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異世界転生するかと聞かれたが、しないと答えた

作者: trustsounds




 俺の名は西条さいじょう ひびき

 21歳の大学生で、飲食チェーン店でバイトしながら実家暮らしをしている。趣味は、週一でB級の洋画をビールを飲みながら見ることと、友達とネットゲームに興じることだ。

 彼女はいないし童貞だが、同じバイト仲間の、俺より年下でおっぱいが大きいスズちゃんに思いを馳せている。おっぱい大きい子好き。

 大学三年生にもなると、そろそろ就職を視野にいれなければならない時期で、周囲は慌ただしく「倍率ガー」「氷河期ガー」と騒いでいる。

 しかし俺は、バイト先の飲食チェーン店に務めて三年にもなり、店長から「卒業したらウチで正社員として働く?」と誘われたので、就職は難航せず済みそうだ。昇進バンザイ!

 そんな俺は今――――。



「ごめんなさい……。私の不手際で貴方を殺してしまって……」

「は?」



 開口一番、俺は、貧乳だが扇情的な格好をした外人っぽい女性に謝られた。扇情的とは言うが、何か女神様っぽい神々しさのあるコスプレしてる。

 一体全体ここはどこだろう。

 足元は雲っぽいが、まさか雲の上に乗ってる訳でもあるまい。

 一人暮らしのアパートらしく、テレビやちゃぶ台やタンスがあり、俺と貧乳の女性は今、ちゃぶ台を挟んで座っている。つーかコスプレしてないで普通に服着ろや。もう秋だぞ?頭おかしくね?

 そもそも、どうやってここに連れてこられたのか覚えていない。

 湯船に浸かっていたら、何やら外が騒がしくなって、気づいたら目の前にトラックがあって――――。


「あ」


 思い出した。

 そうだ、トラックが風呂の壁をぶっ壊して突っ込んできたんだ。

 そのまま俺は――――。


「死んだ……? 俺は死んだのか……?」

「はい。まだ寿命が70年近くもあったのですが、私の不手際で、貴方を殺してしまったのです……。本当にすみません!」

「は……?」


 目の前の女性が何を言っているのか分からない。

 俺を殺したってことは、あのトラックの運転手ってこと?

 いやでも、寿命云々言っているから……まさか本当に、見た目通りの生殺与奪を司る女神様?

 だとしたら死に神か。

 俺を殺したっつってんのに女神様はおかしいもんな。


「……俺を殺したっつってたけどよ、アンタ死に神?」

「いえ、私は女神のル・フォーマ・イリアステル・ソートと申します」


 長ぇ。名前がなげぇから覚えなくていいや。

 何か俺を殺したっつてたし、一々殺人犯を名前で呼ぶのも癪だし。


「おい殺人鬼」

「あ、あの、名前で呼ばないのは結構ですが、せめてそれだけはやめていただけると……」

「ッチ! ゴミ女神が……」

「ご、ごめんなさい……! 本当にごめんなさい!」


 女神だというのに、ぺこぺこと何度も頭を下げて謝ってきた。

 人間と女神なら格が違うと思っていたから、誠意有る対応をしてくるのはちょっと意外だ。

 ヨーロッパの神話とか、神様が人間殺すのなんて日常茶飯事だったからね。泉で水浴びしてたのを覗いたからっつって殺すか普通、周囲に気を遣わないで水浴びしてた女神側の過失だろ。

 けどまぁ、こうして謝るのは当たり前と言えば当たり前だ。――――本当にコイツのせいで俺が死んだのならな。


「……よく、事情が飲み込めない、のですが、俺は、殺された? あなたに?」

「はい、代わりに何でも願いを叶えることが決まりになっているんです……」

「何でも?」

「はい。とある人は、億万長者やチート能力を得て異世界に、またある人は」


 ――――これあれだ。俺知ってんだよ、異世界物のプロローグだ。詳しいだろ? 正解だろ?

