8日目~朝~
「…くん。…山上くん…。」
優しく肩をゆすって誰かが起こしてくれる。
寝ぼけていた俺は…。
「ん…歩美、おはよう。」
「!!!!!」
彼女の肩に手を持っていき、そのまま
顔を近づけキスをする。
あれ…歩美がなんで…?
あ!!!!!
「す、杉田!!!ご、ご、ごごめん!!!」
寝ぼけていた俺はあろうことか杉田を
歩美と勘違いしてキスをしてしまったのだ!
「…・。」
杉田は顔を赤らめ、俺を突き飛ばして
お風呂場へと逃げていく。
「す、杉田…?
あの、別にこれは…」
男性恐怖症気味の杉田に俺は
何てことしちまったんだ!
もう会話もしてもらえないかも知れないな…。
結局15分経ってようやく
お風呂場から出てきてくれる。
が…2m以内には近づこうとはしてくれない。
「さっきはごめん…悪気はなかったんだ。
歩美…ああ、前のパートナーの子の名前で、
その子と勘違いを…。」
杉田は凄く冷たい目でこちらを睨んでいる。
まあ…それは怒るよな。
「…ね。」
「え?杉田、なんだって?」
「山上くんは優しいキスするんだね。」
杉田は少し顔を赤らめてそっぽを向いてしまう。
「何で、私最初に山上くんにこの島で
出会えなかったんだろ…歩美さんって人が
うらやましいよ…。」
杉田の気持ちは判る気がする。最初の出会いが最悪だった
彼女にしてみれば、知り合いの俺と出会っていれば
まだマシだったということだ。
少し、微妙な空気が流れていたが、昼食を取った
俺達は、今後の事について話し合うことにした。
「杉田は、自分のベースキャンプの位置は
分かっているの?」
「ううん…。初日に居ただけだし、
中央管理センターから北東に…って位しか
覚えてないよ。」
「それじゃあ、曖昧すぎて危険だよな…。
ただでさえ捕獲部隊がうろついていて危険だし、
あの佐藤って奴に見つかったら最悪だしな…。」
「…。」
佐藤という名を聞いて、杉田は身を縮こまらせて
うつむいてしまう。
やはり、杉田を1人にして放っておけない。
「杉田、俺とID共有化しないか?杉田の事、
このまま放っておけないよ。」
「…。」
杉田は何も言わず俯いたまま黙っている。
「杉田は俺が最初にいたベースキャンプに
隠れてろよ。俺はその間に、今所有している
IDのベースキャンプ地を探しておくから。」
「…うん。」
杉田は納得してくれたらしく素直に頷いてくれる。
「じゃあ…あ。」
忘れていた…俺のベースキャンプの中には
あの殺し屋の大江を閉じ込めていたままだった…。
今あのベースキャンプを開けたら間違いなく奴に
殺されてしまう…。
確か、真実の書で見た時は生存になっていたはず…
1日くらいじゃ餓死するわけないからな…。
「予定変更。俺のベースキャンプは使い物に
ならないから、杉田はこのベースキャンプで待機。
一応念のため、このIDを渡すから、杉田のIDを
貸してもらえるか?」
共有化済のIDカードを杉田に差し出す。
「う、うん。じゃあ私はそれまで何してたらいい?」
杉田はIDカードを受け取り自分のIDカードを
俺に手渡してくれる。
「ん~。じゃあ美味しい晩飯を
作って待ってて。なんてね。」
「山上くんの意地悪…私家庭科の成績悪いの
知っているでしょ~。」
杉田は結構…いや、かなり不器用で家庭科の実習で
黒いカリカリドーナツ(要は黒焦げの炭ドーナツ)を
作り上げ、周りの女子に呆れられていたのを思い出して
つい笑ってしまう。
「山上くん思い出し笑いしてる…酷いよ~!」
「あはは、悪い悪い。杉田はゆっくり体力の回復に
努めててよ。じゃあ、行って来るから、絶対に
ここから出ちゃ駄目だからな?」
「うん。無茶しないでね。」
ベースキャンプを出て【千里眼】ツールを駆使して
捕獲部隊や他のプレイヤーと鉢合わせしないように
中央管理センターにたどり着く。
…足の怪我もまだ完治しておらず予想より
時間がかかっている。共有化だけをとりあえず行い
買い物はしないでおく。この足では荷物も
持って移動なんて出来そうもない。
「確か…あの殺されたサラリーマンの人は
西側から来てたよな…。」
ベースキャンプを見つけるのは案外簡単そうだ。
中央管理センターを基準に剥き出しの土の歩道が
何方向にも広がっている。
今までのプレイヤーが歩いて来たおかげか、
あらかじめ獣道のようなものを用意
してあったのが踏み固められたからこうなったのかは
