から聞こえるその声。

まだしばらくは、泣きやめないけど。

その声だけが救いだった。

朝が来た。

目をこすりながら、枕元を見る。

そこには、何も無い。

私は、クマのぬいぐるみが欲しかった。

今まで、この日にプレゼントをもらったことは無かった。

でも。

今年こそは。

もらえると思って期待したのに。

だって、がんばったから。

がんばって、いい子にしてたから。

今年はいい子にしてたから。 

だから、もらえたはずなのに。

プレゼントをもらえたはずなのに。

がんばったから、認められるはずなのに。

頑張った人は認められなきゃいけないはずのに。

お客さんが帰ってから、私たちは下に呼ばれた。

リビングに呼ばれた。

いつもの通りに。

いつもの通りに、フローリングに正座する。

兄と二人で。

並びあって。

お母さんは、泣いていた。

お父さんが、怒鳴っていた。

あんたたちのせいで。

お母さんの第一声はそれだった。

その後は、もう憶えていない。

だって。

言葉よりも、痛みの方が刻まれたから。

私の記憶と、私の体に。

私たちは何もしていないのに。

どうして今日も、殴られたのだろう。

今日もまた、お客さんが来て、帰っていった。

そしてその後、私たちは床に転がる。

涙を流しながら、床に転がる。

もう、どこが痛いのかわからない。

体が痛いのか、心が痛いのか。

そんなことさえわからない。

でも。

もっと分からないことは。

お客さんが帰った後に繰り返されるこの時間に。

お母さんが口走る、「セケンテイ」って言葉の意味だ。

何度言われてもわからない。

だって。

私たちは「セケンテイ」を見たことがなかったからだ。

冷たい雨が降り続く日曜日。

私たちは外にいた。

雨は容赦なく、私たちを濡らしていく。

早くお家に入りたい。

そのことだけで、頭がいっぱい。

そのことを考えるだけで、涙が出る。

嗚咽が出る。

私は、簡単に泣いてしまう。

泣けてしまう。

なのに。

なのにどうして。

兄は泣かないのか。

私には分からない。

兄がどうして泣けないのかが。

目が醒めても、雨は降っていた。

でも。

雨が体をぬらすことは無かった。

兄が。

兄が傘を持っていた。

そして、バスタオルを持っていた。

どうして持っていたのか訊ねても。

兄は答えてくれなかった。

でも。

「もしかしたら僕たちは助かるかもしれない。」

そうとだけは、言っていた。

兄の言葉はいつも本当で。

兄の言葉はいつも正しくて。

だから。

だから、私は期待を抱く。

いつか。

いつか、ここから二人で抜け出せるんだと。

兄の言葉は本当だった。

ある意味では、助かったと言えるだろう。

だって。

私たちを虐げた、お父さんとお母さんはいなくなったから。

でも。

兄がいない。

お父さんとお母さんの死体の前で。

私は見た。

確かに見た。

兄がここから出て行くのを。

知らない人に手を引かれ。

私も一緒に行きたかった。

でも。

行けなかった。

体が、動かなかったんだ。

何でかは知らない。

分からない。

でも。

兄が男の人とどこかへ行った。

それだけは確かで。

ソレだけが確かで。

私だけがここに残されたわけで。

ねぇ。

どうして。

どうして、私だけが。

いつも救われないのだろうか。

夜久斗の、うそつき。


第八章 古住過眼

雨はやまない。

あれからずっと、降っている。

僕らはまだお家には入れなかった。

だって、お父さんとお母さんは、車で出かけてしまったから。

妹は、隣で泣き疲れて眠っている。

そんな時。

僕らの前に止まった車。

中から出てくる知らない男の人。

彼は名乗った。

自分の名前を。

遠縁の親戚だとも言っていた。

君たちに会いに来たんだ、とも言っていた。

しばらくお話して去ってった。

傘とタオルを残して。

あぁ、もう一つ残されたものはあった。

「君たちは、僕が助けるから。」って言葉。

あまり期待はしないけど。

僕はそれを信じたい。

 ここは部屋です。ホテルの部屋、です。

 起きたときにはここにいました。どうしてここにいるのか。なぜ見慣れないグローブをつけた右手が痛むのか。今がいつなのか。

 思い出せません。何もかもが。

「あぁ、気がついたかい?」

 そこには男の子-----ロクがいました。初めて会ったときの、背格好で。

「今の僕は幻で、今から語るのはただの独白。だから、何を言われても届かないし聞こえない。」

淀みなく、言葉を続けます。

「・・・。」

 私は口を開きません。

「まず、僕の本当の名前を教えよう。」

 彼の意図が、わかりません。

「月原夜久斗、ソレが名前だ。」

 いや。

「今はあえて君に会ったときの姿だけど、本体のほうは夜久雨と外見の年齢がずれているだろ。」

 分かりたくないだけです。

「二年前の大戦を、憶えているかい?

あの時、僕は「記憶改竄」の異端としての力を手に入れた。ソレが目的であの大戦に参加した。

 でも、その力は後から付加しただけあって、力を行使する代償が大きかった。これがその様さ。君も見ただろう、あの時、あの町にあふれていた異端物を。彼らも後付けの異端能力の代償でああなったんだ。

 あぁ、ちなみに、僕の力の代償は「老い」だ。いくつかの疑問に対して、納得、いったかい?」

 自嘲気味に、それでも彼は語り続けます。

「さて、夜久雨の話だ。多分、君は資料を読んだからある程度は知っていると思うけど。本当のことを教えよう。

 夜久雨は十年前の夜、異端としての力を暴走させてしまった。そして、それで両親を殺した。それがきっかけで、「赤き砂」に実験体として捕獲されていた。

 本当はもっと早く助け出したかった。だけど、幻覚を見せることしか出来ない僕には物理的にも精神的にも夜久雨を救い出す力が足りなかった。

 だから、大戦の後に、夜久雨を救う力を揃えた僕はなんとか「赤き砂」から夜久雨を助け出したんだ。

 それから、この廃墟を借りて。夜久雨を目覚めさせた。幸せな日々を与えるために。「記憶改竄」で、助け出す前の、不幸せな記憶を幸せな偽の記憶と混濁させて。あの夜を作り出した事にした「アカ」という存在を記憶に植えつけて。

 でも、それだけだとすぐに記憶の矛盾に気がついてしまうから、「幻」もかけておいた。双子の兄が、自分と同じ年齢で健在している幻を。

 だから夜久雨はいもしない「アカ」という名の仇を求めて、復讐してやろうとしていた。本来ならそれで終わるはずだった。してやろうとするだけで、夜久雨はいつか復讐をすることが無意味だとわかって、幸せに暮らせるはずだった。

