第292話 始まりの神殿
読んでくださりありがとうございます。(●´ω`●)
こういうのも嫌いじゃないです
「落ち着いたか?」
「うん、少しは......」
リリスはクラウンの胸に身をゆだねて気が済むまで泣くとゆっくりと離れていく。そして、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら俯かせる。
「大丈夫か?」
「あ、いや、大丈夫よ。少し泣き顔見られたのが恥ずかしいってだけだから」
「別に泣きたい時は好きに泣けばいい。お前だって人の泣いてる姿見たことあるだろ?」
「あるけど......それとこれとは話が別よ。でもまあ、あんたがいてくれて思う存分泣けたと思うわ。少しスッキリした」
「なら、良かった」
リリスは涙を拭うとクラウンにニカッとした笑みを見せる。その笑みに応えるようにクラウンも笑う。先ほどのやや緊張感を帯びた場のような雰囲気はなく、二人だけのやや甘い空間が広がっていた。
「お互い大変だな。大切な存在を無くしちまった」
「そうね。なんだかんだで、ずっとそばにいてくれると思っていたもの。思えば私達のパーティは誰しもが大切な人を失っているのかもね。ベルにも、エキドナにも、カムイにも辛く苦しい過去があある。会いたくても会えない人がいる」
「そう考えるとあいつらの心が強かったのはそういう理由があるかもしれないな。決して望んだわけじゃない状況があいつらを強くした」
「確かに人が強くなれるのは悲しみや宿命を背負った時が多いわ。でも、それって結局のところ心に余裕が無くて、その余裕を取り戻そうと必死に足掻いて手に入れたような力。その力は諸刃の剣で強くはなれるけど、同時に心が折れたら弱くなる一方なのよ」
「あの三人は違う方法で強くなったということか?」
「最初こそそうだったのかもしれない。心に余裕が無ければ、人ってものは視野が狭くなるのよ。ずっと身近に支えてくれているものさえ見えなくなって.....空気を得ようと水中でもがいているようなもの。でも、三人は変わったわよ。あんたのおかげでね」
「俺のおかげ?」
「ええ、あんたの縁の糸が繋ぎ合わせてくれたから今の三人は、私は成り立っている。そして、あんたも。失いかけていた心の余裕をもう一度余すところなく満たしてくれたあんたは、やっぱりすごい奴なのよ」
「......」
「過程がどうだとか、三人の気持ちがどうだとかは結局のところどうだっていいのよ。一番良いのは気持ちがどこを向いているかってこと。あんたがいなければベルだってあんな感情を見せることはなかったし、エキドナだってずっと本心を隠したままだったかもしれない。カムイは自責の念で押しつぶされていたかもしれない。その三人に限らず雪姫や朱里だってそう。皆、心が潤っている」
リリスはまた涙ぐんできた瞳を上に向ける。これ以上、涙がこぼれ落ちないように。しかし、やや声が上ずってしまっている。
「私はね、リスクなしに皆が強くなれる方法を知っているわよ」
「そうなのか?」
「ええ、それは互いを信じあうこと。最もシンプルだけど、最強の魔法だと思うの。けど、それを使いこなすのは難しい。『信じる』ことは口で言うのはとても簡単だけど、それを実行するにはとても難しいと思うの。それは相手のことをよく知っていて、その上で仲良くて、相手に嘘をついたりつかれたりしないで。それらが初めてクリアできた時、私達の最強の魔法は完成する」
「なら、もう使いこなしていると言っていいんじゃないか?」
クラウンは不意にそう告げる。そのことにリリスは驚いた様子で顔をクラウンの顔を見た。
「だって、俺達はもう信用しあっているだろ?」
「全く.......どの口が言うんだか」
そう言いつつもリリスは嬉しそうに笑った。そして、隣に座るクラウンにそっと寄り掛かる。
そもそも「信用」ということに対して一番拗らせていたのはクラウンだと思うわれるのだが、きっとそんなことを言っても暖簾に腕押しだろう。
だったら、その言葉を素直に肯定してあげよう。これからも気づいたら使ってそうなクラウンの言葉に賛同してあげよう。
それだけ鎖によってがんじがらめにされていたクラウンの心は「解放」という二文字で自分達に全幅の信頼を置いてくれているのだから。
「それじゃあ、明日からよろしくね」
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翌日、クラウン達は懐かしの森にやって来ていた。それはリリスとクラウンが出会った始まりにして、「死者の住む森」という異名をもつアルディリアという名の森。
本来なら、もう立ち寄る機会がないと思っていたクラウンだが、リリスが見せたある手紙によってここに訪れることになったのだ。
「それで、お前の母親はこの森にある神殿に用があると言っていたのか?」
「ええ、死に際に母さんが渡した手紙には、宝玉を集めたら最初に武器を与えた神殿に行くよう書いてあるわ。行けばわかると。ただまあ、相当な苦痛を伴うとも書いてあるけど」
「お前の母親って確か操られてたんじゃなかったか? それに死に際に渡す手紙の内容がそれでいいのか?」
