第107話 交錯する二人
少年は再び憎悪する。
読んでくださりありがとうございます(*'ω'*)
「そういえば、こっちの方は聖樹なんだよな?」
「瘴気が蔓延していて行けないようだがな。まあ、俺とロキには関係ないが」
「お前さん基準で物事を見ないでくれよ。それに、神殿攻略は何人もいた方が攻略率も攻略早さも上がるだろう?」
「まあ、そうだな」
クラウンは帰り際にある聖樹を眺めながら、カムイに返答する。
実はこの情報も族長がクラウン達に依頼した後に伝えた情報である。
現在、聖樹は瘴気に包まれている。それがいつ頃に発生したかは定かではないらしいが、その瘴気はかなりの毒性があるらしい。これまでにも毒に犯されて死んだエルフは多数だという。
そして、今は聖樹が持つ自浄作用で瘴気が浄化されるまでの待ち。神殿にすぐに行けない明確な理由があるので、この森で各々が自由に過ごしている。
リリスはロキと一緒にお昼寝中であったり、エキドナは他のエルフの女性と談笑(という名の情報収集)していたり。
そして、ベルはというと......
「貧弱です! まだ20回しかやってないです! これだけで根を上げるとはエルフのプライドとしてどうなんです?」
「「「「「なんぼのもんじゃいー!」」」」」
「そうその息です! そうすれば、ステキなボディが手に入ります! そうすれば、いざ接近戦になってもその自慢のボディが身を護ってくれるです! そうなれば、近距離、遠距離、魔法全てが完璧になり、エルフは晴れて無敵の種族と成れるのです! さあ、目指すです! 主様のような至高の筋肉を!」
「「「「「おおおおおお!」」」」」
「.....クラウン、これはなんだ?」
「俺が聞きたい」
クラウンとカムイが集落に戻ってみるとベルがエルフの男にスパルタ特訓していた。そして、ベルはなぜか眼鏡に調教鞭を携えて。
ベルの言葉にエルフ全員が答える。その光景があまりに異様で言葉も見つからない。何がどうしてこうなった?
「ベル、これはなんだ?」
「あ、主様! これは初めてエルフを見た時にまず思ったのが、筋力が足りないと思ったです。全体的にヒョッロヒョロです」
「まず思ったのがそれなのか......」
「胸板、つまりは大胸筋があまりに貧弱です。主様の筋肉質な胸板に見劣るです。さらに、弓を引いているというのに上腕二頭筋が甘っちょろいです! 魔法ばかりにかまけていたら、いざ攻め込まれた時に太刀打ちできないです! それから足腰の―――――――――――」
それからしばらく、ベルの熱のこもった筋肉談義が続いた。最初はただ言葉のみでの説明で始まったのだが、だんだんとスケッチブックで絵にしながら説明し始めた。
仕舞にはカムイを使ってどう鍛えるのが一番効率がいいのか説明し始めた。その姿はさながらジムのスポーツトレーナーである。
「こらそこ! サボるなです! その一瞬のたるみが生死を分けるです! 死にたくなかったら鍛えるです! その筋肉が己の自信をつけ、己の身を護るです! さあ、続けるのです! イジメ抜くのです! さすれば道は開かれるです!」
ベルはそう言いながらエルフの方へ近づくと再び指導に入った。腕立て伏せの状態で放って置かれたカムイをそのままにして。
カムイは姿勢を元に戻どして、あぐらの姿勢になる。そして、クラウンへと尋ねた。
「お前さんのメンツ、まともだけどまともじゃなくね?」
「言うな」
「一人は料理上手で世話焼きかと思えば、興奮するとドS女王になるし、一人は子持ちの母で子供を救うために情報を集めていると思えば、とんでもない性欲の塊だったし、ベルはというと......」
「あいつはまだマシな筋肉フェチなだけだったが......あれを見る限り悪化しているようだな。拗らせまくって、自ら良質な筋肉を生み出そうとしてやがる」
「それもお前さん基準のな。全く、これはお前さんが狂わせたと言ってもいいんじゃねぇか? 少なくとも一般論からすれば、お前さんがそういう風に仕込んだようにも見えなくない」
「やめろ。俺も本当に頭を抱えてんだ。どう言おうともあの性癖だけは変える気がないらしい。『これは主様が開かせてくれた大事な世界だから』とな。勝手に扉開けといて、その言いぐさは何だって感じだ。俺は何もしていない」
「だろうな。あの二人はなんとなくもともと持っていたようなものにも感じるが、ベルに至っては自ら変わった感じだな」
「そっちの方向に変わるのは想定外だがな。まあいい、扱いやすくあるのならそれでな」
クラウンは指導しているベルを見ながらそう答えた。その時の目は優しい目をしていたことをカムイは知っている。
「お前も混ざってきたらどうだ? お前が重ねた妹は良質な筋肉をご所望だぞ?」
「やめてくれ。想像しただけで俺のルナが瓦解していくから」
「お前がシスコンの時点で大体どういう性格か予想つくけどな。おそらく苦労が絶えなかったんだろうなと」
「バカ言え、ルナはそんなもんじゃないぞ。ただ『兄さんは本当に面白い方ですね。一度くらい死んでみてはいかがですか?』と優しい笑みで言ってくれるぐらいの天使なんだぞ?」
「お前の頭の具合がおかしいことはよく分かった。脳筋の方がまだマシだから、ベルに鍛えてもらえ」