 ぜってぇそうだろ。だって女神が進めてるのだって異世界のオンパレードだな。

 つーかどいつもこいつも、死んでから望むのがそれか。異世界しか脳がないのか。


「じゃあ生き返らしてくれ」


 誰が好きこのんで異世界なんか行くかっつーの。まだスズちゃんに告ってもねーんだぞ。

 順当に生き返らせてもらうとしよう。


「あ、すいません。説明不足でしたね……。何でもとは申し上げましたが、『生き返らせること』と『神に関与する願い』は聞き入れることはできません。もちろん、願いごとを増やす、なんてことも無理です……」


 キレそう。


「は? 殺すぞ? 俺もう死んでんだぞ。こちとら何も失うもん無ぇからな? 持たざる者の怖さを教えてやろうか?」

「ごごごごめんなさい! ですが無理なものは無理なんです!」

「つーか何で俺を殺したの?」

「その、言い辛いのですが、天界はずーっと人手不足で、私も昨日はまだ寝ないで徹夜でして……。そして今日……ウトウトとしていたら……」


 マジか。俺がバイトしてたチェーン飲食店もそうだったけど、どこもかしこの業界は人手不足を嘆いていたが、まさかその余波が天界にまで及んでいるとは……。


「ん、待てよ……? 俺が死んだ原因、もしかしてお前の寝不足なの……?」

「……すみませんでした!」

「テメェマジかよッ!!!!! 俺が死んだの十割テメェのせいだっつー説明はあったけどよぉ、まさかここまでゴミだとはなああああぁぁ!!??!?!」

「ごごごごごめんなさい! 本当に、悪気は無かったんです! 故意じゃないんです! 本当にごめんなさい!」

「じゃあ願い事言うわ、生き返らせろ今すぐよぉ!!!?!? 何でもなんだろなぁ!願い事はよぉ!? なんでも聞き届けてくれるんだろぉ!?」

「で、ですから『生き返らせる』のは無理なんですよお……」

「んでだよクソ女神が!! 一から説明しろよぉ!! こちとら俺殺した奴目の前にして正気でいられねぇんだよッ!!!」

「こ、これ、これを見てください」


 ピッと、女神はテレビのリモコンを操作し、テレビを点けた。

 薄型のテレビは、どこから飛ばされた電波を受信しているのか、どこに電源ケーブルを繋いでいるのか、何でこのタイミングでテレビを点けるのか、色々と突っ込み所はあったが、俺はとりあえずチカチカと点灯する画面を見た。


「あ――――」


 そこに映っていたのは――――。


「母さん、父さん……」


 喪服を着た母さんと父さんが、涙を流しながら焼香を焚いている。

 葬式の真っ最中なのだろう。後ろの席には多くの参列者が並んでいた。

 中には見知った顔があった。中学・高校の頃の友人、大学の友人、仲の良かったご近所さん、バイトしていた飲食チェーン店のバイト仲間に店長。

 参列者何人かは、ハンカチを目尻に当てて涙を拭っていた。

 鼻を啜って、泣いていた。

 そして、焼香の前にある遺影は――――。


「あ、間違えました。もう少し先でした……。早送りしますね」

「待て、待ってくれ、頼む待ってくれ」

「どうしました……?」

「俺だ、アレ、俺なんだよ……――――」


 俺の目尻にも、涙が浮かんだ。

 黒い棺の前に、ニッコリと笑って、ピースをする遺影がある。

 先々月だったか。河原でバイト仲間とバーベキューした時の写真だ。こんなに解像度の高い写真が撮れるなんて、スマホは凄いなと、仲間と笑いあった記憶が込み上げてきた。

 あの時の写真が、まさか、最後の思い出になるとは――――。


「俺……本当に……、死……死んだ……」


 体の震えが止まらない。涙も止まらない。鳥肌も止まらない。

 母さんと父さんの、涙でくしゃくしゃに歪んだ顔がテレビに映って、腹の底がスゥーと冷えていくのを感じた。けれども頭は、燃えるように熱かった。

 本当に、俺は、死んだのだ――――。

 そう思わせるだけの十分な判断材料が、こうしてテレビの中に並べられている。

 ドッキリか何かだと思いたかったが、母さんと父さんは、そういう不謹慎なドッキリは嫌うタイプだ。ウチの両親は、昔から口を酸っぱくして、『殺すだの死ねだの、そう簡単に言っちゃダメだよ』と、弟と俺を叱ってきたのだから、そんなことはしない。


