第230話 信じる勇気#3
読んでくださりありがとうございます(≧∇≦)
ついに決着
仁は困惑していた。自分自身の気持ちに対してもそうであり、目の前でリリスがただただボロボロになっていく状況はあまりにも辛いものがあった。
だからこそ、助けに行きたいという気持ちもあるが、同時に自分がここを出た所で脚を引っ張るだけだとも思っていた。
要するに踏ん切りがつかないのだ。自分の弱気になっている心に反吐が出そうになるが、それがこの状況で確かに思っていることだったから。
助けにいきたい。でも、力の差が歴然としているような気がして、動き出すことが出来ない。しかし、これ以上時間をかけるとリリスの身が危険だ。
鉄格子の外では息を切らして痛みに耐えるリリスにクラウンがゆっくりと近づいていた。そして、リリスがクラウンに向かって右手を掲げると同時に姿が消失。背後に回り込んだクラウンは嬲るように蹴飛ばしていく。
背中を大きく反った状態でリリスは吹き飛んでいく。だが、リリスとてやられっぱなしはいかないと思ったのか、無理やり方向転換して下向きの重力といくつもの氷の槍を作り出した。
その重力はクラウンをその場から動けなくさせるようにかかる。クラウンの足元が地面に軽く埋まるほどの超重力で氷の槍が雨のように降り注ぐ。
重力加速度ですぐに加速落下した氷の槍は逃げ場なくクラウンを襲うが、クラウンは頭上を見ながら刀を一振り。それだけで全ての氷の槍は砕け散った。
リリスはそのことに一瞬だけ呆然とした顔を見せるとすぐに鋭い目つきに変わった。そして、すぐに別の攻撃を仕掛けようとした時にはクラウンが目の前に迫っていた。
「簡単に攻撃できると思ってんじゃねぇよ、女ァー!」
「ぐふぅっ!」
クラウンは加速した勢いのままリリスの胴体に飛び蹴りしていく。その蹴りはリリスの腹部にめり込み、メキメキと軋むような嫌な音を立てながら急激な速さとなって吹き飛ばしていく。
腹部から来る激痛にリリスは動けずに歪む周囲の空間だけが目に入る。そして、その勢いのまま仁のいる鉄格子に激突。軽く歪んだ格子から滑り落ちるようにリリスが地面に座り込む。
「リリス!」
仁は思わず鉄格子から手を出してリリスの肩を掴んだ。肺の上下運動をしているので、一先ず最悪の場合は逃れたようだ。
しかし、それも時間の問題。自分がどうにもできなければ、リリスはこのままずっと嬲られ続け殺される。
すると、リリスは肩を掴んでいる仁の手にそっと手を重ねる。どこか冷たく感じるような手に仁は思わず暗い表情を見せる。
「クラウン.......信じて。クラウンはもうこの檻から解放される方法を知っている。けど、それに気づいてないだけ。大丈夫よ、必ず勝機はある」
「.......」
仁は何も答えることが出来なかった。リリスがどんな思いでその言葉を伝え、その言葉の意味をしっかりと考える必要があったから。
だが、時間はもうそこまで残されていなかった。
クラウンはリリスに向かって糸を飛ばした。それを痛みで避けることが出来なかったリリスは胴体に張り付けられると勢いよく空中に放り投げられた。
そして、クラウンを中心に弧を足掻くように背中から地面に叩きつけられる。ドンッと鈍い音を立てながら軽くバウンドするように跳ねる。
仁はその光景を見て怒りに震えた。それは敵のクラウンのことでもあり、いつまで経ってもここにいる自分のことに対して。
弱いのはわかっている。それはこの世界に来た時からそうであった。さらに、自分が変わった後もそうであった。
だから、強くなるために戦った。強くなるためにひたすら努力し、考えた。その知識が今の自分にはある。
しかし、それはほぼ一緒にいたクラウンとて同じことが言えるだろう。なら、差を出すためには何が必要か。それは仲間のリリスの存在であろう。
だが、リリスで差を出すにはあくまでも自分とクラウンの力が同等でなければいけない。少しでも劣っていれば勝てる見込みは極端に低くなる。よく考えろ。よく思い出せ。リリスは一体何を言おうとしていたのか。
リリスは「信じろ」と言っていた。そして、自分は今のリリスを信じている。もう裏切らないということを。
だけど、このままではリリスはやられてしまう。なら、「信じろ」という言葉の意味は他にも含まれるんじゃないか?
