第240話 唐突な言葉
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エキドナは柔らかみの表情ながら僅かに鋭さを感じるような瞳でクラウンに聞いた。エキドナが聞いたことはいずれは向かうことになるクラウンが見かけた天空の島のことであった。
質問の内容からしてエキドナもついていくことは当然のようだ。本人がそう決めたのなら無理に引き留めるつもりもないが、それはあくまで他に待つ人がいない場合だ。
「正直な話、響の言葉からしてあまり時間をかけるのは良くないだろうな。少なからず、あと数日で出発する準備をする。長居するつもりはない」
「そう。なら、私もすぐに準備しなくちゃいけないわね」
「そのことなんだが―――――――」
エキドナがそう告げた瞬間、クラウンはやや被せ気味に言葉を吐いた。そのあまりの行動にエキドナは不安げな表情をする。それは恐らくこれから言われることを察しているからなのだろう。
そして、クラウンは告げる。
「エキドナ、お前はここに残れ」
「.......」
クラウンはやや前のめりの姿勢になると真っ直ぐエキドナの瞳を捉え、告げた。それはその言葉が冗談でもなんでもないことを理解させるために。
その言葉にリリスもベルも何も言葉を発しなかった。この場はクラウンとエキドナと討論の場であるようにその場でジッとしている。
すると、エキドナはショックと怒りが混じったような声色で尋ねる。
「どうして?」
「お前にはいろいろと世話になった。だが、ここからはより一層戦況は厳しくなる一方だろう。神の使徒や神でさえ何をしてくるかわからない。それは言い換えればいつ死んでもおかしくないということだ。その意味を理解してくれ」
クラウンは前々から考えていた。それはエキドナをこれ以上危険な戦場に向かわせるのかということについて。
クラウンは目的のために言わずもがなで、リリスは最初からクラウンと目的がほぼ一緒であるし、ベルも兵長を失ってから似たようなものである。
しかし、エキドナは違う。エキドナの当初の目的は毒に犯された息子を助けることであった。その目的がある以上、それ以上付き合わせる必要があるのかと疑問に思うことはしばしばあった。
そして、その疑問の起因となる部分が息子と妹の存在。大切な家族が残っていながら、これ以上失わせるわけにはいかないだろう。それは妹や息子のことを思っても。
しかし、エキドナはその言葉に反発する。
「その意見に対しては重々理解しているつもりよ。確かに、前までの私ならこの国の状況を、息子を助けるために旦那様を利用していた。けど、もうそんな気持ちはとっくに消え去ったのよ」
「.......」
「旦那様は私の問題を解決してくれた。ならば、旦那様の問題は私も手伝おうと。最初こそ恩返しの気持ちが含まれていたかもしれない。けれど、今はもう一人の女として旦那様の役に立ちたいと思っているのよ!」
「ならば、その気持ちはもう俺には向けるな。たとえ今も恩返しの気持ちを持っていようと持っていなかろうとその時間は俺に当てるべきではない。もっと身近にその何十倍も時間をかけるべき相手がいるだろう。お前はいろいろと犠牲にしてそれでもなお自分を犠牲にしてまで俺に尽くそうとしてくれる良い奴だ。だからこそ、これ以上自分を犠牲にするつもりはない」
「どうして........」
エキドナは思わず肩を震わせる。そして、同じように握った拳も小刻みに震えていく。クラウンの言い分はわかっている。それは自分のために言ってくれていることだと。
それでもエキドナは思うのだ。そんな言葉で納得するほど自分は出来た竜人でもなければ、融通の利く女ではないと。
エキドナはその場で立ち上がると胸に手を抑えて告げる。
「どうして、旦那様はそんなことを言うの!? 旦那様の言う通り私は色々なものを犠牲にして、自分すら蔑ろにしてきたかもしれない! けど、それはあくまで自分で選んだ道だから! 誰かに同情してもらうこともないし、そんな権利すらない! 私は........私が選んだ道ならいいでしょ!」
「それでもだ。お前は本当に自分の立場をわかっているというのなら、そんな発言は出来ないはずだ」
クラウンはそう言うとチラッと目線を横に向ける。その視線が気になったエキドナは同じ方向に顔を向けると座った姿勢のロキの後ろに怯えた表情のエギルの姿があった。
エギルは顔だけ少し出すと「ママ?」と小さな声で呟く。そのことにエキドナは思わず見開くと咄嗟に隣に座っているシルヴィーの方にも顔を向けた。
すると、シルヴィーも今まで見たことのないエキドナの姿に言葉を失って驚いているようであった。そんな二人の様子を見てエキドナは電池が切れたようにその場に座り込んだ。
すると、今度はクラウンが立ち上がる。そして、その動きに合わせリリスとベルも立ち上がった。
「お前は今理解したはずだ。本当に大切な存在なのは誰かと。それでもついてくるというのなら、本当にただのバカだぞ」
クラウンはそう告げるとそれ以上エキドナの姿を見ることもなくその場から、エキドナの家から立ち去った。
