第129話 果たせなかった約束#1
読んでくださりありがとうございます(≧∇≦)
ついに雪姫視点の過去編です
「仁と何があったか......か。それが気になるってことは朱里ちゃんからもう既に何か聞いてるってことだよね?」
「そうなるわね。とはいえ、聞いたのはあくまでも朱里自身のみがかかわった過去だけよ。それ以外は特に知らない。クラウンが未だ話したくないことがあるのはわかってるけど、それでも私達は知りたいの」
「......」
雪姫はその言葉を聞くと思わずクラウンに視線を送った。その意味は「本当に話してもいいの?」というものであった。
そして、その視線に対してクラウンは何も反応しなかったが、無言で立ち上がって外へと出た。つまりは「話したければ話せ」という意味の行動だろう。
そんなクラウンの後ろ姿にやや暗い顔を浮かべながらも、雪姫はゆっくりと自分がやったことを話した。
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「仁、あれ食べてみない?」
「また食うのか? 最近随分と食い意地張るようになってきたけど、このままだと太るぞ」
「デリカシーがないな。間違っても私以外にそんな言葉を言っちゃダメだよ? 優しさで言った言葉が必ずしも好意で受け取られるとは限らないんだよ?」
「なんで突然怒られてるんだ?」
「デリカシーが無いからって言ってるでしょ。ほら、あれ食べてみようよ」
気持ちの良い晴天に、心を穏やかにしていくような風。それから、賑わう人々に食欲をそそる匂い。
そんな大通りをありし日の仁と雪姫は変わらないやり取りを続けていた。
変わっていることがあるとすれば、この世界ぐらいだ。それ以外は何も変わらないただただ穏やかで、当たり前となっていた幸せであった。
そして、屋台でメロンパンのような菓子パンを買うと食べ歩いていく。それから、雪姫はふとあることを聞いた。
「そう言えば、今日も彰さんに特訓してもらうんだっけ? 全く、仁はいつからそんなに戦闘好きになったのか」
「おいおい、人を戦闘狂みたいに言うのはやめてくれ。俺はただ全員より見劣りするこの役職でも、皆のために役に立ちたいと思っているだけなんだ」
「だからって、最近は危ないことばっかりしてるってもっぱらの噂だよ? 気づいたらボロボロになってるし、一人でどっか行ってる事も多いし」
雪姫は思わず最近の仁の行動に言及してしまう。それだけ仁のそういう姿を見る機会が多いからだ。それに一人でコソコソと動く様子も多い。
だからこその発言だったのだが、仁にはあまり響いてはいないらしい。これが幼馴染故の近すぎる距離感なのか。姉弟から口うるさく言われている感じなのかもしれない。
すると、そんな雪姫に仁は事もなしげに言った。
「危ないのはどっちだ。もう少しずつダンジョン攻略が始まってる以上、特訓の俺とは違って雪姫の方が死ぬ可能性が高いんだぞ。雪姫以外にも最前線の響と弥人だってそう、後衛の橘だって死角から狙われやすいって言ってたじゃないか」
「......」
「俺はそんなお前らの生存率を少しでも上げたいから頑張ってるんだ......ごめん、別に努力自慢をしたいわけじゃなくてその......」
「わかってるよ。私の方こそデリカシーなかったかもね」
「いや、勝手にこっちで熱くなっただけだから気にしないで」
雪姫は思わず口がにやけそうになった。それはその心配の言葉が胸を焦がすほど深く刺さったため。
やはり仁はたとえ世界が変わってもその優しさだけは変わらない。
その事が雪姫にはとても嬉しかった。そして、それは同じく変わらず隣に仁がいてくれるから。だから、たとえ生き物を殺すという残酷な行為をしたとしても、比較的心穏やかに過ごせるのかもしれない。
雪姫は言った言葉に自省している仁の背中を強めに叩いた。そして、告げる。
「シャキッとしてよ、仁。仁の頑張りは私が誰よりも知ってる。だから、胸を張って前を歩いて。私が仁を護るから、仁は私を支えて。これ約束ね」
「......わかった」
仁はその言葉に若干の自分に対する不甲斐なさを感じつつも、嬉しそうに返事をした。きっとそれが自分の役目であると自覚しているのだろう。
そして、しばらく他愛もない会話を続けていくと雪姫は不意に近くの時計塔へと目を移した。その時刻は雪姫がある場所へと向かう時刻を指しており、残りの菓子パンを押し込むと仁に告げた。
それが最後の別れの言葉となるのを知らずに。
「それじゃあ、仁。私はそろそろ行かなきゃいけないからここで。それと、無茶はしないでよ? 仁のボロボロの姿を見るのは結構辛いんだから」
「......わかった。それと、無茶はする。僕は皆の役に立ちたいから。でも、出来るだけしないようにするよ」
「はあ......それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
雪姫はそう言うとある場所へと向かって歩き出す。その間、心中は複雑な感じであった。
それは怪我した仁を治療している間は二人きりであるという嬉しさがあること。とはいえ、ボロボロになって欲しくないことも本当のことなので複雑なのだ。
しかし、仁がこう頑固なのは今に始まったことじゃないので割と諦めている。全くどうすれば言うことを聞いてくれるのか。
そして、歩くことしばらく雪姫は冒険者ギルドへとやってきた。それから、中に入ると受付嬢に挨拶しながら、診療所と書かれた看板プレートのある場所に向かっていく。