そう考えると他に思いつくのは自分自身しかない。ということは、リリスは「自分を信じろ」と言いたかったのではないか?
クラウンに力の差を見せつけられて、弱い心を見抜かれて小さくなっていた自分にリリスは気づいたから。
そして、他に言っていたのは自分はもうこの現状から打破する方法を知っているということ。ということは、自分は一度そのような行動を無意識に取っていたということか?
思い出せ、思い出せ。リリスの言葉を。理解しろ、理解しろ。リリスの真意を。
リリスは確か自分に向かってこう言った「オレの世界」だと。それはクラウンの言った言葉であったが.......何かが引っかかる。
クラウンが「オレの世界」と言ったのは言葉通りこの空間を支配しているからであろう。なら、なぜ今だ自分はこんな所にいるんだ?
あいつの狙いは体の乗っ取り。考えてみれば一番に自分を壊しに来るはずだ。けど、今もこうしているということは自分の存在自体が全てを表している。
つまり、クラウンは今を持ってしても自分の体を乗っ取りきれていないということ。もしくは、こうして生かしてあるということは自分を殺したら不利益になるからということ。その状態で「オレの空間」という意味を改めて考えると.......なるほど。
そう考えると確かにここは「俺の空間」だ。あの時、肩に刺さったはずの刀が壊れたのはそう言う意味だったのか。
ははは、そんな簡単なことにも気づかなかったのか。そういえば、クラウンも似たような言葉を言ってたっけな。
リリスの言葉で目が覚めた。ここは俺の空間だ。もう誰にも邪魔させないし、俺の大切な存在をこれ以上気づ付けさせはしない。
仁の目に炎が灯った。その炎は強い光の輝きと共に仁の暗く堕ちた思考をクリアにしていく。そして、一人称も今の仁のものへと変わっていく。
クラウンは倒れているリリスへと近づいていく。そして、なんとかして立ち上がろうとするリリスに刀を構える。
「死ね―――――――お前がなぁ!」
クラウンが刀を振り下ろすために一旦頭上にあげると背後からガコンッという音が響き渡る。しかし、クラウンはその音がした背後を振り向かず、気配が勢いよく自分に向かって来るタイミングで背後へと袈裟切りに振り下ろした。
―――――――ガキンッ
だが、その不意打ちは読まれていたのか仁によって止められる。しかも、クラウンと同じように黒い刀を作り出して。
するとその時、クラウンは背後から強い気配を感じ取った。咄嗟に距離を取るとリリスが脚を振り抜いた状態で立っていた。もう少し遅ければ頭部を強打していただろう。
「リリス、遅くなって悪い。お前がいてくれたおかげだ」
「いいわよ、別に。これもあんたのそばにいるものの務めってやつね」
「ツンツンとしてないのはお前らしくないな」
「うっさいわね」
そう言いながらもリリスはとても嬉しそうな笑みを浮かべている。その顔に同調するように仁も顔をニヤッとさせた。
そして、仁はクラウンへと右手の刀を向ける。その動きに合わせるようにリリスは右手を腰に当てながら、左手で指差した。
「「(お前/あんた)を殺す!」」
「上等だ。それ以上は戦いで語り合おうぜぇ!」
クラウンと仁は同時に飛び出した。そして、同じように上段に掲げると力強く振り下ろす。一進一退もしない鍔迫り合いでギギギギッとオレンジ色の火花だけが激しく飛び散る。
だが、この体は今はクラウンが支配している世界だ。故に、クラウンの方が力が勝るのではと思われたが、結果はその反対であった。
「おらあああああ!」
仁は掛け声とともにクラウンの刀を押し切りバランスを崩させた。すると、そのクラウンにリリスが横から迫っていく。
「ぐふっ!」
クラウンは咄嗟に背後の地面へと糸を飛ばし、緊急離脱しようと試みた。しかし、地面を糸にくっつけた所で仁によって防がれる。
