第150話 変化の原因
読んでくださりありがとうございます(≧▽≦)
そろそろ鬼ヶ島編は後編に入りますね
「――――――というわけなんです」
「なるほどね。さながらカムイの仲間思いやシスコンの原点を覗いた気分だわ」
「まあ、実際そういうことなのだろう。聞いている限りではな」
場所は移ってある家の工房、そこにはクラウンとリリス、それから二人に話しかけた青年カルマの姿があった。
その工房の壁際にはたくさんの刀身のみの刀が飾られていて、傘立てのような円形の筒に乱雑に置かれた鞘に入った刀もある。
そんな工房の一室で、カルマは刃先の折れた刀を見せながら二人にカムイの過去の出来事を話した。
「兄さんは本当に負けず嫌いでした。ですが、それ以上にカムイ兄さんのことを高く評価してました。自分の自慢をせずにカムイ兄さんのことばかり誉め言葉を添えるんですよ? 僕としては兄さんに『自分はすごい』と言い切って欲しかったんですが、あんな楽しそうに話す兄さんを止められるわけがありませんでした」
「でも、それだけ濃い過去があって今に当たるというと実に苦しくて辛い状況ね。カムイは仲間と妹のために強くなることを選んだというのに、強くなった今にまたこうなるなんてね......しかも相手は理不尽の塊。一人ではあまりにも荷が重すぎるわ」
「俺が一人で戦うってもギリギリ......いや、あの時に力の覚醒がなければ今ここにいない可能性があるという相手だった。確かに、荷が重すぎるな。しかも、カムイの場合は仲間思いが強すぎるからな。自分一人の問題に仲間をかからわせて危険な目に合わせたくないという思いが必ずあるだろう」
「カムイ兄さんは昔っからそうですよ。見た目は楽観的でヘラヘラって感じですけど、あの人ほど影の努力をしている人はそうはいません。それに、その努力を知っているのも僕と兄さん、そしてルナ辺りでしょうね」
カルマは手元にある折れた刀身に鏡のように映り込む自分の姿を眺めながらそっと呟いていく。そして、懐かしさと悲しさが混じったような複雑な表情を見せる。
「どうしてこうなってしまったのか?」「そうしてこうならなければいけなかったのか?」「何かが間違ってしまったのか?」そんなことを考えているとクラウンは感じ取った。
それは自分も同じ道を通って来たからだ。そして、一度その道において拗らせた。自分はその運命を憎み、恨み、そして復讐を決意した。
カルマはいわば綱渡りの途中にいるのかもしれない。一番不安定な位置だ。そして、ここで判断を誤ったり、予想外の出来事が起これば即座に悪に堕ちるだろう。
その先は酷く孤独で冷たい感情、思考、でしか動けなくなってしまう。そして、自分一人で、自分の命も気にすることもなく目的のみを実行する人形となる。
その道を歩ませるのは酷である以上に残忍であるかもしれない。だから、言うことは言わせてもらおう。
「......お前が行ける道の前でお前が信じれる道だけ進め。それは自分一人で決めた道だけじゃない。仲間の言葉やお前が尊敬する人の言葉でもいい。とにかく、合わないことだけはするな」
「あんたも案外の口下手ね。つまりは『お前が出来ることを今はやれ』って意味よ。カルマは戦闘が苦手らしいけど、だからといって得意だったグレン兄さんの後を継ぐ必要はない。だから、グレン兄さんやカムイのサポートができるように鍛冶師になったんでしょ? それが自分にできることだと思ったから。だったら、その道を信じて進みなさいってことよ」
「......そうですね。弱っているカムイ兄さんの前でそんな姿は見せられないですよね」
カルマはそう呟くとあぐらをかいている少し手前に刀をそっと置いた。そして、おもむろに両手で頬をはたいていく。それはきっと気合を入れるための行動なのだろう。
「ありがとうございます。これでより一層精進できます。それから、余計なお時間を取らせて申し訳ありませんでした」
「そこまでかしこまらなくてもいいわよ。あんたが話してくれたことは私達にとってむ無視できるような話じゃなかったわけだしね」
「そうだな。それに、お前はつくづくタイミングが良いらしいな。ほら、お前を尋ねて客がやって来たぞ」
クラウンは腕を組みながら目を閉じてそう言った。その言葉にカルマは思わず店の玄関を見るが誰も来ている様子はない。なので、その言葉を不思議に思って数分後、二人組の声が聞こえてきた。
その声の一つにカルマは思わず目を見開く。確かにクラウンの言葉通りだ。まさかここに―――――
「よお、カルマ。元気にやっているか? っと、クラウンにリリスもいるじゃねぇか」
「カムイ兄さん.......」
カルマはカムイの姿をまじまじと見つめると段々と涙が溢れてくる。それは嬉しさもあるが、どちらかというと八つ当たりの感情に近いかもしれない。
別に恨んでいるわけじゃない......いや、少しはその感情はあるかもしれない。
カルマがカムイを尊敬しているのは確かだ。だがやはり、「どうしてあの時に兄さんと一緒にいてくれなかったんだ」という気持ちはある。
