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君の屍が視える  作者: 紫音みけ
第二章
6/20

1.僕の屍が視える

 


 人の死体を初めて視たのは、僕がまだ小学校に上がってすぐのことだった。


 週末の連休を利用して、祖父母の家に泊まりがけで遊びに行ったときのこと。

 土曜日――つまり一日目、初めに祖父母と顔を合わせたときは、何の違和感もなかった。

 いつも通り、祖父母は僕と母を笑顔で迎えてくれた。


 一緒にご飯を食べ、お風呂に入り、和室に四つの布団を敷いて、皆で川の字になって眠った。

 そこまでは良かった。


 けれど、翌朝。


 四人のうちで一番遅くに目を覚ました僕は、寝惚け眼を擦りながら、皆の待つリビングへと向かった。

 そうして部屋の入口の扉を開けると、


 ――おはよう、結人。


 三人はほぼ同時に、僕の方へと笑いかけた――はずだった。

 けれど、その中に一人だけ、あきらかに他の人間とは異なる姿をした人物が交じっていた。


 だから、その人物の表情だけは、僕には見えなかった。

 幼心にもその異様さに気づいていた僕は、扉の前に突っ立ったまま、黙って視線だけをそちらに向けていた。


 ――どうかしたのかい。


 その声を聞いて初めて、僕はその異様な姿をした人物が、自分のよく知る祖父であることに気がついた。


 ――おじいちゃん、あのね……。


 僕はそこで一度切ると、それから先をどう言って良いものかわからずに閉口した。


 ――言ってごらんなさい。


 優しい声で、祖父は促した。


 僕は迷った末、おずおずと口を開いた。


 ――……あのね。おじいちゃん、どうして今日は『頭』がないの?


 そんな僕の発言を合図に、それまで和やかだった場の空気はぴんと張り詰めた感じがした。


 ――……どういう意味だい?


 短い沈黙を破ったのは祖父だった。

 それまで穏やかだった祖父の声色は、どこか重苦しいものとなっていた。


 ――首から上がなくなってるよ。どこかに落としたの? 血も出てるし……痛くないの?


 正確にはあごから上がなくなっていたのだけれど、そのときの僕は上手く表現できなかった。


 それから、さらに長い沈黙が訪れた。

 誰一人として口を開こうとはしなかった。


 後に母から聞いた話では、当時の祖父は顔面を真っ青にさせていたらしい。




 それからちょうど一週間後、祖父は死んだ。


 車での事故だった。

 高速道路を走行中にトラックと衝突し、頭が潰れてしまったという。


 その話を母から詳しく聞いたのは、それから何年も経ってからのことだった。




 祖父の葬式に、僕は呼ばれなかった。


 親戚と疎遠になったのは、そのことがあってからだった。


 

 



       〇






「……はあ」


 昔のことを思い返していると、つい溜息を吐いてしまう。


 七日以内に死ぬ人間の、死んだときの姿が視える――こんな体質を持って生まれたおかげで、今までロクなことはなかった。

 目に視えたままのことを口にすると、大抵の人は僕のことを気味悪がった。

 そして僕が口にしたままのことが現実になると、周囲は僕を怖れるようになる。


 だから、今まであからさまなイジメに遭うようなことはなかったものの、常に避けられているという感覚はあった。

 身体の成長とともにその自覚は強くなり、体質のことは隠すようになったけれど、時すでに遅し。

 常に友達のいなかった僕は、他人との正しい付き合い方を学ぶことができなかった。


 結果、こうして一人の女の子と会うためだけに、歩道橋の上で何時間も寒さに耐えている。

 女の子を待たせてはいけない、と思ったのだが、さすがに来るのが早すぎたかもしれない。


 ポケットからスマホを取り出して時刻を確認すると、午後一時二〇分だった。


 約束の時間は、二時だ。


「…………」


 スマホを見たついでに、カメラアプリを起動した。

 そうして内側のレンズを使って、自分の顔を映してみる。


 すると画面上に現れたのは、血まみれになった僕の顔――七日以内に現実のものとなる、僕の死顔だった。


(僕……死ぬのか)


 どこか他人事のように、そんなことを思った。

 あまり実感がない。


 しかしこうして自分の死顔を視るのは、僕の人生においてこれが二度目だった。


 前に視たのは、母が死んだとき。

 この世でたった一人の味方を亡くした当時の僕は、自暴自棄になって、勢いのまま自身の喉元にナイフを突き立てて死ぬつもりだった。


 けれど、結局は思い留まった。


 そして、今回。


 頭から大量の血を流して死ぬ運命にある僕は、これから一体どんな経緯を辿ることになるのだろう?


 自殺するつもりはない。

 ということは、これから何らかの事故に巻き込まれるのか。


 あるいは誰かに殺されるのか? ――なんてことを考えていると、すぐそばで、誰かが立ち止まったのに気がついた。


 もしやと思って、僕は顔を上げた。


 

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