第232話 月夜の語らい
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われ、書きたかったの
「うぅ......ここは.......?」
クラウンが目を覚ますとそこは知らない天井であった。いや、見覚えがあるような気がしなくもないが、少なくとも印象に薄いのは確かであった。
また寝ぼけた思考ながら気づいたことは体が沈み込むようなフカフカなベッドであった。触り心地も、寝心地も実に素晴らしいそのベッドはまず普通じゃないだろう。
これまで止まってきた宿とは一味も二味も違う高級感溢れる掛布団はすぐに再び眠りへと誘おうとしてい来る。
実際、起きて想像以上にくる疲労感があるのですぐにまた寝るのもアリなのだろうが、そのベッドに突っ伏すように床に座って寝ている雪姫をほっとくわけにはいかないだろう。
クラウンは体を起こすと掛布団をどけていく。体にあるであろう傷は見当たらなかった。
魔王化していた時は僅かに外のことがわかっていて、戦闘に夢中なもう一人の俺だった奴は傷を負っても治そうともしなかったので、ボロボロかと思っていたのだが――――――
どうやら雪姫が治療してくれたらしい。起きたら感謝の言葉をかけないといけないな。それにしても、せめて服は着させて欲しかったな。上裸はどうかと思う。
クラウンはふと窓を見る。僅かに空いた窓から吹く風によって揺らめくカーテンの隙間から見えるのは雲がかかった太い三日月。
雲は月だけにしかかかっておらず、周囲のは点々と星空が自身の存在を示すかのように輝きを放っている。
クラウンは雪姫を起こさないようにベッドを下りると部屋の中を見渡す。ここは一体どこなのだろうか。どことなく洋風な感じがするから鬼ヶ島ではないだろう。
そして、リリス達が俺を魔国大陸から運ぶときに選ぶとしたら、近くにある聖王国は絶対になく、これまで旅してきた直近の国々を選択するはずだ。それも魔王城に至るまでの。
それで考えると........
「そうか、ここはハザドールか。それなら、顔見知りでもあるし話は早くて済みそうだな」
クラウンはどことなく謎を解決できたことに誇らしげな顔をすると雪姫へと近づいていく。雪姫の顔は安心したような様子でスースーと寝息を立てている。
クラウンはもうだんだんと目が冴えてきてしまっているので、せっかく空いたベッドへと雪姫を運ぼうと考えた。
そして、出来るだけ起こさないように身長に雪姫の体を逆向きに変えると右腕を頭の下に、左腕をひざ下に通してそのまま持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。
ふと近くに来た顔を見る。どうやらかなりの熟睡をしているようだ。自分の知らないところであるが、きっと自分のために動いてくれていたのだろう。
しわのついた服に砂埃で汚れがついている裾。それから、ベッドのそばの壁に立てかけられてある杖。恐らく帰ってきて丸一日といったところか。
雪姫のことだその間、ずっと看病してくれていたのだろう。「自分にできるのはこれだけだったから」とでも言って。
クラウンは少しだけ緩んだように口角を上げた。今まで数回しか見たことなかった寝顔がこんなにも安心するものだとは。
それから、慎重に動いていくと自分が寝ていた位置に雪姫をそっと寝かせていく。敷布団が真っ白いからか雪姫の青みがかった黒髪が僅かに漏れている月明かりに照らされて幻想的な色を作り出す。
ただの黒髪が見えているだけだというのにサラサラな髪が白い敷布団と対照的な色であるためかと美しさを主張してくる。
その姿はさながら眠り姫だ。もっとも、呪いも何もかかっていない熟睡中の「眠り」姫であるが。
「ありがとな。それから、お前らは何もしてなかった。なのに、勝手に恨んでてごめん」
クラウンはベッドに左手を置くと右手でゆっくりと雪姫の髪を撫で始めた。触って改めて思うのがやはりサラサラしていて、どことなく柔らかい。
そして、触るたびに香ってくる優しいローズの香り。ますます眠り姫感が強まっていくのはどうしてであろうか。
そんなある種くだらないことを考えていると雪姫の目がそっと開いた。その目の開き方はパッチリしたような感じではなく、いかにも「寝ぼけてますよ」といったトロンとした目であった。
「悪い。起こしちまったか?」
「あー、じーちゃんだー」
「.......!」
その仇名は幼い頃に雪姫につけられた仇名であった。聞いてわかる通り「じーちゃん」はクラウンの本来の名前である「仁」の一文字目から取っているのだが、お分かりの通りその呼び名は「じいちゃん」を連想させるのでクラウンが止めさせたものだ。
もっとも止めさせたのは小学生高学年辺りに入ってからなので、三年ぐらいは呼ばれ続けていた仇名だ。
それにしても、どうしてそんな仇名を急に呟くのだろうか。もしかして、夢の中で昔の頃を思い出しているのだろうか。
それだけ夢の中で過去を――――――幼児期ほどの記憶を――――――思い出したくなるぐらい苦しい思いをさせてしまっていたのだろうか。その心当たりがあるので否定が出来ない。