「あ……ああああぁぁぁ……ああああああああぁぁ……!!」


 膝から崩れ落ち、涙で視界がぼやけてしまう。

 隣には初対面の女神がいるが、そんなの関係ない。

 俺は泣いた。声を出して泣くタイプではないので、静かに泣いた。

 泣いている間、頭の中を今まで生きてきた記憶が掘り起こされていく。

 バイトで貯めた金を預けている銀行の暗証番号は家族に伝えておいたか、壊れたウチの壁と浴槽は直っただろうか、父さんと母さんに親孝行できただろうか――――。

 そしてこれからのこと。

 バイト仲間に自分の仕事を押しつけてしまうことになって申し訳ない、俺を轢いてしまったトラックの運転手さんは、これからも詰みに苛まれて生きていくのだろうか、俺の部屋にあるPCのハードディスクは中身を見ないで削除してくれるだろうか――――。


「……あ」


 俺が悲しみに暮れる中、テレビの画面が変わった。


『……西条君、何で、何で西条君が……。』


 俺の大好きだったスズちゃんだ。

 喪服でしめつけられたおっきいおっぱいの自己主張が激しいので、間違いない。

 彼女が俺のために悲しんでくれている。それだけでどこか、満たされるような気持ちになった。


『やー……まさか、アイツが事故で死ぬとはねぇ……』


「……あ?」


 彼女は葬式場前の駐車場で、肌の焼けたドレッドヘアの、いかにもチャラ男な人間と一緒にいる。俺のバイト仲間で、態度が疑問視されて時給が上がらないとぼやく東尾だ。

 駐車場に、二人の他には誰もいない事から、葬儀の最中に外に出てきてしまったのだろう。


『……東尾さんは、あまり悲しそうじゃないんですね』

『そんなこと無いよぉ~。まぁ曲がりなりにも? 先輩だったし? 世話になったし? だからこうしてガチガチの喪服着て葬式に来てるんじゃないの~』

『……店長に、葬式に来ないと時給下げられるって言われなかったら、どうしていました?』

『や、やだなぁ~。当然来るに決まってんジャン! 店長に言われたからじゃないよ~!』



 そう言い訳を並べ立てて、チャラ男はスズちゃんの肩に手をポンと載せて抱き寄せた――――。



「テンメエエエェェェッ!! こんのクソチャラ男がよォーッ!!!! 薄汚ぇ手でスズちゃんの肩に触れるんじゃねエエェッ!! つーか俺の葬儀で何バカな事してんだ!!! サイズのあわない服をイカしてると思いこんでるクソダサファッションチャラ男がよおおおぉぉぉ!!!!」

「あぁやめて! やめてください! テレビが! お給料三ヶ月分のテレビが壊れてしまいますうぅぅ!!」


 女神の哀願何か知るか。俺はガタガタとテレビを揺すりまくった。

 なんだこのテレビは! 今時の天界はテレビも薄型なのか! つーかサイズがでかい! 46インチくらいはあるぞ!

 そんな事を言っている間にスズちゃんがああああぁぁ!! チャラ男の毒牙にいいいぃぃぃ!!!


『やめてください、こんな時に……! 先輩のお葬式なんですよ!? 貴方には人の心って物が無いんですか!?』

『ちょ、何急に怒ってんのスズちゃ~ん。俺だって悲しく思ってるんだよ?』

『嘘ばっかり! 大体、貴方には彼女がいるでしょう!』

『ゲッ! 何で知ってんの!?』

『お酒に酔って全部話してましたよ! 酒癖も悪いんですね! 二度と私に話しかけないでください!!』


「よっしゃあああああぁぁぁぁ!!! らあああああぁぁぁぁ!!! ザマーみさらせクソチャラギャル男がよぉ!! 俺のスズちゃんに手だそうなんて一億光年早ぇんだよバーカ! そのままサロンで肌焼きまくって心臓も焼いちまえバーカ!!」

