第112話 あの時言えなかった勇気を
何というか個人的に主人公の反応は賛否が分かれそう
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クラウンは湖を眺めていた。立ちっぱなしで、ただぼんやりと。無心になって肌で空気を感じ、耳で森のさざめきを聞き、鼻で匂いを感じる。
簡単に言えば、考えたくなかったのだ。考えてしまうとまたどうしようもない怒りを感じてしまいそうだから。
だから、出来る限り何も考えずにいたかったし、本当は忘れていたかった。もうあんな過去は思い出すだけでも辛いものがある。
そして、これまではその過去を忘れていた。完全ではないが、それでもなかったことにしようと思えた。だが、そうは上手くいかないらしい。
あの時、響達に会った時に自分は過去を思い出した。どうしようもなく、忘れたくても忘れられない、記憶に、体に刻み付けられた過去。
それと同時に響が神の使いとなったことだ。神の使い......それは獣王国で戦った獣人が確かそうであった。
そいつの話を兵長から聞いていた。そいつは神によって特別な力を与えられたのだと。
「絶望の過去」「神の使い」その二つが同時に襲ってきてしまったせいで、自分は怒りを制御できなかった。
1秒1秒増してくる怒り、憎しみ、恨み、悲しみ、悪意、殺意。それらの負の感情がどうしようもなく集まってきた。
だが、それは響達から離れることで一時的に収まることが出来た......出来たはずだった。
現れてしまったのだ。全てが狂いだした時にいた人物―――――――――【橘 朱里】が。
その瞬間、再び込み上げてきてしまった。感情的に動くのはあまり良くない。そう考えてもどうしようもなく感情が先行していく。
そして、衝動的に抑えながらも言った言葉があれだった。だが、どうして感情を押し殺そうとしてまであのようなことを言ったのかはわからない。
自分は響達を自分と同じ気持ちを味あわせるように、苦しめるように、そして完全に敵対するつもりで聖王国を襲撃した。
それはもはやそういう意思を表していると言ってもいいはず。なのに、前よりも考えが柔らかくなっている気がする。
「クソ......」
クラウンは思わずその思考に歯噛みした。また同時に水面に映る自分の顔―――――――――の横に映ったもう一人の顔を見て、目つきが鋭くなる。
クラウンは水面に映るその人物を見ながら、声を発した。
「何の用だ? 会った時に言ったはずだ『見ると殺したくなる』と。死にに来たならそれで結構だ。せめて楽に殺してやる」
「わ、私は殺されるためにここに来たんじゃない! 私はただあの時のことを謝りたくて......その......」
「謝る? あの出来事が謝って清算されると思ってるなら甚だおかしい。あの時も言っただろ。今の俺がいるのはお前らがしたことも含まっていることを。それでいてただ謝って済むと思っているのなら、お前は俺に宣戦布告してきたに等しいと思え」
「......」
水面に映る朱里は臆するような顔をしている。しかし、胸元に寄せていた手を降ろし、その手を強く握って拳を作る。そして、告げた。
「私はそんなことで済むとは思ってない。でも、謝ることはしたいと思っているよ。そして、その清算は今は無理だけど、必ず形をもって償う。言葉だけにしない。ただこれだけは覚えておいて、朱里はもう海堂君を見捨てないから」
「......」
クラウンは水面をジッと見つめながら、無言を貫いた。そのことに朱里は思わず臆するが、それでも出会った時に感じたおどろおどろしい感じはしない。
そのことが朱里に少しだけ心の余裕を持たせていた。そして、朱里はクラウンに謝罪の言葉を口にしようとすると先にクラウンが言葉を告げた。
「......俺の選択は間違っていたと思うか?」
「選択?」
「俺はお前らへの憎しみを清算しきることは出来ない。お前らを見るたびに心の内から湧き上がる黒い感情がある。そして、どうしてもその感情を抑えることはできない。聖王国を襲撃した時はその感情が一番に高まっていた時だ」
「......」
「感情任せの行動で俺はお前らと決別した。そして、その意思をあの森で会った時も告げた。俺とお前らは敵同士になった......だが、この行動に止める余地はあったのか?」
「朱里は......」
クラウンの言葉に朱里は思わず言葉が続けられなかった。目の前にあるクラウンの背中からはどこか哀愁のようなものを感じる。
その時、朱里は夢の内容を思い出した。
あの時は自分は咄嗟に言えなかった。かけてやれる言葉はいくらでもあったはずなのに、言葉をかける選択すらしなかった。
そのことがあの状況を作り出した原因の1つかも知れない。そう考えた朱里はクラウンへと正直な気持ちを伝えていく。
「朱里はわからない。海堂君ほどそんな経験したことないから」
「......」
「でも、朱里だって同じ立場になったら、同じような行動をしてしまうかもしれない。今1人だからわかる寂しさは......この寂しさを何倍も濃くした思いを耐えてきたと思うと悲しいことだし、苦しいことだと思う。だから、余地があったかどうかはわからないけど、少なくともその行動は必然だったかもと朱里は思ってる」
「俺の行動に肯定するんだな......」
「否定出来る要素が見つからないから。あんなことが起こらなければ、きっと今も違ってたと思うから」
「ああ、全くだな」
クラウンはそう言うとふと空を眺めた。その動きと反対に朱里は下を向いた。
それは2人の思っていることが微妙に違っている故に起きた行動であったからだ。
共に思い返しているのは2人が関わった時の過去だ。しかし、朱里はクラウンに対しての言動に関することで、一方のクラウンはその前に起きた教皇とのやり取りのことである。
そしてしばらくの沈黙が流れる。だが、思いの外優しい風が2人を包み込んでいく。暖かい陽の光が体温を上げていく。それは2人の冷えた過去を少しだけ溶かしていくようにも見えた。
すると、クラウンは不意に朱里の方へと顔を向ける。そのことに朱里は思わずビクッとした反応を見せた。
それはクラウンの鋭い目付きに、左目に入った消えぬ切り傷跡。聖王国で再会した時は仮面をしていて、思わぬ再会の時は雪姫のことであまり顔を見ていなかった。
しかし、実際顔を合わせると......