そう思うとクラウンはある言葉を言う覚悟を決めた。非情に恥ずかしいことなのだが、まあ雪姫は寝ぼけているだけなので言っても覚えていないだろう。
「ど、どうしたんだ? ゆ、ゆーちゃん?」
「えへへ、大好きー」
「そ、そうか――――――!」
クラウンはなんとも言えない恥ずかしさを抱えていたその時、寝ていた雪姫の両腕がそっとクラウンの頭を通り過ぎ去ってギュッと首筋に絡みつく。
そして、そのまま強引にクラウンの頭を近づけさせるとそのまま唇と唇が重なった。そのことにはクラウンも思わず思考が停止する。
それから一秒ぐらい経った時、今度は肩を掴まれたクラウンはバッと体を持ち上げられた。その勢いでふらつき、咄嗟に両手をベッドにつけるとその腕の位置は雪姫の頭のすぐ横であった。
意図せずベッドに押し倒したみたいな構図になってしまった。いや、それ以上に魅入ってしまっていたのは覚醒した雪姫の真っ赤に熟れたリンゴのような表情。
どうやら自分がしたことをキッチリ覚えているようだ。まあ、さすがにキスに関しては忘れる方が難しいだろう。
恥ずか死でもしそうな涙目は月明かりでキラキラと輝いて見ているだけで胸の高鳴りを感じてくる。こんな生き方をしたきたためか僅かな嗜虐心がその表情を愛おしく見せ、心に波紋を浮かべていく。
すると、雪姫はクラウンに告げる。
「い、今のは.......わ、忘れて」
目を合わせたくないのか視線が横に泳いでいく。言ったことでその時のことを思い出してしまったのか、さらにまた顔が赤くなっていく。
このままでは雪姫のメンタルが持たなそうだ。ここは一度お互いに落ち着くべき.......なのだが、一回だけちょっかいを出してみたくなる。
「雪姫、知ってるか? お前は知っているかどうかわからないけど、実は二回目なんだぞ?」
「―――――――え」
一回目はクラウンを庇ってラズリの攻撃を受けた雪姫を救うため。あの時はほとんど咄嗟の応急処置に近かったのだが、カウントしようと思えば出来なくもない。
それを引っ張りだして雪姫に伝えた瞬間、雪姫の思考は停止した。それはもうクラウンから見ても止まったとわかるぐらいに。目が一点から動かない。
そして数秒後、雪姫はこれ以上クラウンに顔を見せたくないのか両手で顔を覆うとその場で悶え始めた。その時のことを思い出しているのかわからないが、これ以上は止めた方がいい。
クラウンはそっと体を起こすとベッドから降りてベランダに出た。そして、柵に肘をつけると優しく光を降らせる月を眺める。
するとしばらくして、落ち着いた雪姫は火照った顔を覚ますように窓から流れる夜風に当たりに来た。それもクラウンのすぐ隣で。
クラウンはチラッと雪姫の様子を見ながら聞いた。
「.......落ち着いたか?」
「うん.......落ち着いた、少しね。まあ、それとは少し違う感情も抱き始めたんだけど」
「違う感情?」
「仁が全然焦んなかったこと。なんか悔しい」
「なんだそりゃ」
クラウンはそう言いながら優しく目を細める。そんなクラウンの表情を見ながら雪姫名はクラウンに身を預けるように寄り掛かる。
「帰って来たんだね........仁」
「迷惑かけて悪かったな。それとこの傷を手当てしてくれたのは雪姫だろ? ありがとな」
「まあ、私にできることはこれぐらいだからね。それでもどういたしまして」
「ああ.......ありがと」
「?」
クラウンは予想通りの言葉に思わず頬が緩んだ。そんな表情を雪姫は怪訝そうに見つめる。
「仁は昔っから月が好きだよね。携帯の待ち受けにするぐらい」
「まあ、携帯での写真撮りだと大体月がぼやけちゃうからな。大体は雪姫の撮った写真だけど」
「そ、それじゃあ.......私の言ったことは覚えてる?」
雪姫はほんのり赤く染めた顔で下から覗き込むようにクラウンを見た。月でキラキラ光る目に紅い頬、優しく揺れる黒髪はまさに幻想の中だけに住むような人物に見えた。
クラウンはすぐに目を逸らす。僅かに耳を紅くしながら。
「ああ、覚えてる。だけど、俺はもうすっかりこの世界に染まっちまったようだ。今更一人を選ぶなんて出来そうにないな」
「わかってるよ。あんなに魅力的な人達だもの.......ちょっとじゃないほど変態だけど。でも、仁ならそうしてくれると思った。むしろそうしてあげないのはおかしいとも思った」
「どういうことだよ」
「だって、皆一人一人辛い過去を背負っている。けど、こうして前に進めるのは仁が心の支えになっているからで、もう替えがきかない存在になっているから。そんな状態で一人に絞ったら、それはなんだか逃げのように感じるな」
「厳しい意見だな。それもまさか幼馴染に言われるなんてな」
「ふふん、幼馴染ならなんでも言えるのですよ」
雪姫は上機嫌に鼻を鳴らす。しかし、すぐにしおらしい表情になっていく。その様子をクラウンが気になっていると雪姫は聞いた。
「ねぇ、クラウンの返事は?」
小動物かのような庇護欲を抱かせるその目は実に卑怯であった。沈めたはずの心の波がまた大きく揺らぎ始めた。
クラウンはその気持ちをなんとか抑えると体の向きを変えた。そして、柵に寄り掛かりながら肘をつけると告げる。
「もし、お前が望むなら――――――同じく月が奇麗だと思ってる」