 だが。「アカ」が現れた。いないはずの存在が。架空の存在が。この町に。

 ここ最近、この町で立て続けに起こっていた異端災害。あれらは存在していないはずの「アカ」によって発生した歪みが原因でもたらされたものだろう。

 そして、きっと、このままじゃその歪みでこの町は最終的に異界化するだろう。

 君がここにいる理由。「緑の地」の総帥からじきじきに来た任務。君が頼まれた任務の本来の目的はソレを防ぐこと。

 まだ歪みが発生したばかりの頃の総帥の未来予測のせいで君には曖昧にしか任務は伝わらなかったみたいだけど。

 だから君は「アカ」を殺せ。それで厄災は防げるはずだ。それで任務はおしまいだ。それからさ、そんな義理は無いだろうけど、ついでに、夜久雨も守って欲しい。

 もう、戦うことも出来ないぐらいに老いてしまった僕のかわりに。勝手だけれど、そのために必要な力は君に刻んでおいたから。

 あの子一人ではきっと防げないんだ、厄災を。どうしても、君の力が必要なんだ。僕からの、君へのお願いだ。」

 直後、同じ建物内で、何かを破壊する音が響きました。

「さて、さよならだ、真巫。それから、ごめん。」

 その言葉を最後に彼の姿が消えてしまいます。

 なんとなく、これが彼の声が聞ける最後だと、私は感じていました。だからこそ、欲しかった言葉がありました。それでも、彼はその言葉はくれず、ただ謝まりました。

 一番、欲しくなかった言葉を残して、彼は消えました。

「君は、どうして、いつも、別れる時に、謝るのですか、ロク・・・。」

 誰もいない部屋で、独り呟く。それでも、私は、ゆっくりとした動作でナイフを手に持ち、部屋を出る。

 そして、音のした方向に歩いていく。たどり着いたそこには。

 鉄パイプを握った血にまみれた少女と、肉片だけがそこにあった。

 煙を吐く。あぁ、相変わらず不味いな。

 気に入っている黒皮でできた椅子に腰を沈める。

 そして、また、煙草を吸い、煙を吐く。こんな物、誰が好き好んで吸うのだろうか。

 まだ、大分長い煙草をもみ消す。それから、ふと、机の上のファイルを見る。

 ・・・あぁ、ファイルの上のラベルには

「鋏男と犬餓鬼」

「落ちた兄と墜ちた妹」

「氷結男と屋上の正体不明の赤い少女」

 ここ一年ぐらいでの大きな事件の名前が記されている。

 ・・・正体不明の赤い少女、ね。

 僕はアレを、かつて見た。忘れもしない、あの夜に。全てが終わったあの夜に。もう、いないはずなのに。どうして、あんなモノが今更。

 幻覚だと思いたかった。

 しかし、アレが屋上で僕に残した傷が、この世界に確かに存在している事を証明している。異端物として、存在している事を

 ・・・まぁ、いいや。

 もう、いいや。

 ファイルから紙を取り出し、灰皿に置き、そこに、ライターから火をつける。立ち上る煙。普段、なかなか見ない、黒い、黒い煙。

 さて、と。明日、か。明日は、僕らの誕生日だ。昔は、誕生日がナニカ分からなかったっけ。誰も教えてくれなかったし、誰も教えられなかった。ソレが、知ってて当然のことだから。親に教えられることで、みんな知ってて当然の。

 親に教えてもらうことの出来なかった僕らは、本で知った。誕生日が、ケーキを食べて、プレゼントをもらって、たくさん笑う日だって。

 でも、どうしてこんなことをするのかが分からなかった。なにが、おめでたくて、ソレをするのか分からなかった。

「お誕生日おめでとう」

 僕らはその言葉を、お互い以外に、自分の両親に、言ってほしかった。

 そういえば、結局去年も誕生日なんて祝わなかったっけ。僕はこの体になじめず、あの子もあの記憶になじんでいなかったから、忘れていた。ずっと、したかったことなのに。

 でも、今年はしよう。あの子には、初めての誕生パーティーだって分からないだろうけれど。それでいいし、それがいい。プレゼントは、古物商で探して、もう買った。鞘の青い、刀。

