第290話 想いを力に
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最終章の始まりです
この世界の最高神であるトウマの姿が消えると氷が溶けていくようにゆっくりと時が動き出す。
異常なほど張り詰めていた凍える寒気と緊張感は消え去って、心から生きていることを実感するかの如く体に溜め込んだ深い息が漏れる。
常識破りであった。もとより神なのだからそれぐらい当たり前だとしても、勝てるビジョンが響達にはなにも思いつかなかった。
せっかくレグリアを倒して見出した希望がトウマという存在を見ただけで急速にその輝きを小さくしていった。戦意喪失に近しいのかもしれない。
「仁......? 仁!」
体中に溜まったこわばりを荒い呼吸をしながら吐き出しているとすぐにクラウンの姿を見た。そして、その悲惨な状況にすぐに駆け出していく。
クラウンは右腕が切断され、胴体に風穴が開いている。どう見ても致命傷だ。加えて、クラウンの<魔王化>が解けていることから、魔力が尽きかけているのか意識がないのか。
どちらにしても危険な状況にはかわりない。クラウンの周りに血だまりが出来ていることから恐らく得意の<超回復>は使えていないのだろう。もしくは、血を失い過ぎて意識を失っているか。
雪姫は途中でクラウンの吹き飛ばされた右腕を拾うとすぐにクラウンに近くに向かう。手に取ったクラウンの右手には刀があり、斬られてもなお放そうとしないとは戦士の矜持というものなのだろうか。
雪姫はきっと人生で一度も経験することはなかっただろう幼馴染の右腕の重さを苦渋に満ちた顔で見つめる。
「仁! しっかりして、仁!」
雪姫はクラウンを抱えると軽く揺さぶり意識を確認する。反応はない。すぐに手を口元に当てる。僅かに息がかかる。ということは、まだ息があって―――――助かる可能性があるということ。
それを理解するとすぐにクラウンを寝かせる。そして、切断された右腕に拾った右腕のつなぎ目に合わせて全体的に回復魔法をかけていく。
回復魔法......といっても、再生魔法とは違う。回復魔法はあくまで傷を負った者の自己治癒力を高めるというのが一般的だ。
故に、腕を切断され、胴に穴が開いた場合などの回復魔法はほぼ無意味に等しい。しかし、それは理屈の上だ。屁理屈の上では関係ない。
「仁! お願い! 返事をして!」
助ける上ではそんな無意味だとか、助けるのは不可能とかなんてはどうでもいい。助かる可能性があるのなら全力で助けに行く。
助かって欲しい人だから。大切な人だから。これからもずっとそばで見続けていたいから。理由は何であれ、助けるのに「助けたいから」以上の最大の理由はない。
「こんなところで死なせないから! 私の前で死なせないから!」
雪姫は必死に声をかける。わずかに涙ぐんで鼻にかかった声。少しでも意識を戻して声を聞きたいから声をかけ続ける。
しかし、返事は帰って来ない。その度に心にダメージを負っていく。それでも、ここでやめるわけにはいかない。自分が諦めたら、きっと戻ってこないから。
それに回復魔法はもともと怪我を負ったクラウンを治療するために磨いてきた魔法だ。クラウンがまだ「仁」と呼ばれる前の頃に無茶して怪我ばっかするのを見ていられなくて、それ以上に支えたいと思って。
自主的に冒険者ギルドに通ってはそこで無償の治療をし続けた。魔法は使えば使うほどに上達していくものだと聞いたから。
この魔法で支えていく、これからもずっとそう思っていた。しかし、非情な運命によってその道は長く訪れなかった。
だが、再会することが出来て、相変わらず無茶が多くて治療したりすることもあって、その度に自分が支えられていることに実感が持てた。
そして、自分の中で誓いを立てたんだ。「どんな傷も私が治す」と。そう、「どんな」だ。たとえ右腕が千切れていようと胴体に穴が開いていようと関係ない。治すだけだ。
「仁! 大丈夫だから! 私が......私が必ず治してみせるから!」
涙がほろほろと落ちていく。返事がないことに心が擦り減っていくことがわかる。魔法をかけているのに一向に変化が見えない傷口に絶望を感じるのがわかる。
それでも......それでも自分が折れてはいけない。自分がここで折れてしまったら、それは自分がクラウンを殺したのと同義になってしまう。
それは死んでも嫌だし、何よりまたどこか甘くて心地よい他愛のない会話をするために。もう一度、今度はしっかりと想いを伝えるために。
「治れ! 治れ! 治れ!」
想いが溢れ出る。もはや胸のうちにある器では収まりきらない想いが。これからの未来も一緒に紡ぎたい想いがここにある。
「治れ! 治れ! 治れ!」
もっと強く魔力を込めて。もっと強く回復していくイメージをして。もっと強く祈りを込めて。もっともっと想いが届くように。
「治れ! 治れ! 治れえええええぇぇぇぇぇ!」
雪姫の想いが爆ぜた。積もりに積もった想いの丈が現象となって、雪姫の魔法を変えていく。
『覚醒魔力 君と一緒に歩みたい を獲得しました』
