第196話 道化の原点#12
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仁は小太刀ほど長さの本物の剣を持つと彰へと鋭く切り込む。それに対し、彰はロングソードで受け流していくと仁の空いた脇腹へと右足を蹴り込んでいく。
しかし、仁はその攻撃に合わせ左足を合わせると受けとめ、離れると同時に蜘蛛の巣状の糸を放っていく。
「いいよ、その調子!」
「くっ!」
彰は余裕がありそうな張りのある声でその糸を横ではなく、地面へと思いっきり体勢を傾けてくぐるようにして突破してきた。
それによって、仁は思ったよりも距離を稼げなかったことに歯噛みするも、すぐに思考を切り替えて左手の指先からそれぞれ糸を放出していく。
それを彰は急ブレーキするとバックステップで避けていく。すると、今度は仁の方から彰へと迫っていく。そして、彰が地面に足をつけるか否かというところで持っていた剣を投げつける。
その剣の柄には糸が伸びていて、すぐにでも引き戻せるようにしてある。そのことに気付くと彰はそれを無視するように避けながら、仁の方へと迫ろうと足を踏み出そうとしたその時だった。
「そこだ!」
「うわっっ!」
仁は踏み出そうとした足に極細でくっつけていた糸を左手で思いっきり引き上げた。それによって、彰は前に出そうとしていた足が大きく前方に開かれて、バランスを崩していく。
そこに仁は勝機を見出した。投げ飛ばした剣を右手に引き戻すと彰へと鋭く突き刺していく。彰とその剣先の距離はわずか。彰には致死のダメージを一度だけ回避できるという特殊な魔法があるので、死ぬことはない。
「勝った」と仁は思ったが、彰は今まで本気を出していなかったようでまるで一人倍速の世界を生きているかのように体勢を立て直し、ロングソードでもって仁の攻撃を逸らしていく。
それにはさすがの仁も思考が停止した。そして、彰へと地面に押さえつけられるとロングソードを首元近くの地面に刺され、チェックメイトされた。
するとすぐに、彰はロングソードを引き抜き焦ったように言った。
「ごめんごめん、つい負けん気がでちゃて本気出しちゃった。でも、今の攻撃手段はとても良かった」
「.......でも、避けられた」
「ははは、こればっかりは経験がものをいう感じでね。そこの差.......ということで勘弁してくれないかな?」
仁はその言葉にため息を吐くと「仕方ないですね」と言って立ち上がるともう一度勝負を挑んだ。それに嬉しそうに呼応する彰。
現在、仁が彰の修行を受けてから一か月が経とうとしていた。この世界に来てからだと二か月ほどだ。その間にいろいろと変化もあった。
仁はスティナを助けて以来、人が変わったように前向きに思考を捉えるようになった。それは仁自身の意識付けという意味合いも強いが、やはりスティナを助けられたという戦闘面での自信もそれなりに大きいだろう。
それによって、仁は明るくもなり、少し距離を置いていたクラスメイトとも前の世界と変わらない距離感まで戻ってきた。
そして、それは同時に響と雪姫の支柱になったという意味でもあり、仁の変化に合わせて変わった二人はいつの間にかどんどんと強くなっていった。
そのことに仁は彰やスティナのことが本当であったことに苦笑い。「どんだけ僕が好きなんだよ」と若干自惚れ気味でもあった。
さらに、スティナとは会話量が増えてきて、なぜかよくお忍びのお出かけに誘われるようになった。また、彰とも信頼関係が築け、今ではもとの世界がどのような感じになっていたか、昔がどうなっていたかとよく他愛もない会話をすることも多くなった。
そんなある日、修練場に呼び出された仁達は団長のガルドからあることに挑戦してもらうことを言われた。
それはダンジョンへと挑むことだ。ガルド曰く「今の実力ならこれから挑むダンジョンでは余裕で攻略できるだろう」とのことだ。
それによって、唐突とも言えるダンジョン攻略に仁達は驚きはしつつも、互いの実力をしっているからこそそこまで恐怖感を感じることはなかった。
それから数日後、仁達は近くにあるダンジョンへとやってきた。そこへ戦闘向きである十数名のクラスメイトに混じって仁も参加することになった。
そして、始まったダンジョン攻略。偵察が得意な<盗賊>の役職の仲間が安全を確かめながら進んでいく。すると、案の定襲いかかる昆虫型の魔物。
仁が出会ったアリよりも小さい中型犬サイズのムカデは何十本もある足を唸らせながら、素早く迫っていく。
しかし、相手が昆虫であることもあるのか、前衛の響や弥人によって瞬殺されて後ろの方にいる仁の方では暇を持て余しているぐらいだった。
すると、盗賊の仲間が壁に罠があることに気付く。それは古典的で両サイドに小さめの穴があるというものだ。
それから矢が飛び出してくるのか、はたまた炎であるのか。それは通てみないとわからない。一気に少人数ずつ駆け抜けてしまう案が出たが、それはもしもがあってしまう可能性があったので後にした。
そして、何か案がないか全員で考えているとふと仁は天井が高いことに気付いた。それが分かると仁は思わずニヤッとした顔をする。