 いくらなんでも、女の子がいつまでも鉄パイプなんて持って撲殺して周るのは、駄目だろう。せめて、刀がいいだろう、見栄え的に、だが。

 椅子が、軋む

 さて、そろそろケーキの準備をしたいとこなんだが・・・。

 ちらり、と監視カメラのモニターを見る。映っているのはこの建物の入り口。そこに、歩いてくる、女。

 ・・・きっと、大丈夫だ。明日は、僕らの誕生日を、祝えるはずだ。

 あぁ。

 全部。

 全部思い出した。

 なんで、こんなことを忘れていたのだろう。

 あの夜、父と母を殺したのは、夜久斗だ。だって、あの場には私と父と母と夜久斗しかいなかった。

 「アカ」、なんていなかった。だって、この四人しかいなかったからだ。なら、夜久斗が父と母を殺した。

 だから、いなくなった。私を置いて。私を奴らに、「赤き砂」に引き渡して。

 そうなんだ。そういうことなんだ。

 あぁあぁぁああぁぁぁぁ

 なんだ。私の、敵は、近くにいたんだ。

 から、からから

 鉄パイプを引きずり、自宅の、ボロホテルの、三階を歩く。

 くすくすくすくす。

 あはははははははははは。

 ほんと、馬鹿みたいだ。どういうことか、夜久斗に聞きに行こう。

 どうしてお父さんとお母さんを殺したのか、ソレは知りたい。

 知らなきゃいけない。

 私の「幸せ」を壊したんだ、当然だ。夜久斗が、父と母を殺さなければ、私は今も家族四人で、「幸せ」に生活していたはずなんだ。

 夜久斗さえ、そんなことを、しなければ。私は、ただ、「幸せ」に、生きたかっただけなのに。

 コンコン、とノックを二回。

「夜久斗。」

 声を、かける。

「あぁ、夜久雨、ちょっと待ってくれ、今、行くから。」

「ううん、いいよ。」

「----え?」

 ドアノブに手を掛け、捻る。

 がちゃ

 鍵、かかってるのか。

 ・・・あぁ。なら、こうしよう。

 鉄パイプでドアを殴り、ぶち破る。そのまま回し蹴りをきめ、扉を無理やり吹っ飛ばす

 ・・・そこには、夜久斗がいた。いつもの、私と、おそろいの服を着て。

 表情は、読めない。彼が何を考えているのか、分からない。私と同じ、その顔のはずなのに。

「夜久雨?」

 声は、戸惑っていた。私は、彼に、淡々と近づく。

 そしてそのまま彼の右足を、鉄パイプで殴打し、骨を、砕く。

 彼が、また逃げないように。

 バランスを崩した彼は、そのまま尻を着くように倒れる。

「・・・夜久斗、説明して。」

「何を、だい。」

 声に、戸惑いは、ない。

「なんで、父さんと母さんを、殺したの。」

 彼は、なんともいえない顔をする。

 けれど、それだけ。それだけで、答えない。

 ただ、ひどく、かなしそうな顔をした。

「こたえてっ!」

 私は、怒鳴る。それでも、返答は、ない。

 だから、左足も、砕いてあげる。少しでも彼が、話しやすくなるように

「なんで、なんでっ、何も言ってくれないのっ!」

 それでもまだ、答えてくれなかったから、今度は右手を、叩き折る。

 父と、母を、コイツが、殺したんだ。だから、こんなの、ソレに比べれば、なんてことは、無い。

「夜久雨、一つだけ、約束してくれ。」

 彼が、ようやく、口を開く。

「いいから、こたえてよぉっっっっ!」

 そんな言葉は、求めてない。

 約束なんて、ききたくもない。

「・・・僕を、殺せば、君の願いは、叶うのか?」

 私が、欲しいのは、答えだけ。

 だから、それ以外は、いらない。

「うるさいっ!私の、質問に、答えてよっ!どうして、殺しちゃったの!?私は、あんなにも幸せだったのにっ!夜久斗もそう思って、」

「きけっ!!」

 私の声がさえぎられる。

 ・・・あぁ、私の、質問には、答えてくれないんだ。

「僕を殺せば君の願いは、全て、叶うんだね?」

 そんなのは、当然だ。幸せな日々に、もう、帰れないなら。せめて、ソレを壊した奴を殺すことで、罰を与えなければ、報われない。ただ、「幸せ」に、家族と暮らすことを願っていた、私が。

 そのために、ずっと、頑張ってきた。異端者とも、異端物とも、戦いたくなんて無かった。血で汚れる私の手が、嫌だった。

 あぁ私は、昔、幸せを壊されなきゃいけないほど、酷い願い事をしていたのだろうか。ただ、家族で「幸せ」に生活したかっただけなのに。

 そんな、家族で生活する、なんて当たり前のことを、私から奪った奴を殺すため。そのためだけに、私は、ずっと、目が醒めてからずっと、頑張ってきた。殺して、殺して、殺して、殺した。

 彼の、残った部分に、鉄パイプを振り下ろす。もう、いいや。

 殺しちゃおう。そうだ。殺してしまおう。

 彼が、何かを、言っているが、もう聞こえない。鉄パイプを、振りかぶる。

「今まで、僕のせいで、辛い思いをさせてしまって、悪かった。だけど、な、僕は、夜久雨、君が、だいす------」

「だまれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 ぐしゃり、と。

 彼の、悲しげに笑う表情の張り付いた頭部を叩き割る。今まで、何度も、してきたように。

 手に。顔に。血がはねる。

 これで、叶ったんだ。私の、願いが。

「あは、あはははっはははははっはははははっはっはは。」

 笑いが、止まらない。何も面白くないのに。どうしてだろう。

「-----あっつっ。」

 視界が、くらむ。頭が、痛む。

「あ、れ。」

 目の前にあった、夜久斗の死体が、おかしい。明らかに、もっと、年をとった、人間の死体だ。

 どういうこと、か。なんなのか

「・・・ぐ、ぁ。」

 頭が痛い。

 いたいいたいいたいいたい。

 意識が、かすれて---------。

 ----っつ!

 こ、こは・・・。家の、リビング?

 状況が、分からない。

 いったい------

「ごふぇっ!」

 突然、胸を、衝撃が打つ。

 吹っ飛ぶ私。吹っ飛ばされてから、蹴られたことを知る。

「--------おいっ!」

 叫んでいる。いや、怒鳴っている。

 誰が?父さんが。お父さんが?

 私を蹴り飛ばしたのはお父さん?そんな、わけ------

 がしり、と。髪を掴まれ、引きずられる。

 ------な、に。

 どうして。

 そのまま、私は再度腹を蹴られる。

 一度。

 二度。

 三度。

 だれか、たすけ-----

 あぁ、お母さん、たすけ------

 私は、ソファぁに座っているお母さんを見る。

 その目は、笑っていた。その口は、嗤っていた

 -----どうして。

 どうして、お母さんは助けてくれないのか。

「たす、けて。」

 かろうじて、声が出た。すると、お父さんの暴力は一瞬、やむ。

 一瞬だけ。

 お父さんは再び私の髪の毛を乱暴に掴む。そしてそのまま力任せに私を床に叩きつける。

「なにが、たすけて、だ!お前が、悪いから教育してんだ、ろっ!」

 顔を、殴られる。もう、痛みの感覚は無い。

 けれど。

 親に殴られている事実のほうは、いまだに痛い。

 たすけて。

 声に出せない。たすけて、だれか。

「父さん、もうやめてよ。」

 声が、した。そこには、私と同じ顔

 夜久、斗。

 彼は二階にいたようだが、一階の、このリビングの、「教育」の音を聞いて降りてきたのだろう。

「もう、いいよね。」

 夜久斗は私とお父さんの間に割って入る。

「誰に、口をきいているんだっ!」

 お父さんは、夜久斗に回し蹴りを与える。夜久斗は軽く吹き飛び、テーブルに体を打ちつける。

しかし、夜久斗は咄嗟に腕でその「教育」をガードし、自分から衝撃を殺すのに跳んでいたため、さほどダメージは受けていないようだ。

 ・・・それが、いけなかった。

 テーブルに体を打ちつけたとき、その上にあった、母のティーカップを、落として割ってしまった。

 それだけで。

 それだけで、母は。

「-っ!あんったねぇっ!!」

 先ほどまで、嗤っていたのに、鬼のような形相になり、怒り狂う。

 まずは、蹴り飛ばす。そして、お母さんの手元にあった、リモコン、薬のビン、ティッシュ箱、割れた カップのふた、そこにあったもの全てを投げつける。

 夜久斗に。自分の、息子に。

 いくつかは、あたらなかった。いくつかだけが、あたらなかった。

 手元にあったもの、全てを投げつけると、今度は無茶苦茶に殴り始める。

 なんども。

 なんども。

 なんども。

 一瞬、夜久斗の顔の、表情が見える。殴られているのに、安堵の表情をしている。

 君を、守れて、よかった、と。顔が、語っていた。

 彼の額から、流れる血。

 あぁ。私のせいだ。私が、父と母を怒らせたから。

 お母さんが殴り疲れ、殴るのを止めると、今度はお父さんが殴り始める。

 まだ、殴るのか

 -------いつものことだよ、だから大丈夫。

 夜久斗の目が、語る。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 お父さんとお母さんはこんなことをするのか。

