第179話 魔幻の地獄 ティデリストア#5
読んでくださりありがとうございます(≧∇≦)
シャッフルシャッフル
あと、章をまた分けます
クラウンは困惑していた。それは様々な意味でだ。
まずは隣にいる自分自身。最初は偽物かと思ったが、見ている限りだと自分そのものだ。まあ、あまり自分の容姿など目にかけないので信用度は低いが。
そして次に、自分が持っている武器だ。腰にあるはずの黒き刀身を収めた鞘はなく、代わりに右手に見覚えのある杖を持っている。
さらにその杖を持った手はごつごつとしていなく、小さくスラッとした女性的な手つき、また女体化のような現象かと思われたが、それを決定的に否定するのが服装だ。
その服装は神官のような感じで、白色を基調としている。それは黒を基調としている自分の恰好とは正反対だ。
少し体つきを確かめて見る。腕や脚を触ってみても、いつも感じるような筋肉質のものではなく、柔らかく張りがあるような感じだ。
そして、決定的なのは胸だ。触ってわかる僅かな胸のふくらみと柔らかさはもはや否定出来る言葉を全て蹴散らしていくようである。
つまりこの体は.......
「え? どうなってるの!?」
「あれ? 私が隣にいる......」
クラウンより少し大げさにもう一人のクラウンとリリスは自分の手足を見ながら思わず驚きの声を上げる。
そのことにクラウンは僅かに鋭い目つきで二人を眺めると思わずため息を吐いた。それはらしくない行動をもう一人のクラウンがしているからだ。
なよなよとした感じではないが、女性っぽい動きはなんとも気が引けるというものだ。やはり堂々として欲しいものである。
とはいえ、二人が困惑している状況は理解しているので、まだ何も言うつもりは無いが。
すると、もう一人のクラウンとリリスが見つめ合うと同時にクラウンの方へと目線を合わせ始めた。
「ここに私がいて.......」
もう一人のクラウンがリリスの顔へと指差し、何かを確認していく。
「そこに私がいる.......」
リリスはクラウンの方へと指差すとリリスと似たような言葉を吐きながら何かを確かめる。そして、二人は同時に理解したのか声を揃えて告げた。
「「入れ替わってる!?」
「まあ、そういうことだな」
雪姫は冷めたように同意した。つまり現在、クラウンは雪姫の体に、雪姫はリリスの体に、リリスはクラウンの体にとシャッフルされたように中身が入れ替わっているのだ。
(※よって、地の文では通常通りの名前でお送りしますが、イメージされる場合はクラウン→雪姫、雪姫→リリス、リリス→クラウンの体とイメージしてください)
すると、雪姫は突然顔を赤らめながら身をよじらせていく。そして、恥ずかしそうに縮こまっていく。
それから、潤んだ瞳でクラウンへと尋ねた。
「仁、変なこと......してないよね?」
「.......」
クラウンは思わず頭を掻いた。これはどうして返答したらいいかわからなかったからだ。
確かめるためとはいえ、胸に触れたのは事実。それに関しては否定する言葉を見つけていない。
なら、黙っておけばいいのでは? と思うかもしれないが、それだと恐らく沈黙は肯定と見なされて気まずい空気になることは間違いないだろう。とはいえ、もう既に気まずい状況であることには変わりないのだが。
それは他人が許可なく自分の心にズカズカ入っていくようなもので、現在はむしろ心そのものとなってしまっている始末。
そうなると他人の体であれど、操作するのは自分自身。これほどまでに嫌なことはないだろう。
しかし、そこはわきまえているクラウン。もちろん、そんなことはしないし、したところで得るものは何もない。
「悪い、胸だけ触った」
「うぅ......」
クラウンは正直に白状した。雪姫はしっかりと言ってくれたことに嬉しさを感じたが、場所が場所であるために恥ずかしさの方が勝りさらに顔が赤くなっている。
そんな雪姫の様子を見て同調するように恥ずかしくなるリリス。恥ずかしがっている雪姫を見るという光景はなんとも言葉にはし難い。
そして、さらにそんなリリスを見て思わず目頭を押さえるクラウン。リリスの恥ずかしがっている姿などダレトクであろうか。
『違う。違うんだ!』
「!」
その時、クラウンは脳内に突然言葉が過ってきた。その言葉は誰かから脳内に直接伝えられてきた感じではなく、ふと湧き上がってきた感じ。
そして直後に襲ってくる頭痛。その痛みは誰かに頭を押さえつけられているような感じである。そんな鈍い痛みが頭の中を駆け巡る。
クラウンはふと二人に視線を移していく。すると、リリスも雪姫もある一点を呆然と見つめながら、頭を手で押さえている。
ということは、同時にその痛みが襲ってきたということだろうか。それが今の試練というわけなのだろうか。
しかし、先ほどの脳内に響いた声。とても聞き覚えのあるように聞こえたのはなぜだろうか。
「二人とも大丈夫か?」
「ええ、なんとか」
「うん、少しずつ引いてきた」
「なら、とりあえず進むぞ。また分断された。他の奴らも心配だしな」
「そうね。そうしましょ」
クラウンはリリスの言葉遣いにやはり何とも言えない心地を抱きながらも、頑張って目を瞑ることにした。今はそれどころじゃない。
『やめて。そんなことを言いたいんじゃない』
再び湧き上がってきた誰かに訴えかけるような声。そして、その声は先ほど聞いたのが男の声だとすれば、女の声であった。
これは何だろうか。何の声が脳内に響いているというのだろうか。誰と誰の声なのだろうか。
言葉だけが唐突に流れていくだけで、その時をイメージさせるような映像は流れてこない。なので、すぐに答えを見つけ出すことは出来ない。
なら、原点に戻ってみるべきか。まず自分は誰で、誰の体と入れ替わっているのかを。
そう考えると、自分はクラウンで、雪姫の体に入っていると言える。そして、出来ることは自分で思考をしっかりと出来て、さらに雪姫の体を動かすことが出来る。
現状で把握しているのはそれだけ......いや、本当にそれだけなのだろうか? まだ考えが浅い気がする。
今動かしているが雪姫の体としたら、その体自体にも情報を持っていたりするのではないだろうか?