「なあ、僕に提案があるけどいいかな?」
「仁か、提案って?」
「その道が危険ならさ、通らなければいいんじゃね?」
「通らないってどうやってなの?」
「こういうこと」
雪姫の疑問に仁は実際に試しながら答えていく。それは少し太めの縄梯子のようなものを糸で作るとそれを壁に付着させる。
そして、仁が逸れに上ると右手で支えながら、左手で糸を飛ばしていく。少し細かめに作った糸の足場に飛び移るとそれをさらに繰り返していく。
その作業はまるで蜘蛛が蜘蛛の巣を作る工程にも見えなくなかった。それから、あっという間に仁は簡易的な糸で出来た橋を作り上げた。飛び跳ねても壊れない優れものだ。
また他にもわかったことがある。それは先ほどの罠がどんなであったかということだ。
その罠は罠よりも上にいる仁を感知しながら、小さな穴から勢いよく炎を噴射させていったのだ。つまりは火炎放射器。
しかも、しばらく続いている穴は同時に炎を噴射させているので、一定の炎が出ないクールタイムがありながらも、その突破は難易度が高かった。
その罠から察するに、先ほど襲われた魔物を疑似餌のようにして感知させてどんな罠か確かめた後、魔術師の水魔法で突破するのが正解なのだろうが、まだ経験の浅い仁達には思いつかなかった。
だがまあ、仁の方法は結果的に攻略したも同然だ。戦闘をメインで行わない仁が魔法を使う分には、後衛の魔術師が魔力を無駄に消費しないという意味でも問題なかった。
そして、全員は仁の糸で出来た橋を不思議な感覚で渡っていくと次の場所へと向かって歩き始めた。
すると、今度は大きな崖に出た。その崖から見下ろす先は次の道に進むための穴がある。当然、真っ直ぐ進めば落ちてしまうので、両サイドのどちらかの道を進んであちら側へと向かわなければいけないだろう。
その時、ここでまた仁から提案の言葉を告げられた。いや、提案というより.......
「なあなあ、裏技使っちゃう?」
なんともウザったらしい顔であった。このダンジョン攻略に意欲的なのは良いことではあるが、仁の場合過剰な自信が少し空回り気味だった。
とはいえ、先ほどの一見があったので楽できるなら、否、仲間が傷つかないなら聞きたいところだ。そして、全員の目線が仁へと傾けられると仁は再び行動に移した。
それはまず出てきた穴の上の方の壁に強靭な糸をくっつけるとそれを朱里から一本矢を受け取って、矢じりにつけていく。
それを朱里の命中度を利用して射ってもらい、向かうべき穴の上の壁にくっつけてもらう。一度くっつくいたならこっちのもの。
それから、一本の少しくの字の太い棒を作るとそれを空中に張ったワイヤーのような糸に合わせる。あとは簡単だ、ジップラインさながらに滑り降りるだけ。
「まあ、これはさっきよりも危険はある。本当は先に降りて到着した後のこと考えようと思ったけど、それだと安全ロープなしで降りることになるし、万が一を考えるとこれで行くとすれば僕はここに残った方が良い」
仁はそう言いつつも不安げな様子はあまりなく、むしろ「信じてくれ」とでも言っているような顔であった。
だが、今回はさすがに不安が残る。確かに速く行けるが、ここは焦らなくてもいいのではないかという気持ちは皆の中であった。
するとその時、響だけが決意の表情で仁へと向かう。
「仁、大丈夫なんだよな?」
「ああ、任せろ」
「なら、信じる」
そう言うと響は仁の作った棒をワイヤー糸にセットする。そこへ仁が安全を確実にするように万が一、棒から手が離れてしまった時のことも考えて、胴体とワイヤー糸を繋げていく。
「その胴体につけている糸の中間部分は熱に弱い。無事に着地出来たら、千切って場所を開けてくれ」
「わかった」
「なら、行ってこい!」
仁は響の背中を押すと響は崖から飛び降りた。すると、スーッと滑っていき、あっという間に反対側へ到着する。
響は勇者の身体能力で壁へ衝突する前に胴体の糸を千切って着地する。すると、あらかじめ仁に渡されていた簡易的な糸を壁の手前に設置していく。その糸は蜘蛛の巣状になっていて、言わば防護ネットだ。
響が渡れたことに自信がついたのか、はたまたこのジップラインに興味を持ったのかわからないが、どんどんとそれを使って降りていった。
そして、最後の仁が降りると全員無事に最短で次の場所へと進んだ。そこからは時折、仁の助けがあったげで順調に進むことができ、ボス部屋まで辿り着いた。
後は仁以外の仕事だ。仁は実質見ているだけで、勇者の響と賢者の雪姫の二強とその他もろもろのチートどもにボコボコにやられていった。その姿は何とも言えず、ボス側に同情の念を送るぐらいであった。
こうして、仁達のダンジョン攻略はガルド達の早くても最低三日という予想を大きく裏切り、二日でクリアしてしまった。
そして、その時の仁以外の全員がガルドに言った言葉は「仁が実は一番のチートかもしれない」という言葉だった。そのことに聞いていた仁は苦笑いを浮かべていた。
だが、自分の活躍もあり、何より全員無事に生還できたことに仁はさらに自信をつけていった。
天狗になってる主人公




