第266話 説得と了承
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いくつもの海流が集まり合った最終部に位置する蛇流崖。まるで海流の結界にでも張られているようなそれは正しい道でない限りあらゆる敵を跳ねのける鉄壁の要塞である。
その正規ルートから来たクラウン達は現在その要塞の内側にいた。流れてきた勢いが嘘のようにこの空間は穏やかな流れであった。
それ故に、このような場所で閉じこもっている守り神の様子が想像つくというものだ。戦意喪失―――――全てが時間かそれとも誰かの手によって終わるまで安全な場所にいる姿勢はまさに弱者の図だ。
少なくとも、クラウンの価値観からすればそのように思わざるを得ない。しかし、仲間が殺され、勝ちも出来ない圧倒的な力に恐怖したからという理由を知っているので、あくまで胸のうちで思うだけだが。
多くのサンゴ礁が見え、ネオンカラーの青がそこら中を鮮やかに塗りつくしている。加えて、海面から差し込む光が海中にオーロラを作り出すかのように幻想的な輝きを見せている。
あの嵐の海で戦ってきたクラウン達にとってはまるで別空間に来てしまったと思うのは致し方ないことだ。争いとは無縁そうな空間だから。
現時点で周囲を見渡しても守り神の姿は見えない。小さな魚が群れを成して天敵に怯えて暮らす様子もなく悠々自適に泳いでいる。
システィーナは近くに通った魚に話しかける。そして、話し終わるとその魚はスーッとどこかへ行ってしまった。
先ほどの海中のように魚人であろうと見境なく襲うという精神は持ってなさそうだ。いや、精神以前に勝手に魅了してしまうシスティーナに反応していない。
「何も起こらないんだな」
「もしかしたら、俺達のように陽の気を纏っているのかもな」
「陽の気?」
「城の地下には精霊様がいたろ? あの場所は精霊様の庇護下なのさ。精霊様は神の眷属であり、神とは正義や愛、勇気.......つまり陽の力を司るものだ。その庇護下で暮らしている俺達は自然と体がその陽の気を帯びるようになってきて魅了されないのさ。まあ、都合のいい説の一つだけどな」
「ということは、守り神さまも陽の気を持っているということです?」
「かもな。その範囲がこの空間ってことじゃないか」
クラウンは精霊が正確には神の眷属ではないということを知っているがそれを言うことはしなかった。
精霊が陽の気を持っているのは長年本物の神に仕えてきたことが影響しているかもしれないし、あながち外れているとも思えないからだ。
もっとも今その情報が関係あるかと問われるならば否だが、ここでシスティーナを守るための余計な労力を働くこともせず、交渉前から流血沙汰を起こさなくて済むからだ。
一先ずシスティーナに守り神がいるところへと案内してもらう。すると、歩いて行く道はまるで補整されているかのようにキレイな一本道であった。
そして、段々と見えてくるのは龍が大きく口を開けたような形状をしたのが特徴的な入り口であった。ついでに言えば、その顔の両隣りには手に見えなくない形状のものもある。
まさに「いかにも」という場所だ。ここに守り神がいるのはある種必然とも言えるのかもしれない。
「システィ、頑張れよ」
「!!――――――はい、全力で何が何でも頑張ります!」
「おい、いくら妹が扱いしやすいからってここぞの時に言うのやめろ」
「ラグナ様の言う通りです。こいつが調子乗るのは不愉快です」
全くもってラグナの意図した意味とは違うだろうベルの言葉にクラウンは何とも言えない顔をしながらも、機嫌を直すように頭を撫でる。
その撫でに「こんなもので機嫌を取れると思わないことです」と言いながら気持ちよさそうに目を細め、尻尾を振るベル。
それを見たシスティーナがやや憤慨気味にクラウンに同じことを求めようとして、その行動をラグナに止められる。
あちらが立たなければこちらも立たず。よくここまで順調に来れたものである。まあ、二人とも時と場所はわきまえている方である.......個性が強いだけに。
そして、さらに進んでいくとその洞窟は巨大な大空間であった。簡単に言えば、崖の中がキレイなドーム状に抉られていて、さらにかなり深くまで下にも空洞がある。
下の空洞を覗いてみれば大小さまざまな東洋の龍に似た守り神――――――リヴァイアサンが住み着いている。
いくつもの穴が点々とあって、その穴に入っていることからさながらそこはタワーマンションと言うべきだろうか。
そして、その奥から一際大きな気配を感じる。恐らくここの長であると思われる。クラウン達は穴の奥へと降りていった。
周囲のリヴァイアサンに怪訝な様子で見守れながら、海底に辿り着くと丁度降り立った正面の暗闇から二つの光る目が見えた。
『ここまで何用だ?』
暗闇から顔を出した巨大なリヴァイアサンは全身水色の竜鱗に口元から立派な二本の白いひげを生やした、崖にあった像とまさに同じ感じの容姿であった。
故に、ここの世界では西洋の竜が一般的な「竜」という存在だが、クラウン的にはリヴァイアサンにこそ「龍」の親しみを感じていた。
しかし、何かを言ったことはわかるが、何を言ったのかはわからない。それを聞き取れているのはこの場ではシスティーナのみ。
クラウンはシスティーナに視線を送る。それに対して、頷いて返答すると語りかけ始めた。
『この場に無断で来たことはお詫び申し上げます! ですが、大事な話があってのことなのでどうか話を聞いてください!』
『別に咎めているわけではない。我々は相互関係にある。貴女らの日々の恵みには感謝しておる。これぐらいなら気にすることはない。して、どのような話でここに?』
