第261話 優しい言葉
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「クラウン。おい、クラウン!」
「!」
「クラウン様、いかがされましたか!?」
「大精霊様を見てずっと意識もなくボーとしていたです」
「......そうだったか」
クラウンが意識を取り戻すとラグナ、システィーナ、ベルから心配の声が寄せられた。どうやら大精霊と精神世界で話している間、こっちの意識は置き去りにされていたらしい。
精神世界で話したことを思い出そうとしても、寝ている間に見た夢のようにぼんやりとしていてハッキリと思い出せないし、時間経過とともにさらに思い出せなくなってくる。
結局、最後に精霊は何と言ったのだろうか。何かお願いをされたような気がしなくもないが.......目の前の精霊の顔を見ても微笑んだ顔で返されるだけだ。
何かあったのは確定な気がする。そして、その願いは今は叶えられないということもなんとなくわかる。とはいえ、その内容がわからなければ叶えようがないと思われるが。
「俺が呆けている間、お前らは何をしてたんだ?」
「僕達はただずっと精霊様の話を聞いていただけだ。そして、気が付けば君だけが魂を抜かれたように意識なく突っ立ってた」
「私、心配しました! クラウン様の身に大変なことが起こったのではないかと! だとすれば、英雄を助けるのは姫の務めと相場が決まっています! なので、意識を取り戻すためのキスをしようと思っていたんですが.......この浅ましい女狐が!」
「誰が浅ましい女狐です! 浅ましいのはそっちです! 大体主様はベルの主様です! 見ず知らずの関りもほとんどない一国の姫ごときが主様に手出ししようなど一度死んでも、生まれ変わってからもう一度死ぬべきです!」
「なんてことを言うんですか! この女狐は! それじゃあ、生まれ変わってもただの死に損じゃないですか! 従者が主を守るのは結構なことなんですけどね! 従者はあくまで従者! 殿方との話に勝手に割り込んでこないでもらえます!? 立場をわきまえなさい!」
「立場をわきまえてないのはそっちです!」
「私のどこがわきまえてないですって!」
「ふふっ、短き命は活気が溢れてないとやはりだめですね」
「活気って言うか.......」
「こいつらの場合はどちらがマウントを取るかで張り合っているだけだと思うんだが」
ベルとシスティーナの相変わらずな言い合いに大精霊は微笑ましそうに笑う。そのことにラグナはもう身内の恥が恥ずかしすぎて顔をうつむき、クラウンは二人の頭にチョップする。
「お前ら、言い合いなら後でしろ。今はここを出ることが先だ。それでいいんだよな?」
「ええ。もう私が伝えるべきことは伝えましたし、やることもやりましたからね。個人的には俗世の話を聞かせて欲しいところですが、外の大変な状況に悠長にしている時間はありません。また会いに来てください。あなた様方はもう試練にはクリアしましたので、下手に空間を弄ることはありませんよ」
「おい、そういえば、この空間を操作しているがお前だったのなら、次元をこじ開けることぐらい―――――――むっ!」
クラウンが断片的に思い出したないようについて思わず苦言を吐くと突然大精霊の手によって口が塞がれた。いつ間にかスッと近づいて来ていたようだ。
そして、大精霊はそのままクラウンの耳に口を近づける。すると、森で嗅ぐような樹木の香りが鼻孔をくすぐる。
「それだとそばにいられる時間が無くなってしまいますから」
「?」
大精霊は意味深な言葉を吐くとゆっくりとその場から離れていく。クラウンはその内容について思い当たることはなかったが、恐らく精神世界の話のことだろうと理解した。
それから、大精霊は両腕を軽く上げて「精霊のご加護があらんことを」と告げるとゆっくりと後退し始め―――――立った状態のままだんだん離れていった。
大精霊がいた泉の空間自体が遠くなり始めたのだ。まるで泉とクラウン達がいた場所にはさらに長い一本道があったかのように。
恐らく大精霊が空間を弄って大精霊とクラウン達の間にあった地面を伸ばしていたりするのだろう。そして、自分達の居場所は他の場所に繋がっていく。
この地下空間限定の魔法とかなのだろうが、なんとも凄まじいことだ。なんせあれだけ進んだ距離をゼロにするかのように入り口まで送り返してしまうのだから。
クラウンは背後を見る。すると、今度は最初に入ってきた入り口がどんどん近づいてきた。そして、入り口とクラウン達の距離は数メートルぐらいで止まった。
大精霊なりのアフターサービスなのだろう。ともあれ、それに驚いている三人は先ほどの自分とは違ったで放心状態であるが。
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「なんとか手に入れられて良かったな」
「ですです! あの女もいないですし、主様の隣ですし!」
「もう少し仲良くする気はないのか.......」
「その言葉を自分で言うのもなんだがな」と心の中で思いながらそれに対して苦笑いするクラウンはベルと一緒に城のベランダから見える嵐を見ていた。