「母さんの魔法は精神系だから、もしかしたら操られる前に自分に魔法をかけて自動手記させたりしたのかもね。それと二つ目の質問に対してはノーコメントで」
クラウンとリリスは巨人が立っているかのような太く高い木々を通り抜けていく。葉が生い茂りすぎているのか、隙間からほとんど木漏れ日が入って来ず、全体的に暗い。
その感覚をクラウンとリリスは懐かしいと思いながら、まるでハイキングしているかのように歩いていく。
というか、実際それそのものだった。森に侵入してきた者を食らうと恐れられている魔物たちは遠くからクラウン達の様子を観察するのみ。
それはいわば生物としての危険度センサーによるものだ。本能に刻まれたDNAがクラウン達と戦ってはいけないと理解している。
故に、クラウン達は安心安全な道のりを歩いていた。もちろん、クラウンとて周囲に魔物がいることには気づいているが、襲ってこないならば関係ない。
「そういえば、ツインテールに戻したのか?」
「まあ、成り行きでね。どう? こんな森に来るとより出会った頃の私を思い出すでしょ」
リリスはヒラヒラ~と二つの髪しっぽを揺らしながら一回転。そんな少し浮かれているリリスを微笑ましく見ながら、クラウンは告げる。
「ああ、そうだな。だが、お前はどんな姿をしていようとお前だ。俺がそんなお前を見分けられないはずがないし、嫌いになるわけもない。だから、似合ってるぞ」
「~~~~~~! べ、別にそんなことを言ってもらうためにこんな髪型にしたわけじゃないし! あ、あ~、やっぱりもうもとのサイドテールの方が気持ち的に落ち着くからそうしよっかな~!」
リリスはクラウンの突然の告白とも捉えられなくもない言葉に思わず動揺が隠しきれない。そして、照れながら勢い任せに一つのテールを解くとサイドテールに変えていく。
「なんだ変えるのか?」
「え、ええ、そうね。やっぱりツインテールっていうと子供っぽく感じるし、片方の頭に妙に重さが増えたような感じで違和感あるし。で、でも、決してあんたの言葉に恥ずかしくて変えたわけじゃないんだからね!」
「お~、ここまで完璧なテンプレツンデレを見たのは初めてかもしれない。最近、ツンすら見てなかったからな」
「うっさいわい!」
そんなクラウンがリリスを茶化すこともありつつ、しばらく歩いていくと森の神殿が見えてきた。
古びた石造りの神殿で、劣化から所々が崩れたり、かけたりしている。そして、所々に緑色に染めるようにコケが生えていたり、少し前に出た神殿の屋根を支える柱に蔦が絡まっていたりしている。
懐かしの場所だ。当時とは関係性も全く変わってしまったが、ここで運命の時が動き出したようなものだ。
リリスと森で出会い、同盟を組み、リリスの目的の一つだった場所にクラウンも道すがらに同行してやって来た場所。
一体どれくらいの時が過ぎたのだろうか。ここに来たばかりの頃はまさかもう一度ここに来ることになるとは思っていないだろう。
「それじゃあ、準備するから待ってて」
リリスは唐突にそう告げると指輪から八つの宝玉を取り出した。この世界のいろんなところを飛び回って、神殿に潜って様々な試練をクリアして、守護者を倒して、やっとのことで手に入れた宝玉。
その宝玉をリリスは神殿の壁にはめていく。どうやら壁には僅かに窪みがあったようだ。当時のクラウンは力にしか興味が無かったので、ここで初めてそんなのがあったと気づく。
そして、円を描くようには宝玉をはめ終えるとその中心が突如として光り始めた。その光は思わず手で遮ってしまうほど眩く、周囲に光を放っていく。
リリスはその光のそっと右手をかざし、左手に持った手紙の内容を確認していく。それから、その手紙を握って胸に手を置いた。
「我は求める、この世界の秩序を。我は求める、この世界の理を。我は求める、この世界の真理を。欲せし三つの欲望は我が崇める神の頂へと手を伸ばすものであり、たとえその終焉が地獄であろうとも我は我の歩むべき答えのために力を欲する。さあ、答えよ! 真理の扉よ! この先にある神の秘宝が我の望む答えのありかである!」
リリスは詠唱を終えた瞬間、中心の光は八つの宝玉へと光の道を繋げていく。そして、その八つの宝玉はさらに隣同士と光の道が繋がっていく。
全ての道が繋がると扉に巨大な魔法陣が現れ、両開きの扉が一人でに動き始めた。そのことにクラウンは思わず息を呑む。
最初に来た時とは全く違う詠唱。八つの宝玉が無ければ進めない神殿。つまりこの先にリゼリアが託そうとした何かがあるということ。
「これが本来のここの神殿の在り方というわけか」
「さあね、そうかもしれないし。そうじゃないかもしれない。その中を知っているのは母さんだけで、その母さんが渡してくれた手紙にもまだあんたに伝えてないことが書かれているわ」
「そうなのか? それは一体――――」
クラウンがリリスに尋ねようとする前に、リリスはクルリと軽やかに後ろを向きながら、差し伸べるように背後にいるクラウンに手を伸ばして告げる。
「ねえ、私と一緒に悪魔にならない?」




