第220話 壊れぬもの
読んでくださりありがとうございます(≧∇≦)
リリスサイドに一旦戻ります
遡ること数日前、リリス、ベル、エキドナ、カムイ、雪姫、朱里、リルリアーゼ、ルナの八名は商業国ハザード―ルの敷地内上空にいた。それは転移石である場所から緊急転移してきたからなのだが、そのことには後で触れよう。
そして、ハザード―ルの街に向かって自由落下で徐々にスピードを上げているリリス達はすぐに行動を開始する。
まずはリリスが全員の体を重力で滞空させて、竜化したエキドナの背中へと乗せていく。それから、敷地外へと羽ばたいていく。
リリス達が敷地外へと来る頃には竜が襲ってきたと勘違いした兵士達が怯えた表情ながらも武器を構えて攻撃態勢になっていた。
しかし、リリス達はその様子を気にかけることもなかった。サンサンと輝く太陽の下にいるとは思えないほどの暗い表情。彼らの上空だけ大雨が降っているかのように泣き腫らした者もいる。
敵であろうはずなのになぜか同情すら感じてしまうその表情はわずかながらの兵士達の戦闘意欲を削がせていった。
その時、突然兵士達がガヤガヤと騒ぎ始めた。門の方を眺めている様子から誰かがこちらに向かってきているのだろう。
止まるよう説得する兵士の制止を振り切って、兵士が隊列を割って作った道から現れたのは――――――
「皆様! どうかされたんですか!?」
ハザドールの姫シュリエールであった。そして、シュリエールはリリス達に向かう行動を諫めようとする兵士を無視しながら歩いて行く。
すると、その人物に気付いた泣きっ面の雪姫と朱里は少しだけ安心したような顔をするとシュリエールに向かって駆けだした。
その行動に側近の兵士が柄に手を触れ警戒するとシュリエールは手を横に出し、その行動を諫めた。そして、大きく両腕を広げると胸に飛び込んでくる二人を優しく抱きしめた。
何があったのかはわからない。ただ異常な泣き方であり何かがあったのは確かだ。それを証明してくれるのは二人の様態だけではなく、それ以外の人達からも見受けられる。
そうしてリリス達の方へと目線を移していくとふと違和感を感じた。その違和感の正体を探るために一人一人顔と名前を一致させていく。
二人ほど名も知らない女の人の姿があるがそれではないのは確かだ。そう横柄で、不遜で、不敵で、それでいてとても頼りになる人物の姿が―――――――なかった。
名前は確かクラウンだったはずだ。その人物だけがいないということはもしかして、そう言うことだったりするのだろうか。
可能性はないとも言い切れない。なんらかの別行動をしているとすればこんな泣いたり、暗い表情をしたりとするはずがない。
シュリエールはどうしようか迷った挙句に聞いてみることにした。
「皆様、クラウン様のお姿が―――――――」
そこまで言ったところでシュリエールは聞くのを止めた。そして、「やっぱり聞かなければよかった」と思わず後悔した。
「クラウン」という言葉を聞いた瞬間、全員がわかりやすいほどにビクッと体が反応していたからだ。何か大きなことを成そうとしていることはわかっているので、恐らくそれ絡みであろうけど。
この時ばかりは自分の浅はかさに思わずため息を吐いた。しかし、このままの調子にしておくわけにもいかないし、一人はそれとはまったく違う様態である。
そう思ったシュリエールは一先ずリリス達を客人として城内へと連れて行った。
******************************************************
大人数でも入れる客室にリリス達は集まっている。まるでお通夜でもしているかのように異常な暗さだ。
窓から入る日射しが床を明るく照らしているからか、その明るい部分と暗い部分とがよりハッキリ分かれてしまっている。
空気が冷たい。誰かが発しているわけでもなく、自然とそんな雰囲気になってしまっている。すると、そんな中にいるシュリエールは思わず耐え兼ね、空気を入れ替えようと窓を開けた。
「皆様、少し新鮮な空気を吸いましょう。何があったか私は全く知る由もありませんが、大変な何かが起こったことは様子から見て察することだ出来ます。そして、このままではいけないと思っているはずです。そのためにはまずは自分の心から変えていかなければ。心が前に向かないと思考も前に向きません」
「.......無理よ」
ベッドに座るリリスは虚空を見つめたようにうなだれながらそっと呟く。その言葉に反発する声はない。
シュリエールはそんな様子に思わず頭を悩ませる。だがその時、ベルだけがこの状況を壊すような発言をした。
「無理じゃないです。私達なら出来るです」
その言葉は根拠も自信もなく言った感じではなく、凛とした透き通るような、そして力強い言葉で言い切った。
シュリエールは思わずベルの目を見る。すると、言葉だけではなくその目にも確かな炎が揺らめいていた。
しかし、それに反発するようにリリスが声を上げる。
「無理よ.......無理なのよ.......私はなんにもできなかった。何も言葉すらかけれてあげられなかった。レグリアの力で私は.......私は大切な存在に攻撃してしまった。それだけでもう自分が許せないのに.......苦しんでいたクラウンを見ているだけしかできなかった」
「それは私も同じです。だからこそ、主様を取り戻しに行くのです」
「それが無理なのよ! 私達はあいつの力に耐える術がない! このままじゃまたクラウンを傷つけることになってしまう! それだけはしたくないの!」
