第285話 最後の親子ケンカ
読んでくださりありがとうございます。
長いです、いつもより
「ここは何のための空間だ?」
地下に入ったクラウンは巨大な空間にやって来ていた。野球ドームのような巨大は空間であるが、白一色のタイル張り。味気ないと言えばその通りなような雰囲気。
見渡せばいくつもの木箱が山のように積み重なっている。まさかこの城の地下にこのような空間があるとは思いもしなかった。
いや、普通は住んでいる家に埋蔵金が埋まっているみたいな話だ。内容が突飛すぎて冗談と思われるのが関の山。
だから、レグリアはあえてこの地下というありきたりな場所にこのような空間を作ったのだろうか。
まあ、普通なら城の中を駆けまわり探し続けて、レグリアという人物を知っているからこそ邪推してここにはいないと踏ませる算段......だったかもしれないが、結果的に見つかったのならそれはそれで結果オーライかもしれない。
クラウンは木箱に近づいていくと刀で中のものを傷つけないよう蓋を斬る。そして、斬り飛ばされた蓋から出てきたのは大量の弾や銃火器であった。
いわば現代兵器の倉庫。いや、この世界の火薬庫みたいな場所なのかもしれない。まあ、考えてみればおかしくない話だ。
最初に襲撃した時に容赦なく銃を使っていたし、リゼリアが渡してきたのも魔法銃......なら、少なくとも予備がここにあってもおかしくないはずだ。
もっとも自分達に扱いきれる代物であるかどうか怪しいが、神と決戦するようになることがあれば必ず総力戦になることは間違いない。
ならば、ふんだんに使わせてもらおうではないか。レグリアがやろうとしたことが何かわからないが、それを逆に利用してやるというのは実に気分がいい。
ともあれ、先にリリスのところへ行かなければ。この先に反応があった。だが、一つはリリスとして、もう一つの反応は一体.......?
クラウンは一先ずその空間の奥へ奥へ進んでいく。あまりにも多いのかいくつもの山が障害物のように奥を隠している。
そして、進んだ先に布がかけられた鉄格子を見つけた。その鉄格子の布に隠れていない部分にはリリスらしき足が見える。
「お前ら、頭を伏せろ」
クラウンはそういうと刀を一気に振り抜いていく。すると、豆腐のようにスパッと食い込んでいき、そのまま鉄の柵を斬り落とした。
「少しやつれたか? リリス」
「定期的に様子を見に来るレグリアのせいでね。まあ、その狙いはクラウンを引き寄せるエサでもあり、母さんに関わっているからということもありそうだからと推測したけど、真実のほどはさっぱし」
「それだけしゃべれるなら上等だ。それで、どうしてここにスティナが?」
「仁さん、覚えてくれていたのですか.......!」
「何を言っているんだ?」
「あんたに忘れられてたら助けてもらえないんじゃないかとか、操られてたから嫌われてるんじゃないかと思っていたのよ、恐らくね。あとこんなにハッキリしゃべっているけど、私より衰弱気味だから。ちゃんとエスコートしてやりなさいよ」
「わかった」
クラウンは二人に「目を瞑って一切動くな」と命令すると手早く二人の繋がった鎖や錘を斬って外していく。そして、クラウンがスティナを背負うとリリスとともに走り出そうとした。
「何している?」
「懐かしい気配があってね。後で必ず行くから。あんたは先に行って」
「だが.......」
「あんた、本当に私に甘くなったわよね。まあ、甘いのは私もだけど」
「.......遅れたら承知しないぞ」
そう言って、クラウンはリリスを置いて地上へと戻り始めた。その姿をリリスはヒラヒラと手を振って見送っていくと一息吐く。
「いい加減、出てきなさいよ。人のイチャイチャをそんなに見るもんじゃないでしょ?」
「あら、バレてたのね。どうしてわかったの?」
「あんたの娘だからよ――――――母さん」
リリスが背後を振り向いて鉄格子の上を見るとしゃがみながら頬杖をついたリゼリアが嬉しそうに眺めていた。
しかし、リリスはリゼリアに近づこうとせず、そのまま距離を取る。その反応にリゼリアは思わず悲しい顔をする。
「悲しいじゃない。久々の親子の再会よ?」
「ええ、ほんと嬉しいと思うわ。でも、心の底から喜ぶことは出来そうにないわね、敵であるならば」