分からないが、おかげである程度の予測で
ベースキャンプを発見できそうだった。
1時間程度歩いた所にベースキャンプを発見する。
ここがおそらくあの時大江に切り殺された男の人の
ベースキャンプだろう。
【千里眼】を開いて確認する。やはりこの
ベースキャンプは無人のようだ。ID反応が
ないという事は使用されていないか、中に人がいたと
しても閉じ込められているかの2択だ。
共有化されたIDのベースキャンプだったら
俺のIDでもドアを開けることが出来る筈だ。
IDをドアのセンサーに通すと…あっさりドアが開く。
中に入ると予想通り誰もいない。パソコンで
システム更新と歩美のスマホに保存してあった
キッチンやお風呂場のパスワードを入力する。
歩美のIDでシステム更新をすることにより
パスワードが有効になる中央管理センターの裏サイト
の情報サイトを見て知った事だが、裏サイトは
かなり重要なことが書かれている。
製作者はプレイヤーを有利に動けるように
この裏サイトを作ってくれたようだ。
たまたま気付けたからいいが普通は気付かない。
何せ裏サイト販売コーナーの最下層の空白の部分を
クリックし、ID情報を入力、さらに謎掛け問題を
パスワードに設定してありそれでようやくこの
裏情報サイトに入れたのだから、おそらく
このシステムは本来このゲームに組み込まれて
いなかったのだと思う。
このゲーム製作者の最後の良心というところなのか…?
そして、もう一つ重要な情報を知る事が出来たのが大きい。
3日縛りのルールの抜け穴をうまく
利用する方法が載っていたのだ。
セキュリティ解除とシステム更新からカウントが
開始され、72時間後に捕獲部隊にそのベースキャンプ
のセキュリティコードが送信され、部隊が強行突入
できる仕組みになっている。
ちなみに、捕獲部隊が上陸してからカウントスタート
なのでそれ以前のセキュリティ解除や
システム更新は含まれない。
大江はその前に閉じ込めたのであのベースキャンプは
開く事はないだろう。そしてここが重要な部分で、
システムを削除したらカウントもリセットされる。
つまり、歩美のベースキャンプのシステムを削除して
このベースキャンプに移動。3日が経つ前に
歩美のベースキャンプのシステム更新、ここの
ベースキャンプのシステムを削除。これを
繰り返すだけで生活空間の確保ができる。
裏情報サイトを作った製作者にマジ感謝だぜ…。
安全を考え、夜9時以降に引越しを行う。
9時になると捕獲部隊は行動しないでその場に
野営しているようなのでその時に必要な荷物、
食料を運びだせばいいだけだ。
他のプレイヤーの動きは【千里眼】で見る事ができる
から、それほど問題ではない。
新しい住処のベースキャンプを離れ、杉田の待つ
ベースキャンプへと戻る事にする。
が…油断していた俺はアプリを起動せず
向かってしまった…
中央管理センターを過ぎた頃スマホの
バイブレーションが反応する!!!
しまった!!捕獲部隊が1km周辺に存在する!?
裏情報サイトによると捕獲部隊はバイブレーション
をしたシステムの信号をレーダーで感知し、
大体の方向を割り出し捕獲に向かうらしい。
慌ててスマホでアプリを開くと
2つの赤い点がこちらに向かってくる!!
まずい…杉田のいるベースキャンプの方角から
向かってきている…。
部隊に囲まれたら突破はまず不可能だ!
俺は痛い足を必死に動かしさっきまで居た
ベースキャンプを目指して逆走する。
30分走った所でアラームが解除される。
何とか振り切ったみたいだ。俺はアプリがあるから
相手の位置を見て逃げられるが他のプレイヤーは
バイブの状況で近いか遠いかを判断するしかない。
そんな事をしている内に囲まれて逃げれなくなって
しまうのだろう…。
つくづく、この【千里眼】を手に入れれてよかったと
痛感していると…。
「ヤバイな…バッテリーが残り少ない。
アラームでもかなり消費するのか…」
すぐ帰れると思っていたので杉田と番号交換をしていない。
連絡を取れないのが痛いな。まさか【一斉送信】で
知らせる訳にもいかないし…。
アプリをみると別の捕獲部隊がこちらを探索に来たようだ。
一旦ベースキャンプに戻り夜に行動するしかないか。
足の痛みもそれまでに治ると思うし、ここは戻る事に
して、夜になるのを待つ事にしたのであった…。