NPCだった俺がプレイヤーになった。
『今日で最後か。』
星が輝く空を見上げ、心の中で思う。
俺は、これからどうなるんだろう。
やっぱり消えるのかな。
ケータリンス社が発売したVRMMOゲームの『Aim for the Top』は世界中で大ヒットした。医療用や軍用であったVR機器を初めて民間用で使用可能にしたこと、さらにはリアルとほとんど違わないリアリティ。みんなこぞってこのゲームを購入した。2000万人を突破した頃だっただろうか、ライバル社のアクアフェイス社が、ゲーム内の土地やキャラの選択の幅が5倍、いや10倍以上であるVRMMOゲームを発売したのだ。
Aim for the Topはすぐさま衰退し、この1月1日の0時をもって閉鎖することになってしまった。
『ゲームが閉鎖してしまえば、俺は消滅するのだろうか。』
所詮NPCである自分はゲームが閉鎖してもどこにも行き場はない。
プレイヤーに話しかけられれば、プログラム通りの返答をし、毎日同じ生活を繰り返す。それだけのNPCなのだから。
いつからだったっけ。心の中で自分を自分として考えられるようになったのは。結構初期だった気もするな。きっと俺を作った栗原さんがいろんな設定を盛り込みまくったから、なのかな?
マロンと名付けられ、栗原さんの好みだという外見を与えられ、両親の名前や座右の銘、好きなデザートや嫌いな食べ物、たくさん設定を与えられた。そして、最後に思いついたように足された設定が"心の中ではいろいろなことを考えてる"というものだった。
心の中では自由に考える事はできても、言動は自由ではない。
ああ、最後なら栗原さんにお礼とか言いたかったなぁ。俺を生み出してくれたわけだし。
『あと30分か…。』
やっぱり不安だ。普通の人間みたいに転生するわけでもないだろうし。まあ、人間であっても転生するかどうかは微妙なとこなんだけども。
「…ま……く…」
ん?なんだ?今、人の声が聴こえたような…
ま、気のせいだよな。
今の時間からこんなダンジョン前の受付にくる人なんていないだろうし。
「マロンくーん!!!!!!」
声がした先に視線を向けると爆走してくる女の人がいた。
「マロンくーん!!!!!!!!!!会いにきたよぉおおおお!!!!!!!」
だれだれだれだれ?!?!
めっちゃすごい形相&やばい速さで近づいてくるんだけど?!
「はぁ、はぁ、はぁ。間に合った。」
息と髪を整えながら女の人がこちらを見る。
「仕事おしつけてきてよかったわ。
やっと会えた!!マロン君、私だよ!!」
「こんばんは。こちらのダンジョンに入るには許可証が必要です。持っていらっしゃいますか?」
プログラム通りの応答をする。
『私だよとか言われてもわからないよ。誰だよ!』
「あ!そっか!」
何かを思い出したように女の人が黒い鞄の中からノートパソコンを取り出す。このゲーム内では地図やらを見る用に端末型とノーパソ型があるのだが、
「よし、これでオッケー!!」
エンターキーを2回押してこちらをキラキラした目で見ている。
「いや、そんな目で見られてもどうすればいいんだよ。」
…
…
…え?今、声、でてた?
「うんうん。驚くのも無理ないよね。」
「えっと、これはいったい。あと、あなた誰ですか?!」
「あれ?覚えてない?私だよ!栗原だよ!!」
え?
