第64話 思い出すこと
暗雲は知らず知らずに迫っている......ということで、自分がこの話を三つに分けるともうすぐ1つ目が終わります。そして、ここまではダークっぽさが薄かったですが、この章が終われば徐々に濃度を上げていこうと思っています。急に重くなったりするけど、ちゃんとフラグは散りばめてるから今回問題なし。今回までがジャブです。
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「で、なんで俺達はここに来てるんだ?」
「通り掛けに見つけたからよ。行かないわけにはいかないでしょ。何よりロキちゃんが行きたがっているんだから」
「ウォン」
快晴の中のギラギラと強い日差しに、白い砂浜、そして、心地の良い音を立てながら向かってきたり、戻ったりする波。
そうクラウン達は現在、海に来ている。この海は砂漠の国から次なる目的地である霊山に向けて移動している時に見つけたものなのだが、突然ロキが海岸線沿いの道で止まり、海を見つめだしたのだ。
そして、一向に動く気配がないので、どうせなら遊んでいこうという気になっているのがリリス達である。
また、そんなリリス達をめんどくさそうに見ているのがクラウンである。そして、クラウンは呆れたため息を吐くと「さっさと行って済ませてこい」とだけ言った。
リリスはその言葉が意外に感じた。今までのクラウンであるならば、強行にでもこんな場所には行かせないで、目的地に向かわせるはずだと思っていたからだ。
まあ、普段はわがままを言わないロキが海行きたさで止まってしまって、動かせないというのもあるだろう。なぜなら、クラウンはロキに甘いから。
だが、それでもやろうと思えば出来たはずだ。それをしないということは、それを許すだけの心の余裕を持ち始めたということなのか。それはどうかはわからないが、そうであるならば嬉しい限りだ。
「よしそれじゃあ、ロキちゃん。パパっと準備して遊びに行くわよ!」
「待って、リリスちゃん。そのままでいくつもりなの?」
「エキドナ様がいいものを持っているです」
ロキとリリスが海に向かって走り出そうとするとその行動をエキドナが止めた。その制止の行動にリリスはどこか嫌な予感がしたが、一応聞くことにした。
「ええ、そうね。だって、ないじゃない」
リリスが言っているのは水着のこと。それがないことは初めからわかっていたので、裸足になって海の冷たさを感じに行こうとしただけなのだが.......まさか、持っているとでも言う気ではなかろうか。いや、さすがにないか。だって、一度も身体的特徴について聞かれたことないから。
とはいえ、不安が拭えないリリス。なぜならそれは、エキドナの後に言ったベルの言葉。「いいものを持ってる」とは一体何のことと言うのか。
そういえば、馬車に大きめな布に包まれた何かが置いてあったり、てっきりクラウンのものかと思ったが、もしかして、エキドナのものであるとでもいうのか。
そんなリリスの考えを見透かしたようにエキドナは、ベルからその布を手渡してもらうとその布を取った。その正体はビーチパラソルであった。
「ほら、必要でしょ?」
「まあ、確かにそうね」
リリスはエキドナが持ちだしたものがわかると酷く安心したように息を吐いた。さすがのエキドナといえど、そこまでではないらしい。
なんかこれまでのインパクトが強すぎて、凄くあっけなく感じるが.......これでいいのだ。うん、これでいい。だが、なんでそんなものを持っているのだろうか。
だが、そこはエキドナクオリティ。そこで終わるはずもなかった。エキドナがリリスを手招きして、渡したものはビーチパラソルではなく、その下に隠していた水着であった。しかも、サイズがピッタリの。そのことにリリスは思わずエキドナを二度見した。
「これは?」
「もちのろんで、リリスちゃんのよ。サイズは私が目測で測ったの。普段、相手をよく見てるからそんな能力がついてしまったのね。ふふっ、気にしなくていいわ」
「気にするわよ!見ただけでどうやってこんなにも正確なものを買って来るっていうのよ!」
「ふふっ、褒めたってなにも出ないわよ。ただ、興奮すると――――――――」
「それ以上言わせるかああああ!」
「私のもあるです?」
「もちろん、あるわよ」
リリス、エキドナ、ベルの三人によって、この場はだいぶ姦しくなった。そのことにクラウンはため息が絶えない。いつのまにこんなにもにぎやかになってしまったのだろうか。そして、なぜこうも必要な駒ほど変態なのだろうか。
なにやら、自分の知らぬ間でリリスがスイッチを入れて、周りの度肝を抜かせたようだし。そのせいで、関係ない自分まで奇異な目で見られる始末。まあ、それは大概自分が移動するたびに三人のうちの誰かがついて来るからなのだが。
「フォフォフォ、随分と楽しくなってきたの」
「うるせぇだけだ。きいきい、きゃあきゃあとな」
「じゃが、本当にそう思っているならすぐに止めるはずじゃろ?なあ、ロキよ」
「ウォン!」
「はあ、ロキまでそういうのか」
クラウンはため息を吐くと面倒そうに立ち上がった。この旅自体も急いでいるというわけではないが、まさかこんなことで時間を取られるとは思ってもいなかった。
だがまあ、こんな日も悪くないかもしれない。なぜなら、ロキが嬉しそうだしな。
クラウンと兵長は馬車を出ると砂浜を歩き始める。日差しが強い。基本この世界の天候はあまり変わることはないが、どうやらここの地域は夏のような気候らしい。そういえば、海はいつ以来だろうか。確かあの時はまだ.......
