第121話 まずはやってみることから
エルフの章的にはここで終わりなんですけど、まだ続きます。長くなりそうだったら、分けようかと考えてますが、今はまだこのままで
読んで下さりありがとうございます
「もうお嫁に行けない......」
朱里は隅っこの木陰で三角座りしながら思わず呟く。その声は弱々しく、朱里の周辺からどんよりとした空気が伝わってくる。
それもそのはず、朱里は自分がしていた行動を全て覚えているからだ。つまりはあの戦闘狂の状態を。
自分のキャラとは似つくはずもないあの笑みに、高笑い。出来ることなら黒歴史を作ったクラウンを殴りたいところだが、それは無理なので今は隅っこで小さくなっている。
そんな朱里をロキが慰めるようにそっと寄り添っている。そして、伏せながら朱里の顔色をうかがうように見ていた。
現在、この場においての全ての戦闘は終了した。それはその言葉の裏に「殲滅」と意味を隠して。
もうこの場には魔物の死体も魔族の死体も何も残っていない。それは全て処理したからだ。ただ、生々しい戦況を想像させるような紅い絨毯は地面の上で広がっている。
「クラウン、どうすんのよ?」
「どうするもなにもないだろ。そもそも俺は力を与えただけだ。凶気を分けるというな。そして、力を望んでいたのは橘の方だ。俺はそれに答えたに過ぎない」
「はあ、まさか朱里があんな状態になるなんて誰が想像出来るって言うのかしら」
「あの武器のことはよくわからなかったが、少なくとも仲間に向けて使うような武器ではないことは確かだと思ったんだが......」
「ふふっ、朱里ちゃんも旦那様色に染められてしまったということかしら。それならなんだか親近感が湧いてきちゃうわ。私も神殿で完全に染め上げられたもの」
「ベルは済みです」
「あんた達は少し黙ってなさい」
リリスはエキドナとベルの気の抜けるような言葉に思わず突っ込んだ。そして、すぐにため息が漏れる。
二人は朱里がある種状態異常になっていた時、聖樹を襲おうとしていた魔物達を相手していた。なので、朱里に何があったのかを全く知らなかった。言うなれば、先程知ったところだ。
それでいて朱里に対してあの発言。リリスは「もう少し慰めの言葉をかけてやってもいいだろう」と思ってしまうのは仕方ないことだ。
「橘、その力がなんであれそれを望んだのはお前だ。そのおかげで今のお前があって、今のこの地がある。お前は少なくとも自分の命とこの地を守ったという事だ。慰めの言葉を言うつもりはないが、それだけは勝手に誇っていいことだ」
「......」
「それをどう捉えるかは好きにしろ。最後に当たり前だが、それは生きてるから考えられることだ」
朱里はその言葉が肌を針で指したかのようにチクリとした確かな痛みを感じた。それはクラウンの最後の言葉が確かめようもない重みを感じたからだ。
生きていることが当たり前。何がどこかで起こっていても、それは結局は他人事のように捉えていたもとの世界とは違い、今は感情が叩き起される。
魔物一体と戦っただけでも安堵感を覚えるこの世界では生と死が常に同じ値ぐらいで共存している。そして、生きていることにより実感を感じる。
「生きていることが当たり前」その言葉の意味はもとの世界と今の世界ではかなり意味合いが変わってくる。だからこそ、その言葉が喉に刺さった小骨のように確かに存在感を主張してくる。
「海堂君はこんな世界で本当の意味で生きてきたんだね。朱里には想像も出来ないよ」
「そうでもない。お前は今考えないようにしているが、確かに自分が生きていること証拠を見出していたはずだ。よく思い出せ。記憶に残っている証拠を」
「......」
クラウンは朱里に対して圧をかけるように言い放った。そして、その意味が分かっているからこそ、朱里はなにも答えない。否、答えたくない。
「いい加減に諦めることだな。お前は力を求めた結果、生き残るための一歩を踏み出してしまった......響と同じようにな」
「あんなのは朱里が求めた力じゃない」
「何を今更寝ぼけたこと言ってやがる。お前は力を求めた。その力がお前の望み通りの力でなくても文句を言える筋合いは無いはずだ。それとも、死ぬことがお前の望みだったか?」
「そ、それは......」
朱里は何かを咄嗟に言おうとした。しかし、クラウンの言っていることは間違っていないのでなにも答えることが出来ない。力を求めておいて、望んでないと怒る。まさしく傲慢だ。
今こうして生きれているのは望んでなくても状況を打破できる力をクラウンが与えてくれたからこそ。そしてあの時、朱里は確かにクラウンの問いかけに答えた。
文句を言える余地など微塵も残っていない。しかし、朱里の心情としてはそれはそれなのだ。結局は自分可愛さに擁護するような言い訳が浮かんできてしまう。
朱里は思わず唇を噛む。クラウンの言葉が正しいと思う気持ちと反発したい気持ちのせめぎ合いが口元を歪ませていく。なにが正解か分からなくなるように。
そんな様子を見ていたクラウンは思わずため息を吐く。そして、「明後日にはここを出発する」と言って朱里のもとから離れていった。
