第276話 不審な二人からの暗号
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二話目
「会いたい人とは?」
響は扉の外から聞こえてくるメイドの声に聞き返す。それは響はこれま弥人以外とまともに会話していないからだ。
弥人は勝手にノックして入ってくるし、声でわかる。たとえ他のクラスメイトであってもわざわざメイドを通して訪ねてくることはない。
ということは、外からの客人であるということか、はたまた単にそのメイドがあえてそのような行動を取る人物ということか。
前者ならまだしも、後者はよく分かっていない。しかし、相手が教皇でない以上、無下にも出来ないので会うしかない。
「わかった。会おう。今は応接室にいるのか?」
「いいえ、私のすぐ二人にいます。どうやら響様のことをご存知の用でしたので......」
「名前は?」
ここ最近であるが、メイドや執事の数が増えた。どういうわけか帰ってきた時には増えていたのだ。そして、その入った人物は全員と言っていいほど感情がない。壊れたロボットのようだ。
故に、どこか冷えたような口調に響は相変わらずの慣れなさを感じながらも返答する。この国の民の誰しもが召喚されたクラスメイトの顔と名前を知っているわけじゃない。もしかしたら、知らないかもしれない。
「倉科雪姫様と橘朱里様でございます」
「!」
返答の言葉を聞いた瞬間、響は思わず目を見開いた。そして、同時に――――――体が動き出していた。
ベッドから跳ね上がり、扉へと向かう。両扉の取っ手を掴むと押し開いていく。するとそこには、大戦以来になるだろう雪姫と朱里の姿が目に映った。
響は麻痺したように目から涙を流していた。どういう経緯で自分を訪ねてきたのかわからないが、それでもクラスメイトで、それもより身近な二人が帰ってきたことに無性に安堵感を感じていた。
「響君!?」
「光坂君、どうしたの!?」
その反応に当然女子二人は驚く。顔を合わせた瞬間に泣かれたのだから、それも焦ることだろう。しかしすぐに、崩れ落ちた響が「良かった.......良かったぁ.......」と言葉を繰り返しているので、二人は顔を見合わせると告げた。
「ただいま。響君」
「少し野暮で遅くなっちゃった。それに心配かけてごめんね」
「うぅ......ぐすっ、大丈夫だ。二人が無事帰ってきてくれたのなら......」
響は涙を拭うと立ち上がる。そして、辺りを見回し始めた。それはまるでもう一人いるであろう人物を探すように。
その意味が分かった二人は思わず困惑した表情を浮かべ、言いずらそうに顔をうつむかせた。すると案の定、響は尋ねてくる。
「仁はいないのか?」
やや言葉に詰まったような声であった。敵として殺し合っておいて今更どのように会えばいいのか迷っている感じだということはすぐに分かった。
しかし、やはり憎からずの相手であり、唯一無二の親友であるために会いたいという気持ちもあるようだ。そんな複雑な心情が二人は痛いほどわかる。仁と響を近くで見てきたのだから。
だからこそ、ハッキリ言わないといけない時もある。曖昧のままではこの先で起こるであろうことに支障を生む可能性があるから。
「仁はいないよ。まだやるべきことが残っているから。でも、必ずここに戻ってくる。だから、安心して」
「それで光坂君には大切な話があるの。クラウンの居場所のことなんだけど―――――――」
朱里は言葉を言いながらチラッと背後にいるメイドを見る。メイドはまばたきや呼吸すらしていないように微動だにすぜ立ち止まっている。
その姿を確認すると雪姫にアイコンタクトを送る。それに対し、了承の意を伝えるようにうなづくと大げさに背伸びしていく。
「う~~~~~んっ、はあぁぁぁぁ~~~~~。さっき着いたばっかりだったから疲れちゃったよ。ねえ、朱里ちゃん。話をするのは別に明日でも良くない?」
「まあ、私は別にいいけど.......ふぁ~~~~、眠い。ととっと!?」
「ほら、あくび出てるじゃん......って危ない!?」
朱里は足をふらつかせると自身の足に脚を引っかけ前のめりに倒れていく。そして、雪姫の声も虚しく目の前にいる響に身を預けるように倒れ込んだ。
「大丈夫か?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。なんというか、やっと皆のもとに帰れたと思って安心して力が抜けたのかも」
朱里は響の掴んだ両肩から両腕に手を滑らせるように降ろしていくとピシッと立ってもう一度「だいじょーぶでしょ?」と聞いてくる。
その後ろで雪姫が唇の左端に当てた人差し指を右端に動かしていくようにして、トドメのウインク。その二人の行動に思わず響は思わず困惑したが、声には出さなかった。
「それじゃあ、響君。明日にまた適当な時間に会いに来るよ」
「個人的には正午過ぎの方がいいかなー。恐らく爆睡しちゃって午前中は起きてるか怪しいし」
「......わかった」
「それじゃあ、お風呂行かない?......ってお風呂って出来てます?」
「はい、出来てますよ」
「そうだね。寝汗って地味にかいちゃって嫌だよね。ということで、メイドさんも一緒にいかがかな? 特にその割と大きめなバストに何を詰めているのか知りたいという趣旨で」
「もうまたおっさんぽくなってるよ」
