8日目~夜~
夜の9時を過ぎ、捕獲部隊の動きが止まった事を
確認して俺はベースキャンプを出て杉田の待つ
ベースキャンプに向かった。
幸い足の痛みはだいぶ軽くなりふつうに
走る分には問題ない。
あの時もっと深く大江に切られていたら…
今頃俺は捕獲部隊に捕まっていただろう。
捕獲部隊に捕まったら罰金とか
書いてあったがこの環境で生きれないなら
捕まった方がマシなのではないんだろうか…?
死ぬよりはマシだよな…
でも…そんな甘い考えが
このゲームで通用するんだろうか?
捕獲された後、どうなるかなんてわからない。
それこそ何処かわからない場所に監禁されて、
そのまま殺されるかもしれない。
何かの実験のモルモットにされるかもしれない…。
このゲームの主催者ならばやりかねない事だ。
やはり捕まるわけには行かないな。
夜中の1時をまわった頃ようやく杉田の待つ
ベースキャンプにたどり着く。
IDをセンサーに通し、中に入ると…
部屋の中は煙に包まれていた!
「な!?お、おい!!杉田!」
俺は慌てて部屋を見てまわる。
何処が燃えているんだ!?
それに杉田の姿が見えない!
一体何があったんだ!!!
「杉田!!無事か!?生きてるなら返事しろ!!」
「…山上くん。」
キッチンの方から声がする!
「杉田!!無事か…?」
そこには黒焦げの物体をフライパンに乗せ、顔を
ススだらけにした杉田が立っていた…。
「あのね、山上くん遅いから心配になって、
戻って来た時お腹空いてるかなって、だから、
その、私なりに頑張ったんだけど…。」
つまり、その謎の物体が頑張った成果なんだね…。
「キッチンの換気扇回して。ドアや窓無いから、
換気口だけじゃ煙吸いきれないよ。」
「ううう…ごめんね。」
「いや…気持ちは嬉しいけど…ちなみに
これは何を作ろうとしたの?」
「ホットケーキ…」
ホットケーキがこの謎の物体Xにできる杉田…
ある意味スゲエぜ…。
後片付けをして、落ち着いた頃には2時を回っていた。
ひと眠りしたいところだが明日にはここの
セキュリティーが突破されてしまう。
ここのシステムを削除して、新しいベースキャンプに
引っ越さなければならない。
朝の6時には捕獲部隊が又動き出す。
荷物持ちの状態で見つかればまず逃げられない。
今から出ても途中で捕獲部隊は行動開始してしまうが、
ここに居る訳にもいかない。杉田に事情を説明し、
先ほどまとめた荷物を背負う。
杉田にもある程度持って貰わなければならないが
彼女は文句も言わずに荷物を持ってくれる。
「よし、じゃあ行こう。休憩無しで行けば、
捕獲部隊が動く前につくと思うけど、今の体力だと
難しいからこのA地点まで頑張って休憩無しで行こう。」
そう言って杉田にアプリを開いて見せ場所を指差す。
「結構遠いね…。」
「でも、ここまでいければ捕獲部隊の野営地から
遠くて、新しいベースキャンプに一番近い場所なんだ。」
そうして、俺達の夜逃げ作戦は決行された!
