2日目~夜~
俺は走りながら、先ほどの残虐な場面を
忘れようとしていた…。
あまりに非現実的で実感が無かった
さっきの状態と違って、今は初めて
目にした殺人というものに怯えていた。
「あれなら特殊部隊とかに
捕まったほうがマシじゃねえか!」
頭の中がまだ混乱している。
今冷静に考えるのほど俺は神経が図太くない。
日も沈みはじめた頃、ようやく桜井さんの
ベースキャンプにたどり着く。
IDカードを使用して室内に入る。
「お帰りなさい!どうだったの!?」
桜井さんが期待に満ちた目でこちらを見ている。
「どうって…」
俺は中央管理センターであった事を全部伝える。
話が進めば進むほど桜井さんの
顔色は白くなっていった。
「山上くん、作り話じゃ無いわよね…?」
「桜井さんに嘘ついて俺に
一体何の得があるんですか?」
重苦しい空気が部屋中を包んでいく。
「信じられない…でも、その大江って人は
私を元々狙っていた人なのかもしれないわ。」
桜井さんがとんでもないことを言い始める。
「あの殺人快楽者が桜井さんの命を??」
「私を確実に殺すために雇われて送りこまれた
殺人請負人なのかも…。」
なるほど…目的が違うから大江という男は
IDなど必要ないということか。
「桜井さんが言うことが合ってるなら、
おそらく銃の男と大江って男の
利害が一致していたから手を結んだんだと思う。」
1人は生き残り金を手に入れる。
もう1人は自分の快楽を満たせればいい。
食事などはあの男から供給してもらって
いるのだろう。
お互いの思惑のベクトルがまったく違うからこそ
成り立つ関係なのだろう。
だがこの島ではこの関係はほぼ最強だと考えられる。
大江はIDカードを持ち歩かないので
いつ遭遇するか判らないという問題と
あの男はIDを得ながらアプリも増やして行き
一括メール送信のアプリやヘリ移動できるアプリ
島全員の状況がわかるアプリ【真実の書】など
上位ランクであろうアプリは
ほぼ手に入れているということだ…。
「そうか…!そういうことか!」
俺は頭の中を整理して行きある結論を導き出す。
「どうしたの?山上君?」
「俺を逃がした理由…あれは余裕を見せている
わけじゃなかったのか!」
「ど、どういうこと?」
あくまで想像ではあるが、おそらく
ほぼ間違いないと考えられる…。
「あいつの持つランクSアプリ【真実の書】は
島の全員の状況を把握できるって言っていたんだ。」
「さっきの話だとそういう事みたいね。」
「つまり、システム共有を桜井さんと俺がしている
ことも知っているんじゃ無いかと思うんだ。
大江がもし桜井さんの言うとおり殺人請負人
であるならば、あの男にとっても
君は最後に死んでもらいたいと思ったはずだ。」
「つまりどういう事?」
「俺が桜井さんと連絡を取ることで、大江に
会わせなくさせているんだ。
もしかしたら任務が終わったら、最後まで
いないで、7日目にわざと捕まって
脱出するかもしれないだろ?」
「つまり、私を接触させない為にわざと
逃がしたという事なの?」
この考えだと俺と桜井さんは
まだ狙われないとは考えられる…。
この時不意に島に来る前の事が頭に浮かぶ。
そういえば杉田もこの島に来てるはず…。
俺はアプリを開く。今日あいつの罠にかかった
人数を調べると同時に他のプレイヤーの位置を
しっかり把握しなければいけない。
杉田がどうなっているかも気になるし…。
最北端のおそらくあいつらのベースキャンプには
既にIDが8枚あるようだ。
あれから更に誰か犠牲になったのか…。
2日目でもう6人が死んだと考えられる。
「こんなのおかしいよ!人を殺してまで
お金なんて欲しいの!?」
桜井さんが肩を震わせて泣いている…。
「桜井さん俺が守るから、泣かないで。」
一目惚れした事も認めるが何より守ってあげたいと
心の底から感じている自分がいた。
桜井さんの肩をそっと抱きしめる。
「山上…くん?」
「会ったばかりだけど俺、桜井さんの事
好きになったみたいだ。」
突然の告白に桜井さんは顔を真っ赤にする。
極限状態の男女には恋愛感情が生まれ易いと
聞くがやはりその効果なのだろうか?
