第181話 魔幻の地獄 ティデリストア#7
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クラウン→雪姫の体
リリス→クラウンの体
雪姫→リリスの体
クラウン、リリス、雪姫は三人同じようにして目を見開き、そのまま膝から崩れ落ちていく。そして、爪を立てるように頭を抱えた。
大きなハンマーで何度も振り下ろされているかのような鈍痛が頭に響いていく。そして、その痛みと同時に流れていく映像付きの記憶。
膨大な情報量が頭の記憶のキャパシティを急速に埋め尽くしていく。一瞬のようなビジョンが、様々な光景とともに移り変わっていく。
また外から聞こえてくる機械的な声がこの頭痛の原因を示していた。
『偽り者一名。よって、記憶の扉の一つを解放する』
記憶の扉。恐らくはこの頭の中に流れているクラウンで言えば雪姫の、雪姫で言えばリリスの、リリスで言えばクラウンの過去の記憶が映像として流れているのがそうなのだろう。
しかも、まるで明晰夢のように自分がその光景を見ている当事者となって過去の一片を体験している。
『違う。私はこんなことをしたいんじゃない! なのにどうして!? どうして体は有ことを聞いてくれないの!?』
『やめて.......もう止まって、お願いだから。これ以上、こんな姿を見たくない。あんな目を見たくない。それなのに.......どうしてなの!?』
『心が軋んでいくような音が聞こえる。全身が歪んでいくような圧力を感じる。ああ、なんで......なんでこうなっているの.......』
『ダメ.......それだけは! ダメ! ダメ! 待って! 止まって―――――――』
「なんだ.......これは.......?」
クラウンは頭の中に流れてくる雪姫の記憶に思わず呆然とした顔をする。それは自分が思っていたこととは全然違っていたからだ。
そもそもクラウンが雪姫達を憎んだのは雪姫達が自分を憎んでいるから、自分よりも教皇を信用していると思っていたからだ。だからこそ、今度はこちらから願ったりと思って攻撃を仕掛けた。
だが、リリス達と出会って自分の考えの捉え方が弱くなったところで再会したのが朱里と雪姫だ。
そして、その二人は自分の思いとは裏腹に謝罪の言葉を述べてきた。その言葉が本心であることをクラウンは見抜いていたが、それでも「どこか生き残るために媚びているのでは?」と思うこともなくはなかった。
――――――この時までは。
自分が雪姫の体に乗り移り、そして雪姫の過去の記憶という名の記録をなぞるように動いてるからわかる。
雪姫は決して嫌っているから攻撃したわけではないということ。その感情はむしろ真逆。痛いほど伝わってくる自分を助けようとする懇願のような思い。
クラウンはその決定的とも言える矛盾に対して思わず頭を抱えた。その矛盾はクラウンに襲いかかる鈍痛よりもはるか強く頭を強く縛り付けていた。
またクラウンが頭を抱える理由はもう一つあった。それは......
「クラウン、この記憶は本物なの......?」
「......」
リリスはクラウンに向かって自分と同じように体験した記憶について聞いてきた。ということは、恐らく自分の過去を見られてしまったということだ。
そのことにクラウンは未だ鈍く響き渡る痛みと共に苦虫を嚙み潰したような顔をした。そして、地面に爪を立てると抉るように動かしながら拳を握る。
そして、リリスの問いに何も答えず立ち上がるとフラフラと千鳥足に近いような動きで前へと歩いて行く。
その姿にリリスは右手で頭を抱えながらも、心配そうな面持ちで眺めた。それから、左手で雪姫を引っ張り起こすと辛そうな雪姫の肩を抱きながら、クラウンの後を追っていく。
時間と共に頭の中に流れていた痛みは段々と退いていく。そのことに三人は少しだけ安堵の息を吐いた。
だが、クラウンとリリスの間には未だ溝が残っているかのように一定の距離を保ちながら歩いている。
またその移動中は一言の会話もないままで、リリスは青天のようなこの空間の明るさが憎たらしく感じてきた。
すると、しばらくして三つ目の祭壇が見えて来た。正直、「まだあるのか」と思わなくもないが、それ以上に三人の思考は未だ先ほどまで覗かせられていた記憶に捕らわれ気味でもあった。
そして、三人がもう一つの祭壇にやってくるとその祭壇にはこう書かれてあった。
『最後の問いだ。精神体自らが自身の過去の記憶の一端を語れ。ただし、その記憶は自らが後悔していることの記憶に限る。偽りは罰が下る』
「またいやらしい問いね」
リリスはその言葉を見ると思わず胸のうちに抱えたものが口から出てしまっていた。そして、その言葉に同意するようにクラウンも雪姫も顔を歪めていく。
確かにいやらしい.......いや、いやらしすぎる質問だ。ここまで他人の過去を覗かせておいて、最後には自分に自分の過去を語らせる。
そして、その過去は恐らく先ほど体験した雪姫の過去と同じような感じか、もしくはそれ以上の過去ということだろう。
そのことがクラウンの口をやたらと重くさせていた。それは伝えまいとしていた自分の過去を語ることになり、知られてしまうということだから。
それが嫌で今までずっとリリスに過去のことを触れさせなかったというのに。ここに来てこんなものが来てしまうとは。
だが、早かれ遅かれリリスには自分の過去を知られること絶対になってしまった。それは自分が語らなくても、恐らく罰として記憶を覗き込まされるから。
いわば手段が違うだけで辿り着く道は一緒であるというだけだ。なら、ここで取る自分の選択肢は.......