「よ、良かったですね……。どうにかなって……」

「っくなんかこれっぽっちも思っちゃいねーよ!! そもそも俺が死ななければスズちゃんがあのバカに言い寄られなくて済んだんだろうがよぉ!! テメェ自分の過失棚に上げてんじゃねぇぞ!!」

「ヒッ! こ、ごめんなさい!」


 そうだ。

 自分で言ってて改めて気づく。

 俺が見ているのは葬式で、よく見れば画面のスズちゃんの鼻は真っ赤、目の下には涙が乾いた後がある。スズちゃんは俺の為に涙を流してくれていたのだ。


「うああああぁ……スズちゃあぁん……俺はここにいるよぉ……。こっちに気づいてくれぇ……ウッ……グスッ……。スズちゃぁん……」


 怒ったかと思えば、また泣いた。

 我ながら情緒不安定だと思うが、死を宣告されてから死を受け入れるという、現実離れした現実を突きつけられれば誰だってこうなるさ。

 俺は決して、躁鬱病などの精神疾患などではない。


『兄ちゃん……』


 また画面が切り替わった。

 今度は、どこかの食事処か料亭らしい。

 友人やバイトで働いていた仲間たちは帰ったのだろう。僅かばかりに残った身内のみんなは、ズラーッと並んだ和食料理を食べていた。

 俺にも食わせろと叫びたいが、今はそれどころではない。


「あ、アレは……!」


 俺の弟だ――――。

 西条さいじょう 俊希としき。年齢は16歳で、去年中学を卒業したばかりのピチピチ男子高校生。

 頭が良くて狡賢くて、でも自分が悪いときは素直に謝る誠実性も併せ持ってて、コミュニケーション能力も高い、どこに出しても恥ずかしくない自慢の弟。

 最近では、オンラインポーカーで稼ぐからと言って、規約違反を潜り抜けるために俺の名義を使ってアカウントを設立し、見事に500万円くらい稼いで実家の経済状況を潤してくれた秀才だ。

 そんな弟が――――。


『グスッ……兄ちゃん……ううぅっ……兄ちゃあぁん……』


「アイツ……泣いてくれてるのかぁ……。こんな、何の取り柄もねぇ兄ちゃんの為に……」


『一緒にオンゲー遊ぼうって約束したじゃんかよぉ……兄ちゃんの嘘つきッ……うわああああん!!!』


「ごめんよ俊希ぃ……ううっ……ごめんよぉ……。兄ちゃん、約束守れなかったよぉ……」

「響さん……グスン……」


 俺はポロポロと涙を流した。弟との約束も守れず、弟と比べると出来の悪いゴミみたいな不甲斐ない俺のために、俊希は人目も憚らずに泣いていた。

 それが堪らなく悲しくて、そしてなによりも、嬉しかった――――。

 隣でテレビを見ていた女神様も、思わず涙ぐんでいる。

 当然だ。俺達兄弟の絆の良さは誰にも負けない。

 アイツは要領が良く、頭の良い奴だった。

 でも俺は、アイツを一度も羨んだことは無いし、恨みを抱いたこともない。

 俊希は、頭の良さを鼻にかけるなどしたことがない。一度たりとも俺を見下したりはしなかったのだ。

 むしろアイツに誘われて、アイツの友人達の輪に加わって一緒にカラオケに行ったり、オンラインポーカーでボロ勝ちした時は「兄ちゃんの口座なんだから、お金は好きに使っていいからね。あ、でも種銭くらいは残してね?」なんて言って、俺に全幅の信頼を置いてくれていた。

 そんなアイツと俺の兄弟の絆は、世界で一番強く結ばれている。そう信じている――――。


『トシ君……。お兄さんはきっと天国に行ったよ、今は静かに、眠らせてあげよ……?』


「……あ?」


 待て、俊希。誰だその横にいる女は。

 おい、俊希。なんで女に体重を預けて泣いているんだ。

 そこは母さんじゃない? あ、母さんハンカチで涙拭いてらぁ。

 つーか残ってんの身内だけだよね? なんで見知らぬ女の子がちゃっかり弟の隣をキープしてんの?