 このままじゃ、夜久斗は、死んでしまう。

 夜久斗。

 夜久斗がいなくなったら。

 私は。

 私は、独りになる。

 いやだ。

 いやだ。

 いやだ。

 いやだ。

 いやだ。

 だれか。

 だれか、たすけて。

 だれか。

 だれか。

 だれか。

 だれか。

 だれかって、だれ。

 だれが助けてくれるの。

 誰が、この悪夢のような日々を終わらせてくれるの。

 誰が、この地獄のような日々をおわらせてくれるの。

 だれが------。

 だれも、いない。

 だれも、助けてくれない、助けられない。

 でも、それでも、夜久斗は死んでしまう。

 頭から、あんなに血を流していたら、死んでしまう。

 いや。

 それは、いや。

 嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌。

 ----嫌だっ!

 私が、守らなきゃいけないんだ。

 私の、たった一人の、「家族」を。

 あぁ。

 夜久斗が死んでしまうぐらいなら。

 あの「女」と、あの「男」が。

 死んでしまえばいいのに。

 その時、夜久雨はゆらり、と立ち上がった。

 そして、そのまま僕を蹴っていた父の手を掴み、それをもいだ。

 素手で。

 きっと、その時、「強化」の力を初めて本気で使ったのだろう。夜久雨は昔から、何かを「強化」する「異端」の力があった。

 あったから、父と母は、彼女を気味悪がり、虐げた。

 幸か不幸か僕にはまだ、そのような「異端」の力が無かったから虐げられることは少なかった。夜久雨よりは、だが。

 話を、戻そう。その時、夜久雨はきっと、自分の体を「強化」したのだろう。

 人が、親が殺せるほどの強さに。僕を、守るために。僕が冷静に現状を認識できるようになった時には、父は死んでいた。

 右手、左手、右足、左足。

 そして、首。

 そこらへんに散らばるソレ等。ソレ等を散らばせた夜久雨。

 ソレ等に見向きもせず、夜久雨は割れたカップの欠片を手にする。鋭利に、欠けた部分を。

 母は腰が抜けたのかずるずると這いずってリビングから出ようとする。わけの分からない言葉を、わめきながら。

 それを、夜久雨は許さない。

 逃げようとする母の原に蹴りをいれ、床に転がす。

「夜久雨、だめだ。」

 僕は、間に入り、夜久雨を止めようとする。母を守るために、ではなく、夜久雨を守るために。

 こんなことで。これから先の人生を捨ててはいけない。

 こんな奴らのせいで、不幸になってはいけない。

 異端者から、異端物に成り果てては、いけない。

 夜久雨は、僕を払いのけようと、破片を握った右手を振る。

「っ、あ。」

 右目が、ザックリと、切れる。

 僕は、堪らず膝をつく。僕をすり抜け、夜久雨は母の首を掴む。

 僕の位置からは、何が起こったのかは見えなかった。

 でも、「ひゅう、ひゅう」という掠れた吐息の音と、「ブチ、ブチ、ブチィ」という音が、一定の間隔で聞こえる。

 僕は、どうすることも出来ず、右目を押さえながら、うずくまる。

 やがて、ソレ等の音が、消える。

 結果は分かっている。

 それでも僕は後ろを振り向く。残った左の視界は、予想道理の光景を映す。

 赤く染まった、夜久雨と、よく分からない肉片達。

 そんな状態の夜久と目が合う。

 お互い、何も出来ず、見詰め合う。

 かけるべき言葉が、見つからない。

 その時に、異音がする。

 家の、鍵が開く音が。

「夜久斗、夜久雨、大丈夫かっ!」

 アサギおじさんだ。

 僕が、一階に下りていくときに二階から電話をしたのだ。

「助けてください。」と。

 遅いよ、おじさん。

 そして彼はリビングを見る。

 赤に染まった世界を見る。

 おじさんは、絶句する。

「逃げるぞ、夜久斗。」

 そう言って、彼は僕の手を掴む。

 夜久雨は、黙ってそれを眺めている。まるで、放心しているかのように。

「夜久雨は------。」

「無理だ。警察が、来る。この状況を見たら、間違いなく「赤き砂」か「緑の地」が関わってくる。そうなったら、僕には二人一緒には守れない。」

 確かに、遠くからサイレンの音が聞こえてはいる。

 ・・・あぁ、そうか。

 おじさんは、虐待現場を押さえるために警察も呼んでいたのか。

 全てが、仇になってしまった。

 僕がしたこと全てが。

 おじさんは僕を抱えて、走り出す。

「夜久雨-------。」

「すまない。」

 おじさんは呟く。

 家を出るとき。

「うそつき。」

 夜久雨の声を、言葉を、聴いた気がした。

 次の日、目を覚ますと午後をまわっており、僕は走行中の車の中にいた。

 運転席には煙草をくわえたアサギおじさんが座っており、昨日の顛末を説明してくれた。

 夜久雨は「赤き砂」に「保護」されたこと。

 父と母が死んだこと。

 おじさんが、今後僕を保護してくれること。

 僕の眼がもう治らないこと。

 それらを伝えた後

「すまない。」

 おじさんはそう呟いていた。

 それから七年。

 僕は、遠い地でアサギおじさんと生活した。

 おじさんは何でも出来た。だから僕はおじさんから色々学んだ。家事、学術、格闘術、異端についてそれから、僕の、発現してしまった「幻覚」の異端の力について。本当に、たくさん学んだ。