1日でここまで思えるようになるなんて、
自分でもビックリだ。
「…も。」
「も?」
「私も、山上くんの事好きに
なってるかもしれない…。」
桜井さんの一言で心臓の動悸が激しくなる。
「さ、桜井さん…。」
「あ…歩美って呼んでほしいな。」
顔を真っ赤にして
桜井さんは見つめてくる。
「さ…えっと…あ、歩美…?」
桜井さん…いや、歩美は更に
恥ずかしそうにうつむいてしまう。
しばらく無言の時間が続く
沈黙に耐えれなくなり
俺は照れ隠しに立ち上がる。
「あ、あははは何か、き、緊張するね!!」
声が裏返っているのが自分でも分かる。
「うふふ…。私もドキドキしちゃってる。」
少し落ち着いたのか歩美はいつもの笑顔で
話しかけてくる。
「あはははは…。」
「ねえ、私も山上くんを悠斗くんって
名前で呼んでもいい?」
「も、もちろん!」
先ほどまでの暗い雰囲気は微塵も残っていなかった。
杉田の事は気になるが今は彼女…歩美を
守ってあげなければいけない…。
この日の夜は色々2人の話をした。
俺が通っている高校の話
歩美が勤めている会社の話
俺は普段はボーっと過ごしてるって話
歩美は自分1人の力で生きている話
聞けば聞くほど、彼女は大変な生き方をしている。
大物政治家の父と俗に言う夜の女と言われる
女性の間に生まれた歩美はその出生を疎まれたそうだ。
母はゆすりの道具として歩美を生んだらしい。
その結果生活に困らないほどの多額なお金を
歩美の母は歩美が17歳の頃まで
受け取っていたそうだ。
彼女が18になる前に母親は交通事故で
還らぬ人になったそうだ。
…事故というよりは始末されたと
思ったのは俺だけだろうか?
その頃、母は更に歩美の父に金を要求していたらしい。
結局母の葬式には父は現れず、
(当然と言えば当然だが)
歩美は父の援助で高校を卒業し
就職をして自立の道を歩もうとしていたが…
彼女の彼氏(元だそうだ)
が彼女と父親の関係を知りゴシップ紙に
売り込まれたくないなら口止め料をよこせと
ゆすりにいって大金をせしめた。
それを知った彼女の父は彼女を
呼び出しこう言ったそうだ。
「お前の母もそうだったがどこまでも
足を引っ張るのだな。私の人生の最大の汚点だ
お前さえいなくなれば何も悩みは無いのだがな。」
彼氏に裏切られ、父にも疎まれ、
生きる希望を失った彼女を救ったのは
同じ会社の先輩の女性だったらしい。
励まされ、生きる希望をもった彼女は
父のことを忘れ生きていこうと
思っていたのだが…。
見知らぬ黒服の男達に薬を嗅がされ、
気がつけばこの島にいたらしい。
話を聞いているうちに俺はいかに自分が
幸せな環境で生きていたかを理解した。
実は俺の父親はギャンブル狂で
母が愛想をつかして俺と妹を連れ、
今の町に移り住んだと聞いている。
父の顔もよく覚えていないが母が何も
話してくれないので俺と妹は突っ込んだ話を
しないで平和に暮らしていたのだけど…
「俺をここに送り込んだのは
もしかして親父か?まさか…そんな…。」
雰囲気が暗くなったのでここを脱出したら
一杯一杯デートしよう!と明るく振舞って
この日の夜は過ぎて行ったのであった。