朱里はそんな後ろ姿を思わず眺めていたが、どことなく哀愁を感じるような背中には違和感を感じた。
すると、朱里の近くへとカムイが歩いてくる。そして、隣に座ると先程の空気感を払拭するように気さくに話しかけてくる。
「まあ、あんまし気にすんな。あいつは自分を追い込みすぎるだけなんだ。もっともっと強くありたいからな。だから、お前さんの弱みを見せた姿がきっと過去の自分と重なってしまっているだけだ」
「過去の自分......」
朱里はその言葉にまたすぐにあの時の記憶がフラッシュバックする。そして、暗い顔を浮かべていく。過去のクラウンがどういう人物だったかを知っているから。
変わってしまった。変えてしまった。変えさせてしまった。その3つ全ての言葉は過去と現在を繋ぎ合わせると気持ち悪いほどに噛み合ってしまっていく。
「変わってしまった」――――もとは【海堂 仁】として同じ勇者の一員として異世界へと召喚された人物。今の凶器とも言える鋭い眼光をしている人物とは大違いだ。
「変えてしまった」――――それはもちろん、今でも鮮明と思い出す内容のこと。あれがなければ、あんなことさえ起きなければ今がもっと充実していただろうなんて、もう知る由もない。
「変えさせてしまった」――――それはクラウンがここまでに至る軌跡で変わらなければ死んでしまうような、変わってでも成し遂げたいことが出来たから、それらによって力を求めた。
「今の朱里には何が出来るんだろう.....今の朱里は変われるのかな.....今から朱里は強くなれるのかな......」
朱里の口から同情して欲しいというような言葉が思わず漏れていく。しかし、それを本心から求めている訳では無い。だが、漏れるというのはそういうことなのかもしれない。
すると、そんな朱里の言葉に近くにいたリリスが目線を合わせるようにしゃがむと答えた。
「出来る出来ないの話じゃないわよ。やるのよ」
「......やる?」
「初めっから出来る出来ないを考えても仕方ないじゃない。だってやってないんだもの。分かるはずもない。それに朱里は自分の能力をどこまでしっかり把握してるの? それはあくまでも自分の固定概念に縛られた考えじゃないかしら?」
「でも、朱里は......」
「目を合わせなさい!」
朱里はリリスの視線から逃げるように目を逸らしていく。しかし、リリスはそれを逃すまいと両手で朱里の顔を固定した。
だが、朱里はそれでも逸らす。自分と向き合うのが怖いからなのだろう。自分のことを過小評価しているからこそ、相手の励ましの言葉も素直に受け取れない。
しかし、そこからも逃げてしまえば朱里もう誰とも向き合わなくなる。それこそ自分自身にもだ。だからそこ、一度でもいいから逃げられない状況にして無理やりでも向き合わせる必要がある。
そう思ったリリスはサキュバスの特性を活かして朱里をコントロールしようとした。するとその時、「まあ待てよ、お前さん」という言葉が聞こえてきた。
リリスはその言葉に思わず行動を止める。すると、カムイが朱里の頭に手を置きながら言葉を告げる。
「大丈夫、今のお前さんならな。なんせ、あのクラウンを怒らせずに頼み事まで済ませちまうんだからな。だから、半歩でいい。その歩み出しがお前さんを変える。お前さんが望む力へとな」
「!」
「怖かったら怖いと言っていい。でもな、時には避けちゃいけない時もある。その時のために仲間がいるんだ。俺はお前さんを立派な仲間だと思ってる。だから、安心して前に歩けばいい。後ろにいてやるからな」
カムイはそう言ってニコッと笑った。その瞬間、朱里は胸に確かな熱を感じた。先程の弱気が嘘みたいに考えられなくなり、全身に胸の熱が駆け巡っていく。
そして、朱里は自分の二つの意味の確かな気持ちに向き合うとリリスの手をそっと離し、自ら目線を合わせた。
そんな朱里の変わりようにリリスは思わず微笑む。そして、ゆっくりと告げていく。
「出来ないことを考えてはいけないわ。その言葉は全く無意味という訳では無いけど、その言葉はあくまで実行した人に言う権利があると私は思うの。だから、まずは行動なのよ」
「......」
「その言葉の重みは人によって違うわ。でも、今の朱里にはその重みが受け止められるはず。だって、救いたい人がいるんだから」
最後のリリスの言葉は朱里に深く刺さった。それはリリス自身にも同じ気持ちであるということが伝わってきたからだ。そして、その気持ちはリリスだけでは無い。
朱里はふとリリスの背後にいるエキドナとベルに視線を移した。すると、その二人もリリスと同じ柔らかい笑みを浮かべていた。
それが誰を言わんとしているかなど、まさしく言わずもがなというやつだろう。
「そうだね......きっと出会えた時は私より酷い人が居そうだしね」
朱里そう言うと両手で頬を叩く。それによって気合いを注入していく。
そして、立ち上がると赤く染まった頬で告げた。
「私は変わるための努力をする。そして、雪姫を助ける。だからどうか、力を貸してください」
少しだけ朱里も強くなりましたね