 それから、家族とはどういうべきものなのかを、生活の中で学ばせてもらった。この時、初めて僕は誕生日も祝ってもらった。

 僕は、家が、こんなに暖かいものだとは知らなかった。

 そして、八年目の朝。

 僕が15になった日。

 僕はアサギさんに黙って、家を出ることにした。

 でも、彼は僕が家を出ることに気がついていた。僕が靴をはいているときに、いつものように煙草を吸いながら

「行くのかい?」

「うん。」

「そうか。」

「今まで、ありがとうございました。」

 言いたいことはもっとあった。

 でも、何もいえない。

 なんて言えば良いかなんて、わからない。

「いや。こちらこそ、すまなかった。」

 何故彼が謝るのか。

 彼には罪が無いというのに。

「・・・いって、きます。」

「・・・あぁ、気をつけて。」

 いってらっしゃい、その後に、その言葉は続かなかった。

 それから二年。

 僕は夜久雨の居場所を探るために、フリーランスの、異端狩りの便利屋として、働いた。上手くいかないこともたくさんあった。怪我もたくさんしたし、痛みも沢山負った。

 それでも僕は戦い続けた。いつか、夜久雨を助けるために。

 そして三年目のあの日。

 僕は「緑の地」と「赤き砂」の大戦に、緑の地に雇われ、参戦した。

 そこで僕は君と出会い、裏切り、異端者になった。

「幻覚」と「記憶改竄」の力を持った後天的な異端者に。

 そして異端者になったことで、確証を得た。

 夜久雨を救えると。

 その後のことは今までの人生に比べると比較的簡単に進んだ。

「赤き砂」の「保護施設」を襲い、夜久雨を救出し、遥か北の大地の廃墟に移り住んだ。

 そして、人形のように、何の感情も見せなくなった彼女にありったけのありえたかもしれない家族の幸せの記憶を植えつけた。本来の記憶を改竄して。

 その際に、僕は異端能力使用の代償として「時間」を失ってしまったが、かまわなかった。

 それから、始まった奇妙な共同生活。

 僕の、18歳の夜久斗の幻と暮らしながら生活する夜久雨。

 僕は、今日この日まで夜久雨の前にこの姿をさらしたことは無かった。

 何故って、この姿の、右目の無い僕を見たら、夜久雨があの夜の事を思い出してしまうかもしれないからだ。

 どのみち、もうここまで老いてしまったら誰か分からないだろうし。

 それでも、僕は幸せだった。

 夜久雨が笑っていられるならそれだけで、良かったんだ。

「もう、戦うことも出来ないぐらいに老いてしまった僕のかわりに。勝手だけれど、そのために必要な力は君に刻んでおいたから。

 あの子一人ではきっと防げないんだ、厄災を。どうしても、君の力が必要なんだ。僕からの、君へのお願いだ。さよなら、真巫。それから、ごめん。」

 さてと、こんな結果にはなって欲しくなかったけれど。

 残す幻は作ったし、僕に出来ることは全部した。

 あとは、どうなるか、全部運で決まるだろう。

 どうか、夜久雨だけは、生きて欲しい。

 ・・・あ、れ。

 なに、これ。

 今の、映像。

 いや、記、憶?

 誰の?

 父と母を、殺した奴の。

 じゃあ、これ、夜久斗の?

 でも、そこに、いる。

 右目を押さえて、そこにいる。

 ここにいないのは、私?

 なんで、いないの?

 私はどこ?

 あぁ、「アカ」だ。

 「アカ」が、いた。

 でも、それ、鏡。

 鏡は何を、映す?

 それは、自分。

 自分。

 自分は、私。

 私。

 鏡に映っているのは自分。

 鏡に映っているのは私。

 がらん。

 手から鉄パイプが落ちる。

 ばしゃん。

 跳ねる、血。

 周りに散らばる、欠片。

 肉の。

 今更、私は自分が濡れていることに気がつく。

 それも、血で。

 あの日と、同じ、赤い、血。

 そうか、私が殺したんだ。

 父を。

 母を。

 そして、夜久斗を。

 やくと、を。

 ころして、しまった

 あああああああぁぁ

 ちがう。

 ちがう。

 ちがうちがうちがうちがうちがう。

 ちがう。

 こんなの、間違ってる。

 まちがってる、間違ってる

 わたしは、ただ、元の、幸せな生活に戻りたかった、だけ。

 なのに。

 ・・・もとの?

 元の。

 元って、なんだ。

 私の記憶のどこに。

 どこに幸せ、があった。

 あったのは、

 暴言と、

 暴力と、

 悪意。

 これが幸せ?

 幸せって何?

 どうして。

 どうして。

 私だけが、こんな目に。

 私だけが、どうして、一人。

 あ ぁ。

 こんなの、間違ってる。

 おかしいんだ、こんなのは。

 だから。

 こんな世界は。

 間違ってるんだ。

 だから。


 みんな、死ねばいいんだ。

 あぁ。始まったみたい。

 ここからは、見えないけど、分かる。だって、あの子は、夜久雨は、私であり、姉であり、母であるから。

 さて、どっちがどっちを殺ってんのかは分からないけど。

 どっちにしても私の冤罪は晴れるだろう。

 どうしようかな。

 ・・・どうしようもないか。

 あの子、私のこと生粋の異端物として「私」を願っていたみたいだし。

 私は何かを殺して喜びを得るモノ。殺す相手なら誰でもいい。

 ・・・は、ホント、もっとまともに造って欲しかった。

 まぁ、仕方ないんだろうけど、さ。

 そうだ。とりあえず、あの二人、どっちか生き残ったほうを殺してしまおう。憂さ晴らしに。

 こんな風に「私」を造った罰を与えなきゃ。考えただけでも、少し楽しくなる。

 ・・・でも、夜久斗が生き残るといいな。私も、夜久雨みたいに、楽しそうな生活をしてみたい。

 「よっこいしょ、っと。」

 もう少し近い廃ビルの屋上に行こうかな。

 かつん、と。

 手に握った赤い槍を地面につく。

 「おー、やってる、やってる。」

 目の前の廃ホテルの一室の窓に赤い血が跳ねている。

「もう終わったかな?さーて、行きますか。」

 そんな最中、響く轟音。

 何かが体に当たる。

「・・・ったく、いきなり撃つなんて危ないなぁ。」

 発砲した主は、赤い服を着た、狐娘だった。

「・・・。」

 彼女は何も言わない。

 ・・・ちなみに、私に彼女の撃った銃弾は当たった。でも、外傷なんてない。なぜなら、私は「服」は私を「守るもの」と定義して強化したから。

 続けざまに、彼女は両手の銃を発砲しまくる。そのうち数発が顔めがけて飛んでくるが手の槍で払い落とす。

「無駄だってのっ!」

 一気に私は彼女との合間をつめる。

 そのまま、右手を切り落とす。彼女は表情を変えない。

 がちゃり、と私の顔に銃をつきつけ、発砲するが、難なく袖でガードする。

「馬鹿がっ!」

 そのまま左手を掴み、切り落とす。それでも、表情はかわらない。ただ後ろに後退するだけ。

 腕がなくなったというのに、コイツは人形か?