そして、そのドアにあるプレートをCLOSEからOPENに変える。しばらく読書をしながら待っていると一人の若い男性冒険者が訪ねてきた。
「ごめん、また怪我した」
「またですか? 最近多いですけど、強い敵とばっか戦いすぎなんですよ。私がいるのは無茶していい理由にはならないですからね」
「でも、強い敵が倒せたんだ! これも雪姫さんがいたおかげだよ!」
「それは良かったです。ですが、今度無茶したら、私の前で回復ポーションあるだけ買ってもらいますからね」
「そ、そんな無茶な!? あれって結構高いんだぞ!?......でも、それはもしかしたらデートということに......」
「ぶつくさ言ってないで早く傷を見せてください」
そう言うと雪姫は向けられた背中の傷へと手を近づける。そして、その傷に魔法を当てていく。すると、その深めの傷はだんだんと浅くなり、やがてキレイさっぱりに消えた。
「よし、治療完了」
「ありがとう、雪姫さん」
「どういたしまして。ですが、早く出ていってください。意外と怪我する人多いんですから」
そう言いながら、雪姫はおざなりに手を振っていく。それに対して、男性は怒ることも無く、むしろ嬉しそうに診療所を出ていった。そして、次の患者が入ってくる。
これは雪姫がこの世界に来てから、しばらくしてずっと続けている事だそして、この雪姫の行動は意外に好評で、その理由には大きく三つある。
まず一つ目に、雪姫の治療行為が全て無償であるということだ。これはお金に困っている成り立て冒険者には特に好評である。
それは先程でも言っていた通り、この世界では何かと回復ポーションが高いのだ。少なくともまだ初心者と呼ばれる冒険者には買えないぐらいに。なので、雪姫の行動はとても助かっているのだ。
それからまた、この国に定住しているベテラン冒険者にも好評でる。それは先程の理由に少し似ていて、回復ポーションが温存できるからにある。
二つ目は雪姫自信に関することだ。人当たりがよく、慣れてくるとフレンドリーになる。そして、細かいところまで目が届き、オマケに美少女である。これにこれ以上の理由はいらないだろう。
そして最後の三つ目は生存率が格段に上がったことだ。それは主に冒険者ギルドの方から好評でギルド長から直々に「これからも是非」と言われたくらいだ。今は収入すら得ている。
その理由と言うのは二つ目の理由に関係している。雪姫が美少女であるが故にいい所を見せようと無茶する冒険者も増えた。
だが、強敵との死に際を決める大事な部分で「死んだら会えなくなる」という思いが、その判断を大きく生存へと動かしていたのだ。
なので、一部でスティナに並ぶ第二の聖女と呼ばれているのは雪姫にも知らない事だ。
「次の方どうぞ」
「ごめーん、怪我しちゃった」
「はあ、なーにが『怪我しちゃった』ですか。いいから座ってください。治しますから」
「まあまあ、そんな怒らないの」
診療所へと入ってきたのは雪姫と同い年くらいの女性冒険者であった。その女性はテヘペロといった軽い感じで来たので、雪姫はため息を吐きながらおざなりに対応した。
そして、左肩を怪我したらしいので、その付近に手を近づけ魔力を当てていく。すると、治療されている間暇になったのか女性は話しかけてきた。
「そういえば、ずっと気になってたんだけど、どうしてこんなことしてるの? 見たところ神官とかじゃないし、もっと色々とやってみた方がいいと思うけど」
「色々とはやっていますよ。ただこれは個人的にやっておきたいだけです。ほら、魔法は使えば使うほど行使の速度も上がって、能力も上がると言うじゃないですか」
「ほほう、つまりは男のためですな?」
「......やっぱりバレますか」
雪姫は隠しきれなかったことに残念そうにため息を吐いた。その一方で女性は「やはりいたか。いや、逆にいない方がおかしいよな」と勝手に納得してうなづいている。
「それじゃあ、そいつも怪我を沢山するってことか?」
「はい。無茶はしないでと言っているんですが、中々に言うことを聞いてくれなくて。まあ、知っていたことなんですけどね。それにその理由が私のためでもあって......それで強くは言えなくて」
「......なるほどな」
その言葉を聞くと女性は何かを理解したようにうなづいた。そして、突然雪姫の両肩方を掴んだ。そのことに雪姫は思わず驚く。
すると、女性は雪姫の目をしっかりと見ながら告げた。
「いいか、そういう奴は早死にするって相場が決まっているんだ。私の友達にもそうやって死んだやつを知っている。そして、友達はそれまでに言うことを言えなくて今もずっと後悔している」
「......」
「その後悔はずっと心を縛り付け、深く深く抉っていく。そしてやがて、ダメになる。私は雪姫にはそうなって欲しくない。だから、聞く。雪姫はそいつのことをどう思ってるんだ?」
雪姫はその言葉に思わず戸惑った。それは冗談で言っているわけでないとすぐに分かる真剣な目であったからだ。それに、逃げられない状況でもありすぐに白状した。
「す、好きです!」
「うむ、よろしい。なら、その気持ちを今日伝えていこい。今すぐ伝えてこい!」
「え、えええええええ!?」
雪姫思わず叫んだ。いや、これは叫んでもいい事だ。
すると、女性はそんな雪姫に気さく肩を叩く。その時の治療途中であったためか治りきってない傷は開き、女性に激痛を感じさせた。
「もう、勝手に動くんだから......」
そう言いながら雪姫は治療を再開していく。ただ、先ほどの言葉を喉に刺さった小骨のように気になってしまいながら。
結構距離が近いような......