思っているよりも怖くはなかった。いつも見ていた顔に対して、目付きが鋭いだけで、そのままであった。つまりは朱里自身がクラウンを勝手に恐怖してということになる。
そのことに朱里は罪悪感を感じた。事の発端は自分にも関わらず、そのせいで恨んだクラウンに恐怖していたのだから。クラウンのことを何も知らない。いや、何も知ろうとしなかった自身に腹が立つ。
だが、もう今更過去に戻れるわけではない。だからこそ、過去に犯した過ちをしっかりと言葉に、口にして言わなければならない。
朱里はクラウンの目をしっかりと合わせる。やはり恐怖は感じない。勝手に恐怖を感じていただけ。きっとそう感じることもあっただろうが、それは必要以上に恐怖していただけ。
そして、朱里はクラウンへと頭を下げる。
「ごめんなさい! あの時の過ちは償っても償いきれないほどのことだとわかってる! 海堂君の心を壊した当然の報いを受けるべきだと思ってる!」
「......」
「あの時の海堂君の苦しみは朱里達にはわからない! でも、分かってあげることは出来ると思う! だから......だから、本当にごめんなさい......」
朱里はもう何度目かの、刻みまれた記憶をなぞるようにあの過去を思い出す。そして、目から涙が溢れ出る。
唇は強く噛んで少し滲み、表情はどんどんと崩れていく。拳は強く握り、爪が手を指していく。
だが、ここで泣いて許してもらおうとは思わない。そんなことをしても自分が自分を許すことは出来ない。
すると、クラウンはそんな朱里の姿を見ながら言った。
「それに対する俺の返答はしない。というか、したところで意味がないからな」
「え?」
「俺がお前の罪を許したところで、結局お前自身がお前を許さないだろう。許されるとも思っていない。だから、俺がお前に対して何を言っても結果は変わらない。」
「......」
「お前がお前自身を許せるほど何かを成し遂げた時、謝るかどうかは勝手にしろ」
「!」
クラウンはそう言うと朱里の横を通り過ぎる。そのことに朱里は目を見開く。なぜなら、それは捉え方によっては許してくれる余地もあると考えられるから。
しかし、それが自分の身勝手な考えの可能性であることも否定できない。会った時には確かに憎しみを抱いていたから。
だからこそ、朱里は驚きが隠せない。すると、なんとなく朱里の反応が予想出来たクラウンは朱里に告げた。
「いつまでも襲撃した時の俺だと思うな。俺も時間が経てば思いも、考えも変わっていく。だがもちろん、変わらないものもある。ただ、お前らに関して違和感を感じているのも事実。だから、深く考えるのを止めただけだ。お前も、雪姫も、響も......そう簡単に上手くはいかないだろうがな」
クラウンは朱里を振り返ることもなく歩いて行く。一方、朱里はそんなクラウンの後ろ姿を眺めていた。
クラウンの思いは簡単だ。気にしてないわけではないが、割り切っている......割り切らせたというだけだ。
それはひとえにリリス達とのかかわりがあったおかげなのだが、そのことにクラウンはあまり気づいていない。
しかし、時経てば人は変わる。その思いも、考えも、好みも、趣味も、それはクラウンとて変わらない。ただそれだけのこと。
クラウンの朱里に対して言った返答も正解かどうかはわからない。ただ悩みに悩んで絞り出した結果があの返答であった。
クラウンは朱里はあのまま許しても、朱里自身が許さないことはわかっていた。それは朱里自身の性格もあり、クラウンが人を疑うことで長けた観察能力から導いた答えだ。
だからこそ、朱里が自分を許した時、初めてその罪は洗われる。クラウンの言葉は何も意味を成さない。言いたいのであれば聞くが、それでどうするつもりはない。
すると、朱里は拳を強く握りしめながら、クラウンに声をかける。
「海堂君、私がこんな立場でありながら、頼むのは失礼だとはわかってるけど、どうか聞いて欲しいことがあるの」
「......なんだ?」
クラウンは朱里へと振り返る。そのことに朱里は少しだけ臆しながらも、勇気を振り絞って声を出す。
「どこかへと消えた雪姫を探して欲しいの。探すだけでいい。だから、お願い!」
朱里は丁寧に頭を下げた。すると、クラウンは少し何かを考えると問う。
「......お前は命を張れる覚悟はあるか?」
「え?」
「弱い奴は嫌いだ。だから、俺が強制してやるよ。もう少しマシなメンタルをつけれるようにな」
クラウンはニヤッとした笑みを浮かべた。
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