『分かってる……分かってるけど……辛ぇよ……』

『トシ君……』



 おい、何で俺の俊希の頭を撫でて慰めてるんだ――――。



「テェメエエエエェェェェ! ウチの自慢の弟に色目使うんじゃねええええぇぇ!!! どこの馬の骨とも分かんねぇクソサゲマンあばずれガバガバビッチがあああああぁぁぁ!!! 俊希いいいぃぃぃ!! その女は誰だあああぁッ!?!?」

「あわわ落ち着いてください! うわぁあの人は弟さんの彼女さんですか!? 凄い清楚で可憐で淑女っぽい人ですね! 今時珍しく髪も染めてないしピアスも開けてないですよ! しかも親身ですし! だから落ち着いてください、きっといい彼女さんですって!」

「フゥー……! フゥー……!」


 そうだ、落ち着け。クソ女神の言うとおり、彼女はよく見ればつやつやな黒髪ロングで、弟と同じ学校のブレザー制服が似合う瀟洒な女性じゃないか……。

 よくよく考えれば、頭が良くて狡賢い俺の弟が、早々悪い女に引っかかるハズがない。逆に女を引っかけてまで食うまである。いやアイツ誠実だからそんなことしないけど。


『うぅ……グスッ……メグちゃん……。ごめん、俺、涙我慢できねぇよ……。』

『いいよ。いっぱい泣いてあげよう。私は会ったことがないけど、トシ君のお兄ちゃんなんでしょ。きっと良いお兄ちゃんだったんでしょ。だったらいっぱい泣いて送ってあげよう……ね?』

『兄ちゃんはさぁ……俺の自慢の兄ちゃんでさぁ……。小学校の時も、新入生だった俺を上級生から守ってくれてさぁ……』

『うん……うん……。いっぱい思い出話してあげよう。トシ君にはお兄ちゃんがいたってこと、忘れちゃダメだよ……』



「良い子じゃねええかああああぁぁぁ!!!! 彼女いたならちゃんと兄ちゃんに紹介してくれええぇ!!! あの二人を焼き肉かバーベキューにでも連れてってやりてええええぇぇ!!! 金なら兄ちゃんが全部持つからよおおおおぉぉぉ!!!」

「わああ落ち着いてください!」

「落ち着けるかよこんなのぉ……あんまりだろぉ……俺が何したっつーんだよぉ……おーいおいおい……」


 みっともなく取り乱し、俺はまた泣いてしまった。

 まさか、俺が童貞なのに、弟の俊希に彼女ができていたとは。

 しかも滅茶苦茶良い子。見た目も可憐や清楚というよりは、どこの貴族のご令嬢ですかってくらい、綺麗で大人びていた。

 色んな感情がぐちゃぐちゃになった俺は泣いた。


「えぇと……そうだ! どうして生き返らせられないのか、ご説明がまだでしたね……」


 女神はリモコンを操作し、スキップ機能を使ってテレビの画面を切り替えた。


「あれ、ここって……」


 写し出されたのは、どこかで見た建物――――。

 あ、これあれか。

 バイトや大学に行く最中にある、謎の施設『悠久の里』。

 名前からして意味不明で、しばらく新興宗教団体の集まる施設かと思っていたが、どうやら違うらしい。


「もう少し先ですね……」


 再度、女神はリモコンのスキップボタンを押した。画面が切り替わり、内装を映し始めてから、ようやく俺は、何の施設か気づいた。

 料亭で御飯を食べた後なのだろう。

 先ほどと同じく、身内しか残されてしなかったが、彼らは何かの機械の前に立ち、口々に俺の名前を呼んでサヨナラを告げていた。


「火葬場……?」


 そうだ、この内装は見たことがある。ひい爺ちゃんが死んだとき、まだ幼かった俺には衝撃的だったから、記憶にこびり付いて離れない。

 汽車に石炭をくべるような小さな鉄製の扉があり、そこに遺体を入れる。そうして遺体を焼却し、しばらく経ってから、灰の中にある骨を拾って骨壺に入れるんだ。

 ってーことはだ、ってことはだよ?

