第193話 道化の原点#9
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クリスマス以前にあれを終わらせないとなー
「ああああああ!」
「動きが単調だ。もっと自分のテンポを作って、相手を乱すように」
仁は木で出来た短剣ではなく、本物の短剣で持って彰へと襲いかかる。だが、走り込んで突き出した短剣は簡単に避けられる。
そこから、仁は横に大きく薙ぎ払う。しかし。彰に右手一本で難なく受け止められ、仁の短剣を持っていた右腕は捻るように背中へと曲げられ、関節技を決められる。
するとすぐに、彰は仁の背中を押すようにして距離を取りながら解放すると「もう一度だ」と言って仁に自分を襲わせていく。
仁の風切り音を立てながら素早く通り抜けていく短剣を彰は目線だけで追いながら避けていき、一瞬の隙に仁の横っ腹へと蹴りを入れていく。
自分の勢いが入ったまさにカウンターとも言える一撃は即座に仁を地面に膝を崩れ落ちさせた。その様子に彰は少し思い詰めた顔で近づいていく。
「おいおい、大丈夫か? だが、そのままじゃ全然ダメだぞ。君が君の仲間とともにもとの世界へと帰りたいなら、この程度でへばってちゃダメだ」
「.......」
「う~む、どうしたもの――――――かっ!」
彰は仁がお腹を押さえたままうずくまっている状態に何と言ったらいいかわからない表情で仁の目の前に立つ。するとその時、突然仁は左手で彰の足を掴むと立ち上がる勢いを利用して短剣を振った。
しかし、その攻撃は驚きながらも彰に紙一重で避けられていく。さらに、がら空きの腹部に彰の咄嗟の腹パンが入り、仁は僅かなうめき声と共に再びその場で沈んでいく。今度の反応は異常なせき込み方をしているので、どうやら本気で痛たがっている様子だ。
「ごめんごめん、つい力入れて殴っちゃった。でも、今の攻撃は良かった.......途中までね」
「.......」
「どうして最後の最後で躊躇ったの?」
彰が言おうとしているのは仁が彰へと襲いかかってから短剣を顔に向けて振るっていく刹那の時間に、仁がほんの少しだけ攻撃を躊躇ったのだ。
その時間差は誤差とも言えよう。しかしそれは、対人戦においては違う。相手が強ければ強いほどその誤差がより致命的な隙を生み出す可能性がある。
故に、対人戦において躊躇いなど以ての外。極端な言い方をすれば「自分を殺してください」と言っているようなものである。
「どうしてって.......なら、どうして僕だけ対人戦なんですか?」
だが、それには前提がある。それはあくまでこの世界で生まれ、育ち、戦ってきた人の意見だ。もしくは、この世界に来てこの世界の常識に完全に適応した人か。
つまりは召喚されてからやっと一か月あたりになる仁は一か月経ったとはいえこの世界に、特に戦闘という面に対しては圧倒的に慣れていないのだ。
他の皆はもう魔物をほとんど感情を押し殺した状態で斬ることが出来る。だが、仁は体の影響か血を見ることを避けようとして、結果的に戦うこと自体を避け気味になっている。
そのせいか魔物の戦闘においても他の人より遅れている。そんな仁が魔物と戦うよりも難易度が高い対人戦をやっているということにおかしいという気持ちが浮かんでもおかしくないことだ。
しかも、初めからだ。「魔物はどうせやってけば慣れる」と言われ放っておかれ、今やみっちり押し込まれている。
そんな仁の質問に対して彰は頬を少しかきながら答えていく。
「まあ、それは.......前にも言っただろ? 君が強くなることが勇者や賢者の支えになり、結果として皆を支えていくことになると」
「それって本当に僕なんですか? 確かに、僕は響や雪姫とは深いかかわりがありますけど、それでもあいつらは十分に強いです。でなきゃ、あんなに皆のために動けないでしょう?」
「逆だ。君がいるからあの二人は頑張れる。それはさっき言った言葉と同じだ。君が.......君がこの世界の要なんだ」
「.......」
仁は反応しない。彰の言葉が間違っているとでも言うかのように。そのことに彰はため息を吐きながら「少し早すぎたかな」と呟くと今日の修練をここまでにした。
仁は彰に俺を告げるととぼとぼと重たい足取りで歩いて行く。その姿を彰は少し心配そうな面持ちで見つめていた。
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聖王国の城は広大でその一角にはちょっとした公園とも言えるスペースがある。その場所には巨大なご神木のような木が一本生えていて、すぐ近くの木陰にはベンチが設けられている。
そして、そのベンチに仁は一人ぼんやりした顔で頭上にある木を眺めていた。その木は風に揺られてか、ザワザワと葉を擦り合わせたような音を立てていく。その音はまるで自分の今の心を表しているようにも感じた。
頑張りたいけど、強くなりたいけど、それは果たして自分なのかという疑問。魔物や人とも戦わなくてはならなくなるという不安。自分の行動一つで仲間を失うかもしれないという恐怖。
