第183話 悪辣の自分
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新章です
黒に黒を足したような漆黒と言うべきに相応しい闇の中で一人の少年は目覚めた。その少年は柔らかい目をしていて、それほど鍛えられた肉体というわけではない。
運動はしていたが、少年がやって来た世界に比べれば、標準的であろう少年の体格も貧弱と言われてしまうだろう。
その少年の容姿の特徴を一言で言えば黒髪だ。この世界ではほとんどの髪に色がついていて、むしろ黒髪の方が少ないというのに。
「なんだ......ここは?」
少年はようやくハッキリした意識で周囲を見渡した。そして、理解した。ここには光も何もない場所であることに。
だが、少年はハッキリと覚えている。自分がここに至る前に神殿の最終層で守護者を倒したことを。それからの意識が曖昧だが。
少年はふと自分の容姿を見た。すると、明らかに違う自分の容姿に驚きが隠せなかった。
見覚えのある茶色い指抜き手袋に、胸当て。それから、体に纏っている紺色のローブに、黒いズボン、そして焦げ茶色のブーツ。
それは全て昔の自分の姿であった。そのことがわかると少年―――――クラウンは自分の顔を触る。
左目にあるはずの傷がない。ということは、自分は何らかの影響で過去の姿に戻ったということか。
なら、ここはまだ神殿の試練の最中というわけなのか? だが、確かに宝玉のある場所まで辿り着いたし、守護者を討ったこともハッキリ覚えている。
だとすると、他に何が――――――
『仲間に裏切られたんじゃねぇのか? 前みたいにな』
「!」
ふと周囲から聞こえてくるエコーがかかった声。そのことにクラウンは警戒しながら周囲の気配を探る。だが、出来なかった。
なぜか<気配察知>が使えない。他の魔法も試してみるが、発動する様子はまるでない。だが代わりに、この感覚は前もどこかで体験したような感覚が残った。
『使えるわけぇねぇよ。今のお前じゃな。結局自分が自分を信じていないということさ』
空間内で反芻し続ける声。この声もどこかで聞いたことがある。確実に知っている声だ。だが、思い出せそうで思い出せない。そんな感覚が腹立たしい。
『お前は知っている。こう言えばわかりやすいか? オレはお前で、お前はオレだ。そして、今のお前は過去のお前』
「その声は......!」
クラウンは思い出した。その声は一度体を乗っ取ろうとした悪意の塊の部分の自分の声だと。やはり完全に消えてはいなかったようだ。
しかし、なぜ今現れたのだろうか。前からいるような気配はわかっていたし、何かを企んでいるような感じもなんとなく察していた。
考え得るに、こうして現れても問題ないということなのだろう。ということは、そいつの中で全ての準備が揃ったということなのか?
クラウンの前に黒い靄で覆われた人型が現れる。それがもう一人の自分だ。そいつは目も鼻もなければ、口だけで醜悪な笑みを浮かべている。
それはなんとも憎悪を湧き上がらせる表情だ。だが、それがあいつの狙いだとすれば、それに乗るわけにはいかない。
「なぜ今更現れた? お前は前に消えたはずだ」
『消える? ははは、オレがお前である限り消えることはねぇよ。お前がオレを殺そうとしているなら、それは半分自我を失うということだぜ? それでもいいなら、やってみるといいがな』
そいつはわざと挑発するように言葉を並べてくる。だが、そんな見え透いた挑発に乗るほど愚かじゃない。
少なくとも、今はそいつの目的を探ることが先決だ。自分なのにそいつがわからないとはなんとも情けない話だが。
『にしても、お前はまだ仲間とつるんでるんだな。どうだ? 仲良しごっこは楽しいか?』
「お前に何がわかる。お前はただ孤独を求めているだけだろ」
『違うな。孤独を『求める』んじゃない。『求められている』んだ。お前だって忘れたわけじゃあるまい? もとよりこの復讐は自分が自分の成すべきこととして行動し始めたくせに、同じような境遇ばかりを集めて一緒に神殺しか? それを仲良しごっこと呼ばずに何と呼ぶ?』
「黙れ!」
そいつから聞かされる煽りの言葉にクラウンはイラ立ちながらも、歯を食いしばりながら我慢する。
仲間がけなされたことに仲間の数だけぶん殴ってやりたいところだが、そいつが自分である以上自分の体にどんな影響が出るかわからないので下手に手出しは出来ない。
そして、これも恐らくそいつの目的だ。自分が手出し出来ないことを逆手にとって言葉で挑発する。しかし、ああも言葉で言っておきながら行動に移さないのが良い証拠だろう。
『はあ.......お前は根本的に自分が誰だか忘れてしまっているようだな』
「なんだって?」
『そもそもお前はどうしてオレを分断しようとするんだ? さんざん言っただろ。オレはお前だってな。オレはただ本来のあるべき一つの精神に戻ろうとしているだけだ。それをどうして拒む? どうして受け入れない? お前はお前の考えのためだけに精神の半分を切り捨てるというのか?』
「切り捨てるも何も、お前は僕じゃない。それにお前は何か企んでいる、違うか?」
クラウンがそう聞くとそいつは呆れたようにため息を吐いた。先ほどからのクラウンの反応が暖簾に腕押しのようで困っているようだ。
すると、そいつは白状するように言葉を吐き出した。
『確かに、オレはお前を一度乗っ取ろうとした。だが、それはあくまで補助的な役割のつもりだった。あいにくオレはお前の悪意の部分だ。優しさなんて微塵も持っちゃいねぇ。だがな、オレはオレなりお前を助けようとしたのは事実だ。だから、あの時助かっただろう?』
「あの時?」
『お前がラズリとかいう神の使徒と戦った時のことだ』
クラウンはその言葉を聞くとその時の記憶を鮮明に思い出す。そいつがそう言うということはあの時に聞こえた「憎め」という言葉はそういうことなのだろう。
だとすると、あの時に起こった変化もそいつの仕業なのだろうか?