 今までの流れからして、あそこで焼かれているのは――――。


「俺かあああああぁぁぁ!!!!?! あそこで焼いてんの俺だなぁ!?! あーあギャル男よりも先に心臓が燃やされてらああぁぁぁ!?!??! アチィよおおおぉぉぉッ!!! 体がアチィよおおぉぉ!??!」

「御覧の通り……その……生き返らせようにも体がありませんので……」

「テメエエエェェェ!!! そういうのは先に言えよおおおぉぉ!!!」

「い、言ったじゃないですか……! 生き返らせるお願いはダメなんですって……」


 俺は悶絶したが、同時に納得もした。

 なるほど、生き返らせようとしても体が無いのならどうしようもない。

 まさか人間が神話みたいに、土塊を捏ねて造られるわけでもあるまいし、現世への復元は無理なのだろう。

 ここまで丁寧に焼かれたのに、まさか「生き返りましたー」なんて家族の前に出て行ったら、家族は卒倒、即通報、そして俺は病院で解剖――――。

 一瞬だけ俺にエミネムが乗り移った。遂に彼も薬のやり過ぎで死んだか?


「よぉし分かった。もう腹括った。某小説みたいにお前を道連れに異世界行くわ。んで俺だけ死ぬ」


 せめて道連れだ。

 生き返られないのならば、コイツを道連れに異世界に行って、速攻で自殺しよう。

 俺は、異世界でのうのうと過ごすなんて第2の人生は望まない。

 それを認めると言うことは、今まで生きてきた自分を否定することに繋がるからだ。

 だって、今まで生きてきた地球を、俺の家族を、大好きだったスズちゃんを、ポイッと捨てて「俺、これからは異世界で生きていきます!」なんて割り切れるか?

 少なくとも俺には無理だ。

 小説の主人公達のようになれず、現世への執着心が凄くて諦めきれない。

 別に、誰かに苛められて過去なんか無かったし、人生が苦しかった訳でもない。大学で、自分なりに居場所を見つけて楽しく過ごしていたのだ。

 それを忘れて、過去だと割り切って、異世界で生きられるものか。

 けれど、このままコイツに何も制裁せず、放置するのも癪だ。

 だから妥協……異世界にコイツを連れてって、俺だけ死んで、コイツを一人異世界に放り出して、生の有り難みを実感させてやる。

 それで妥協してやろう――――。


「ごめんなさい。最初に申し上げましたが、『神に関わるお願い事』は無理なんですよ……」

「ええぇ……」


 あっさりと望みが絶たれた。そう言えばそんなことを言っていた。


「その、天界は今、人手不足でして……。過去はまだ、女神の過失ということで、今仰った内容に類似した願いも聞き入れていたのですが、そうしていくウチに女神の数が減ってしまいまして……」


 なるほど納得。


「もおおぉぉ~……どうすりゃいいんだよぉ~……。俺の手を汚さず、お前が勝手に野垂れ死んでくれれば、俺はそれで満足なのに~……」

「セ、セーフ……。先月に法案が可決されて良かったあぁ……」


 俺は頭を抱え、体を丸めて蹲った。

 正直、これもダメとなると他の願いは思いつかない。

 後は何だろう。家族のこれからの健勝・多幸・活躍でもお祈りするか?

 俺は迷った。

 俺自身のためになる願いをするか、それとも残された家族のためになる願いをするかの二択で悩んだ――――そんな時だ。


「チュー」

「え、何このネズミ?」


 いつの間にか、丸まった俺の横にネズミが這っていた。

 何で天界にネズミがいるの? 普通、牛とか、馬とか、犬とか、もっと高貴さのある動物じゃない?

