第166話 手記が語る母の姿
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リリスはセレンの家から出ると今日の寝床へ着く前に再びもともとの自分の家へと向かった。
そのため、村から少し離れた鬱蒼とした月夜も隠す暗い森の中を一人歩いて行く。
まるで人面が浮かび上がっているような樹木、恐怖を掻き立てるような鳥の群れの鳴き声、どこからか聞こえてくる茂みを這う音。
「昔は育った頃からのなじみ深い森だっていうのに随分とビビッてたわよね。なんだかその時が懐かしく感じるわ」
リリスは手を後ろ手に組みながらその道を踏みしめるように歩いて行く。その歩く速度は通常の半分ぐらいといったところか。
懐かしさに思わず目を閉じていると隣の茂みから何かが動いている音がした。すると、その何かはリリスに向かって鋭い爪を立てながら襲いかかってくる。
「ウキャ―!」
その猿の魔物はリリスの注意が散漫になっていると感じ飛び出してきたのだ。しかし、リリスはゆっくりと目を開けるとその猿に対して僅かな光で紅く輝く瞳だけを向けた。
その猿は一瞬の身もそぞろな恐怖を感じたがもうすでに飛び掛かっている状態、後戻りはできないと爪を立てた右手を上から下へと一気に振り下ろす。
「バカね。まだ攻撃意志を見せなければ見逃してやったかもしれないのに」
「ウギャッ!」
リリスは滑るようにバックステップして猿の攻撃を避ける。そして、丁度自身の頭ぐらいの位置にいる猿に対して、その場で飛んで体を斜めに回転させながらその遠心力を活かして猿の後頭部に脚を叩きつけた。
その衝撃で猿の後頭部は僅かに歪み、蹴られた勢いで顔面から地面へと叩きつけられた。
その瞬間、後頭部は弾け飛び、首なしの死体が一瞬の首逆立ちを見せた後その場で倒れた。
「そう言えば、こうして戦い方も教えてもらったのよね」
リリスはその死体を視界に入れることもなく、再び後ろでに組んで何事もなかったように歩き出す。その背後では猿の魔物にハイエナのような魔物が茂みから飛び出し、死肉を食い始めた。
だが、すぐにその魔物達は逃げるように散っていく。
それから、度々魔物に襲われつつもそれを足技のみで倒していく。これがこの村でリゼリアから教わった技だからこそ魔法に頼らず自然と使いたくなってしまう。
そんな感情も懐かしいと感じながら、リリスはついにもとあった家へと辿り着いた。その家は新築その者だ。
だが、始め来た時は気づかなかったが、木が新しいだけで家のつくりや見た目といったのは昔のままであった。
それはつまりセレンの言った通り古すぎたから家を建て替えたということなのだろう。
まあ、確かにまだもっている自体が驚きぐらいの家であったから建て替えしたい気持ちもわからなくない。
リリスはその家に向かって歩いて行き、ドアノブに手をかけると捻って扉を開けていく。
「ただいま」
リリスは静かにそう言った。だが、以前ならすぐに返答するリゼリアの声がしない。ただリリスの声が家中に外の虫のさざめきと共に響き渡っていくだけ。
リゼリアが旅に出てから半年ぐらい一人で過ごしていた時期もあったというのに酷く悲しく、寂しく感じる。
そのことにリリスは少し悲しい顔を浮かべながらも、すぐに両手で頬を軽くはたいて気を取り直させる。
そして、扉を閉めると暗がりの廊下を暗視で見回しながら明りを探していく。
それから、壁に立てかけられていたランプに魔法で火をつけるとそれを手に取って、懐かしさに家中を物色していく。
リビング、キッチン、洗面所、寝室とどこも変わらない。どうやらセレンは建て替えの時にものの配置ももとと全て同じにしてくれたらしい。
しばらく懐かしさに時間を潰していくとふと書斎の扉が視界に入った。実はここはリリスにとって未知の場所だ。
というのも、この部屋だけはリゼリアから「絶対に入ってはいけない」と言われた場所なのである。
昔に好奇心で目を盗んで侵入しようとした時に普段温厚のリゼリアが悪鬼の如く怒ったことを今でも思い出す。
そのためかリリスは少し鳥肌を立たせながらも、その扉のドアノブへと手をかけていく。
今ならなんとなくわかるのだ。リゼリアがどうして自分をこの部屋に入れたがらなかったのか。
恐らくは神のことに対しての情報や対策、計画とかを練っていたのだと思われる。
そして、自分がそれを知ってしまえば幼いうちから神から目をつけられて殺されてしまう可能性が非常に高い。それ故にあんな言い方をしたのだと思われる。
だが、今は違う。あの街でリゼリアと再会してリゼリアの正体、神に関する情報を聞いた。もう部外者ではなくなった。
だからこそ、進む。もう引き返せないところまで来ているのだ。こんなところで怖気づいてなんていられない。
リリスは扉を勢いよく開けた。すると、その部屋は両端におびただしい数の本が隙間なく敷き詰められており、正面には大きな机の上になにやら文字が書かれた大きな紙、そして羽ペンに、インクに、手記と置かれていた。
また、その机の背後にある窓から雲の隙間から顔を覗かせたであろう月の光が、その机だけを幻想的に照らし出していく。
リリスは部屋へと一歩踏み出すと本棚にランプの明りを当てながら本のタイトルを流し目で見ていく。
それらの本は全て伝承や逸話といったジャンルのものが多かった。また別ジャンルではサキュバスの生態に対しての研究本みたいなのもあった。