「そうね。リリスの言う通りだわ」
リゼリアは鉄格子から降りる。すると、リゼリアの髪に隠れて見えなかった額の部分に青黒い紋章のようなものがあった。
そして、明るい声色や明るい表情に対して目からは一切の生気を感じさせない。もはやそれだけ見れば死んでいると感じられる。
「まさか親子で生死を決める戦いをしなければいけない日が来るとはね」
「全くね。本当に......世も末だと思うわ」
「.......」
「だから、私に対する気持ちはただ一つよ。私の娘ならば言わなくてもわかるわよね?」
「ええ、わかるわ」
「そういえば、昔に稽古をつけていた時に階級とかつけていたわよね」
「師範代クラスは行ったけど、免許皆伝はまだだったわ」
「なら、今をもって最後の昇級試験を始めましょ。免許皆伝となれば試練じゃ終われない。生死をかけた戦いになる。なんだかんだ言って、何回か挑んだことあったけど一度も勝てたことなかったわたよね? 今回は大丈夫かしら?」
「私をいつまでも子供と思ってるとその顔に消えないしわが出来るわよ」
リリスとリゼリアはにらみ合う。そして、互いに足につけた脚甲を見せつけ合うようにして、片足を上げる。
――――――阿吽の呼吸
「そりゃああああああ!」
「せいやああああああ!」
リゼリアとリリスは互いに床につけた足で蹴って前に進むと互いの右足を思いっきり交わらせた。ガンッという鈍い音が響く。
互いに足を戻すと先に仕掛けたリリスはしゃがみこみ、リゼリアの足を振り払おうとする。しかし、リゼリアの足に当たった瞬間、ビクともせずに止められた。
すると、リゼリアが蹴られた反対の足をかかとから地面に振り下ろす。リリスは咄嗟に後方へ避けたが、それは床をへこませて日々を入れる威力であった。
頭に当たればひとたまりもない。ならば、当たらなければいい。しかし、そればかりを考えていると防戦一方になる。
「考え事は一瞬よ!」
「ぐっ!」
リリスが思考で少し集中を別に当てた刹那のタイミングに接近してきたリゼリアが思いっきり飛び蹴りしてきた。
なんとか脚甲の部分で防ぐことが出来たが、勢いまでは止められない。リリスはそのまま地面を転がっていく。
「なんのっ!」
リゼリアは追撃にそのまま蹴り飛ばそうとした。しかし、地面に両手をつけて体を起こすと向かってきたリゼリアに向かって思いっきり両足で蹴り込んだ。
その攻撃を咄嗟の防御態勢で受け止めようとしたが、片足にかかった一撃が先ほどの蹴りよりも圧倒的に重かった。
このまま耐えれば片足が使い物にならなくなる。そう考えたリゼリアはすぐに後ろに飛んで衝撃を散らしていく。それでも、地面には転がった。
「今の一撃は重力魔法ね。蹴りのタイミングに合わせて加重して威力を増した」
「それを初見で見破られるとやっぱりへこむよね。全くどうしてレグリアなんかに捕まってるのかしら」
「娘にそんなに辛辣に言われるとつらいわ~。でも、私は信じてるだけだから.......」
「.......」
リゼリアは不意に悲しそうに笑った。本当は戦いたくないのに、ましてや娘なんかと。それなのに戦わされる悲しさにリゼリアは胸に秘めるものがあった。
すると、リリスはおもむろにサイドテールにしていたゴムの一つを解いた。そして、反対側につけてツインテールにしていく。
「クラウンに斬り落とされたときにもう一つも持っていてよかったわ。やっぱり、こうでなくっちゃね」
「......!」
「母さん。何を思っているか知らないけど、今は成長した娘だけを見なさい! この髪型なら昔と同じでよりあの時の負けた屈辱を思い出させるってものよ。ならば、勝った時の嬉しさもひとしおって感じかしら」
「.......ぷふ、ふふふっ。いつからそんなになったのかしら? まさか私の影響?」
「親に似るって言うもんでしょ」
「......そうね」
リゼリアは立ち上がると大きく一回深呼吸する。そして、リリスに告げた。
「私の愛に殺されないよう頑張りなさい!」
「サキュバスは私だっての!」
リリスは一気に魔力を解放して姿形を古代サキュバスのものへと変えていく。
少し背が伸びたその姿は愛らしさもあり、美しさもあり、スラッと伸びる足から少し大きくなった胸、長くなった赤いツインテールの髪に黄金比とも呼べる顔だちはまさに美の終着点。
