第173話 リリスの片鱗
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リリスは一連の過去の流れを全て話し終えると疲れたようにその場で寝転がった。そして、陰りを見せている月を眺める。
過去を語ったからこそ思う。「自分は存外大変な思いをしてるな」と。それでいてまだ現在も通過中のようなものである。
どうしてこんなに客観的に見れてしまうのだろうか。もう既に環境的に慣れてしまっていたりするのだろうか。
否定は出来ない話である。なんだかんだでここまで来てしまっているのだから。とはいえ、他に要因があるとすれば.......
「きっと仲間がいるからかもね......」
「そうだね」
リリスの思わず出た言葉に雪姫は反応していく。その反応が自分の思考がわかった上で反応しているのか定かではないが、それでもやはり反応してくれるだけ嬉しいものである。
自分が復讐を誓った日からの一年と数ヶ月は話す相手などほとんどいなかった。途中森で道に迷った他の種族とあいさつ程度の会話をしただけで、一時話し方を忘れていたりした。
最初は孤独で人恋しさがあった。しかし、なんだかんだで一か月経つ頃にはそれに慣れてしまって、数か月後には当たり前になってしまっていた。
それが普通だと思っていた。そもそも復讐に他人を巻き込むつもりは無かったので、もとよりいずれ一人になるのだから都合が良かった。
そう思っていたのに.......
ある時凍り付いた心を持つ同種を見つけ、そして自分と同じ目的だからかなんとなく気になり始め、すぐに同盟という形で仲間を作ってしまった。
あの時は九割が利害の一致で残る一割が同種であるからの安心感があった。そして、旅をするにつれ、その相手のことがわかってきて自分と同じかそれ以上に心が死んでいると気づいてしまった。
その時、復讐を誓った自分と相手が重なって見えた。だからか、過去の自分への償いのつもりか余計に首を突っ込みがちになってしまった。
そして、気づけば自分は一人になることに寂しさを感じていた。最初は勘違いかと思ったが、その気持ちは会話が増えるごとに大きくなっていった。
すると今度は、自分の凍っていた心が溶け始め、僅かに動き始めたことに気付いた。とはいえ、その気持ちはさすがにその時は認める気にはならなかったが。
それから、相方―――――クラウンの痛々しい心の傷をすぐそばで眺めながら旅は続いていった。
そして、獣王国ではベルと兵長が、砂漠の国ではエキドナが。兵長が命を張って護ってくれた経験を得ながら、霊山付近でカムイと出会い、エルフの森で朱里、商業国で雪姫が。
そこでラズリとの因縁の対決を自分の代わりにクラウンが果たしてくれた。しかし、そこはまだ通過点に過ぎない。
カムイに妹が人質に取られているためその救出に鬼ヶ島へと向かえば古代兵器リルリアーゼと戦い、今では仲間になり現在に至る。
今やこの仲間でかなりの大所帯だ。最初の頃では考えてもいなかったことだ。それが嬉しくないはずがない。
それにそばで見続けたクラウンの心が少しずつ変わっていくのが自分のことように嬉しくも感じた。
きっとその時だろう。自分の抱えていた気持ちを偽らなくなったのは。それがいつであったかは覚えていない。
しかし、確かに今も心の中に宿っている。それは確かめることも出来て、最初の頃より初々しさは無くなったが、それでも深度は大きくなっている気がする。
―――――――だからこそ、怖いのだ。
そこまでして積み上げてきたものが、再び崩れ去ってしまうのが。ここまで何だかんだ言って順調に母リゼリアの指示通りに宝玉を集められている。
逆に言えば、この時なのだ。何かが起こるというのは。あの時もそうだった。自分がもうないだろうとどこか安心していた時に襲撃は起きた。
そして、全てを失った。
今の自分には過去の経験が薔薇の棘を纏わせた蔦となって自分を縛っている。その蔦は自分が仲間への、クラウンへの思いが強まるたびに強く縛り付ける。
結局どっちつかずなのだ。今を取れば過去のしがらみに足を掴まれ、過去を取れば今を否定してしまうような気がする。
どっちが正解で、どっちが不正解というのはないのだろう。それでも、ここまでうだうだするなら自分で決めたいものだ。
もちろん、自分でそんなことが出来ていれば今頃こうして苦労していないだろうが。だからこそ、クラウンを一番知っている雪姫に話を聞いて欲しかったのかもしれない。
そして、どこかで答えを得ようと企んでいる。
「.......ズルい女ね」
「どこがなの?」
再び漏れた言葉に雪姫はリリスの顔を覗き込むように聞いていく。その真剣な瞳のリリスは少し驚きながら、逸らすように顔を動かして告げる。
「私は自分で決められなくて、答えがわからなくて、その気持ちを他人の意見に委ねようとしている。私は私なのに自分のことすらわからないでいる。そして、きっと聞いた答え通りに動いて失敗したら、どこかで不貞腐れると思うのよ」
「.......」
「それでいて、思いついてすらいなかった考えをその時に思いついて『自分の方が正しかった』とか自己防衛するのよ? 自分の弱さを認めようとしないで、隠そうとして.......だから、他人にはカッコつけた言葉ばかりが言える。朱里に『逃げちゃダメ』というようなことを言っておきながら、一番逃げ出そうとしてるのは自分なのにね」
「それのどこがズルいの?」