クラウンはそう言うとため息を吐きながら、カムイから離れていく。そして、クラウンが訪れた場所は木陰で眠っているリリスとロキの場所。
それから、横になっているロキを枕にして寝ているリリスの隣に座るとそのまま寝転がった。
頭からはロキの体温が伝わり、隣からはリリスの寝息が聞こえる。全く、何がどうなったらこういう状況になるまで関係が続くのだろうか。
少なくとも自分が思っていた以上には長く旅を続けている。まあ、それは未だ誰も目的を果たせていないからなのだけど。
それでも今思えば、たとえリリスの目的が先に果たされてとしてその時点で縁を切っていたかということ。
砂漠の国の時点ではまだ可能性としてはあったかもしれない。しかし、今は全くそうは思わない。
案外変わったのは自分なのではなかろうか。まあ、少なくとも仲間を持つぐらいには心境の変化があったのは事実だ。
じじいが死んだときは特に。
あの時感じた悪意は今までの比じゃなかった。これまで大人しかった獣が突然牙を剥いて襲ってきたかのように。
もう一度あの時と同じような状況になったら、自力で抑え込むことはできるだろうか。あの時はリリスがいたから良かったものの、二度目があった時にもう一度仲間が助けてくれるとは限らない。
だから、出来る限りのことは自分でしなければならない。二度も迷惑はかけられない。
「何考えてたの?」
「起きてたのか?」
「さっき起きたのよ。それであんたがいたことには驚いたけど、それよりもあんたからこうして近づいて来てくれた方が嬉しいわ」
クラウンはリリスの方向を見てみる。すると、リリスもクラウンの方を見ていた。
ロキのもふもふの毛並みに顔を半分うずめながらも、やや赤く染まった頬はしっかりと見えた。赤い髪は木漏れ日の光で輝き、鮮やかな紅になっていた。
リリスは口元を自然にほころばせ、少し熱ぼったい瞳でクラウンを見つめる。その表情にクラウンも僅かに口角が緩む。
「随分とハッキリと言うようになったんだな。いつものお前なら照れ隠しの一つはするものだろ?」
「そんなに私が素直になったらおかしいの? 全く心外ね。あんたにはストレートに言ったぐらいが丁度いいと思っただけのことよ」
「いつものお前が定着してしまっているせいで随分と新鮮だ」
「なら、存分に味わっておきなさい。今の内かもしれないわよ」
リリスはそう言うと少しイタズラっぽい笑みを見せる。
こんな表情をするようになったのも、自分とのかかわりがあったせいなのか。だとすると、存外悪くない自分がいるのは気のせいだろうか。
クラウンは顔を正面に直すとゆっくりと言葉を紡ぐ。
「俺は少し自分が変わったのではないかと考えていた。だが、お前の表情を見ているとどうやらそのような気がしてくる。『信用』という言葉に抵抗を持っていた男とは相も似つかないだろうな。それを案外悪くないと思うから余計にな」
「......そうね。確かにあんたは変わったわ。それもいい方向にね。でも、いいじゃないそれで。私は前も言ったけど今のあんたでいて欲しい。それは変わらないわ......今も、これかれもね」
「甘い言葉だな。前までの俺だったら嫌悪してるだろうな」
「今は嫌悪してないってことね。言質取ったわ」
リリスはそう言うとクスクスと笑う。そんなリリスにクラウンは優しい表情を浮かべる。
「先に言っておくわ。私はあんたの味方よ。でも、言う時は言わせてもらうわ。それはあんたが大事だからよ。わかったわね?」
「そんな強気の心配は初めてだな。だが、その言葉は助かる」
「でしょ? 感謝していいのよ」
優しい木漏れ日は二人を包み、心地良い風は頬を撫でる。木の葉は騒ぎ、草花は揺れる。
心地よい時だ。今が復讐などという目的のための旅出なかったら、どれほど良かったのだろうか。今更そんなことを考えても仕方のないことだけど。
でも、今だけは......今だけは少しだけこのまま......
「敵だ! この地に無断で立ち入る敵を捕まえてきたぞ!」
「「!」」
クラウンとリリスはその声に思わずすぐに上体を起こした。そして、一度目配せするとすぐに声のする方向に向かう。その後ろをロキもついて行く。
すると、その向かう途中でカトスに会ったので、声をかける。
「カトス、今のは?」
「なんでも一人の少女がこの地に迷い込んだみたい。なんでも『飛ばされて突然一人でこの地に来た』とか言ってるみたいで。それで人族だったんだよ。だからまあ、ともかくそれを伝えようと今向かってたところで」
「そうか、わかった。そういえば、お前とパーティを共にしていた者達は見つかったのか?」
「いえ、それはまだ......あ、あの人です」
そう言ってカトスが指差した方向にはエルフに両脇を押さえられている一人の少女がいた。
その少女を見た瞬間、クラウンは思わず目を見開き、歯を食いしばった。
その少女は黒髪でツインテール。そして、動きやすそうな軽装で、胸当てをしている。それから、背中には弓と矢が入った筒を持っている――――――――――【橘 朱里】の姿であった。
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