第174話 企む絶望の何か
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しばらくキツそうなのは年末だからなのか
「それじゃあ、そろそろ私達も行くわ。泊めてくれてありがとね」
「礼なんていいよ。私とリリスの仲だからね。また遊びに来てよ。今度は......ね?」
セレンの含みのある笑みにリリスは思わず苦笑いしてしまう。その言いたいことがなんとなくわかったからだ。つまり、今度は家族でってことだろう。
「セレンもすっかりサキュバスね」
「私はもとからサキュバスだよ。それじゃあ、行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
セレンは腕を振りながら遠く離れていくリリスを見ながら、抱えている赤ん坊のメロウの手を握りその手を横に振っていく。
そして、リリス達の姿が遠く離れ見えなくなったのを確認すると何かを悔いるような表情を浮かべ、赤ん坊を誰にも渡さないかのようにしっかりと抱いた。
それから、暗い表情のまま下を向くとその状態で誰もいないはずの空間に声をかけていく。
「これでいいでしょ? だから、早く返して」
「そんなにせっかちにならなくてもいいじゃないか」
するとその時、セレンの背後から少年にも似た声が響いていく。その声にセレンはビクッとして体を震わせながらも、勇気を持って振り返る。
そして振り返った先には子供のような体躯で黒い法衣を来た少年―――――レグリアがいた。
レグリアの背後の空間はまだ少し揺らいでいる。空間から移動してきたようだ。だが、今のセレンにはそんなことはどうでもいい。
「早く夫を返して!」
セレンは殺気を宿らせた鋭い目つきでレグリアを睨む。そのセレンの気配の変化を敏感に感じ取ったメロウが泣き始めるが、セレンにはそれに構っている余裕はなかった。
すると、レグリアはめんどくさそうにため息を吐きながら、右腕を背後へと動かした。その瞬間、レグリアの腕は空間に突き刺さり、波紋を作るように波立たせながら、一人の青年を引き吊り出す。
その人物を見るとセレンは思わず叫ぶ。
「あなた!」
「安心してよ。しっかりと生きてるから。まあ、衰弱はしてるだろけどね」
レグリアがその青年を地面へと放り投げるとセレンはすぐに駆けよっていく。
「あなた! しっかりして! 私の声が聞こえる!?」
「.......ああ、なんとか」
必死に声をかけると微かに声が聞こえてきた。生きているのは本当のことのようだ。だが、このままでは死んでしまう可能性もある。
セレンは歯噛みしながら、思わず睨んだ。しかし、その睨みに対してレグリアはどこ吹く風といった感じだ.......いや、むしろ喜んでいる。
「やあ、たまらないね! その顔は! 僕を恨んで、憎んで殺せるなら今すぐにでも殺したいというその目! でも、力の差があって殺されるのはそっち! だから、その程度の反撃しか出来ない! ああ、この優越感! 絶望を与える快感! 何度やってももたまらない! 一度知ったら、病みつきになる禁断の果実のようだ!」
少年のような顔とは思えない醜悪な笑みを浮かべながら、高らかに笑っていく。さらに身もよじらせながら。
そんなレグリアにセレンは底知れない恐怖を感じないはずがなかった。だが、その恐怖は当然のものだとも思っていた。
なぜなら、自分は夫を助けるために友達を売ったのだ。そんな自分が楽な生き方が出来るはずがない。
出来るならばそんな選択はしたくなかった。そんなことをするぐらいなら死んだ方がマシだと思っていた。しかし同時に、死ぬことも出来なかった。
それはメロウの存在があったから。だから、自分は何としても死ぬわけにはいかなかった。その代わりに結果として友達を売ったのだが。
「後悔しているようだね」
「!」
セレンは不意にレグリアと目が合った。その瞬間、闇よりも深く黒ずんだ瞳に全てを見透かされたような気がした。
そう思うと体が石のように動かなくなる。呼吸すらもまともにすることが出来なく感じてくる。
「まあ、当然か。君にとっては家族の死と友達の死のどちらかを選ぶというのは究極の選択にも等しいからね。なんせ君は村が襲撃された時のその村にはいなかったからね」
「......どうしてそのことを知っている!?」
「地面に寝転がっているその男から情報を盗んだからだよ。そういう情報は大切な人にもあまり言わない方が良いけどねぇ~」
「貴様ぁ!」
セレンは怒気を字で表したような顔でレグリアへと声を浴びせた。だが、動くことはできない。娘を危険にさらすことになるから。
そのことがわかっているのかレグリアが腹を抱えていて笑っている。
「たまらない! たまらないねぇ! その顔は!―――――――実に壊したくなる」
「!」
レグリアがニヤついた笑みでそう言った瞬間、セレンは全身に寒気を覚え、上がっていた体温が急激に冷えていくの感じた。
すると、先ほどまでの起こった表情は絶望で染まった顔へと変わっていく。歯はカタカタと音を鳴らしていき、体は僅かに震えていく。
なぜなら、すぐ首元に先ほどまで気配すら感じなかった誰かの手があるからだ。