必要最低限の物を持ち、パソコンを立ち上げ
システム削除ボタンをクリックしてデータを全て抹消する。
『データおよびシステムを全て消去しました。1分後
オートロックされます。以降ドアのセキュリティ
センサーを通したIDがこのベースキャンプの所有者
として登録されます。』
システム削除を終わらせ、パソコンからIDを取り出し
ベースキャンプを出る。
「よし、慌てず落ち着いて、急ぎながら行こう。」
こうして俺は一旦歩美と過ごしたこの
ベースキャンプを離れる事となった…。
本来なら隣にいたのは歩美だったんだろう…
でも、今は杉田が隣にいる。
杉田に対し恋愛感情はない。俺もそんなに単純ではない。
歩美と死に別れてまだ2日しか経ってない。
気持ちの整理もついていないのに次なんていける
訳もない…。
それに杉田もトラウマがあるからそういう感情は
持ってないだろう。
夜も明け空も明るくなってきたが、予想以上に距離を
歩けず、どう見積もっても到着は7時過ぎに
なりそうであった。
「杉田、辛いのはわかるけどもう少しスピード上げて。」
「はあ…はあ…。頑張ってるよ!これでも!」
確かに3時間休憩無しで止まらず早歩きで移動している
のに頑張ってないとは言う事は出来ないだろう。
だけれども、今は捕まるか捕まらないかの瀬戸際なのだ。
「辛いのはわかる!でもあともう少しなんだ!頑張れ!」
「わかってる…!」
その内お互い無言になる。もう、そこまで言い争う
体力も無駄だとというのをお互い理解したのだった。
当初の予定を30分オーバーで休憩地点に到着する。
本来ここで30分休憩の後目的地に向かうのであったが
その休憩分時間が足りなくなってしまった。
ここで30分休むと出発とほぼ同時に捕獲部隊も
行動を開始する。それを避けて移動していれば
7時過ぎどころか8時を越える可能性もある。
だが…正直俺も限界で杉田にいたっては
木の幹に寄りかかって肩で息をしながら座り込んでいた…。
30分休まなければおそらく途中で力尽きる。
30分で回復する保証もない今は気力でカバー
するしかない状態だ。
「もう…嫌だよ。これなら…あのまま
あいつの玩具でよかった。」
「杉田…それじゃ最悪の結末だぜ…。その後、
捕獲部隊に捕まって何されるかわからないんだぞ。
今は辛いかもしれないけど、もう一息だ、頑張ろうぜ!」
「…うん。」
荷物を全部俺が受け持ち、30分休憩した後、
ベースキャンプに向けて出発するが、予想通り
6時に捕獲部隊も移動を始めている。
しかも、運の悪い事にこちらに向かってくる1部隊と
ベースキャンプ周辺に向かう1部隊がいる為、
まっすぐ向かう事が出来ない。
「最悪じゃないかよ…。」
これで少なくても歩道は利用できない。森の中を
突っ切る事になる。ただでさえ失っている体力を
更に消耗させる事になる。でも手段が無い以上、
消耗を覚悟して進むしかない。
「杉田、俺の後をついてきて大変だと思うけど頑張って。」
「うん…もう喉カラカラだけど頑張るね…。」
アラームが反応したら捕獲部隊に接近されてしまう。
1km以上離れておかないとまずいから
止まるわけには絶対いかない。
30分が過ぎたが、全く進まず逆にこちらに向かっている
捕獲部隊に接近されてしまっている。
このままだとアラーム範囲内に追いつかれてしまう。
アプリを開き、状況を冷静に分析、想定を行う。
「杉田、この荷物を持ってまっすぐこの方角へ歩くんだ。
アラームがなっても気にしない。そして海沿いに出たら
北上するんだ。そこにベースキャンプがある」
「え…?どう言う事なの?山上君は一緒に行かないの?」
「俺は、捕獲部隊を誘導する囮役になる。杉田はまっすぐ
ベースキャンプに行って俺の帰りを待っててくれ。」
危険な賭けではあるが、このままでは2人共
捕まってしまうだろう。ならば、確実に杉田を
ベースキャンプに入れ、身軽な俺がアラームを
逆利用して誘導して引き離せばうまくやれば
2人共助かる可能性が高い。