 まぁ、いいや。

「終わりだっ!」

 追う様に距離をつめ、首を狙う。

「あんたが、な。」

 横から、おっさんが割り込んでくる。

 な、

「遅い。」

 髪を掴まれ、押し倒される。同時に、槍も弾き飛ばされてしまう。

「おまえっ------」

「五月蝿いってば。」

 口に拳銃のバレルを突っ込まれる。

 やば---------

 ためらい無く、引き金が引かれる。

 何度も、何度も。

 それで、あっけなく、私は死んでしまった。

 計3発。

 僕は銃を撃ち終える。

「それにしても、姪の顔をした奴を撃ち殺すのは気分が悪いな。」

 独り言を呟く。

「せんせい。」

 依那が僕のほうに歩いてくる。僕はしゃがみ、依那の頭に手を置きなでる。

「またこんな無茶な戦い方をしてたのか。いくら再生するからって痛いだろうに。」

 依那は目をそらす。都合の悪いとき、いつもこの子は目を逸らす。

 昔から、この一点だけは僕の言うことを聞いてくれない。

「まったく・・・。」

 しょうがないから、依那を抱きしめる。

「・・・。」

 声は無いが、肩が上下している辺りから泣いていることがわかる。

「あぁ、よしよし。一年近く任せっきりで悪かったって。」

 ガシガシと頭をなでてやる。

「本当はパフェでも食べさせてやりたかったんだけどな、まだ駄目みたいだ。終わっていない。」

 そう言って、頭をなでる手を止める。

「ごめんよ、この仕事が終わったら、一緒に食べに行こう。」

 依那は頭を縦に振る。

「よし、約束だ。」

 僕は立ち上がり、依那をみる。

 顔を上げた依那は、もう泣いてはおらず、いつもの無表情に戻っていた。

 が、顔は涙で濡れている。

 そうか、腕が無いから拭えないのか。

 僕はポケットからハンカチを出し血と涙で汚れた顔を拭いてやる。

 それから落ちている手を拾ってやり、傷口に押し付ける。簡単にくっつく腕。

 この作業も相当痛いだろうに、表情を変えない。

「よしよし。」

 僕は笑顔で頭をなでてやる。

 ふと、横に転がっている血の池を造っている頭の爆ぜた死体に目をやる。

 ・・・これは、相当力が強くなっているみたいだな。

 思っていたよりもはるかに。

「まだ間に合うだろう。いこう、依那。」

 こくん、と依那はうなづく。

 よし。

 今度こそ、僕は二人を救うんだ。

                 

第九章 隠忍括淡

彼の言葉は嘘だった。

助かったのは僕だけで。

妹は助からなかった。

君たちは、僕が助けるからって言ったのに。

でも。

彼が悪かったわけではないのを知っている。

だから、妹は僕が助けよう。

そして二人で暮らすんだ。

報われなかった昔を忘れて。

だって、さ。

僕らにだって幸せになる権利はあるんだ。

だから。

だから、僕は何でもしよう。

妹のためになるのなら。

妹が報われるその日まで。

 眼前に広がっているのは、海。赤い、赤い、血でできた、海。そこに座っている少女------夜久雨。

「夜久雨を救ってくれ。」

 その言葉を、私は聞いた。確かに聞いた。そこにいたはずの彼から聞いた。でも、一体何をどうしたらいいのだろうか。

 彼女は兄を殺してしまった。なのに、一体何から救うのか。少女はそこに座っているだけ。

 そのはずなのに。おぞましい。そう感じてしまう。

 ゆらり、と。立ち上がる夜久雨。その右手には鉄の棒。血にまみれた、鉄の棒。それを、からから、と引き摺りながらこちらに向かってくる

 ------殺される。

 直感が告げる。しかし、動けない。足が、動かない。だから逃げられない。

「はっ。」

 声が上がる。

「ふふふふ、ふふふふ。」

 おぞましい、音。

「あははははははははははははははは。」

 振るわれる鉄の棒。頭を割られる間際で、体を右によじる。かわせはしたが、強烈な破砕音と共に、床に開く大穴。

 どんな、力だ--------って、

「え。」

 その穴を基点に、床が崩れていく。逃げるまもなく、その崩壊に飲まれていく。

「ごほっ、ごほ。」

 階下に落ちて、土煙に、咳き込む。なんとか、体を起こそうとする。そこにさす、影。それから、迫ってくる鉄の棒。

 あぁ、これ鉄パイプだ------、じゃなくて、死ぬ。このままだと、死ぬ。とっさにナイフをかまえ、受ける。

 しかし、あの力じゃ、無意味だろう。腕が折れて、終わりが来る。

 はずなのに、甲高い音が響いただけで、終わる。

 何故。と、思うが気にしている暇は無い。死にたくも、ない。

「みんな、死ねぇ!」

 叫び、再度迫り来る鉄パイプ。ナイフでそれを捌く

 しかし。そのまま捌かれた鉄パイプは。床に流れ墜ちる

「しまっ-------。」

 そして、また。床の崩壊が始まる。

 崩壊に巻き込まれる私と夜久雨。

 落ちる体。それを、その腕を。私の腕を。誰かが、掴む。

 その主を見る。赤い、服。赤い、給仕服。

 それが誰かを理解する。それが何かを理解する。

 まずい。何故、このタイミングで。

 もう、何もかも終わりだ。コイツが、ここにいる時点で、異端に関わったものは、生きる事を許されない。

 はずなのに。彼女は私の手を引き、瓦礫の間を走り抜ける。かくして私は無事に、とは言いがたいほど体を打ったが。生きて屋外に出られたのだった。

「よう、目が醒めたかい?」

 ----と、その声で覚醒する。どうやら、あの後、頭でもぶつけて気を失っていたらしい。

「ここは、どこですか?」

 来たことがある気もするのだが-----。

「あぁ、ここは駅だよ。」

「駅、ですか。」

 に、しては。なんと言うか-----

「いやな、空気。」

「お、分かるのかい。その異端破りを持っていることだけはあるようだね。」

「どうなったのですか?あの廃墟を出た後。---というか、赤狐が、なんで。」

「赤狐、か。依那、と呼んでやってくれ。今はもう名前があるから、さ。」

 悲しそうな顔をしながら男が言う。

「はぁ。」

 そうなのか。アレに名が、ね。

「依那、さん、は何故襲ってこなかったんですか?」

「あぁ、他の子達と、違うからね。」

「はぁ。」

 その問題の、赤狐、依那はこの中年男の横で缶ジュースを両手で持って飲んでいる。

「まぁ、そこらへんはおいといて、さ。君、さ。その右手はどうしたんだい?」

「私の右手、ですか?」

 グローブのはまっている、右手。

「これは、ロクが・・・。」

 ごたごたして忘れていたが、私はロクに--------

「これは、陣、だね。」

 私の手のグローブをめくり、しげしげと診た後に、男が、言う。

「[白の夜]がよく使う奴だね。異端じゃない人間に、擬似的に異端能力を付加する奴だ。」

「陣。」

「そう、陣。しかもこれは君のナイフの異端破りを強化する奴みたいだ。そのナイフさえ持っていれば、以前はナイフ一部分だけだった異端破りが、全身に、血の一滴まで作用するようになっているはずだ。」