そのようなことを考えている時点で自分は確実に前に立つような人間ではないということがわかる。前に立つ存在はどんな時も強くあらねばいけないから。
そう考えると響は誰よりも強く皆を率いるように立ってくれていると思う。前に「仁がこの世界に適応しようと頑張っているから」という風な言葉を聞いたが、それは本当ではない。
そんな強い気持ちで持って前に進もうとしているわけじゃない。ふつふつと湧き上がる不安や恐怖によって逃げ道が前しかなくて、わき目も振らずに走っているだけのこと。
それが結果として皆よりも少し前にいたというだけの話。方向や少し道がズレただけですぐにでも皆の姿を見失うほど、今は余裕がないのかもしれない。
彰さんは自分がいるから響と雪姫はそれを支えにして前を向いている的なことを言っていたが、先の考えからすると別に自分の存在がなくても前を向いているんじゃないかすら思えてくる。
きっとこういうネガティブな考えが良くないんだろうとわかっている。それに支えが欲しいのは自分こそなのだろうと。
「気分を変えよう」
仁は独り言ちるとベンチから立ち上がって大きく伸びをする。いつまでもこの考えに浸っているのは不味い気がする。
こういう時は運動だ。少しでも動けば気分は晴れるはず。そう思い込むと仁は手元であやとりを始めながらゆっくりといつもの森へと歩いて行く。
それからしばらくして、仁は森に辿り着くとその辺に置きっぱなしになっているいつも使っている木を回収していく。
「ん? 随分と騒がしいな」
その途中で、仁は森のある方向から魔物であろう複数体の声を聞いた。その声は威圧するように何度も吠えていて、少しうるさく感じるぐらい。
とはいえ、ここま森の中、未だ戦闘に関して不得手の仁であっても、数回はここではぐれ魔物と戦ったことはある。もちろん、一対一の話だ。
だが、基本的には牽制していたため、しっかりと戦っていたかと言われればうなづくことは出来ない。そもそも無理して戦うことはないので、来ても無視しながら速やかにその場を離れていくが多かった。
だから、今回も仁は遠くにいるようなので無視しようと思っていたのだが、どうしてだろうか胸騒ぎがするのだ。虫の知らせというのだろうか。
まるでそこに大切な人がいるかのようにドクンドクンと心臓がその鼓動の速さを徐々に上げていき、僅かに鳥肌が立っていく。
冷汗らしき汗が額を流れ、まだ修練も始めていないのに呼吸が僅かに乱れ始める。手汗も感じ始め、この感覚は以上だとすぐに認識した。
だからこそ、走った。その場で集めた木を投げ捨てると自分が恐怖を感じて立ち止まる前に足を動かした。
体のこわばりを感じている。それはこの不可思議な現象に驚いているせいなのか、それともこれから起こり得ることに恐怖しているせいか。
ともかく、仁は走ることを止めなかった。体が勝手に動いてしまったと言えば、そうなのかもしれない。気づいた時には走り出していたから。
もう後戻りはできない。この異常な感覚に襲われる原因を探らなければ。それにその原因が危険なものだとして、自分の影響で間に合えば何か変わる可能性があるかも知れない。
仁は生い茂る森の中を木を支えにして、音を頼りにしながら近づいていく。その方向は森の奥へと向かっている道だ。
つまりは自分でも未知の魔物がそこに複数体いて、そこの場に恐らく自分の知り合いであろう人がいる可能性があるということ。
その感覚は自分の直感からほぼ確信に近かった。どうしてここまで焦りを感じるのか、今割ける思考からすればそのぐらいしかないから。
だが同時に、少なからずの疑問も感じていた。それは向かう先に知り合いがいるとして、どうしてその場にいるのかということ。
今は修練時間だ。本来ここにはいるはずもないし、そもそもここらは自分ぐらいしか来ないはず。ということは、もしかすると逃げ出した仲間とかか?
その考えはなくはない。自分と同じように魔物を倒すことに嫌気が刺している人もいるかもしれない。そのような噂もこれまでにたまたま聞いたことがあった。
そして、正面から堂々と抜け出すことは難しい。となると、すぐ近くにある森から大回りして出ていった方が良いだろう。
だが、それは危険だ。この森は危険な魔物が奥に行けば行くほどたくさんいると聞く。逃げ出す前に生きて帰れなく可能性の方が高い。
「皆で帰るんだ!」
仁は襲われている人物を仲間だと思わず思い込んで、自分の願いを口に出しながら魔物の声がする最前線へと飛び出した。
その場所は少し開けた場所だった。そして、その場所から続く道の遠くにはお墓のようなものが見えた。
それから、その手前には.......
「仁さん!?」
縦にすれば自分よりも大きく見える六体のクロアリに囲まれながら、恐怖と驚きが混じったようでありながら周囲に響き渡るように澄んだ声を出して、自分の名前を言う―――――――
「スティナ.......?」
そこにいると考えすら及んでいなかった聖女の姿がそこにはあった。