もう過ぎて取り戻せはしないこと。そんなことはカルマ自身もわかっている。しかし、もしあの時カムイがこの国にいてくれれば運命は変わったかもしれない。そう考えてしまうのもまた自然のことだ。
だが、カルマは唇を噛んで必死に口から漏れ出そうになる理不尽な言葉を抑えた。これを言う立場でないのはわかっているし、それに突然襲撃されたことに対してカムイが知り得ることなんてないから。
すると、何かを察したカムイはカルマにそっと手を伸ばしていくとカルマの頭へと乗せていく。そして、涙ぐんでいるカルマの顔を見ながらカムイは言った。
「辛い思いをさせてごめんな。それに、そんな言葉で簡単に清算できるとは思っていない。だから、カルマが思っていることを全てぶつけろ。お前にはそれができる資格があって、俺にはそれを受け止める義務がある」
「......」
カルマは涙で歪んだ顔でカムイを見ると両手でカムイの胸ぐらを掴んだ。そして、カムイの胸に自分の頭を引き寄せるように動かすとその状態のまま感情のままに言葉を吐き出し始めた。
「どうしてあの時一緒にいてくれなかったんだよ! どうしてこの国を出ていってしまったんだよ! そうすれば兄さんが死ぬこともなかったかもしれない! もっと大勢の人が生きていたかもしれない! ルナだって攫われずに済んだかもしれない! どうしてどうして!.......どうしていないんだよ.......」
「......ごめん。駆けつけられなくて。何も出来なくて」
カムイはカルマに乗せている手をゆっくりと動かしていく。そして、ただ「ごめん」という言葉を繰り返していった。
そんな二人を邪魔しないように朱里はクラウン達のそばに寄っていくとそっと話しかける。
「これで一先ずはいい感じにいったのかな?」
「そうじゃない? 暗い感情は燻ぶらせたままだといつかは自分自身も苦しめる結果になるのよ。どっかの誰かさんのようにね」
「それはもはや俺あてに言っているようなものだが? まあだが、否定はできないな。俺の中にある黒い感情が他のやつらと一緒なのかどうかは怪しいが、それでもずっと持ち続けることは自壊する危険性をはらんでいるからな。できるだけないに越したことはない」
「それじゃあ、今の海堂君にはないってこと?」
「ふふん、私のおかげでね。感謝してよね」
「ああ、感謝してる」
クラウンはリリスの言葉に即答した。その言葉にリリスは思わず驚きつつ、顔が急速に熱くなっていくのを感じていく。
本当は半分冗談みたいな感じで言ったのだが、まさかストレートに言葉を捉えられるとは思っていなかったようだ。とはいえ、今の言葉は貴重なので脳内フォルダに保存しておこうと思ったリリスであった。
「にしても、カムイの顔がやたらスッキリしてるわね。なんというか、カルマの言葉を聞いても思ったよりも暗い感情に浸っていないというか......あ、もちろん、悪い意味なんかじゃないわよ」
「だとすれば、この中でカムイに変化が起こったことを知っているのは一人しかいないだろう」
クラウンがそう言うとリリスと一緒にもう一人の方へと目線を向けていく。そのもう一人である朱里は顔を赤くしながら、必死にその視線から目を逸らしていた。
その反応に何かを察したリリスは思わずニヤッとイタズラっぽい笑みで朱里へと聞いていく。
「あ、もしかして、カムイと何か特別なことがあったわね? 隠しても無駄よ。サキュバスは感情の機微に敏感なんだから」
「......」
「沈黙は肯定と見なすわよ。それで何があったの? 落ち込んでいるカムイを抱きしめながら慰めの言葉を送ったとか?」
リリスはそう言うと視線をクラウンの方へと移していく。すると、クラウンも朱里と同じようにリリスの視線から逃げるように目を逸らす。どうやらあの花畑の記憶はしっかりとあるみたいだ。
すると、久々にリリスの嗜虐心に火がついたのか。リリスはグイグイと朱里に突っ込んでいく。
「今思えば、朱里の方もカムイと一緒にいるというのに随分と落ち着いているわね。やっぱり何かあったんでしょ? 告白でもした?」
「......」
朱里は答えなかっただ。ただ、分かりやすいほど耳が真っ赤になっていく。どうやら図星のようだ。そのことにリリスは思わず驚いた。まさか朱里にそんな勇気があったとは。
とはいえ、それでカムイの調子が元に戻ったのなら、もしかしたらもしかするかもしれない。しかし、それ以上に――――――
「朱里、別に恥ずかしがることはないわよ。それでカムイをしっかりと救えたのなら胸を張ってカムイの方を見てやりなさい。大切な人がどこかへ行ってしまわないようにね」
「.......わかった」
リリスがそっと言葉を伝えていくと朱里は目線をカムイの方へと向けると赤い顔のまま確かに返事をした。
それを見届けるとリリスはクラウンの方へと目線を移していく。自分が言った言葉に対して自分でも思うことがあったからだ。
その言葉は朱里に言っているようでもあり、自分自身に言っているようでもあるからだ。だから、カムイの方を見るクラウンに優しい笑みを浮かべると同じようにカムイの方へと顔を向けていく。
そして二人が落ち着くまでそっと見届けた。