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「はあ.......」
「あんたの方がよっぽどバカよね。そんな気持ちになるぐらいなら言わなければ良かったのに」
クラウン達はエキドナの家から少し離れた酒場へと来ていた。竜人の気質と言うべきか、本来ならどこの酒場でも騒がしいのだが、同じ騒がしさでも数倍今の酒場の方が騒がしさが少なかった。
とはいえ、ここは楽しく酒を飲んで談笑する場である。そんな酒場に似つかわしくない感情を持って大きくため息を吐くのがクラウンであった。
クラウンはエキドナに言った言葉を後悔していた。自分は確かに正しい言葉を言った。当然エキドナのことを思って。それでもここまで後悔するということはそれだけエキドナの存在が大きかったのだろう。戦力的にも、支えとなってくれる存在的にも。
それからはため息しか吐いていないクラウン。そんなクラウンにリリスも思わずため息を吐く。
「仕方ねぇだろ。エキドナには大切な存在がある。これ以上巻き込ませるわけにはいかない」
「そんなこと言ったら私やベルに対してはどうなわけ? 私も一応大切な友達が見つかったし、ベルも生贄巫女の問題が解決してからはそれなりの関係はありそうだし」
「ベルはほぼないです。ずっと何もない空間に閉じ込められていたですから」
「そ、そう.......ゴホン。と、ともかく、それについてはどう説明するわけ?」
リリスの言葉にクラウンは頬杖をつきながらサラッと答える。
「お前らは俺が何言っても勝手についてきそうだから言っても無駄」
「「うぅ.......」」
二人とも図星であった。たった一言に何も言い返せない。それほど的確な正論。二人はなんだか悔しい気持ちになった。それでも返すべき言葉が見つからないが。
すると、クラウンは言葉を続ける。
「言っただろ? あいつにはもっと時間をかけてやるべき大切な存在がいるって。エキドナの息子が少なからずある程度のことが自立してできる年齢だったら、後はシルヴィー任せでエキドナもついてきた可能性がある。しかし、あの小ささはまだ人間年齢でいう所の四歳児ってところだ。その年齢って母親の存在を一番に必要にしている時期じゃねぇか。俺も悪魔じゃない。それに―――――――」
「『それに俺もあいつのことは大切だから』でしょ?」
「........」
「図星のようです」
「うっせ」
クラウンはリリスとエキドナに自分の気持ちが見抜かれたことを悔しく思うのか、とりあえず近くのベルの頭を雑に撫でる。
髪がぐしゃぐしゃになっていくがそれでもされたことが嬉しいのかわりと激しめにフワフワな尻尾を揺らしていく。
そんなクラウンを見てリリスは一言。
「ほんとあんたって近くで見れば見るほど不器用よね~」
「なんだ急に?」
「なんというかさ、出会った当初は器用と思っていたけど、あれって自分の目的のためには手段は選ばないってことだもんね。で、実際に仲間になってみればあら不思議。考えているところは考えているけど、それ以外は割と雑。そして、相手の気持ちを推し量るってことには雑以下だ」
「まあ、主様はようやくまともに自分の気持ちで人を信用できるようになったです。言ってしまえば、気持ちを察することに関しては赤ちゃんです」
「ぐっ.......言ってくれやがるなコノヤロー」
「主様、その、み、耳はダメですぅ~」
「........ぷっ、赤ちゃん.......くふふふ」
「おいこら、笑うんじゃねぇ」
「だって、赤ちゃんよ? 赤ちゃん。理解できるから笑ってしまうのよ」
「くっ、このぉ.......!」
明るく笑うリリスとベルにクラウンは思わず疲れたため息を吐いた。どうにもできないのでこのまま飽きて笑い終わるまで我慢に徹することにしたのだ。
リリスとベルが明るく振舞えるのはエキドナを信用していたから。それはクラウンの言いつけを守る方ではなく、自分達と同じように勝手についてくる方で。
このパーティはどうやら長く過ごせば過ごすほどに考え方が似通ってくるようで、結果的にクラウン親衛隊みたいな感じになってきている。
故に、そのナンバースリーがたとえクラウンに何を言われてもそう簡単にはくじけないということ。多少時間はかかろうとも紆余曲折あろうともきっと戻ってくるそう信じているからこその今である。
気にしていないではなく、気にする必要も無い。それだけの絆が女性陣なら女性陣なりの関係性で結ばれているのだ。
故に、笑う。どこまでも笑うことが出来る。それは普段と変わらずに、いずれ戻ってくるであろうエキドナの存在のためにこれから買う食料の方も四人計算で。
「よし、クラウン! 今日はたくさん食べるわよ!」
「なんだ急に?」
「あんたも落ち込んでいるようだし、そう言う時は大抵食い気でなんとかなるものよ。美味しいものを食べれば気分も不思議と明るくなる。そして、きっとあのバカも帰って来る。違う?」
「.......はは、そうかよ」
そう言いつつも、クラウンはやや頬を緩める。どうやら心のどこかではそう望んでいるようだ。そして、三人は早めの夕食を取り始めた。




