第194話 道化の原点#10
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たまにはバトらないとね
仁はスティナという予想もしなかった人物がいたことに驚きつつも、すぐに思考を切り替える。
目の前にいるのは一言で言えば図体がでかいだけのアリだ。倒す分には何の問題もなさそうに思える。しかし、それが逆に厄介かもしれない。
日本で代表的なサイズと呼ばれるクロヤマアリを人間サイズに換算した場合、人間はアリの278倍もの大きさがあるので、当然力も同じ値ほど倍になるだろう。
そして、アリは自身の体重の25倍もの重さのものを一人で運べるという。つまり、これが人間サイズになれば1.5トンもの重さのものを運べるということだ。
それから、その質量をどうやって運ぶかと言えば、今も目の前でギシギシと音を立てながら動かしている強力なあご。掴まればたとえ死亡確定である。
仁はこの場が人生最大の山場であるかのように思考を最大限にフル活用していく。そうしないと、死ぬしかないという選択肢しか残っていないのだが。
アリの集団は仁の存在に気付きつつも、無視するようにそっぽを向けた。今はスティナの方に構っていて全く関心がない様子だ。
それはかなり不味い。スティナが死んでしまうというのもあるし、目の前で死ぬ光景なんて見れば確実に立ち直れない。
そう考えると仁は腰から短剣を引き抜き、その柄に糸を結び付けると一体のアリに向かって思いっきり投げ飛ばした。
「ギシッ!」
その短剣は糸の尾を伸ばしながら真っ直ぐアリのお尻に突き刺した。するとすぐに、仁は短剣を引き戻す。
引き戻した短剣からはわずかに酸味がかった匂いがした。恐らくギ酸であろう。だが、これで注意を引くことは出来た。
六体のアリは仁の方へと向けると鋭いあごをカチカチと鳴らしていく。その光景に仁は思わず後ずさりそうになったが、何とか踏みとどまる。そして、短剣を右手に持って軽く構えると六体のアリとにらみ合うような状態になった。
静まりかえるこの場で木々のざわめく音と不気味にあごが動く音だけが響き渡る。それだけで心臓が締め付けられそうになるほど、息苦しさを感じていく。
そして、一体のアリが一歩足を前に動かすとそれに合わせ仁が後ろ足をほんの少し下げた瞬間、勝機を感じたように一斉に走り出した。
その速さは気が付けば半分の距離が詰められていた。それも当然だ、力が増したのだったらただですばしっこい速さがさらに増しているのだから。
仁には走り出したアリの姿がまともに見れなかった。動き出した時にはブレて、僅かに捉えた姿は大砲のような黒い弾丸が迫っている感じであったからだ。
仁は強張る顔のまま、半ば勢いで舌を少し切った。それで混乱しかけた脳を痛みでリセットし、もう接近まで残り少ない時間で動き始めた。
「まずは動きを止める!」
仁は頭上の木の枝に糸を飛ばすと勢いよく元に戻していく。そして、枝まで一気に跳び上がって右腕を引っ掻けると左手で真下に向かって蜘蛛の巣のような糸を撒いていく。それによって前線にいた二体のアリが粘着質の糸に絡めとられ、すぐに動けなくなった。
すると、残りの四体は木をスルスルと登って仁のすぐ近くまでやって来た。そして、噛みつこうと鋭いあごを突き立てる。
だが、仁は紙一重で先に枝から降りると地面に着地。そのまま向かい側の期まで走っていく。すると、仁に避けられた勢いのまま木の枝を切断したアリはすぐに追いかけて来る。
「今のうちに遠くへ!」
「は、はい!」
仁は通り過ぎざまにスティナへと声をかけていく。その時の顔はひどく必死で不格好であっただろうが、そんなことは関係ない。
仁は足を動かすために振るっている右腕から感じる何かを確かめながら、再び左手で頭上の木へと糸を伸ばしていく。
「「ギシギシッ!」」
アリのあご間接が動いて鳴る軋むような音は実に不愉快だ。ただでさえ、人間サイズの時点で気持ち悪いというのに。
強烈な気配が背後から急接近していくことを感じながら、木の幹に向かってジャンプし、その幹を蹴って糸で引く力も利用して木の枝へと飛び移る。
すると、そこに二体のアリすぐさま同じように木を登ってくる。そこに仁は勝機を見出した。
仁は枝を斬り落とされる前に空中に向かって跳んだ。するとすぐに、左手をさらに高い位置の枝へと糸を飛ばし、木の幹を中心とするように一周グルり回っていく。
「おらあああああ!」
仁がそう動いた瞬間、二体のアリは何かに締め付けられるように動けなくなった。そして、締め付けているその何かは仁の極細で最大に強靭にした糸であった。
その糸の端を右手に持ったまま地面に着地すると仁は遠くへ走り去るように思いっきりその糸を張っていく。
最初の木からアリを巻き込むようにして巻き付いている糸はアリの体を切断しようとグイグイ食い込んでいく。
同時に、引っ張っている仁もグルグルに巻き付けた糸が右腕ごと巻き込んだ右手に食い込んでいく。咄嗟だったために中途半端な巻き方になってしまったのだ。