仁はクラウンの胴体に糸を伸ばしていたのだ。そして、クラウンが糸を巻く力と同等の力で引っ張る。それでもう動けない。
リリスのライダーキックのような凶烈な飛び蹴りが脇腹に突き刺さる。その破壊力に体を横にくの字に曲げながら吹き飛んでいく。
だが、クラウンはすぐに体勢を立て直すと後方に滑りながら地面に着地。そして、目の前に迫ってくるリリスへと目を向けた。
しかし、気がかりだったのは仁が動かなかったことだ。本来ならすぐに特攻してくるはず。そうして、目の端で様子を見ていると仁は不敵な笑みで下を指さす。
「この世界じゃ無敵だぜ?」
「!―――――――がはっ!」
クラウンはふと下を見ると茶色い拳が地面からせり出てきた。その拳はクラウンのあごを捉えて体ごと吹き飛ばす。その一撃は体を大きく仰け反らせていく。
「私がどうして古代サキュバスになれるのかお気づきかしら? 本来ならなれないはずなのに」
リリスは重力を足に纏わせてクラウンを引力で引き寄せると回し蹴りで胴体に叩き込んでいく。そして、そのまま吹き飛び地面を転がっていく。
しかし、そのままでは終われない。そう思うクラウンは地面に手をつけ起き上がろうとするが、上手く力が入らない。
「どうして動けないかお前ならわかるよな?」
「ああ、クソ! なぜだ! どうしてだ! この体の主導権は俺だったはず!」
「そうだな。確かにお前は俺の体を乗っ取っていた。だが、言うならばそれだけだ。俺がこうして今も精神体として残ってるということはお前の力では俺を支配できなかったということだ。だから、俺が弱った隙にもうすでに支配されたかのように演じた。違うか?」
「.......っ!」
「悔しそうな顔だな。恐らくお前にも言い分があるんだろうな。本来の予定通りなら俺を魔王にした時点で乗っ取っていたと。だが、それに必要な力。お前にとっては絶望の力が足りなかったんだろ?――――――こいつのせいで」
そう言うと仁はリリスの傍にやってくる。そして、左手で肩を抱き寄せる。その行動にリリスは思わず仁の胸板に顔を埋める。
顔が急速に赤くなっていく。精神体だからか思っている以上に体から熱量を放っている。そんなリリスの様子を露知らず、仁は刀を地面に突き刺すと右手を顔にかざした。
そして、ゆっくりと顔から外していく。その時、その顔を見たリリスは優しい顔で呟いた。
「お帰り、クラウン」
「ああ、ただいま」
その姿は左目に傷があり、凶悪犯のような鋭い目つきをした今の仁――――――否、クラウンが立っていた。
そして、目の前にはクラウンの姿などないただ黒い靄の集合体で出来た人型だけが地面に這いつくばっていた。
その黒い靄に仁は歩き出す。その背中をリリスはそっと押していく。それから、近くによると刀を向けた。
「俺はお前に支配されていると思っていた。そう思わせることがお前の目的だった。そして、少しずつこの肉体の主導権を搾取するつもりだったんだろう。だが、その計画は破綻。この体が俺のものである限りお前は決して強くなれない。なぜなら、ここは俺の精神の中だからだ。俺の思ったことがそのまま現象になって起こる」
「........っ」
「それはお前も同じだっただろうな。恐らく長く俺の精神に住み続けたことで同じようなことが出来るようになったんだろう。だが、それはあくまでまがい物だ。オリジナルには敵わない。俺がお前を弱いと認識すれば戦闘力も俺の思った通りに落ちる。本来、お前はそれだけの存在だったんだ」
「クソがぁ!」
黒い靄は怒気の籠った言葉を吐いた。しかし、その顔には目も鼻もなく、口が辛うじてわかるぐらいのもので、先ほどまでのクラウンを名乗っていたそれとは見る影もなかった。
「じゃあな。こんな目にあったがお前のおかげでまた強く、そして仲間を信じる勇気をもらった。感謝してるぜ」
「ふざけんじゃねええええぇぇぇぇ!」
黒い靄の叫びは断末魔のように響き渡ると同時に仁はその頭を刎ねた。




