第188話 道化の原点#4
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「なるほど、魔力に応じて糸の太さを変えられるのか。それだけじゃなく、多少は自分の意志に応じて糸自体も変化するみたいだな」
仁は右手の親指と人差し指の間で糸を張るとその糸を左手で触れていく。そして、その時の糸の感触を確かめながら、自分に出来ることを探っていく。
現在、仁達が召喚されてから一週間が経った。そして、多くの生徒の間でここに合うわせた修練が始まっている中、体術を除いて仁はほぼ全ての時間を自分の魔法の特性について調べることに費やしていた。
そして、様々な本を漁りながら、仁はようやく魔力の基本的な扱い方について知ることが出来た。
というのも、本来魔力はただの媒体のようなものであって、魔力から直接物体を作り出す能力というのはあまりない。
できるのは魔力が本来変わることのできる性質に変化してから、物体へと変わることだ。一例を挙げるなら、魔力を氷という変化しやすい物質に変換させて、その氷で変化しにくい剣という物質を形作っていくというもの。
だが、仁の場合は魔力から直接物体である変化しにくい糸へと変化しているのだ。そう言う意味では仁の魔法はある種特異的な魔法であるとも言えた。
それから他は、魔力の量を変化させたり、魔力を自身の意思を乗せることが出来るという点について。
前者においては仁以外の皆(召喚された人以外に限らず)も普通に使いこなすべきものであり、最初に魔力を使った通りに魔力は有限なので節約して使っていかなければならない。
だが、後者においてはあまり知られていない。それは仁が魔力というものを調べるうえで、現地の魔術師の多くに聞いた結果からである。
そのことに大抵の魔術師は「眉唾物である」と言っていたが、そこがなんとなく引っかかっていた仁はそこについて調べ、検証し、ようやく現在に辿り着いたのだ。
だが、同時にそれは多くの皆から後れを取っているということになる。皆は自身の適正役職で順調に能力を伸ばしている一方で、仁はようやくスタートラインに立ったようなものだ。
「はあ.......」
仁はそのことに思わずため息が漏れる。そして、机に置いてある本を閉じながら、背もたれに顎を天井に向けるようにして体を預けた。
正直、間に合う気がしない。そもそもこの魔法が使えるものかどうかも怪しい。
確かに、自分の魔法についていろいろなものがわかった。だが、それだけであってその魔法が特別チート力を持ったりとか、自身のステータスが異常というわけでもない。
要するに自分が弱い、役に立たないということを自分自身でハッキリ証明してしまったようなものだ。一言で言えば「萎える」である。
仁は大きくため息を吐きながら椅子を傾けていく。そして、そのまま世界が逆さになった状態で、数多くの本が敷き詰められた本棚を見ていく。
図書館であるここに本がたくさんあるのは当たり前なのだが、どれこれも酷く小難しいものばかりであった。
当然、全てを見たわけじゃないが、それでも大抵の魔法に関する奴は流し読みでも目を通した。そして、その大半は理解できないものだったが。
仁はゆりかごのように軽く椅子を揺さぶっていく。それから、呆けたような顔をする。これからどうしようかぼんやりと考えているのだ。
外から聞こえてくるのは指導者の声とそれ呼応する仲間の声。さらに響き渡る爆発音。恐らく魔法を放っているのだろう.......なんとも羨ましい限りだ。
自分も出来るなら魔法を撃ってみたかった。だが、撃てない。それは「光罰」という教皇に教えてもらった魔法を除いて。
というのも、どうやら自分は圧倒的に魔力が少ないらしい。他の皆やこの城の魔術師に比べて。そして、それは魔法を十分に放つことが出来るレベルに達していないということ。
聞くところによると修練や討伐によってレベルが上がっても、魔力量に関してはほとんど変化がないらしいのだ。故に、いくらレベルを上げようとも自分は魔法を放てないということ。
役職をもらった皆は大抵チートレベルの能力値だったりするのに、どうしてか自分だけこうであった。原因は不明だし、バカにされたくもないために言うに言えないという状況が続いている。
なら、どうして「光罰」という魔法だけ放てるのかというと.......と説明したいところだが、それに関しては教皇達でもあまりわかってないらしい。
よって、時間が有り余っていた仁の結論からするとその魔法はいわばこの世界に来た時の特典というやつじゃないかと思っている。救済者となり得るのだから多少のサービスはあるべき.......的な風に。
「結局、僕に出来ることはないのか.......」
仁は依然ゆらゆらと揺れながら、両掌をふと合わせる。そして、それぞれの指に糸を張っていくように両手を開いていく―――――――
「何か手伝いましょうか、海堂様?」
「!」
仁は思わず背後からかけられた聞き覚えのない声にビクッとすると思わずバランスを崩す。そして、そのまま椅子に座ったままガタンッと地面へと寝転がった。
すると、目の前にはフリルのような白いものが目の前を覆っている。そして、僅かに見えるスラッと長く、きめ細かい肌をした脚のすぐそばに見えるあれは.......