「まずは私からでいいかしら?」
リリスは軽く手を挙げると二人に確認を取っていく。そして、二人がうなづいたのを確認すると告げ始めた。
「私は自分の住んでいた村が二度も滅ぼされたわ。そして、その原因であろう人物のことも知っている。だけど、それ以上に村を滅ぼしたラズリが許せなくて.......復讐の旅に出た」
リリスは俯きがちで言い終えると次に雪姫が「いくね」とだけ告げて答え始めた。
「私は正直今もどうしてああなってしまったかわかっていない。でも、仁を裏切り、一生負えない傷を与えてしまったことは事実。だから、私はその過去を後悔している。そして、私は.......仁の処刑を執行した人の一人」
リリスと雪姫は互いに互いの過去を知っている。だから、お互いに対して特に慰めの言葉などは必要なかった。もとより、必要ともしていなかったのだが。
そして、言い終えた二人は現在、自分の過去を語るよりも緊張していた。それはクラウンが自分の―――――自分達の――――――知り得なかった過去を語るということだったから。
言うなれば、クラウンが復讐する原点に迫るということ。なので、リリスと雪姫は思わず唾を飲み込む。
そして、クラウンの口がゆっくりと開き始める。その口は未だ言葉に出すことを惜しむかのように僅かに震えていた。
それから、クラウンが言った言葉は――――――
「俺は過去を語らない。だからどうか、罰を与えるなら俺だけにしてくれ」
「「!」」
クラウンの言葉から出た最もクラウンらしくない懇願の声。それは今の二人に多大なる衝撃を与えた。
それは当然、今までのクラウンが取るはずのない行動を取っているからだ。
今、雪姫に乗り移っているのがクラウンらしきものと言われれば、そっちの方が信じてしまうくらいに。
だが、そのあまりにも弱弱しく聞こえる声は人間らしさをより強く表していた。例えるなら、闇の世界から足を洗った暗殺者が人間らしく、必死に善人になろうとしているような感じで。
そして、隠しきれないどす黒い過去をそれでも必死に隠すように。なので、今のクラウンはリリスが出会った当初よりも明らかに角が取れ、逆に言えばクラウンという個の存在は明らかに薄れかけていた。
なぜクラウンがかたくなに過去を語ろうとしないのかわからない。それはクラウンと大まかなかかわりがあった雪姫でさえそう思っている。
しかし、その選択をクラウンが安易に選択したとはとても考えにくい。なので、何か思うことがあってその選択をしたのだろうと思っているのは確かだ。
だが、問題はその願いが聞き入れてもらえるかどうか。この神殿がシステム的に動いているならば間違いなく無理だろう。
するとその時、祭壇の背後にある結界は突然霧散していく。ということは、クラウンの願いが聞き入れられたということなのだろうか。
だが同時に、別のことも起こった。それは祭壇の前に巨大な半透明のスクリーンが現れ、そのスクリーンに雪姫とクラウンにとって見覚えのある三人の人物が映し出される。
それは一人の少年が知り合いであろう一人の男性を抱えているところで、そのそばでは嘲笑うように立派な神官の服を着た男性が立っていた。
そして、少年が抱えている男性の胸元には短剣が刺さっており、そこから溢れ出ていくように血が床の方まで流れていって――――――
「やめろおおおおおおお!」
クラウンはその映像を見た瞬間、リリスに近づいて刀を抜き取ると祭壇に向かって振り下ろした。
何度も、何度も刀を両手で頭上まで掲げて一気に振り下ろしていく。しかし、祭壇は傷一つつかず、両腕に振動による痺れが感じてくるだけ。
その一方で、リリスと雪姫はそのスクリーンに映し出される映像に釘付けになっていた。それはまごうことなきクラウンの過去で、クラウンが必死に自分一人で解決させようとしていた真実が流れていたから。
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「ん? やっと来たみたいです.......主様、リリス様、雪姫様大丈夫です?」
元の姿に戻ったクラウン達が洞窟から出てくるとその気配に気づいたベルが真っ先に声をかけた。そして、声かけたその三人は見事に気まずそうな顔をしていた。
特にクラウンに限っては心がやられているような気もしなくもない。とはいえ、そのことに本人が触れて欲しくなさそうだ。
なので、ここは黙っていた方が得策かもしれない。そう思ったベルはそれ以上口を開くことを止めた。また、周りにいる全員も同じような様子であった。
「.......いくぞ」
クラウンはお馴染みのような一言だけ告げて歩き始める。しかし、今回のその言葉は今までで一番覇気がなかった。