「栗原ってあの?俺を作ってくれた栗原さん?」
「うん、そうだよ。マロン君を作らせていただきました栗原です!!」
ビシッと敬礼をする栗原さん。
まじか、まじなのか。
「いやあ、ね、ゲーム終わっちゃうでしょ?そしたら私好みの大好きなマロン君に会えなくなっちゃうわけだ。だから迎えにきた!」
「NPCなんて、またおんなじの作ったらいいでしょう。それに迎えにきたってなんですか?」
電車で走ってるみたいな疾走感のあるテンションに苦笑いしながら答える。
「また作る?!マロン君はこのマロン君しかいないのに?!ありえないよ!!私はマロン君、君がいいんだよ!君だけがいいんだよ!!」
俺の手を握り熱く語る栗原さん。
「あ、ありがとうございます。」
「うむうむ。まあ、迎えにきたっていうのはね、あ、あっちで話そっか。」
そう言って小高い丘の上に俺を引っ張っていく。
「いやあ、本当にいい世界だね。終わっちゃうのがもったいないよ。」
栗原さんが見上げている星空を俺も見る。
「確かにそうですね。アクアフェイス社のゲームとか現実世界を見た事はないけど、ここに住んでる俺自身いい世界だなって思います。」
ほんとにこの世界で生まれてよかったと心から思う。
「嬉しいな、そういう風に思ってもらえるとクリエイター冥利につきるよ!ありがとう!」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。この世界を作ってくれて。俺を生み出してくれて、ほんとにありがとう。」
これでもう未練はない。
心置きなくゲーム停止をむかえる事ができるな。
「ふふふ、照れますなぁ。ま、マロン君は私の集大成だもんね。」
嬉しそうに口元をおさえて笑う栗原さんを見る。タイプだ。そういえば栗原さんのキリッとした目も薄い唇も声も全部好きなタイプに合致する。
「ん?なに?私の顔になんかついてる?」
「いや、栗原さんって俺のタイプだなぁって。」
「あぁ、私がマロン君作るときに好みの女性を私にしたんだよ、ごめんね。マロン君も私のタイプだよ!どストライクだよ!」
親指を立てる栗原さん。
「あ、ありがとうございます。」
楽しい人だな。もっと一緒にいられたらよかったのにな。
時刻は23時54分、あと6分か。
「あ、そうだ。マロン君に頼みたい事があるんだ。受けるも断るもマロン君次第なんだけど、聞いてくれる?」
「もちろんです。と言ってもあと5分ほどしかありませんが…。」
せっかく喋れるようになって、栗原さんとお話しできてるのに聞かないはずない。けど、あと5分しかないのだ。
「え?うそ!?えっと、じゃあ簡潔に言うね。私と一緒にケータリンス社の新作ゲームのプレイヤーになってほしいの。」
「プレイヤー、ですか?」
このゲームのNPCであるはずの自分が新作ゲームのプレイヤー?
「そう。…いや?」
困ったように問いかけられる。
嫌なわけじゃない、なれるならなってみたい。
「やってみたいです。でも、」
「じゃあ決まりだね!!マロン君、このエンターキーを押して。」
俺の言葉を遮るように、ノートパソコンが差し出される。おそるおそるエンターキーに指をかけ、押した途端、俺の世界は暗転した。
ああ、やっぱり、俺の人生は終わっちゃったのか…
死んだら、こんな暗闇を彷徨うことになるんだ、知らなかった。って知ってたら怖いか。てか、NPCである俺は死んだと言えるのか?
「…ま……く…」
ん?
「マロン君、起きて。」
え?
「お!おはよう。」
「あれ?生きてる?てか、ここは?」
周りを見渡すとみたことのない場所で、
俺はというと、ふかふかなベッドで横になっていた。
「ここは、マロン君用に作った家だよ!あんまり広くはつくれなかったけど、現実世界をいろいろと再現してみたんだ!そして、ここはマロン君家だよ!!」
俺の家って……。
どうやら俺の部屋らしき場所は、テレビやら冷蔵庫やらパソコンが置いてあった。
「いやあ、なかなか大変だったよ。ちなみにマロン君のご両親もご健在だよ。安心してね。それと、テレビの栗チャンネルは現実世界の栗原さんとお話しできちゃうよ!いつでもつけてね!学校もあるから、冬休み明けたら通ってくれると嬉しいな。」
ウィンクしながらいろいろと言われるが、なにやらいろいろとおかしい。
ご両親もご健在って、ここにいるってことだよな。会ったことないんだけどいろいろと大丈夫なの?それに、学校って?