しかも、その手には短剣が握られていて、その短剣の刃先は自分の首に当てられている―――――というよりはメロウへと向けられている。
それだけではなく、近くに倒れている夫の方の首元にも矛の刃先が向けられている。
しかも、その矛は自分の背後から伸びている。つまり背後には自分の知らない誰かがまだ二人いるということになる。
状況は最悪。否、絶望的。自分の本体を殺すのではなく、自分の心を壊そうとしている。それももっとも効果的に高めた状態で。
自分を怒らせて恨みや憎しみを高めるだけ高めていって、その落差を利用して絶望の深淵を覗かせるように叩きつける。
もとより人間じゃないとは理解していた。だが、こいつは化け物と簡単に片付けていいレベルじゃない。まともに言い表せる表現は持ち合わせない。
だから、せめて言うならこいつは―――――絶望の何かだ。
「さて、君を選んだのはいくつか理由があるんだけど、さっき言ったみたいに僕はその男から情報を盗んだんだよね。その時に君は丁度僕の最高のおもちゃの情報を持ち合わせていてね。しかも、深い繋がりがあると言うじゃないか。それを知った時の喜びは計り知れなかったね」
「.......それで私達を狙ったの?」
「まあ、一番大きな理由から言えばそれだね」
セレンはやや疲れたような顔をしていた。それは当然だ。以前首元には刃物が突きつけられていて、それでいて人質もいる。
むしろ、こんな絶望的な状況で良く精神を保っているものだ。それでいてメロウにはこの光景を直視させないように目を手で軽く覆っている。
そんなセレンの精神状況がメロウにも伝わっているのかメロウは不安で泣くことをなぜかしなかった。本来なら不思議がるセレンだが、今の状況に限ってはありがたかった。
すると、レグリアは世間話でもするかのように話を続けていく。
「けど、興味を引かれたのは他にもある。それは君が『リゼリア』という名を知っていることだ。とはいえ、聞く限りでは有益な情報はなかったから当てにはならなかったけど」
「なら、もう解放してよ」
セレンは精一杯の勇気を振り絞って言葉に出した。すると、ニヤついていたレグリアの笑みがスッと消えていく。
「誰にその言葉を言ってるの?」
その顔は、その言葉は先ほどとはまるで質が違かった。先ほどので無邪気な子供とすれば、今のは感情のない殺戮者だ。
心がギシギシと歪んでいくのがわかる。まるで水圧に押し潰されていくかのように全身から圧力を感じていく。
心が折れそうになる。なんとか紙一重で保っていた平静も多大なる力を持って踏みにじられようとしているその時だった。
「あー! あー!」
メロウが勢いよく泣き始めた。その声は自然とセレンの耳の中に流れ込んできて心にストンと落ちていく。
聞き慣れた声であったからか、愛する娘の声であったからかその明確な理由はハッキリとはわからないが、その声は確かにセレンの心を救った。
すると、レグリアも興が削がれたのかため息を吐いた。その瞬間、圧縮されたこの場の空気は一気に霧散していく。
セレンはレグリアの様子を見ながらメロウをあやすと一つだけレグリアに尋ねた。
「......一つ質問してもよろしいですか?」
「ようやく立場というものがわかったようだね。うんうん、僕は寛大だ。特別に許可してあげよう」
「ありがとうございます。なら、私の友達.......リリスに何をしようとしてるのですか?」
セレンは一番聞きたかったことを聞いた。自分を使ってまでリリス達にわざわざ神殿へと行かせるよう誘導させたのだ。それぐらい聞く権利はあるはず。
すると、レグリアは再びニタニタした顔で返答する。
「君を使って誘導させてはいるが、目的は君の友達じゃない。もっと最高のものだ。それにまあ、あの神殿は他の神殿に比べれば特殊だ。しかも、僕により改造済み。そして、それは僕の計画の最高のスパイスとなる。それによって完成したものは恐らく魔族としては最高傑作だろね。一言で伝えるとすれば......破壊のみで動く理性の化け物と言ったところかな」
セレンはレグリアが何を言っているのか理解できなかった。当然、それはもともと考えられるだけの情報を持っていないというのもそうだが、それ以上にリリスがかかわっていないと言ことに関してだ。
先ほどレグリアは「魔族としては最高傑作」と言った。なら、魔族であるリリスが目的でないはずがない。しかし、レグリアはハッキリと否定した。
当然、その言葉を信じればの話だが、あいにく嘘をついているようには見えない。
「もう話は以上だね。僕はこれからのために準備しなきゃいけないから。ここらで戻らせてもらうよ」
そう言うとレグリアは指を弾きならしていく。すると、首元にあった刃と夫の首元にあった刃はスッと背後へと消えていった。
そのことに安どのため息を吐いているとその時はすでにレグリアの姿はなかった。
だが、すぐに目から涙が溢れてくる。その理由は言わずもがなだ。
「ごめんなさい.......リリス」
それからしばらく、セレンのすすり泣く声だけが周囲に響き渡る。そんなセレンを慰めるようにメロウは小さな手を頬に触れさせた。