「お前は.......あの時、僕の体に黒い籠手を纏わせたのか? お前の仕業なのか?」
『ああ、そうだ。あれはオレなりの手助けさ。実際お前はあの男に勝てる見込みは限りなく低かった。だが、オレは体の主導権を握っているお前に死なれては困るもんだからな。力を貸してやった。気づいてないだろうが、あれによってお前の感覚、力、魔力は数倍に跳ね上がっていたんだぜ? まあ、お前は戦うことに必死過ぎて気づかなかったようだがな』
「.......」
『あれのおかげでお前は生き残り、仲間を助けることが出来たんだぜ? もっとも、お前が一人で行動して、もっとオレの言葉に耳を傾けてくれればすぐに使えた力だろうがな』
「なら、今まで出てこなかったのは?」
『お前がオレを根本的なところで信用......いや、もはや否定しているから使えないのさ。口を酸っぱくして言っている言葉を何も信用してくれないからな。あの力があればお前はもっと仲間を危険にさらすことがなかったというのに』
そいつは「やれやれ」といったポーズをする。なぜそいつにそんな態度に釈然としないクラウンだが、まだ.......まだ大丈夫だ。
「なあ、気づいているか? お前の言葉が矛盾していることに。先ほどまで仲間を切り捨てようとしてたお前が、今には仲間を擁護するような言い方をしていることに」
『それはお前がそう言う考えをしているからだろう? オレとしては仲間の必要性を未だに感じない。だが、この体を操っているのはお前だ。言い換えれば、勝者のお前に敗者は黙って従うのみというやつだ』
「お前がただで僕に従うとは思えないけどな」
『当たり前だろう? オレはお前であっても、独立した俺という個を与えたのはお前なのだから。お前はオレを切り離そうとして、わざわざ作る必要も無かったオレを作ってしまった。否定しても、切り離さなければオレはお前の支配下だったというのに』
そいつは言葉巧みに全てを自分のせいであるかのように押し付けてくる。だが、クラウンはその言葉を受け止めながらも、確かに覚えていることで否定した。
「違うな。僕が復讐を誓う前にお前は僕を復讐の道に辿らせる様に誘導した。僕はお前に出てくることを望んでないのにお前の方から勝手に出てきた」
「お前は自分の無意識を読み取れるとでも? お前は本能がそう望んだ。それに呼ばれてオレは出てきた。そのオレをお前の意識下で認識しただけじゃねぇか。お前がどう思おうが構わないが、オレは真実しか話していない」
クラウンはその言葉に疑いの目を向けた。それはそいつの言葉がどこまで信用できるのかということ。
まずそいつが俺の体で何かしようとしているのは確定レベルで想像がついている。だが、その動機が見つからない。
そいつが本当に自分の精神の一部ならば、どうしてそこまでかたくなに仲間を作りたがらないのか。
「そういえば、前に『仲間を信用するな』的なことを言ってたな」
『ああ? あー、そうだな。そんな意味に近いことは確かに言った。だがそれは、お前のために言ったことなんだぜ? お前は一度仲間を信用して失敗した。それでどれだけ惨めで、辛くて、苦しい思いをしたか忘れたわけじゃあるまい? 人は一度失敗したことを避けようとする種だ。なら、無意識から生み出されたオレがその行動を避けるのは当然だよな』
「.......」
『いいか? 今からでも遅くない仲間を信用するな。それが唯一の救いだぜ』
そう言うとそいつは体の全身が白い光で包まれる。すると、そいつは「時間切れだ」と一言だけ呟くと足元から徐々に消え始める。
『あ、そうだ。一つ言い忘れていたことがあったな』
そいつは膝まで消えた所で背を向けていて、その状態から話しかける。するとその時、そいつの姿が変わった。
それは先ほどの靄のような形から本物の人の形のようになり、クラウンが見る後ろ姿では黒いコートを着ていた。
そして、左腰には鞘があり、髪は黒い。その容姿にクラウンは戦慄を覚えた。
それから、そいつは顔だけ後ろに向けて、傷が入った左目でクラウンを見る。
『俺が道化師だ』