「栗原さんって、いったい何者?」
思わず、聞いてしまう。
「栗原さんは、ただの栗原という、しがないクリエイターなのでございまする。」
ビシッと敬礼をする栗原さん。
うん、なんか、栗原さんがそう言うなら、それでいいかなって気がしてきたよ。
「ちなみにマロン君の名字はグラッセですよ。グラッセ・マロンです!!」
親指を立てる栗原さん。甘い名前だなぁ、おい、って感じだ。
「そっか。なんかいろいろよくわかんないけど、グラッセ・マロンとして頑張るよ。あれ?じゃあ、ここが新しいゲームなの?」
たしか新ゲームのプレイヤーになってくれないかって言ってたような…
「あ、違うよ。このヘッドギアをつけて、ゲームにログインするんだ!別にそういうことしなくてもいいんだけど、仕様ってやつだね!」
なにやらかっこいいヘルメットみたいなのが出てきた。
「早速ログインしちゃおっか。」
そう言われ、ベッドに横になりヘッドギアをかぶる。
「ここのボタンでスタートだよ。」
そのボタンを押し、目の前が暗くなる直前「始まりの樹の下で待ってるね。」と言う声が聞こえてきた。
「ようこそ、『Aim for the Top of the Top』の世界へ。」
その声とともに執務室のようの場所にでる。
トップオブトップって…なんか大丈夫なのか?
前作の名前をちょっと進化させたみたいなかんじだけど。
「私はあなたの担当AIのジーナです。あなたの名前をここにご記入ください。」
猫耳と尻尾の生えた人がもつ紙に、マロンと記入する。猫耳に尻尾って、テンプレというか、いいな。うん、いい。
「ありがとうございます。次はキャラメイクですが、マロン様はすでにデータ形態のためそのままの姿になってしまいますがよろしいでしょうか。」
「はい。大丈夫です。」
栗原さんの作った外見だしな。もし、変えれたとしても変えれないし、変えたら怒られそうだ。
「では戦闘の選択をお願いします。」
剣か魔法か飛び道具かテイマーか素手か
前のゲームでは普通の人だったからなぁ。
やっぱり魔法とかあこがれるよな。男の浪漫というか、夢が溢れるというか、
「魔法使いでお願いします。」
「了解しました。種族はランダムです。これで設定は以上です。『Aim for the Top of the Top』の世界をお楽しみください。」
視界が明るくなるとそこは賑やかな街だった。
「あ、マロン君!はやかったね。」
「栗原さん!あれ、ほとんど外見変わってないですね。」
目の色が多少変わったくらいだろうか。最初に会った時からほとんど変わらない外見だ。
「うん、あんまり変えすぎると動きにくいからね。マロン君は魔法使いか。やっぱりね!」
納得したように頷く。
「栗原さんは、剣士なんですね。」
「ばんばん前衛いきたいもん。そういうの嫌い?」
「全然嫌いじゃないです。むしろ素敵です。」
「照れるなぁ。ま、最初の狩りにでもいこうか。」
全然照れてなさそうに言われてもなぁ。
狩りか。はじめてだけど楽しみだ。
「そうですね!どんどん狩りましょう!」
「おう!いい意気込みだね!!その調子でトップオブトップを目指そうじゃないか!!」
人差し指を天に向かって突き上げる。
「はい!栗原さんとなら上の上まで行けちゃいそうだ!」
本当にこの人とならなんでもできる気がする。
「うんうん、二人でトッププレイヤーになろう!二人でな!!じゃあ、手始めにその敬語もどきやめようか!」
「は、うん。わかった。」
こうして、NPCだった俺は、栗原さんとトップオブザトップへの道をかけあがっていくのであった。
この物語はそのほんの序章にすぎない。
end.
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。ゲームが終わっちゃったその時NPCはどうなるんだろうという考えから書きました。最初、マロン君はゲーム終了後、自由に動けるようになって…みたいなのだったのですが、栗原さんの名前が出てきたあたりでこんな風になってしまいました笑
栗原さんは基本テンションの高い天才さんです。この後どうなっていくのかは、わかりませんが、作者ながら、マロン君と栗原さんがくっついてくれたらな、と思う次第でございまする!!
ちなみに今回の登場人物のお名前はマロングラッセを食べてる時に思い付き?ました笑
読了、本当に、本当にありがとうございました!