雪姫の体から白くほのかに黄色い優しい光が溢れ出る。それはまだ少し冷え切っていたこの場を温かく包み込んでいくように大きくゆっくり広がっていく。
雪姫自身も流した涙をそのままに思わず驚いていた。しかし、不思議とそれ以上の恐怖感といった負の感情はなく、体がポカポカしてくみたいで温かい気分になってきた。
そして、その優しい光はクラウンの体をそっと包み込んでいく。すると、苦しそうなクラウンの顔が安らかな眠りを得たようにハッキリと呼吸を繰り返していった。
「仁の体が.......!」
雪姫は気づいた。自分が起こした奇跡を。それはクラウンの千切れた右腕がつなぎ目からキレイに繋がっていき、胴体に空いた穴はその大きさを次第に小さくしていく。
つまりは再生だ。回復魔法を超えた、人智の魔法。人の再生能力を超えた奇跡の力。それによって、クラウンの穴は塞がった。
安らかに胸を上下に揺らし、安定した呼吸を繰り返していく。そのことに雪姫はもはや安堵という感情しか漏れてこなかった。
ほろほろと流していた涙はその量を増していき、酷い泣き顔になっているのも構わずにクラウンを抱き寄せる。
「よ"か"っ"た"! よ"か"っ"た"よ"お"ぉ"~~~~~~~~!」
情けなくも聞こえる声を漏らしながら、生きている体温を確かめるようにギュッと強く、強く抱きしめていく。
クラウンの頭に自身の顔を擦りつける。それほどまでに密着すれば、その涙はクラウンの顔を当然伝っていく。
すると、その涙に触れたおかげなのかクラウンは少しうめく声を漏らしながら、ゆっくりと瞳を開けていく。そして、自分を抱き寄せている誰かに気付いた。
頬から感じる柔らかい感触は......胸だろうか? そして、確か自分は千切れた右腕に胴体に穴が開いた状態だったはず......なのにそうではない。なるほど、そういうことか。
クラウンは自由に動かせる方の手でそっと雪姫の頭を撫でていく。そのことに雪姫は思わず涙を止めた。
「雪姫、ありがとな。本当に死ぬかと思ったから助かった。心の底から感謝して―――――ぐっ!」
「仁ーーーーーーー! 仁が! 仁が返事をしてくれたーーーーーーーー! もう一度その声が聞きたかった! 本当に! 本当に! 本当に.......聞きたかったぁ.......」
雪姫は先ほどよりも強くクラウンを抱きしめる。そのことに思わず変な声が漏れてしまったが、この行動こそ言葉には表しきれない想いというやつなのだろう。
「ああ、俺もお前の声が聞けて嬉しいよ」
「仁! 仁! 仁! 仁ーーーーーーー!」
「だから、一旦落ち着こう、な?」
雪姫は爆ぜた想いに収まりどころがないのかクラウンに思いっきり自分の想いを届けていく。そのことにクラウンは思わず苦笑い。
とはいえ、目覚めたなら一応状況確認がしたいところ。なので、雪姫には申し訳ないが、一旦ここは離れてもらおうか。
クラウンは少し無理やり雪姫を離すと遠くにいる朱里に目線を送る。すると、朱里もクラウンが目覚めたことに涙ぐんだ。
そのことを嬉しいとは思いつつも、雪姫を指さしながら目線で朱里に「雪姫係よ、早くしろ」と伝えていく。
上手く伝わったのか朱里は涙を拭って雪姫に近づき引き離していく。雪姫はおもちゃを取り上げられた子供のようにただジッと悲しそうな目でクラウンを見ながら、朱里に引きづれていった。
「仁、生きててよかった。本当にあの時はどうなったかと思った」
「響か。<魔王化>で魔力を酷く消耗している状態で、いくら憎き敵とはいえ衝動的に動き過ぎた。いつもなら、あれぐらいの傷は<超回復>でなんとかなったりするんだが」
「あの傷がなんとかなるんだ。やっぱり、しばらく見ないうちにインフレしてるな」
「あれは魔力が豊富な時にしか出来ない。つまり<魔王化>を使わなくても倒せる敵の場合だ。だから、あの時に雪姫に助けられなかったら、確実に死んでいただろうさ」
「なら、あとで礼をしなくちゃな」
「そうだな。考えとかなければなるまい。それとは話が変わるが、どうやら来たようだぞ?」
「何が......!」
上体を起こしていたクラウンは近くにやって来た響と話しているとふと親指で後ろの方を指した。そのことを怪訝に思った響がその方向を向くと二人の人物がやってくる。
一人は聖女のような清く美しい少女で腕を大きく振りながら駆け寄っており、もう一人は少し大人びたような印象を感じる魔族の少女が堂々と歩いて向かってきていた。
「響さん!」
「スティナ、無事だったか!」
「ただいま」
「おかえり、リリス」
スティナは思いっきり響に抱きついていくと響の胸に顔をくっつけていく。そして、遅れてやって来たリリスは慣れたようにクラウンに声をかける。
響はスティナの思い切った行動に戸惑いながらも嬉しそうに抱きしめる。一方、クラウンは少し安堵の笑みを浮かべながら同じように慣れたように返答した。
二組の反応の違いは付き合いたてのカップルか熟年夫婦かのように大きく差はあれど、互いのことを思い合っていることはすぐに伝わってくる様子であった。
そして、クラウンは立ち上がるとリリスに向かって告げる。
「さあ、最後の戦いの準備を始めるぞ」