「山上くん、危険すぎるよ!それに、心細いよ…。」
「でもこのままじゃ追いつかれて2人共おしまい
だから…怖いかもしれないけど、頑張るんだ。」
俺の固い決意の目を見て杉田もようやく納得してくれる
西>北ルートで行けば捕獲部隊に見つかる可能性は
ほとんど無い。見つかったとしてもベースキャンプ
直前だと思われるから捕獲される前に逃げ込める計算だ。
「ここで2人で一緒に動いたらお互い捕まってしまう。
なら、ここは俺が囮になる!」
「山上くん…。」
「大丈夫だって足だけは早いの杉田もよく知ってるだろ?」
「…そうだね。足の速さだけは
クラスで1番だもんね。後は普通なのにね。」
後はってのは余計だぞ…。杉田にある程度の荷物を
手渡す。その分辛い目にあうが荷物を持ったままでは
捕獲部隊に捕まってしまう。
「じゃあ、ベースキャンプで待ってるからね。」
「ああ、もし、捕獲部隊が杉田に近づいていくようなら
電話で伝えるから。」
杉田とはベースキャンプを出る前に番号交換をしていた
スマホの番号メモリーを消したから
今は杉田の番号しか登録されていない。
そういえば、水野さんと番号交換してなかったなあ。
もしもの為に交換しておくべきだった気もするな…。
俺はポケットにあるメモのことを完全に忘れているのだった。
杉田が森の奥に向かっていく。俺は反対方向に走り始める。
捕獲部隊の装備を確認する意味でも接近を試みないと。
今一番の問題がこちらに来た捕獲部隊で
次にベースキャンプ周りの捕獲部隊。
この2部隊を誘い出し、杉田の安全を確保する。
そしてしばらく進むとバイブが鳴り始める。
「1km圏内に来たか…」
相手の動きが止まり、その後こちらに向かって来る。
さて、ここからが本番だ。相手に捕まらないようにかつ
相手の装備を確認したい。やはり目視できる範囲まで
接近しないと駄目だろうな。
アラームのなる頻度がドンドン多くなっていく。
「あ、見えた!あれが捕獲部隊なのか…」
黒ずくめにフルフェイスの格好で銃を構えている
4人組が目視の範囲内に入ってきている。
ヘルメットは真っ黒で顔などは見る事は出来ない。
そしてアンテナが出ているヘルメット自体が情報端末
となっているようだ。
「さて…これ以上はあの銃で撃たれる可能性が
あるから…歩美、又使わせてもらうぜ!」
俺は歩美の携帯を取り出し【カウント30】を使用する。
30秒間一切のシステムを無効に出来るアプリ。
これは捕獲部隊も同様にシステムが使えない。
その間に距離を離す。もちろん周囲に他の部隊が
いない事は確認済みだ。
『【カウント30】を起動します。』
捕獲部隊の動きが止まる。システムダウンした事で
多少混乱しているのだろう。
俺はこの隙に一気に距離を空ける。
システムが復旧したので自分のスマホを開き、
【千里眼】を起動する。よし、だいぶ離したな。
後はつかず離れずでもう片方の部隊に接近して
ベースキャンプから離れさせある程度誘導後、
カウント30でシステムダウン>全速力で突き放す。
カウント30復帰後、再使用。>全速力で突き放す。
これを繰り返し部隊のアラーム圏外に逃げて
その後回り道をして杉田のいる
ベースキャンプに戻る計画だ。
ベースキャンプ前の部隊のアラーム範囲内に入る。
スマホのバイブレーションが接近した事を知らせる。
【千里眼】を使用しながら2つの部隊に挟まれないように
うまく森の中を駆け抜ける。
大丈夫…うまくいっている。後は…!?
俺は予想外の展開にただ驚くしかなかった。
もう1部隊がこちらにまっすぐ
向かっていているではないか!
これは…部隊同士の連絡が出来るように
なっていたのか!?
最悪、全部隊が集まって来る可能性もあるという事か…
まだ…杉田は移動中だ。ここで止まる
わけには絶対にいかない。
杉田に接近せず、かつ捕獲部隊を誘導しつつ
出来るならこのIDが使用できるベースキャンプ
を見つけ出すしかない。
それには…やはり中央管理センターを目指すしかない。
俺は中央管理センターを目指し走り始めた…。