そのせいで右腕の肘から下は激痛が走っていく。そして、食い込み過ぎた糸は僅かに仁の右手を紅くにじませていく。
そこから勢い一発、叫び声を開けがながら無理やり右腕を前に突き出した。その瞬間、少しだけ糸が緩んだような気がした。
仁は思わず後ろを向くとそこには体をバラバラにされて、頭だけが不気味に動いている二体のアリの姿が。そのことに仁は思わずホッとした表情をするとすぐに最初に捕えた二体のアリへと向かっていく。
幸い、まだ抜け出してはいないようだ。バラエティ番組で使われるトリモチをイメージしたことが良かったのだろうか。だが、二体のアリは未だ抜け出そうともがいている。下手に手出しするのは危険そうだ。
そう思うと仁はせわしなく動いているあごに向かって口封じするかのように何発も蜘蛛の巣のような糸を飛ばしていく。そして、動けなくなるとアリの頭に向かって短剣を刺して完全に動けなくさせた。
仁自身の魔力を通せば糸のトリモチ効果は発動しないので、この足止めは実に実用性があるだろう。まあ、これは彰にアドバイスをもらって作ったものなのだが。
「まあ、何にせよこれで終わり.......ん?」
仁は一つため息を吐いて緊張をほぐそうとすると思わず固まった。それは違和感があったからだ。それが何なのかはすぐにハッキリしない。
なら思い出してみよう。まず自分は木に飛び移った後、二体のアリに向かって糸を飛ばした。すると、四体のアリが木へと登ってきた。
それかた、二本目の木に登ると二体のアリが木に登ってきて.......もう二体のアリはどこへ消えた?
「まさか!?」
仁はスティナが逃げ出した際に動き出した方向へと走り出した。もしかすると、二体のアリはスティナを追いかけた可能性がある。いや、もしかしなくてもそっちの方が明らかに高い。
向かった場所はこの開けた場所からさらに奥へと続く先、その墓石のためでスティナが一体のアリに押し倒されていた。
幸い、大きな怪我は見当たらない。だが、それも時間の問題だ。しかし、ここから急いでも明らかにアリの行動の方が早いだろう。
糸を飛ばすにしてもこの位置じゃ遠くて正確に狙えるかどうかわからない。なら、もっと狙いやすくて、さらに遠くからでも放てる威力の強いやつ.......!
「スティナ! そのまま僕を信じてジッとしていてくれ!」
イメージするは一撃必殺の砲撃。まだ他の魔法では試したことはないけれど、この世界にも詠唱省略というものがあるのなら、いまここで実現してくれ!
「当たれ!――――――光罰!」
仁は左手をアリへと向けて右手を支えにすると一気に魔力を放出させた。すると、仁のイメージ通りに左手から眩ゆい光の一閃が伸びていく。
そして、その光はスティナを僅かに避けてその上に乗っかっているアリへと衝突、そのまま消滅させた。
だが、あと一体は残ってしまった。そのことに仁は歯噛みしながらも砲撃を止め、すぐにそのアリへと走り出していく。
すると、アリは向かい討つかのようにこちらに向かって走ってきた。それに対し、仁は短剣を前方に投げる。
その短剣をあごで弾きながら、何事もなかったかのように迫りくるアリに仁は横っ飛びをして直線状から外れていく。
しかし、アリは小回りが利く生き物だ。それは人間サイズでも変わらないようで気が付けばすぐそばまでやって来ている。
その時、仁は思わず閃いた。一か八かの秘策を。
「もうやるしかない!」
仁は後ろでアリに見えないように手を合わせるとそこから強靭な糸を伸ばしていく。そして、それを伸ばしながら、いつでも真上に跳べるように体勢を立て直す。
タイミングは一瞬。速すぎても遅すぎてもいけない。それから、これはゲームじゃない。やり直しは聞かない。一度でも失敗したら、二度目はないと思え。
仁は目を見開くと前方のアリを食い入るように見つめていく。未だブレて全体的なフォルムが見えないアリは通り過ぎざまに周囲に風をまき散らしながら迫ってくる。
そして、アリが仁へとあと一メートルもない距離ぐらいまで来たところで、仁は思いっきり真上に跳んだ。
すると当然、アリは仁がいた場所へと通り過ぎていく。その時、アリの首根っこに強靭な糸が引っかかった。
それを感触で確認しながら空中で体を捻り、右手と左手それぞれから伸びる糸をクロスさせていく。そこから後は我慢比べだ。
「ああああああ!」
「ギシギシギシッ!」
仁は地面に着地すると糸を収束させながら、首を切断するように両腕を思いっきり広げていく。それにもがくようにアリは大暴れする。
再び右手の血が滲んでくる。さらに左手も糸が食い込み過ぎたことによる傷で血が流れてきた。だが、仁はアドレナリンが溢れ出ているせいか気づく様子もない。
「ぐぬぬぬぬ、らああああああ!」
仁は掴んでいた糸をさらに自分の手に一周させると強く引いた。そして、雄叫びを上げながら両腕を思いっきり広げていく。
その瞬間、アリの頭は空中へ舞った。そして、仁はその勢いのまま地面へと寝転がっていく。