朱里はメイドの背中を強引に押していくように歩きながら、隣に歩く雪姫とやんややんやと騒がしく廊下を歩いて行った。
その後ろ姿がメイドとともに消えていくまで見届けると響は右手に持つ感触を確かめながら再び自室へと戻っていく。
そして、ベッドに腰を下ろすと右手を開いた。すると、その手のひらには小さく折りたたまれた紙がある。丁度、握れば見えないほどの大きさだ。
これは倒れかかってきた朱里が渡したものだ。肩からすぐに手を放さずやたら腕を沿わせてきたのはこのためだったらしい。
というと、雪姫も含めたあの茶番からがそもそもの行動なのだろうか。正面にいたからこそわかるメイドを警戒する朱里の姿に、ボディーランゲージで伝えてきた雪姫の行動。
ちなみに、雪姫がした行動は人差し指を唇に近づけて示す「静かに」と左から右に指を動かしていく「お口チャック」の意味はすぐに分かった。とはいえ、ウインクの意味はさっぱしだが。
しかし、その行動で二人がメイドに隠れて伝えたい情報があるということは理解できた。そして、その情報を見ようと一つ折り目を開く。
『次を開く前に何か手紙を書くふりをしたり、本を読んでるふりをして読んで』
折り目には小さくそう書かれていた。これを書くということはこの部屋自体も警戒しているということか。
響はベッドから立ち上がると部屋にある本棚からこの国に伝わる神話に関しての本を適当に手に取ると椅子に座ってページを開き、その上に手紙を置く。
『次は声に出して読んではいけない。そして、出来れば不審に思わないで欲しい』
次の折り目を開くとそのようなことが書かれていた。そのやや脅し気味とも思えるような言葉に響は息を呑むと手紙を全て開く。
「.......」
響は思わず固まった。なぜなら、その手紙に書かれていたのは文章ではなくほぼ全てにおいて絵と記号であったからだ。
左から順番にある絵は「暗がりの月に雲がかかる」絵、「動物のフクロウ-元気モリモリフクロウ=」という絵、「時計」の絵、「ツインテの女の子と白い修道服のような服を着た女の子が肩を組んでピースサイン」の絵、「小屋の中にある地面に刺さったキラキラ輝く剣」の絵、「『ム』を咥えた牛」の絵。
「.......」
響は思わず眉をひそめた。何を伝えたいのかさっぱしだからだ。いや、それ自体が目的であるのは確かだろう。
そう、これは紛れもない暗号だ。もっとも謎解きクイズに近い感じであることは否めないのだが。
とはいえ、ここまで手の込んだことをするということはそれだけこの国の誰にも知られたくない情報を持っているということだ。
そして、恐らくだがこの回答を求める際に他のクラスメイト、たとえ弥人であっても力を貸してもらっちゃいけない気がする。
現状で信用できるのは雪姫と朱里を抜けば弥人だけだ。クラスメイトは教皇に手綱を握られてる以上、知られれば吐かされかねない。
弥人からは特に力を貰ったということは聞いていないし、むしろ自分のところにその情報を伝えてきたから無事だと思いたいが、恐らく何かを知っている二人はそれすらも警戒している感じがする。
そう、知って欲しいのはただ一人、勇者のみだ。それに二人は弥人と顔見知りではない。むしろ、もとの世界でも接する機会は多かった。だから、もし何かあれば弥人にも協力を仰いでいたはずだ。
さて、これで自分一人で解かなければいけなくなった。まあ、自分でそうしたとも言えなくないが。
......確かに、この絵だけ見れば不審に思う。だからこその前置きの言葉だったのだろうけど、それでも不審に思っている。
まずこの絵からわかることを考えよう。というのも、前提として考えなければいけないのは、これは自分でも解ける問題であり、自分に伝えたい内容であること。
まあ、二人が過大評価していたりする場合もあるが、パッと見ではそれほど難しく解釈する絵はない。強いていうのならフクロウの部分だが。
ともかく、これだけの絵の数だ。自分に伝えたい内容が多いか、または文章として送ってきているか。この絵から察するに後者であろう。
となれば、この絵は何かに変換すれば文章として成立するということだ。そうと決まれば後は解くだけだ......といっても中々厄介そうなのが多いが。
一先ず順番に考えてわからないものは保留というスタンスでいこう。それじゃあ、まずは暗がりの月に雲がかかる絵だが......これはどっちを主張しているのか「夜」か「月」か。
なんとなく前者っぽいが一先ず保留。そして、次はフクロウの絵―――――は保留。その次は普通に「時計」か。もしくは英語読みで「クロック」とかあれで「時」とか。う~む。
四つ目は肩を組んだ女の子二人.......これは明らかに朱里と雪姫だろう。ツインテは朱里で、白い修道服は雪姫のいつもの恰好。これはわかった。しかし、ピースサインも意味あるのだろうか。
五つ目は小屋に入った輝く剣。これは二つに注目すべきだよな? 輝く剣だけであれば小屋とか考えを錯綜させるようなものは書かないし。とはいえ、さっぱしだ保留。
六つ目はカタカナの「ム」を口に咥えたホルスタインの絵だ。ここだけなぜ文字を使ったのか。それすらも考えなきゃいけないのか、はたまた単純に意味を伝える上で必要なだけで書いただけとか......。
はてさて、六つのうちすぐにわかったのは一つだけ。これは先が思いやられる。