よくスポーツをする時に「体に動きを沁み込ませる」という言葉があるが、それが動き以外も沁み込んでいたとしたら?
動き以外も覚えることがあるとすればそれは――――――記憶だ。英単語を暗記するように記憶も覚えている可能性が高い。
そもそもこの体は雪姫のもので、自分は言うなれば精神だけが入れ替わったようなものだ。体の中身がそっくりそのまま入れ替わったわけじゃない。
となると、先ほどの二つの声は雪姫の記憶によるものだということになる。それが断定的ではないが、そうである可能性が高い。
その記憶が思い出される......いや、漏れ出ているとすれば、自分の体と雪姫の体が適合し始めたということになるのだろうか。
現在の状況が魔法による適合であるので、完全に入れ替わって適合しそのままということはないだろうが、それでもこの状態は危険であることに変わりない。
それは見られたくない誰かに自分の記憶が勝手に覗かれてしまうということ。それが意図的でなくても。
今の状況であまり思い出せないのは体と精神が適合していないのもそうだが、どこにどんな記憶があるのかを知らないからであると思う。
ある科学者は「人は一度見聞きした者は忘れない。ただ記憶の引き出しから自由に記憶を引き出せないだけである。そして、それに対して思い出せないのを『忘れた』と言っているだけである」と言った。
それを踏まえて仮にある最悪の考えを想定するととても酷いことになる。これは可能性ではなく、断定の方だ。
その最悪の考えとは体と精神がほぼ適合した時に精神の方へと記憶が共有されていくということ。それは本人でさえ封印した記憶を覗けてしまうということ。
クラウンは額に僅かに汗をかき、右手に持った杖を強く握っていく。そして、心拍数が上がっていく。少しうるさく心音が聞こえてくる。
それから、少し苦しそうな顔でリリスを見た。それはあくまで仮にその考えが正解だとするとリリスに自分の過去が見られてしまうということになる。
今までもこれからもずっと言う予定のなかった記憶がリリスへと覗かれてしまう記憶がある。そして、そう思う理由は他にもあった。
それは雪姫の記憶からであろう二つの声のことだ。あれが雪姫の記憶だとすれば、女の声を恐らく雪姫の声だ。
そして、最初に聞いた男の声、あれは――――――自分の声だ。そう想定してしまったからかもしれないが、あの声に、あの言葉は恐らくあの時の記憶だ。
その記憶が最初に出てきたということは、考えられることとしては最近あった一番インパクトの強い記憶であるからだろう。
それは無意識に思い出すほど記憶にこびりついてしまっていると言っても過言ではない。となると、自分の最近で一番インパクトのある記憶はいろいろとあるが、恐らく雪姫と同じ時の記憶だろう。
あの時が一番インパクトがあった。それは何者にも染められないし、変わることのないクラウンの原点なのだから。
リリスの様子から見る限り、ちょくちょくと頭を押さえる仕草が見られるが、自分の方をあまり見ないということはまだその記憶には至っていないのだろう。
まあ、気を遣って気にしてない振りをしているのかもしれないが、さすがにあの記憶だけは見て見ぬふりは出来ないだろうしな。
とはいえ、リリスが自分の原点の記憶を思い出すのは時間の問題だ。それまでにこの場所を通り過ぎればいい。
「二人とも走るぞ」
「え? ええ、わかったわ」
「うん」
クラウンは先頭に立って走り出す。その後を不思議そうに、だけど少しだけクラウンの意図を読み取ったような顔をしながら走り出していく。
そしてしばらくの間、何もない道を走り続けた。魔物一匹すら出てこない。いや、もっと言えば必要ないのだろう。
すると遠くの方に結界が張られた道があり、その結界の前に言葉が彫られた祭壇があった。そして、その祭壇の言葉は――――――
『現在の記憶を一つ述べよ。偽りには罰が下る』