相変わらずの曇天模様からの基本突っ立っていられないような強風、雨がないのに雨のように降り続けている雷、一つの生き物のようにうねっている大シケの海、そして所々に見える竜巻。
見る限り今までで一番酷い自然現象だと思うのは当然だった。そして、その元凶である敵を数日後に討伐しに行く。現在はその段階まで来ていた。
魔国大陸にように常に夜がはびこっているような暗さであるために今が朝なのか昼なのか夜なのか外の環境から目視で判断することは敵わない。
いつまでも魔物や環境に怯えて海に出れず、ただでさえ減っている食料がこれ以上減るのは考えたくもない。
そう思っているのはこの国の全員と言っても過言ではないだろう。だからこそ、討伐するための準備をしなければいけないのだが.......クラウンはいまいち集中力が湧かなかった。
大精霊と精神世界で話してから、もう大半の内容も思い出せないが、ふと気がつくとラズリとの戦いを思い出していた。
そして、そのラズリによって散り散りになった仲間達と失った大切な相棒。特に仲間の状況が気になって仕方がないのだ。
この世界はデジタルが発達していないので、当たり前ながら携帯のような長距離連絡用手段がない。手紙を送ろうにも個人を特定して送り届ける伝書鳩もいなければ、まずこんな所までやって来ない。
「大丈夫だ」と信じているが心配になるものは心配になるのだ。せめて仲間の安否ぐらいは確認したいところだ。もうロキのように失って欲しくないから。
「主様?」
「ん? 少し耽っていただけだ。あいつらは大丈夫なのかってな。今頃、あの島周辺の場所をくまなく探していたりするんだろうけど、まさか海で流されているとは思わないだろう」
「エキドナ様ならそういうところにも気づくかもしれないです」
「かもな。だけど、海は広い。海底に沈んでいる可能性だって考えられなくはない。まあ、エキドナにしてもリリスにしてもシルヴィーにしてもその考えが浮かんでもすぐにないと切り捨てるだろうけどな」
「そうです。主様の運は人間を辞めてるです」
「過大評価だな。それにただの運じゃない悪運だ。それに仮に流れ着きそうな場所に予測がついて、その場所がここだとしてもさすがにここまで近づけない。撃ち落とされる可能性が高い」
「主様は助けに来てくれることを信じてないです?」
「いや、信じている。信じてはいるが.......いや、こんな考えをする時点でまだちょっと抵抗があるのかもな。俺の中の無意識の抵抗。あの操られたクラスメイトによって刻み付けられた恐怖を体が、心が忘れられないでいるのかもしれない。さすがに先ほどの言葉は否定的すぎたよな、悪い」
「いいえ。主様が謝ることではないです。主様は被害者なのです。そう考えるのも無理はないのかもしれません。ですが、もう少し信用に一歩踏み出してはいかがです?」
「.......立ち止まっていたりしているのか?」
「はいです。主様の歩みはこれまで順調な足取りで進んでいました。ですが、最後のラズリ戦においてロキ様という大切な相棒を失い、自分のせいで失っているとどこかで思い続け、失う恐怖にまた怯えてしまったです。幸いなのは心がまた闇に染まらないで、扉を閉じようとしなかったことですが、代わりにそれ以上進まなくなってしまったです」
「確かに.......ベルの言う通りかもな。ロキの死は俺が思っている以上に俺自身に堪えているかもしれない。『信用』という言葉で仲間に対する『死んでいるかもしれない可能性』を排除するために、塗り潰すために、騙すために自分は仲間を信用しているんだと半ば誤魔かすようなことをしていたかもしれない」
「主様が心配に思う気持ちはその誤魔かしから出た本音のような部分かもしれないです。もちろん、私も心配していていますが、恐らく私と主様には僅かながらに『信用と心配』に違いがあるのかもしれないです」
「その心配がどのようなものなのか見当もつかないがな。全く心とは厄介なものだ」
「そうです?」
ベルは疑問そうに小首を傾げるとベランダの柵に上った。そして、その柵の上を歩いて行き、クラウンの目の間に立つと両手で頬に触れる。
「私が思うことですが、心とは願う気持ちのことでもあると思うです。願う.......すなわちその想いを叶えたいという気持ち。主様がエキドナ様、リリス様、シルヴィー様のことを心配する気持ちは『自分が近くにいればすぐにでも助けに行くし、探しに行くのに』という気持ちの裏返しのような気がするです」
ベルのキラキラした瞳にクラウンは吸い込まれるように目を合わせた。光はほとんどなく、雷が空を一瞬青白く光らせるぐらいしかない中、ベルの瞳は満天の星空でも見ているような気分であった。
「助けに行くです。探しに行くです。ですから、一刻も早くこの国の問題を解決するです」
「......ああ、そうだな」
クラウンは微笑するとベルの頭を撫でる。その撫でにベルは気持ちよさそうに目を細め、尻尾を揺らしていく。
二人の間には嵐などないに等しいものだったかもしれない。