リゼリアはその姿を見た瞬間思わず目を見開くが、すぐに嬉しそうな笑みに変わる。ずっと研究していたものが娘によって完成されたのだから。
「いくわよ!」
「きなさい!」
リリスは先ほどよりも数倍の速さで飛び出していく。それに対して、リゼリアは動かず投げキッスによってハートの膜を作り出すとその膜を指で突いて破り、矢じりがハート形の矢をいくつも取り出して一斉射出。
リリスは生えた翼で大きく空中に羽ばたくとその矢を避けていく。すると、リゼリアは手を合わせてからゆっくり開き、歪んだ空間から十数本の虹色の鎖を発射した。
リリスはそれも避けていくが、それは避けたそばから方向転換して追いかけて来る。ホーミング機能があるらしい。
「よそ見はいけないわよ!」
「ぐっ!」
リリスが少しだけ鎖に注意を向けていると接近していたリゼリアがリリスを叩き落そうと足を振り下ろす。
それを咄嗟に両腕を揃えてガードするとその場にとどまった。そして、リゼリアに向かって鋭く蹴り込んで吹き飛ばす。
しかし、背後から来ていた鎖が背中に突き刺さったり、脇腹を抉っていった。だが、すぐにリリスは重力で鎖を束ねて強制的に制御するとリゼリアに向かって放つ。
壁に叩きつけられる前に体勢を立て直したリゼリアは右手を前に突き出して、迫りくる鎖を消し去った。すると、鎖が消えたと同時にリリスが現れてそのまま飛び蹴りしてきた。
リゼリアは咄嗟に腕でガードするも弾かれる。だが、直撃は防いだ。すると、リリスはその場で前回りし始めるとその回転の勢いでかかと落とし。
しかし、リゼリアはその振り下ろしたタイミングを計算して避けると鞭のようなしなやかに伸びる右足で上段回し蹴りをしていく。
リリスは咄嗟に左腕でガードするとすぐさま同じく右足で回し蹴り。しかし、それはリゼリアに左手一本で止められる。
すると、二人は同時に残りの左足で同時に互いの胴体へと蹴り込んだ。それによって、両者反対側に吹き飛んで転がっていく。だが、すぐに止まった。
「ケホケホ.......強くなったわね。母さん、嬉しいわ。でも、それじゃあ超えられないわよ!」
「わかってるわよ。しっかりと考えてあるし!」
二人は互いに蹴り込んでいき、脚線美を交わらせる。そして、何度も何度も互いの隙を突いて蹴りつけ合う。目まぐるしい蹴りのラッシュが残像を幾重にも作りながら行われていく。
思えば、これが本気の親子ケンカだったかもしれない。いや、ケンカと呼ぶにはあまりにも荒々しいものだったけど、それでも互いの本音をここまで行動に移したのはきっと初めてだった。
ケンカ自体は何度もしたことある。食べ物の好き嫌いのケンカから始まり、好みのケンカもあったり、リゼリアが教える足技の戦闘術もリリスは嫌々やっていた。
だが、それも今思えば美しい思い出の一つだったのかもしれない。「あの時あんなことがあったね」と笑い合えた日があったかもしれないからだ。
恨むならそれはきっと時代だろう。こんな世界でなければ、リゼリアはきっといつまでもリリスと笑いあえていたのだから。
――――――嘘だ
「そりゃあああ!」
「ぐふっ!」
リゼリアの顎にまともに蹴りが入った。それによって、脳が揺らされ、視界が揺らいでいく。平衡感覚は無くなり、空中にいられるかも怪しい。それでも、足は勝手に動く。
思い出はどこまでも思い出であるから美しいのだ。嬉しいことも楽しいことも辛いことも悲しいことも、それら全てが集約されて初めて思い出は美しく輝くのだ。
ならば、その思い出―――――否、想い出は一体いつから始まった?
――――――それはきっとこの時代だったから生まれたのだ。
リリスはリゼリアによって腹部を蹴り上げられる。内臓を傷つけられたのか思わず血反吐を吐く。しかし、蹴られた足を片手で掴むと片足を思いっきり振り上げた。それに合わせて、リゼリアは反対の足で蹴り込んでいく。
「それじゃあ、遅いわよ!」
「ええ、わかってる。だから、初めてこれを使うわ。全身全霊の娘の一撃を受け入れなさい!」
「!」
リリスは足を振ると見せかけて固く握った拳を思いっきり振り上げ―――――リゼリアの顔面に叩きつけた。