リリスはベッドのシーツをギュッと握ると悔しそうに歯を噛みしめる。そんなリリスの様子にベルは思わずムッといた表情を浮かべた。
「それは本気で言っているです? 確かに主様を傷つけたくないというのは同意です。ですが、それすらも考慮できるほど相手は甘くないです。主様が狙いだったのですから、主様を使って何かをしているのは十中八九予想が尽くです。それでいて無傷のまま制圧でいるほど私達は強いのです?」
「そうよ、強くないのよ! だから、困ってるんじゃない! 私はいいなりのまま何もできなかった! サキュバスの力だって行使できなかった! それはクラウンを信じ切れなかったのと同じで!.......クラウンと見捨てたと一緒よ」
リリスの精神はかなり参っている様子であった。そして、そのせいか周りの様子すら気が配れていな様子で、その吐き出した言葉に他の仲間達が自分のことのように落ち込んでいく。
するとその時、「スリープモード解除」と告げて先ほどまで全く動く様子のなかったリルリアーゼが目を覚ました。そして、周囲の様子を確認するとリルリアーゼはふと尋ねる。
「あの、マスターはどちらへ?」
その言葉にすぐに返せる者はいなかった。ただリルリアーゼは自分がスリープする直前のメモリとして覚えていることからなんとなく察すると余計な質問はしなかった。
「リル様は何をしてたです?」
これはベルの純粋な疑問だ。あの時、あの場面でリルリアーゼだけがクラウンに対して攻撃を行わなかった。
ということは、何か対抗する術を持っていたということになる。それを聞ければ今後の対策にもなるかもしれない。そう考えたベルであったが、それは難しいものだと聞いて判断した。
「リルは機械ですが、あの方の言葉はリルの命令機関まで侵食してきました。なので、私にある生命維持装置を九割以上カットしてその特殊な魔法から逃れました。これはリルだから出来ることなので、あまり当てにされない方がよろしいかと」
「.......そうみたいです」
ベルは少しだけがっかりしたような、仕方ないような顔をした。一人だけでも動けるだけマシと思われるが、それ以上にクラウンが強い敵となって現れれば敵わないし、マスター権限は未だクラウンにある。ということは、むしろ敵になるリスクの方が高い。
まあ、その場合はまたスリープモードに移行して事なきを得るだろうが、それは反対に現状を打破できるほどではないということと同じであった。
するとここで、またもやリリスのネガティブな発言が始まった。
「やっぱり無理なのよ.......私達にはどうにもできない。どうすることも出来ない。だって、また同じようになってしまったら、今度こそ私は私自身が壊れかねない。これだけクラウンに対して募った想いがあるのに、私は宿敵のラズリと命を張って戦ってくれた恩義も返せてないのに、動けないなんて......はは、なんてダメな女でしょうね。こんな事なら最初から違った方がよかったのかも―――――」
その瞬間、リリスの顔は思いっきりはかれた。一瞬にして駆け巡る痛みにリリスは思わず驚く。そして、思わずはたかれた左頬を手で押さえると目の前の人物を見た。
ベルがいた。いつの間にか近づいて来て思いっきりはたいた様子だ。その目は怒りと悲しみに溢れていて、どっちつかずの感情にベル自身も戸惑っている様子だ。
しかし、ベルがここまで感情をむき出しにするのは珍しい。なぜなら、ベルは基本的に表情が変わらない。
どんな感情かは耳や尻尾が教えてくれるので分からないわけではないが、顔に限っては現れることはない。
だが今はどうだ? こんなにも感情を溢れ出させたベルを見たことがあるだろうか。今にも涙がこぼれそうなほど涙を浮かべた姿を見たことがあるだろうか。
窓から風が流れてくる。太陽が僅かに傾きベルの表情を明るく照らしていく。煌めく涙のままベルはリリスの顔を両手で挟むと告げた。
「それだけはどんな状況でも言ってはダメです! その言葉は私が! ロキ様が! エキドナ様が! カムイ様が! 雪姫様が! 朱里様が! リル様が! そしてかかわりあってきた皆様が! その過ごしてきたかけがえのない時間を全て無にする言葉です! なかったことにする言葉です! 一緒に旅をした思い出も! 苦労を共にした神殿攻略も! 命を張ってくれたじいじのことも! その全てを! 存在を否定させることなんて決してさせないです! それだけはどんな状況であろうと言ってはいけないです!」
「.......ベル」
「ですから、どうか.......その考えだけは改めてくださいです。まだ何ができるかも思いついてないですが、私達は主様の仲間です。きっとこれまで主様に任せっきりで、助けられっぱなしだったので、今度は私達の番が巡ってきただけです。そして、主様がどんな状態になっていようと変えられるのはリリス様だけです」
「――――――そうだね」
ベルの言葉に同意して近づいてきたのは雪姫。そして、雪姫はリリスの肩にそっと手を置きながら告げる。
「変わってしまった仁を良く知っているのはリリスちゃんだけなの。だから、どうか......仁を助けて。今の仁にもっとも届くはリリスちゃんだから」
「......雪姫」
リリスは思わず雪姫に目を合わせる。すると、雪姫はにっこりと微笑みかけた。そのことに嬉しくなったリリスは思わず二人を抱き寄せる。
「ありがとう.......本当にありがとう」
リリスがその言葉を何度も呟きながら、二人を強く抱きしめる。その時に溢れ出した一筋の涙は光輝いていた。