雪姫はリリスの言葉を聞いておきながら真向から否定するような言葉を言い放った。その言葉にはさすがのリリスもスルー出来ずに上体を起こすと雪姫に聞いた。
「それ本気で言ってるの?」
「本気だよ。もちろん、私個人の意見だけどね」
雪姫はリリスを瞳を射抜くように真っ直ぐとした瞳を向けていく。その視線がぶつかるとリリスは今にも逃げ出したいような気持ちにかられた。
しかし、何とか踏みとどまる。「このままでは前とさっきと一緒だ」と自分を叱咤しながら。すると、そんなリリスに安心したように雪姫は話し始めた。
「そんな気持ちはね、私だって経験したことあるよ。結局、自分可愛さで動いているんだよ。このままじゃダメだってわかっているのにね。けど、それは全部が悪いことじゃないと思うの」
「.......どうしてそう思うの?」
「あくまでリリスちゃんの場合だけど、リリスちゃんは悩みに悩んだ末に他人に答えを求めようとしているんでしょ? だったらそれは、リリスちゃんが必死に自分なりの答えを探そうと足掻いている証拠なんだと思うんだよ。だから、他人が見えている視点や思考を借りて自分が見えなかったところを照らし出そうとしている」
雪姫は三角座りをしながら両手で杖を横持ちする。そして、雲が流れて再び顔を出し始める欠けた月を眺め始める。
「だから、それがズルだとしても、それは良いズルだと思うんだ。客観的に自分で自分を見つめようとしている何よりの証拠だと思うの」
「.......」
「私はそれすらも出来なかった人間だからね。全てを否定された気になって、一人で閉じこもっていたんだから。だから、リリスちゃんは私のことを『羨ましい』って言っていたけど、その気持ちは私も同じなんだよ?」
「私が羨ましいってこと......?」
「うん、幼い頃から壮絶な体験をしていて、それでも尚前に進もうと考えを巡らしている。悩んだり、立ち止まったりしているけど、それは考えているからであって.......ともかく、リリスちゃんはズルくない! わかった?」
雪姫は思わず自分語りしそうになったことに気付くと話を切って、力強く結論を言い放った。そのあんまりに堂々とした振る舞いにリリスは思わず笑みがこぼれた。
それは雪姫もまだ恐怖を抱えているであろうことをなんとなく感じ取ったから。その恐怖の原因は当然クラウンとのわだかまりのことだろう。
雪姫もまたクラウンとそばにいた自分から答えらしきものを得ようとしていたのかもしれない。ただそれが自分より積極的じゃなかっただけであって。
自分と雪姫は似ているのかもしれない。同じように辛い過去を持ち、似たような思いに悩み、同じ人を好きになった人物。
人族が嫌いだった最初の頃の自分が見たらどう思うだろうか。きっと説教でも受けるだろう。
でも、今の自分なら怒られてでも言うだろう――――――「存外悪いもんじゃないよ」って。
「リリスちゃん?」
「え?」
その時、雪姫がリリスを驚いたような表情で見る。そのことにリリスは驚きながら自分の体を見るとさらに驚いた。
なぜなら、リリスの体から淡いピンク色の靄が纏うように溢れ出ているからだ。それはまるでサキュバスの特性である好感度メーターで見た時のような現象に似ている。
「!」
その時、リリスの頭は無意識に地下室での魔法陣から得た情報へアクセスをかけた。そして、溢れ出て流れていく様々な情報。
「リリスちゃん?」
雪姫が心配そうに眺める中、リリスは頭へと意識を集中させているのか虚ろな目をしている。それから、ひたすら「わかる、わかる」と呟いていく。
すると、リリスは突然立ち上がるとそのまま波一つ立たないキレイな月を映し出す湖へと歩き出す。そんなリリスの様子に雪姫の心配度は徐々に上がっていく。
「邪魔ね.......」
「リリスちゃんなにしてるの!?」
リリスは突然立ち止まると靴に手をかけるとそのまま脱ぎ始めた。そして、髪留め、スカート、上着、下着と周辺に脱ぎ散らかしながら、それでも湖へと向かって行く。
その突然の行動に雪姫は両手で顔を覆いながらも、指の隙間からしっかりと見ていたりする。
「わかるのよ.......使い方が」
リリスは湖に足を入れていくとそこから少し進み、倒れ込むようにして全身を入水させていく。それによって発生した波紋はもう一つの月を妖しく揺らしていく。
「え? リリスちゃん?」
それからすぐに浮上して来ないリリスに心配度がマックスになった雪姫は立ち上がって、湖のすぐ傍へと駆け寄っていく。
その瞬間、バシャンッと水しぶきと何かが一気に浮上してきた。その水しぶきを腕で顔にかからないようにガードしながらも、その隙間から雪姫はしっかりと見た。
先ほどまで背中の中間あたりしかなかった紅の髪は腰辺りまで伸びていて、肉付きも、体格も先ほどまで一緒にいたリリスより一回り大きく感じる。
そして何より.......
「キレイ.......」
雪姫はその艶めかしく感じるリリスであろう背中に思わず見惚れ、顔は赤くなり、言葉は勝手に漏れ出していく。
エロく感じるはずなのに、それ以上にその艶めかしさが当然のものだと自然と理解でき、同じ女性なのにその堂々たる姿は惚れてしまいそうになる。
もちろん、特に魔法を使われたような感覚はない。ということは、あれが本来の実力ということになる。
すると、リリスであろうその人物は前髪をかき分けると頭を上げた状態で頭だけを振り返らせた。
そして、一言告げた。
「これが女王よ」