『単刀直入に言います! どうか私達とあの嵐の原因と戦って下さい! あなた方様の力が必要不可欠なんです!』
『ならん.......だが、申し訳ないことだと思っている。本来なら、ああならないための私達の存在であり、貴女らとの約束である。しかし、勝てん存在はいるのだ。貴女らは我々を守り神のように慕ってくれているが、一介の魔物に過ぎないのだ。そして、魔物の世界は弱肉強食。弱き者は強き者に見つからないようにひっそりと暮らすしかないのだ』
『しかしそれで満足のいく食事は出来ているのですか!? 本当は私達と同じように限界が近いのではないのではないですか!? このまま強い存在に怯えて餓死していくおつもりですか!?』
『そうなりたくはない。しかし、どうすることも出来んのが事実だ。我々は化け物と戦った。一体多勢にもかかわらず、多勢である我々が無慈悲に蹂躙された。仲間達が殺されていく光景だけが目に浮かぶ。貴女らに恩義がありながら、破棄してしまうことに罪の意識はあったが、生き延びるためにはそれしかなかったのだ』
『ですが、このままでは結局待っているのは破滅ですよ!? それでいいんですか!?』
『いいわけなかろう! しかし、勝ち筋が見えない戦いに挑むのは愚策も愚策だ。どうして仲間達に死んでくれと言えようか、言えるわけがなかろう。万策尽きたのだ』
『いいえ、まだあります! 私達は昨日、十本足の化けものと戦ってきました。そして、無事誰一人欠けることなく戻ってくることが出来ました! しかし、敵首謀者がいる可能性がある場所は見つけられましたが、そこの防御壁は鉄壁であり、少なからず私達では突破することは不可能です! ですが、それはあくまで私達だけの場合であります!』
『.......何が言いたい?』
『あなた方様はあなた方様だけで戦い敗北しました! そして、私達もまた一度私達だけで敗北しております! ですが、私達とあなた方様が組んで戦った場合ではまだ『敗北』という事例は出ていません! なので、最初で最後で構いません! 飢餓で苦しむ仲間のためにも今一度戦ってくれませんでしょうか!?』
システィーナは長に向かって頭を下げた。その行動に対する返答はすぐに返ってこなかった。すると、その態度を見かねたクラウンがシスティーナの横に並び立つ。
「システィーナ、あいつと話せるようなことはできるか?」
「え!?......私の体に触れてくれればもしくは」
「そうか」
クラウンはシスティーナの肩に手を置くと改めて目の前の長に向かって告げた。
『恐らくシスティーナに協力戦闘の打診を受けていると思うが、それを断る余地などお前らに残っていない』
『く、クラウン様!?』
『お前らに残されている選択は背中を任せて戦うか、背中に怯えて戦うかのどちらかだ』
『なんだと?』
長の口調が威圧的になる。そのことにシスティーナはあたふた。せっかくいい流れに持って行けたのに、説得をお願いした本人がとんでもない空気にし始めたのだから仕方ない。
『そもそもな、恐怖に怯えて飢え死にすることが最善だと思っているのか? 当然思ってないだろうな。だが、こうして動こうとしない。なぜだ? まさか飢えてでも仲間に看取られて死ぬことが良いことだと? ふざけるな。死は結局死なんだよ。本来まだ歩めるはずだった希望が絶望に変ったことに過ぎない』
『.......』
『お前ぐらいの長だといろんな経験をしてきたのだろう。その選択も甘んじて受け入れることが出来るのかもしれない。しかし、ガキもいるのだろう? まさかそいつらにも同じ選択をさせるつもりか? 大人の! 勝手な都合で!.......お前らはさながら子供を崖の下に突き落とそうとしているだけだな。獅子が子を強くするために落とすのじゃない。いわば無理心中に近いな。それでもお前らはその選択を、選択肢もない選択をさせるつもりか?』
『.......ならばどうすればと?』
『決まってるだろ。戦うんだ。絶望しか見えない暗闇に希望の光で照らすんだ。少なくともお前にはその義務があるはずだ。何後のことは任せたみたいに諦めてんだよ。お前のケツをガキに拭かせんのか? たとえこれがお前によって引き起こされた原因じゃなくても、一族のことを思うなら尚更生き残る道を考えろよ。勝手に絶望で悲観的になってんじゃねぇ』
『―――――――!』
クラウンのマシンガンのように叩き込まれた言葉の数々はそのどれもがかなりの威力を伴っていた。一つ一つが長の急所を抉るように突き刺さる。
しかし、そのおかげかわからないが、長は希望の光を見たような気がした。もう閉ざされた暗闇に閉じこもって自滅を待つべきかと思われた世界に一筋の光が差し込んだ気がした。
『戦え。これで全てが終わる』
『.......ふん、いいだろう。確かに一族の長が閉鎖的ではこの空間の息も詰まってしまうということだ。その恰好からして人族であるようだな。加えて、言葉の重みからして様々な修羅場を潜り抜けていると思われる』
『ああ、地獄みたいな状況なら何度も経験した。だからこそ、言う。戦え』
『ああ、その修羅のごとき背中に全信頼を預けようじゃないか』
長は暗闇からゆっくりと這い出てくる。その大きさはクラーケンの非じゃないほど大きかった。それこそ竜と差し支えないほど。
『そなた、魔王とか呼ばれたりしないか?』
『言われたことあるな』
長とクラウンは見つめ合うと不敵に笑い合う。
『我が名はガバルディ。この族の長にして約束を果たすものである。そして、何より一族の繁栄と幼子の平和を守る存在である。そなたの言葉に応じてようやく踏ん切りがついた。いまこそこの海をもとのあるべき姿に戻そうではなか!』
次回からバトります