もとより当事者のリゼリアがなぜそんな本を集めていたのかは謎だが、ともかく今は机の方へ向かって見よう。
そして、机を覗き見てみると白い大きな紙には中央に大きな円形の魔法陣があり、その魔法陣の所々に線が引っ張られて別の小さな魔法陣とともに考察のような目もが残されている。
大きめの魔法陣は見ているだけで酔いそうなほど細かい部分まで同じような魔法陣が描かれている。これを描けと言われればかなり骨が折れるだろう。
だが、そのメモを見ても肝心の何の研究かは何も見えてこない。ただその近くに小さな魔法陣に対して血やら生贄やらと物騒なことが書かれているが。
「一体何を研究してたのよ.......」
リリスは思わず苦笑いしながら机に置かれてあった手記に手に持つ。そして、その手記をペラペラとめくっていく。
初めはずっと神の情報に対するメモが多かった。その神の能力やら弱点やらを考えたようなメモであった。
この情報が今後どういう風にわからないが、この時点でクラウンに渡そうと決め――――――
「これって.......」
リリスはそう思いながらページを流し読みしていくとあるページで思わずめくる手を止めた。そのページにはこう書かれていた。
『私のせいでサキュバスの村が襲撃にあってしまった。これは神としては許されざる罪だ。だから、償いとして私は私のせいで両親を無くしてしまったリリスという少女を育てようと誓う。その覚悟を忘れないようにここに記す』
「え......」
リリスは思わず声が漏れた。だが、それは仕方ないことかもしれない。なぜならリリスの大好きな人が原因で村が襲われたとあったのだ。
確かに、おぼろげながら傷ついたリリスがまだ両親が生きていた頃に訪ねてきた記憶がある。
リリスはこの話の続きがないか思わず次のページをめくった。そして、その見開きのページを見た瞬間、リリスは凍えるような恐怖に襲われた。
『ダメだった、ダメだっ、ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ』
そのページには白い部分が見えないほど、何度も上書きされたように「ダメだ」という言葉が書きな殴られている。そして、次のページには―――――
『何度過去に戻っても失敗する。憎む、恨む、死ぬ、絶望する。誰も誰も生き残らない。全ての生物が生存を否定された世界。私は何度勇者に重荷を背負わせればいいの? 何度彼を苦しめれば気が済むの? でも、他の人ではダメだった。だから、勇者の頼んだ。もはや神すらもすがる願い。だけど、その全てが否定された。私の愛した世界が、人々が神に殺されていく。ダメだ、堕ちる。考えるな。まだ希望はあるはず。まだどこかに......』
そこからは自蔑する文がページの終わりまで永遠と続いていた。その文をリリスは直視できなかった。
呪いや怨嗟とは違う......そう、精神が崩壊しかけている人の文だった。
視界に少し入れただけで息が詰まりそうで、吐き気がするような気分になってくるこの文はリリスの胸を鷲掴み、苦しめていく。
先ほどの村を滅ぼした原因についての少しだけ湧き上がった恨みや憎しみの感情は今はない。全くなくなったわけではないが、それでもゼロには近くなった。
この手記がリゼリアの本当の内面だとしたらあの朗らかに笑っていた顔は全てハリボテであったということになる。そう考えると悲しく感じてしまう。
リリスは次のページをめくる。そのページは白紙だった。その次も、その次も白紙。
しかし、数ページめくったところで先ほどとは打って変わって明るい文章であった。
『〇月×日 今日はリリスの誕生日とのこと。この子には小さい頃から辛い目に合わせてしまった。その影響か、まだ笑顔を見せたことがない。ごめんねこんなお母さんで。でも、喜んでもらえるように精いっぱい頑張るからね』
『△月☐日 リリスが! リリスは初めて笑顔を見せてくれた! とっても可愛らしい笑顔でとても心が癒される! それに少しずつ心を開いてくれたのかリリスから話しかけてくれるようになってきた! あー、もう可愛い! この子は絶対魔性に育つわね』
『◇月◎日 今日はリリスに戦い方を教えた。リリスは嫌がっていたけど、ここは心を鬼にして指導した。リリスの才能は凄まじいものだった。まさか全属性使えるなんて!! でも、魔法だけじゃダメよ。女たるもの、足技を磨きなさい! まあ、私がこのスタイルの戦い方というだけなのだけれどね』
そんなリリスの成長を記録していくような日記が手記の最後辺りまで続いていった。
毎日綴られていたというわけではないが、それでも全てから愛が伝わって来るような文章だった。
そのことにリリスは嬉しくなる。リゼリアの心の支えになれていたことが喜ばしく感じる。だからこそ、その成長記録の最終ページには目を向けたくなかった。
そのページは日付だけ書かれていて、白紙の部分には文字の代わりに大きく×と書かれていた。それだけで何を意味するかリリスはわかった。
その日は二度目の村襲撃があった日だ。それだけでリゼリアの精神状態を考慮すれば考えなくても伝わってくる。
なので、リリスはあえてその時の記憶を思い出さなかった。そして、最終ページをめくるとある文と手記のカバーポケットに刺さっている鍵を見つけた。
『リビングのテーブルをどかして地下へと向かって』
ただその一言だけが書かれていた。
ホラゲーにこういうのたまにあるよね




