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君の屍が視える  作者: 紫音みけ
第二章
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4.遠い君の背中

 


 あてもなく、僕らは歩いた。


 進む方向さえ決めていなかった。

 けれど駅前だと人が多くて疲れるのか、無意識のうちに、僕らはそこから離れていった。


 そうしてコンクリートで舗装された平らな道を、南へ向かって歩いていく。


「どうする? 港の方まで行く?」


 かなり歩いたところで、僕は聞いた。


 このまま歩き続ければ、いずれは海に出る。

 港周辺には娯楽施設や商業施設などが集まっているので、そこまで行けばまた何かしらの店に入って休むことができる。


 逢生ちゃんは無言のままだったけれど、こくりと小さく頷いて、僕の提案を受け入れてくれた。




 そうして、僕らはやはり歩き続けた。

 次第に日は西へと傾いて、ほんのりと赤みを帯びてくる。


 やがて視線の先に、港の景色を象徴する大きな観覧車が見えた。

 日没前の今はまだそれほど目立ってはいないけれど、夜になって電飾が点灯すれば、この観覧車は鮮やかな色を発して観光客を魅了する。


「……ここへ来るのは、久しぶりです」


 それまで黙っていた逢生ちゃんが、思い出したように言った。


「そうなんだ。何年ぶりくらい?」

「わかりません。中学くらいまではよく来ていたんですけれど……父と、二人で」


 父、というワードを引き出させてしまったことに、僕は後悔した。

 彼女の過去を探ろうとすると、どうしても父親のことに触れてしまう。


「ごめん。聞かない方が良かった?」

「いいえ。私から話し出したことですから。……むしろ、私の方こそごめんなさい」

「え?」


 いきなり謝られて、僕は間抜けな声を漏らした。


「私、子どもみたいですよね。泣いたり、怒ったり。それから……あなたに八つ当たりみたいなことをしてしまって」

「八つ当たりだなんて、そんな。君に関わろうとしたのは僕の方なんだから」


 何の関係もないくせに、横から口を出したのは僕の方だ。


 昨日の昼間、あの駅で、もしも僕が彼女の邪魔をしたりしなければ、彼女はこんな風に悩んだりしなかったのに。


「……でもね、結人さん」


 僕の隣を歩きながら、彼女は絞り出すように言った。


「私、あのとき、邪魔しないでって言ったけど……。本当は――」


 彼女はさらに小さな声で、


「……嬉しかったのかも、しれません」


 そんな彼女の告白に、僕は足を止めた。


「本当に?」


 僕が聞くと、彼女は数歩先で立ち止まって、こちらを振り返った。


「たぶん、……ね」


 顔の半分を夕焼けの色に染めながら、彼女は確かに言った。 


 けれど。


「本当に、本当? ……じゃあ、もう自殺する気はないってこと?」

「そう……だと、思っています」

「本当に?」

「……なんで、そんなに聞くんですか。そんなに私に死んでほしいんですか?」


 僕がしつこく聞くと、彼女は膨れっ面をしてみせた。


「いや、そういうわけじゃないけど」


 僕が否定すると、途端に彼女は「冗談ですよ」と言って笑ってみせた。


 そのやわらかな笑顔に、僕はホッと胸を撫で下ろす。

 彼女が生き延びてくれるのなら、それ以上に嬉しいことはない。


 けれど。

 僕は、信じられなかった。


 だって、いま僕の目に映っている彼女は、頭から大量の血を流しているのだから。


 もちろん、これは今現在の姿じゃない。

 これは僕の目を通して視える、彼女の未来の姿なのだ。


 つまり僕の目に狂いがなければ、彼女はこれから七日以内に死ぬことになる。


 彼女にはまだ、自殺する可能性が残っているのだ。


「……正直、父のことはまだ引きずっていますよ。でも、だからって自殺なんかしちゃったら、父が悲しむかもしれないから……結人さんの言う通りです。だから私、考え直してみます。父のことも吹っ切れるように、これからの人生を楽しめるようにしないと」


 そんな風に強がってみせる彼女に、僕は一抹の不安を覚えた。


 それまで暗い気持ちでいた人が、打って変わって明るい態度を見せる――これは俗にいう躁鬱状態ではないのだろうか、と。


「ねえ結人さん。観覧車に乗りませんか?」

「え?」


 妙にテンションの上がっている彼女はそう言って、長い黒髪を揺らしながら、くるりと身体を反転させた。

 そうして南の方角に見える大きな観覧車を見つめる。


「昔、父とあれに乗ったことがあるんです。だから、久々に乗ってみたいなって」

「それは、僕は別にいいけど……。いいの? 僕と一緒に乗っても、たぶん楽しくはないよ? 下手したら、乗ってる間はずっと無言になるかも……」

「いいんですよ」


 彼女はこちらに背を向けたまま、


「私、友達が少ないので……一緒に乗ってくれそうな子がいないんです」


 そう、寂しそうに肩を落とした。


 その小さな背中に、僕は何と声をかけていいのかわからなかった。


 もしも僕が彼女の父親だったなら、迷うことなく、その小さな背中を抱きしめていただろう。

 けれど僕は父親じゃないし、彼女をよく知る友人でもない。


 だから、僕は動けなかった。


 ただ、一緒に観覧車に乗ること――今の僕が彼女にしてあげられることは、それだけだった。


 

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