「きゃっ!」
「すみませんでした!」
その少女らしき声の人物はドレススカートの丈を手で押さえながら後ずさる。その行動と見てしまった純白の下着に対して、仁はすぐさま椅子から離れてキレイな土下座を繰り出した。
すると、すぐに少女から声をかけられる。
「だ、大丈夫ですよ。私の不注意ですから。顔を上げて、楽な姿勢になさってください」
「.......ありがとうございます」
仁は渋々顔を上げていくとゆっくりと顔を上げて少女を見た。すると、長いブロンドに青と白のフリル付きドレスをあしらえた蒼眼の少女はにこやかな笑みを浮かべて告げる。
「お初にお目にかかります、海堂様。私の名前はスティナ。お父様.......教皇様の娘でございます」
仁とスティナはしばらくして向かい合って座った。ただ何をするというわけでもなく、気まずい沈黙の時間が流れていく。
最初はスティナの方から「お話ししませんか?」と提案されて乗ったのだが、まさか何も話しかけてこないとは。
これは自分から離した方が良いやつなのだろうか。とはいえ、どういう話題が良いのだろうか。いざ考えるとなると頭が真っ白で何も思い浮かばない。
するとその時、スティナはふと沈黙に耐えかねたように笑いだした。そのことに仁が驚いているとスティナは告げてくる。
「申し訳ありません。何分、勇者様と会うのは初めてでして。緊張で何も話題が出てきませんでした」
「そうでしたか。僕も同じですよ」
「タメ口で構いませんよ。それから、名はスティナと呼び捨てで構いません」
「それじゃあ、僕にもタメ口でいいよ。年齢近そうだしね。それから名前も」
「わかりました。仁さん」
「変わってないけど?」
「何と言いますか......これが私の普段の言葉遣いなのでお気になさらずということで」
スティナは少し恥ずかしそうに答えた。その様子によってほんのり紅く染まる頬は容姿も相まって、まるで精巧に作られ人形のようでもあった。
これが異世界クオリティというやつか。ビバ異世界。これだからファンタジーはやめられない。
するとここで、仁はある疑問が思い浮かんだ。それは最初に声をかけた時に「勇者様」と呼ばずに、「海堂様」と呼んだことだ。
そして、先ほど「お初にお目にかかります」とも言った。ということは、初対面であるはずなのに、どうして自分の名前を知っているのだろうか。
話題に悩んでいた仁はそれを話題にしようと思うとすぐに聞いた。
「そういえば、どうして僕の名前を知っていたんだ? さっき会ったばかりだったのに」
「少し遠出をしていまして、帰ってきた時にお父様に挨拶をしようとしましたがいませんでして。その時、お父様がつけていた名簿がたまたま目に入ったのです。そこには特徴や性格。どのような役職なのかが書いてありまして、そこから私なりに判断したのです」
「凄いね。そこからドンピシャで僕を当てるなんて。男子の数でも十五、六人はいたはずなのに」
「仁さん。時に仁さんは何かにお悩みではありませんか?」
「何を急に.......なるほど、そういうことか」
ここでスティナが聞いたことは要するに一人だけ別行動をしている人物がいるということだ。つまりは、その人物が仁であるということ。
大方、教皇様がつけていた名簿には「海堂仁 役職は糸繰士 その能力未知数、解明中」とでも書いてあったのだろう。
となれば、役職から補助系魔法とも、戦闘系魔法とも違うことがわかる。それが分かれば後は一人だけ別で行動している人物を探せばいいというだけだ。
そして、仁が理解してくれたことがわかるとスティナは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「にしても、どうしてこの図書室で仁さん一人なのでしょうか? お父様の考えからするとそのまま放っておくことはしないと思うのですが」
「ああ、それは単純で多くの人達が指導の方で出てしまってるからね。なにせ役職がほとんどバラバラだから。それに、僕自身が自分のことは後回しにして、そっちの方を優先してくれと頼んだんだ。今は少しだけの人達が別の場所で昔の本や古い資料を漁ってくれている」
「そうだったのですか。仁さんは優しい方なのですね」
「.......そんなことないよ」
スティナの言葉に仁はふと暗い顔を浮かべる。そして、ぼんやりと自分の手に平を見ながら告げる。
「僕は単純に役に立たないだけさ。だから、僕自身が僕を見限って、他の皆を優先させているだけに過ぎない。僕が出来るのなんて、今の時点じゃこんなものだけだからね」
「.......それはわかりませんよ」
「!」
仁は悔やむように拳を握るとその拳を優しく、小さな二つの手が覆った。その手の先を見るとグイッと机に身を乗り出しながら近づいているスティナの姿がそこにはあった。
そのことに仁は思わず体を仰け反らせる。だが、スティナの強い眼差しからは目を逸らすことが出来なかった。
すると、スティナは告げる。
「なら、見つけに行きましょう!」
「な、何を?」
「仁さんが役に立たなくないための証明をですよ!」
そう言って立ち上がったスティナは仁の手を引くと強引に城下町へと向かうよう歩き始めた。