「そう、なんですか。」

そうなんだ。しらなかった。彼はただ私に傷を残したわけではなかったのか。

「ところで、」

「あぁ、あの後、ね。実は、僕もよくは分からない。大雑把になら、分かるけれども。」

「大雑把、ですか。」

「そう、大雑把。今、この街は異界になっている。」

「異界、って。」

「あぁ、いつぞやの「赤き砂」と「緑の地」の大戦の時みたいにね。既に子供のような、異端の感受性が強いモノから一斉に異端物化を起こし始めてしまっている。」

「----っ、なんで。」

 言葉が、出てこない。

 また、あの時のようなことになるなんて。

「原因は、多分、夜久雨のせいだ。」

「たぶん、って。あの子は強化しか出来ないんじゃないんですか?」

「それは違うよ。強化はあの子の力の一部分にすぎない。あの大戦での異界化も、根源をたどれば結局はあの子の力が引き起こしたものなんだから。」

 理解が、追いつかない。

「僕はここしばらく、依那に夜久雨の監視と護衛を頼んでいたんだ。その監視の結果、彼女は強化以外の、いないはずの異端を作り出したり、街を異端化させたりする力をつかっていた。それらをまとめて考えた結果、おそらくあの子の本当の力は願いをかなえる力だ。それを知っていた一部の奴らが夜久雨を使って擬似的な夜久雨のクローンを作って異界を生み出してしまったのが大戦だ。で、さ。あの子はこの一年で、十年前の事件の真相を求めて、それを知った。その結果、それを受け入れられなくて、あんなことになってしまった。さしずめ今は自分が報われないならみんな死んでしまえばいい、とでも願っているのだろう。」

「じゃあ、あの子を殺せば----。」

「いや、違う。ただ殺してしまえばこの異界が残ってしまう。」

「なら、どうしろって。」

「きみの、ナイフだよ。」

 え。

「君のナイフはさ、「緑の地」の所有する異端具の中でもだいぶ位の高い異端具なんだよ。それにその陣も刻まれている。今の君なら、夜久雨の力を無効にして、止められるはずだ。多分、夜久斗も全部分かっていてその陣を君に刻んだんだろう。」