 あーでもアレか。干支とかネズミから始まるし、見た目や名前に反して、意外とアジア寄りの女神様なのかもしれん。


「あ、チューさんまた籠から抜け出して!」

「チュチュッ!」

「チューさん? 名前あんの?」

「チューさんはですね、元は何とか組のヤクザさんだったんですけど、私の不手際で殺してしまいまして……」

「……は?」


 このクソ女神、俺を殺すよりも前に人を殺した前科があったらしい。

 しかしこれでほぼ確信が持てた。

 クソ女神、ぜってぇ前科一犯じゃないだろ。

 一番最初から俺の扱い……というか死者の扱いにやたら手慣れていたのも頷ける。聞き出せば芋づる式にやらかした内容がボロボロ出てきそうだぞ。


「……で、なんで殺したヤクザがネズミになってんすか」

「チューさんはですね、私がどれだけ説明しても『元いた世界に戻せー』の一点張りでして、元の世界に戻せないっていう話しを聞いてくれなかったんです……。挙げ句の果てに、私を……その……レ、レイ……キャッ! 恥ずかしい……」

「はよ言えやゴミが」

「ひ、酷い……。コホン、それでその、ガバーッて襲ってきましてね……? 思わず反射的に、こう、来ないでください~って手を前に出したらですね? ヤクザさんに変身魔法がかかってしまって……」

「うわぁ」


 まぁ、もしも自分が女神の立場だったら、レイ○されそうになったら何か抵抗するかもしれない。


 ――――なんて同情すると思ったかクソ女神が。


 お前、不手際で殺してなんて軽く言ってるけど、俺等にとっては死刑宣告にも等しいからな?

 それに、どうせその時も女性に襲いかかるヤクザを反射的に動物にしてしまったのは、眠気でまともな思考判断ができなかったからだろ。

 お前の生活習慣がなってねえだけじゃねぇか。


「自分で動物にした人間を側に置くとか、正気じゃないっすね」

「変身した動物は自我が無くなりますからね。報復とかはありませんよ?」

「ヒエッ……」


 ほんっと最低だな。人としての尊厳すら失わせるどころか、今まで生きてきた人生そのものも否定し始めたぞ。


「おっとと……?」


 お、なんか元ヤクザのチューさんが俺の体を伝って肩にチョコンと乗ってきた。


「チュチュッ!」


 元ヤクザとは言うが、小動物が好きな俺にとってはネズミは結構ドストライクである。

 可愛いな……元ヤクザの癖に。

 そうして肩に乗ったチューさんは――――。



「ボウズの願いであの女神を殺せっ……!」



 トーンの低い、デスボイスのような声で俺に耳打ちをしてきた。アンタさっきまでチューチュー言ってたじゃん!

 極少の音量だったが、女神に怪しまれないよう鼻をひくひくさせ、俺の匂いを嗅ぐようなフリをしている。

 つーか自我失ってねえええええぇぇぇ!!!!! 現状も立派なヤーさんだよチューさん!!!!!


「あれ……どうかしましたか、西条さん? ネズミはお嫌いでしたか?」

「何でもないと言え」

「いえ、何でもありませんよ。ちょっと願い事で悩んでまして……」

「そうでしたか……。ほらチューさん、籠に帰りますよ」


 女神に促されたチューさんは、渋々俺の肩から降りていった。その際、チューさんはもう一度、念を押すようにしてこう言ってきた。


「神に運命を弄ばれるなんざクソ食らえだ。この女神を殺せ。いいな」

「チューさん早くー」

「チュッ! チュチュー」


 チューさんは、また普通のネズミに戻ったように振る舞い始め、籠の中に戻っていった。

 ふかふかな木くずのベッドでグデーンとするチューさんを見ると、先ほどまでのは聞き間違いだったのではと錯覚しそうになるが、だったら女神がいることの方が錯覚であってほしいと思わずには居られない。