「覚えておるかの?儂とクラウン君、須藤君、倉科君、橘君で海に来た日のことを」
「......随分と昔の記憶まで持っているんだな」
「そりゃあそうじゃ。あの時の思い出は儂にとって大切な思い出であるからな。この世界を経験したからこそ、忘れたくても忘れられないほど、記憶に刻み込まれておるわ」
「.......そうか。まあ、そうかもしないな。俺も海を見た時、ふと思い出した。だからこそ、あの時のお前らの行動が許せない。だが......あれは本当にお前らの意思だったのか?」
クラウンはその時の光景を思い出して、思わず怒りに肩を震わせながらも、その感情を押さえて兵長に聞いた。
その言葉に兵長は思わず目を見開く。前まで、少なくとも獣王国で出会った頃のばかりなら、まずこのような質問はしなかったであろう。それだけ、仲間を疑い、憎んでいたのだから。
だが、ここ最近のクラウンの言動には明らかな変化が表れている。まだ完全にとはいかないが、それでも自分の憎しみの原因を疑うぐらいには、着実に心の闇に光が差し込んできている。そのことを兵長は嬉しく感じた。だからこそ、ここで下手な嘘はついて行けないとも感じた。
「正直なところ、よくわかってはおらぬ。ただ言えることは儂らの意思と行動は正反対であったということだけ。体は本能の塊じゃ。『体は正直』という言葉があるぐらいじゃから。その時に逆らってはいけない空気を感じ取ったのかもしれんの。まあ、心が弱かったと言われれば、それまでじゃが」
「そうか、わかった」
兵長はクラウンの返答でなにがわかったかはわからない。それでも、表情から見れば、憎しみには飲まれていないようだ。そのこだけでもわかれば、こちらとしては十分だ。
すると、後ろから4つの気配が近づいてきた。そして、すぐさまクラウンと兵長の横を通り過ぎていった。
その4つの気配はもちろん、ロキを含めたリリス達だ。散々喚き散らしていたリリスだが、結局エキドナに懐柔されて、水着で海に走っている。
そして、リリス達は海に入るとその冷たさを感じながらもはしゃぎ始めている。ロキに至っては、まるで風呂に浸かるように気持ちよさそうに目を細めている。
「思い出すの、増々鮮明に」
「まあな」
「まさか儂が生きているうちにこんな光景を見るとは、まるで走馬灯でも見てる気分じゃわい」
兵長は楽しそうなリリス達を見て思わず目を遠くさせた。言葉通りその時の記憶を思い出しているのだろう。それだけその思い出を大事にしているということか。
クラウンはふと一人でに海岸線を歩き始めた。それは自分の気持ちを整理するためというよりは、ただ何も考えずにいたかっただけ。
自分もこの海を見て感じることはあるが、それ以上燻ぶらせてしまうと自分の覚悟が揺らぎ始めてしまうような気がする。
するとその時、前方の方で微弱な気配を感じた。その数は二つ。リリス達が遊び終わるまで暇なクラウンはふとその場所に向かってみることにした。
そこには耳にひれのようなものをつけた大人の男と少女。男の方は人型であるが、少女の方は人魚のようであった。そして、少女はうつ伏せで倒れている男性を起こそうと必死に揺さぶっているが、その男は意識を失ったまま起きる様子はない。そして、よく見るとその男は背中から血を流している。
「誰だお前ら?」
「!......誰かはわからないけど、助けてください!兄様が、兄様が死んでしまう!」
少女はクラウンの存在に気付くと懇願するように頼み始めた。その切実な思いは表情からでも伝わってくる。
ここで、クラウンはその男を助けることにした。それは、その二人が魚人族であることは見抜いていたから。今はまだ用はないが、遅かれ早かれ海の神殿には向かうことになる。となれば、ここで恩を売っておくことは悪いことではないだろう。
クラウンは薬蜘蛛の能力を使った糸をその男に飛ばすと魔力を流して治療し始めた。すると、その男の表情は段々と穏やかになっていき、しばらくして目を覚ました。
「ここは......」
「兄様!」
「おお!無事だったか!......もしかして、君が助けてくれたのか?」
「まあ、そういうことになるな」
「そうか、ありがとう」
男は立ち上がるとクラウンの手を取って感謝の言葉を述べた。そのことにクラウンは思わず引き気味になる。圧が強い。だが、その男はなにかの用事を思い出したのかすぐにクラウンに述べた。
「すまない、本当は君にお礼をしたいところなのだが、今は時間がない。だが、この恩は必ず返す。約束する」
そう言うとその男は少女とともに海に入っていった。そして、そのまま現れることはなかった。クラウンはなんだか助け損な気分になった。
あの男は「恩は必ず返す」と言っていたが、名前も知らずにどうやって覚えているのかというのだろうか。
クラウンは思わずため息を吐く。やつらが何が目的かはわからないが、あの少女の言い方からそれなりの身分であることはわかった。
ということは、海の国に向かった時に会う可能性はあるだろう。そう思わないと本当にただの助け損だ。
そう思うとクラウンは踵を返してリリス達のもとへ歩き出した。
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