「だからって、私独りでなんて、できない、です。」

 異界なんて、独りで破る自身はない。前だって、ロク、夜久斗がいたから。

 まして、廃墟一つを容易に破壊するレベルの奴なんて、もってのほかだ。

「もちろん、私たちも協力するよ。おたおたしていたらこの街ごと「白の夜」の奴らなり、「赤き砂」の奴らになかったことにされかねない。むしろ協力してくれ、と頼むよ。」

「でも、なんであなたがこの街のために、そこまでするのですか?」

「この街のため、じゃない。十年前に救うことのできなかったあの子のためであり、夜久斗と自分のためだよ。」

「もしかして貴方は、あの子の、」

「そう、身内だ。」

「さて。そうと決まればゆっくりしている場合じゃない。いこうか。お嬢さん、依那。異界に。」

 私たちは、町を、異界と化した町を走る。そこらここらで聞こえる悲鳴と罵声。そこらここらに転がる死体と異端物。

 生きていようが死んでいようが、「物」しかない世界、これが、異界。異界という名の地獄。一度ならず二度もこんな光景を目にするなんて。

「きっと、異界化が酷い所の先に行けば夜久雨がいるはずだ。」

 不意に、横を走る男が口を開く。

「えぇ、でも、人が、たくさん----。」

「他にかまうな。今は夜久雨のことだけを考えろ。いつだって、優先順位の問題だ。」

 私の言葉を打ち切って、言い伏せる。

「・・・はい。」

 この人は正しい。だから、私は、従わないといけない。たとえ、目の前でどんなに人が死んでいこうとも。たとえ、目の前にどんな異端化した人間が立ちふさがっても。

 邪魔になるものは全部無視して殺して。今度こそ、前に、進むために。

「よ、っと。」

 男は飛び掛ってきた異端物と成ってしまった子供を銃で殴り飛ばす。

「この方向だと・・・。」

「えぇ、多分、神社ですね。」

「そうか・・・。」

 会話はこれで終わり、私たちは暫く無言で、襲ってくる大小問わず異端の物と成り果ててしまった物等を蹴散らしながら神社に続く道を走り抜ける。

「・・・ここだ。依那、行ってくれ。」

 男が立ち止まり、呟く。こくん、と首を縦にふり、彼女は鳥居の横の木々の中に。消えていく。

 それを見届けてから、男は言う。

「さて、ずいぶん血で汚れてしまったが、僕らも行こうか。」

「はい。」

 私たちは歩いて鳥居をくぐり、長い階段を上り始める。ここから先は、流石に走らない。

「ところで、さ。君はどうしてあの場にいたんだい?」

「それは、ロク・・・夜久斗に用事があったんです。」

「客として?」

「いえ。私用です。えっと、私はあの大戦に夜久斗と一緒に参加していたんです。」

「あぁ・・・。」

「それで、夜久斗がこの町にいるって知って、それで、「緑の地」の仕事のついでに会いに来たら、」

「巻き込まれた、と。」

「・・・はい。」

「夜久斗は君に、最後になんて。」

「夜久雨を、頼むって。」

「・・・そうか。」

 男は、それを聞いて、悔恨を表情に浮かばせている。

 さて。

 もう、石段がない。あとは、この石畳を歩いて、門をくぐるだけ。

「お嬢さん。君は先に行ってくれ。僕たちが、横から銃でサポートする。」

「はい。」

「君は、ただそのナイフを何処でも良いから夜久雨に刺すことだけを考えればいい。それだけで、全てが終わるはずだ。」

「えぇ、了解です。」

「・・・君の名は、なんと言う。」

 唐突に、名を尋ねられる。

「私は、真巫、といいます。」

「真巫、か。僕はアサギという。・・・巻き込んでしまって、済まない。」

 男はまた、悔恨を感じさせる表情をする。

「いいですってば。別に。私だって頼まれた身ですし。・・・では、行ってきますので、援護、よろしくお願いします。」

 それを言い残し、私は振り返らずに、門の中へと歩み始める。

 門をくぐったその先には境内があった。そこに、赤く染まった青い服を着た少女、夜久雨がいた。その瞳に表情はなく、ただ、空を見上げて、佇んでいた。

 彼女の目に私は映っていない。

 このまま、いけるか-----。

 ぐりん、と私の甘い考えを打ち消すように、彼女がこちらに顔を向ける。そして、そのまま一度、鉄パイプを薙ぐ。

 ごう、と音を立てて、衝撃波がこちらに向かってくる。こちらも、それに対して、ただ、ナイフを一度、振るう。

 それだけで、衝撃波は霧散する。彼女は、苦い表情をする。そして、再び鉄パイプを振るう。

 今度は、地面をぶったたいてくる。そして、地走りの様に、衝撃波が再び迫ってくる。タイミングをあわせ、

「-------っは!」

 それも霧散させる。これなら、いける、か。

 私は彼女に向かって、走り出す。そのまま、飛び蹴りをくわえる。が、鉄パイプで防がれる。そのまま体を反転させ、斬る。

「----くっ。」

 しかし、それもかわされる。上段から落とされる鉄パイプ。殺しにかかる、必殺の一撃。しかし、私にとってはただの一撃。私はそれをナイフでいなす。

 そんな攻防を、きっちり3度繰り返す。異端能力がなくても、純粋に強い、けど、絶対負けられない。

彼女のためにも、不特定多数の誰かのためにも、何よりロクのためにも。蹴りとナイフの一撃を混ぜながら、私は攻撃を繰り返す。

 夜久雨は、泣きそうな表情をしている。

 そして、6度、鉄パイプとナイフがぶつかり合う音が辺りに響く。ロクもかなり強かったが、それに比べ物にならないほど、彼女が強いなんて。

 押され始めている。異端能力をどんなに斬っても、ベースの時点で押され始めている。

でも、あきらめはしない、絶対に。

 境内にて繰り返される攻防。やはり真巫が完全に押され始めている。

 本気で殺しにかかっている奴相手を止めに掛かっているのだ、押されて当然だ。殺意には、余程の達人か人数がいない限り、殺意でしか勝てない。放っておいたら殺されて終わるだろう。無駄死にさせてしまえばこちらに勝ち目が無い。

 そろそろ、行くか。

 右手を、挙げる。これで、準備完了。

「ごめん、な。」

 本人には届かない、言葉を呟く。

 息を、吸う。覚悟を決めて、走り出す。

 走り出してきっちり3秒、僕が境内に入った瞬間。発砲音が周囲に響く。

 そして、目の前の真巫の頭がはじける。飛び散る脳と血。それらが雨となり、辺りに降り注ぐ。

 予定通りだ。

「っ、あ、ぁ、ぅ。」

 夜久雨がうめき始める。急に自分の異端能力が弱まった事に混乱し、手当たり次第に鉄パイプを振るう。

 僕は崩れ落ちる真巫だったモノの手からナイフを奪い、滅茶苦茶に振り回されている鉄パイプをギリギリでかわす。

「これでっ!」

 一瞬の隙を突き、夜久雨の後ろ髪を掴み、ナイフで切り捨てる。がくん、と夜久雨が崩れ落ちる。

 これで、彼女を暴走させていた異端の力は解けたはずだ。

 僕はナイフから手を離し、夜久雨を支え、膝をつく。ほどなくして、夜久雨の目が開く。

「目が、醒めたかい?」

 夜久雨の表情が驚愕を表している。目の前に血だらけの男がいたら当然だろう。

「あぁ、ごめん、驚いただろう。でも、もう大丈夫だ。今度こそ、君を救うことが出来て、良かった。」

「おまえ、は------。」

 夜久雨が、呟く。

「そうだね、ごめん。はじめましてだ。僕は、アサ----。」

 自然と、泣いてしまいそうになる僕の、首に、焼け付くような感覚が走る。

 それから、今度は僕が崩れ落ちる。

「なん、で。」

 疑問が口からでる。

 赤い血液と共に。

「お前の、せいで、お前の、せいで・・・。」

 そう怒鳴る彼女の手には、僕が手放した、異端破りのナイフ。

 油断、した。

 そうだ。そうだった。あの日、彼女を助けられなかった僕は。

 殺されるほど、恨まれてしまって、当然だったんだ----。

 

終章 清濁の青

/

 ぽつ、ぽつ、ぽつ。

 雨が降ってきた。どの位、私はここで呆けていたのだろうか。

 ここは、神社か。12月に、夜久斗と来たっけ。

 目の前には死体と、それを抱いて泣きじゃくっている赤い服の少女。私は、それから目をそらし、立ち上がる。

「夜久斗・・・。」

 私のたった一人の家族が死んだことを思い出す。涙は、出ない。だって、私が殺してしまったから。全部、私のせい。

 でも、どうしようもない。

「これから、どうしようか・・・。」

 雨が、降りしきる。

 私についた血を洗い流してくれるが、私の服についた血は落ちてくれない。

「家に、帰りたいな・・・。」

 でも、家が無い。帰る場所は、もう無い。

 それでも、私は雨の中、歩き出す。

「あったかいお家に、帰るんだ------。」

/

 信号が、四つ全て青になる。

 それを合図に、人々は一斉に歩き出す。

 だから、私も歩き出す。

 行くあては、ない。

 だから、交差点の中央で立ち止まる。

「どこに、いこうか。」

 夜久斗を、一番大事な家族を殺したにも関わらず、私は幸せになっていない。

 頑張った人は、報われなきゃいけない。

 報われて幸せにならなきゃいけない。

 なのに、私は、報われていない。

 幸せでも、ない。

 あんなに、家族を殺した奴を殺そうと、がんばったのに。

 報われない。

 当然、なのだろう。

 信号が、一斉に点滅を始める。

 だから、私も、歩き出す。

 私は頑張ったところで報われなくて、当然だ。

 だって、私はまだ、生きている。

 私の家族を殺した奴を、殺せていない。

 でも、私は、死にたくない。

 現に、そのまま立ち止まっていれば死ねる場所からあるきだしてしまっている。何故かは、知らない。

 行く当ては、無い。

 帰る場所も、無い。

 でも。私の願いは、まだ叶っていない。

 だから、願いをかなえて幸せになるために、青鞘の刀を持って私は歩きだす。

「だって、頑張った人は報われなきゃ、いけないから---------。」


                       終


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