「えぇと……それで、どうします……? やっぱり、チート能力でももらって異世界行きます……?」

「いや……異世界は絶対に行かない」


 俺は首を横に振った。

 元の世界を捨てて異世界で生きるなんてのは嫌だった、というのも理由としてはあるが、さっきのヤーさん……もといチューさんの言葉が、俺の心に重くのし掛かっていた。


《神に運命を弄ばれるなんざクソ食らえだ》


 全く持ってその通り。

 チューさんに前面同意。諸手を挙げてバンザイするよ。

 けど、やっぱり俺は、その後の意見には同意しかねた。


「……決めた。異世界には行かないけど、願い事は決めたよ」

「おぉ……では願い事とは……?」

「俺をここで働かせてくださいよ。それが俺の願い。人手不足なんでしょ?」

「え、えぇ!? こ、ここでって、天界でですか!?」

「そう。何でも叶えてくれるんでしょ? 生前は就職生だったからさ、転生とか転移とかじゃなくて、とりあえず元居た世界と繋がりのあるここで、俺は働きたい」


 嘘である。が、それなりに説得力のある願いだ。

 チューさんが死んでネズミにされて、俺も殺された。このまま女神を放っておくと、第2第3の俺やチューさんみたいな奴が生まれてしまうだろう事は自明の理。

 かと言って、チューさんの操り人形と化して、なんとか願い事の誓約の隙間を縫って、女神様を殺せる願いを口にできるほど肝は据わっていない。

 俺はヤーさんのチューさんと違って、至極平凡な大学生だったんだ。異世界に道連れにして、俺だけ死んで、知らんぷりみたいに、直接殺す原因にならないのならいいが、俺が殺すのは倫理的に憚られるのだ。


 ならばいっそ、開き直りの発想――――ここで働いて、二度と事故が起こらないよう、俺が防げばいいんだ。


「どうかな? 俺、チェーン飲食店でバイトしてたんで、料理とか得意なんですけど、お買い得じゃありません?」

「ほ、ホントにそれが願いなんですか……? 後悔はしませんか……?」

「しませんよ。それで、どうなんですか?」


 こうして答えを先に先にと求めてしまうのは、俺の悪い癖かもしれない。

 けれど、俊希もいっつも、俺や父さんや母さんに質問をぶつけては答えを優先するように急かしていたから、アイツに似た癖っつー点だけを見ると、そこまで悪くない癖なのかもな。


「……分かりました。その願い、女神ル・フォーマ・イリアステル・ソートが、全責任を持って聞き入れて進ぜます」

「じゃあ!」

「はい。貴方にはこれから、私のお手伝いをしてもらいます! これからよろしくお願いしますね、西条さん!」

「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」


 先ほどまでの尊大なお客様の態度と違い、俺は頭を下げた。

 弟との約束も果たせず、両親を悲しませて、好きな女の子に告白もできず、童貞のまま殺されて、この女神には散ッ々人生を狂わされた恨み節は尽きないが――――それでもこれからは仲間として働くつもりのだから。

 例え俺を殺したのが故意でなくとも、ちょっとしたうっかりが原因だったとしても、俺は一生(死んだのに一生というのもおかしいが)許せないし、許すつもりはない。何度輪廻を繰り返そうとずーっと恨んでやる。

 それほどまでに、この女神が犯した罪は重い。俺はそう思っている。

 けれど――――。


 だからこそ、罪をこれ以上犯させちゃいけない。

 俺みたいに冴えないクソみたいなゴミ男でも、あんなに悲しんで涙を流してくれる人がいるんだ。

 クソ女神は言った。どこもかしこも人手不足だと。

 今回も、多分、寝不足などで不注意により起きちまった事故だったんだ。

 だったら少しでも、クソ女神の負担を軽減してやれば、元人間の俺が手伝ってやれば、事故は未然に防げるだろう。

 これから先、もう二度と、俺やチューさんのような、悲しい人間を生ませてはいけない(戒め)。


「では西条さん、こちらへどうぞ。私の上司に当たる、大神様に合わせなければなりませんので……」

「あ、はい。分かりました」


 こうして俺は、足元が雲だがアパートの一室みたいな天界で働くこととなった――――。


「おいボウズ……覚えてとけよ……」

「お、お手柔らかにお願いします……」


 ――――籠の中からチューさんのデスボイスが聞こえてくる。彼とは上手くやっていけるだろうか、ただそれだけが心配の種だ。


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